第2話狼家にて
目に入ってきたのはオレンジ色の温かみのある灯火。その光は私の心を包み込み、眠りから覚めた私に再び睡眠欲を湧かせる。
「おはよう三河君」
しかし何者かの挨拶によって睡魔は退却し、私の頭は覚醒した。
私に挨拶した者を一瞥する。そこには私の寝ているベッドに腰掛ける佐伯さんが居た。
私が起きるのを待ってくれていたのか、たまたまそこに居合わせたのかは定かではないが佐伯さんは少し安堵した表情をしたような気がした。
「おはようございます佐伯さん・・・ここは」
「さぁ。私にも分からない。誰かの家っぽいけど」
辺りを見渡す。確かに私達は家の中に居るらしく、今居る部屋にはベッドとたんすしかない簡素な部屋だった。どうやら寝室らしい。
私が先程まで寝ていたベッドはやけに大きく人が4人ほど入れそうだ。
「「おはよう!!」」
足元から二つの声が聞こえてくる。
目を向けるとふさふさした耳を二つずつ生やした小さな男の子と女の子。顔には四本の髭を携えている。
今までアニメや漫画でしか見たことの無い生物に多少驚くが、既視感を感じて記憶を探る。あぁ、道で私達を助けようとしてくれた子達じゃないか。
「道で私達を助けようとしてくれましたよね。ありがとう」
教師たるもの感謝の気持ちを伝えないなど言語道断。たとえどんな人だとしても感謝の気持ちは忘れず伝える。
しかし気になるのは佐伯さん。あの時確か佐伯さんはまだ眠りの中だったはず。この子達を見るのも初めてのはずだ。どんな反応をしているのだろう。
恐る恐る目を向ける。得体の知れない生物が目の前に居るのだ、怖がっているかも知れないし、気持ち悪がっているかもしれない。後ろ向きの予想ばかりが頭をよぎってしまう。
致し方無し。覚悟を決めて視線を向ける。あくまで視線だけだ。
あ、あれ?私の予想は―――ん?これどうなんだ??
佐伯さんは何の反応も示さない。怖がる様子でも無いし気持ち悪がる様子も無い。驚いている様子でも無いし見たことがあるという様子でも無い。ただ呆然としている。
「おーい佐伯さん?」
思わず声を掛けてしまう。意識がもう戻らないんじゃないかというくらい呆然としているから。
「お姉ちゃん大丈夫?」
「大丈夫?」
子供達も不安になったのか女の子が佐伯さんに駆け寄った。男の子も後ろに続く。そして、女の子が左手を男の子が右手を取った。
「はっ!こ、子供達は!?」
佐伯さんは意識を取り戻したらしい。どこか興奮しているように見える。やはり私の予想は正しかったのだろうか。できるだけ驚かないように説明しなければ。
「ここだよお姉ちゃん!!」
見上げて言うは男の子。この年頃特有の無邪気さが溢れて出ている。
「大丈夫?お姉ちゃん」
続けて言うは女の子。まだ少し心配した風で不安げな顔をしている。
2人は勿論善意そのものでやっているに違いない。しかし今回はその善意が裏目に・・・あれ?
気が付くと善意に満ち溢れている子供達は佐伯さんの腕に包み込まれていた。
佐伯さんの優しい抱擁は3人を密着させ、頬は擦れ合うほど近づいていた。
その様子からは恐怖など微塵も感じられず、見ているだけで和むような。そんな光景だった。
ただ眺めるだけで満足できるこの一瞬を永遠のものにしたいと思い、携帯を取り出そうとポケットに手を突っ込む。しかしそこに硬い感触は無く、代わりに感じたのは肩にふさふさした何かが触れる感触。
何かと思って振り返ると、そこには私を見つめる大きな狼が居た。
思わず体を仰け反らせ、気絶しそうになる。あれ?何か凄いデジャヴ。
もう一度。今度はしっかりと狼を見据える。
どうやら狼は女性?らしくエプロンを装備している。顔も体も二足歩行という点だけを除いたら完璧に大狼で、眼鏡をかけていた。
「もう体は大丈夫ですか?」
想像していたよりも柔らかい声色で私に問いかけてくる。大狼の顔は心配そうな顔をしていた。いや、実際狼の顔をまじまじと見たのは初めての事だから本当にそう思っているのかは分からないのだけれど、だけどそんか感じがした。
大狼にそんな顔をさせてしまったことが申し訳なく思えてきた。
「ええ。お陰様で。本当に申し訳ありませんでした」
「そうですか。それならよかったです」
今度は安堵したような顔をする。どうやら私は思っている以上に狼は表情豊からしい。
佐伯さんと子供達2人は未だに抱き合っており3人とも笑顔だ。私と大狼さんも自然と笑みがこぼれる。
「ねぇあなた」
「はい」
大狼さんが声を掛けてくる。傍から見たら夫婦のようなやり取りだ。しかし私に愛情なんてものは無く、7割の緊張と3割の恐怖があるだけだ。私の返事も震えていたかもしれない。
「フフフ。怯えなくてもいいわよ?食べたりしませんから」
「す、すみません」
どうやら震えていたらしい。大狼さんの寛大な心に助けられてしまった。
「そんなことよりお腹空いていませんか?もう夕飯時です」
そう言われてみると・・・とお腹をさする。どうやら脳も空腹に気付いていなかったらしく、その瞬間にぐぎゅるるるるると、聞いたことの無いような腹の音が鳴った。
「フフフ。食べるのはあなたの方だったようね」
「す、すみません」
大狼さんは私の腹の音を聞いて、『よし!』と意気込み、子供達に向き直った。
「あなた達!ご飯にするからお姉ちゃんも連れて来なさい!」
「「は~い」」
子供達の元気な声が部屋に響く。どうやらお母さんのご飯が大好きみたいだ。お尻に生えているふさふさの尻尾がぱたぱたと元気良く振れている。
佐伯さんは腕の中から出て行った2人の尻尾に顔を打たれながら、しかしそれを意に介さないような様子で震えてる。しかもとても怯えた顔をして。
「どうしたんですか!?佐伯さん!」
突然の事に心配になり駆け寄る。近くで見ると顔の血の気は引き、眉を引き攣らせている。事情を話すように促してみても私の耳に彼女の声は届かない。
「大丈夫ですか?深呼吸して」
今度は落ち着いた声で聞いてみる。彼女は私の指示に従って深呼吸。
スーハースーハー
2回ほど深呼吸をしたところで落ち着いたのか、彼女は私の耳元で何かを囁いた。
「た、食べられちゃう」
「・・・フフ、ハハハハハハ」
彼女は何がおかしいのか分からないといった様子で私の袖を引っ張る。顔は何処か怒っているようにも見えた。しかし図書室にいたときの彼女とのイメージのギャップに堪えられずにはいられない。
「「ふふふふふふふ」」
私が笑いすぎてしまったのか、子供達もつられて笑い出す。さらに大狼さんも笑い出す。さらにさらに佐伯さんもわけが分からず笑い出す。
「もうなんのよ!!」
笑いながら怒る彼女はどうにも可愛らしかった。
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