わたしと青

舘野かなえ

第1話

「あーあ、誰か愛してくれないかな」

 カーテンの隙間から漏れる光も消えかけ、冬の肌寒さが窓から流れ込む。わたしの呟きに、十年来の友人佐々木みきは笑った。

「あはは、どうしたの、急に。お年頃ってやつですか?らしくないなあ」

 わたしだってそう思う。緑林の白兎よろしく、すさまじきものに違いない。

「それに、とーこって結構愛されてる方だと思うんだけど。顔綺麗だし、クラスの中心みたいなとこあるし。まあ、勉強の方はちょっとアレかもしれないけど?」

 最後のは余計だ、と思いつつ。しかしみきの言ったことは、あながち間違いでもないように思えた。けれどそれは、わたしにとっては間の抜けた答えだよ、みき。カチ、カチ、と。時計の秒針は進み続ける。

 わたしの少しがっかりした顔を見てか、みきは「コン」と指で机をたたいた。

「ああ、わかったよ。とーこは自分の内面を見てほしいんだ」

「……まあ、そうだよ」

 半ば諦めていた答えが唐突に出たせいで、ほとんど声にならないような、か細い返事をしてしまった。

みき、あなたは本当に聡い子だ。

「最近みんなと話してて思うの。あなた達、誰と喋ってるの?って」

 わたしの言葉は、紙飛行機のように地面に落ちて。みんなの言葉は、いつだってボールゾーンだ。

 からから、とみきは笑う。

「難しい話だけどね。全員にそれを求めるのは、流石に無理があると思うし」

 くるくると手に持ったペンを回しながらみきは続ける。

「けどまあ、一人ぐらいそういう人がいれば、うん。ずいぶんと気が楽かもね」

 どこか思うところがあったのか、みきは少し微笑み、それを隠すかのように紅茶を啜った。

 その仕草から、彼氏でも出来たんだろうかと邪推してしまう。けど、言わないってことは、聞かれたくないってことなのだろうと思い、次いでわたしも自分の紅茶を飲み干した。

もう外は真っ暗で、校庭の木のざわめきが帰宅を促しているように感じる。

「今日はそろそろ帰ろうか」

 みきが鞄に荷物をしまいながら言う。

「……うん、そうだね」

 わたしも同意して、席を立った。


 その一週間後、わたしはクラスの男子の一人に告白された。たまに遊ぶぐらいの仲だったけど、好意を向けられているだなんて思ってもみなかった。それでも、もしかしたら彼はわたしにとっての「そういう人」になってくれるのかもしれない。そんな期待をこめて、私は返事をした。

 付き合い始めてみると、「ああ、悪くないな」と思うようになった。彼は結構頭がいい方だったので、放課後に勉強を教えてもらったりして、多少成績も伸びた。休日にデートするのも、案外楽しかったりする。ただ、そのせいでみきと過ごす時間は減ってしまった。別に十年以上の付き合いの中、ずっと一緒にいたってわけじゃないけど。それでも、こんなに距離が空いてしまったのは初めてだった気がした。けど、それが普通なのかもしれない。歳を重ねるごとに仲のいい友達だって変わっていく。むしろ、今まで同じ関係を保ち続けられたことのほうが奇跡なんだろう。きっと。


 彼の友達が、あと一週間ぐらいで半年じゃない?そろそろ倦怠期なんじゃないの?などと彼を囃し立てているのを見かけた。

ああ、もうそんなに経ったのか。何でそんな中途半端な日を関係のない彼らが認知しているのかは知らないけれど。ずいぶんと、時が流れるのがはやく感じられる。いつも何かしら奢ってもらったりしているし、たまには何かプレゼントでも買っておこうか。そう思い、放課後、学校近くのデパートへと足を向けた。


期間の違いはあれど、何事にも終わりはあるものらしい。嫌なことにだって、楽しいことにだって。更に言えば、誰も終わりが近いだなんて教えてくれはしないから、心の準備だって出来はしない。

私にとってのそれは、デパート内の雑貨店で見つけた木彫りのアクセサリーを買い、帰路についてすぐのことだった。

彼と、その友達の姿を見つけ、反射的に電柱の陰に隠れてしまう。電線に止まるカラスと目が合い、何となく逃げ出したくなった。確かあれは、彼の幼馴染の男の子だったっけ。

彼らは数回言葉を交わし、こちらに気づく様子もなく立ち去って行った。断片的に聞き取れた言葉から、およそかなり下世話な話をしていたことが読み取れた。

「なんだ」と思わず呟いてしまう。

その瞬間、自分でも意外なほどあっさりと、わたしの中の何かが冷めていくのを感じた。さっき雑貨店で贈物を選んでいた時の高鳴りも、一緒にいる時の楽しさも。全てはもう、二度と同じように感じることはないのだろうなと思った。すでに頭の中では、どう言って別れようかという方向に話が向かっていた。

 

 翌日の放課後。彼を渡り廊下に呼び出し、わたしは一方的に別れを告げた。唖然として聞いていた彼は、一通り話を終えると嗚咽もなく涙した。男なら泣くなよと思ったけど、流石に酷なので口には出さなかった。

 彼が教室とは反対側に去っていくのを見届けた後、階段の方へと向かう。およそ誰もいないであろう、あの部屋にゆくため。

 ドアノブに手をかけ力を入れると、すんなりと扉は開いた。

「おかえり」

 あたしは初めから全部知ってたよ。みきは、そう言わんばかりの微笑みでわたしを迎えた。だったら初めから言ってくれればいいのに。ちょっと呆れて、ちょっとむかついて。けれど、それらをはるかに上回る安寧がわたしを満たしていた。やっぱり、わたしにはこの場所の方が合っているらしい。

ああ、歌え、歌うがいい世界中のブルース共。わたし達のブルースを奏でよう。

カーテンの隙間から漏れる光が、放課後の部室に二つの影法師を映し出した。

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わたしと青 舘野かなえ @lovely_mijinko

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