エピローグ 蠢動

 睦之介は、楊三郎を討ち取った事で多大な加増を受けた。そして、翌年に隠居した大須賀の跡目を継ぎ、名を〔重蔵〕と改め大目付助役に就いた。

 この一年で、怡土藩は大きく変わった。種堅が事件解決と同時に親政を開始し、それは改革の連続だった。組織体制や人事のみならず軍制にも及び、百姓や町人に対する練兵、そして軍艦の購入も検討しているという。

 一方で、相次ぐ改革に財政が耐えられず、補う為に年貢を改めた事で、藩内には親政に対する不満が広がりつつある。一部の農村には、直訴の気配もあるというのだ。

 そうした中、種堅の実弟である慧照が、親政を支えるという名目で還俗し、原田種任はらだ たねとうとなった。種堅には、不満を抑え藩主家の権力拡大という目論見があったのだろう。種任は兄に従順で篤実な人柄であったが、その信頼が裏目に出た。

 若き種任の下に、原田外記・三苫伊豫・谷原九郎衛門・納富式部ら反親政派が集い、種堅に対する反抗の機会を虎視眈々と狙っているというのだ。

 そうした情報は、目付組として既に掴んでいる。それもそのはずで、種任派結成のお膳立てをしたのは、父の策を引き継いだ睦之介自身なのだ。

 種堅は、この蠢動に気付いてはいない。耳目になった村内は姿を消しているし、幾重にも偽装を重ねて、種任派を誘導している。来月には、隈府藩から菊池丹弥と村野忍太郎が怡土を訪れる事になっていた。種堅ではなく、種任会う為だけに。これは赤橋を通じて睦之介が頼んだ事だった。

 楊三郎の死を境に、時勢が急転した。隈府藩が幕府に叛旗を翻し、荻藩と連合。その後、幕府は荻藩征伐を強行し、無残に敗退している。

 こうした局面で、同盟相手の怡土藩が〔親政〕が原因でもたついているのは、隈府藩としても望ましくない。菊池丹弥も、種堅が藩主でいる事の不具合を指摘してくるだろう。その時、この藩はどうなるのか。それが睦之介の密かな楽しみになっている。


(さて、次はどんな手を打つか……)


 と、睦之介は夏に生まれた娘を膝であやしながら、庭に植えた菊を一瞥した。淡い桃色の花弁を広げている。


「お楊、菊が咲いているぞ。父と見に行くか?」


 時流は、更なる流血を望むだろう。幕府もこれで引き下がるはずはなく、隈府藩も隈蘇台で大規模な練兵を繰り返している。

 戦は近い。だが今年も変わらず、重陽の節句がやってくる。


〔了〕




★あとがき★


 この物語は、雨月物語の菊花の約をモチーフに、何か成長物語を作れないか。それをスタートに書きました。

 男色で成長。難しい二つを頭を捻って産み出したのが、この「異・雨月」です。

 僕は書き出したらゴールまでは一直線なのですが、この作品は難産でした。というのも、主人公が動いてくれない。動いてきたら、今度は金魚の糞のような狂言回し。やっと自ら動き出したのは、親父が死んでからでした。

 何事も煮え切らず、剣は人並み以上だけどずば抜けてもなく、かと言って凄い切れ者でもなく。恋愛も楊三郎を吹っ切るように結婚。しかも楊三郎に別れも告げず。そして、その楊三郎を殺害するという。まるで別れを言えずフェードアウトをする情けない男。そして、〔志〕がない。佐幕のように働くけど、別に佐幕でもなく、勤王でもない。

 ある意味、イマドキな男子です。

 そうした筑前作品史上、最も微妙な主人公でしたが、書き終えてみて「これはこれで良かった」と思えます。というのも、何となく成長したと思えましたから。

 人生はままならぬもの。自分の黒歴史という過去と決別し、新たなステージに進むのもまた人生ではないでしょうか。

 睦之介にとって、楊三郎は黒歴史。彼を殺す事で、睦之介は大須賀重蔵として、新たなステージに立ったのです。そう作者である僕は感じました。

 また、この作品は幕末を舞台にしましたが、「本朝徳河水滸伝」と銘打った、オリジナルの江戸時代。ある意味で異世界時代劇です。

 登場する怡土藩も、隈府藩も荻藩も存在しません。ただモデルはあり、皆様もお気付きでしょうが説明しますと、

 怡土藩→藩主としたのは糸島の豪族原田氏。怡土地方に覇を唱えましたが、秀吉により改易されました。地勢も糸島をモデルにしました。

 隈府藩→藩主としたのは、かの有名な菊池氏。戦国時代には滅びました。隈府藩の地理は熊本藩から、特色は薩摩藩から拝借。複雑ですね(笑)

 荻藩→藩主としたのは、大内氏。モデルは長州藩。萩ではなく荻です(笑)大内氏が戦国時代を生き残ったという設定で、その家臣団には毛利や小早川、吉川から陶、青景、江良もいます。

 という、感じでしょうか。

 これからも、こうした世界観を育て、最後は安倍晴明が呼び出した次元獣と熱いバトルをさせる予定です(嘘)

 話はそれましたが、この物語を書いて、自分の長所や短所が見え、解消すべき課題に気付きました。

 そして、それは読んで下さった皆様のお陰です。このような素人の作品を時間という対価を払って読んで下さいました事、心から感謝致します。そしてこれからも、何卒宜しくお願い致します。


 なお、この続編は未定ですが、書くならば重蔵となった睦之介と種堅のラストバトルをと考えております。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

異・雨月 筑前助広 @chikuzen

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ