【詩】二千年後の郷愁

悠月

二千年後の郷愁


今日もまた一日が生きられて

今日もまた一つ詩が生まれる



雨粒の落ちる音、

青竹の伸びる音、

花びらの咲きこぼれる音がして、

今日も一日が終わってゆく、

羽虫のかなしい声が聞こえる





夕暮れの空、円形の白い軌道航路

ガスに霞んでいる機械の巨木


今日もまた一日が過ぎてゆく


赤い大地の青い夕焼けにふるえている

薄むらさきの心は変わらないだろう、これまでも、

これからも、

二十億光年の彼方でさえも


たとえ大地が肥沃な黒だったとしても、

たとえ夕焼けがおそろしい赤だったとしても



──もう誰もいなくなった星に立ち

ひとり真っ赤な夕暮れを眺める、

遠い彼方の大地を思う


それは千年前に暮れていった、

きっと誰かの息づいた《昨日》で

終末めいたおそろしい夕焼けに

きっと千年後を夢みていただろう


「いつか、人類は彼処へ行くんだ」


そして訪れた夜に誓うだろう、

どうか、その赤い火を消さないでほしい、

われわれの夢を消さないでほしい

しかし、急ぎすぎてはいけない──


Lento, Lento e Grazioso.

(穏やかに、穏やかに、優しさをもって)

Lentando, Calmato e Cantabile.

(ゆっくりと、静粛に、そして歌うように)


──かつて、彼処には人類がいたんだ、と

語り継ぐ最後の一人になりたいと

あの星は、かつて青かったことを

誰かにつたえて、滅びゆくことを


願っていた、誰かの声が聞こえる

まだ人類が翼を持たなかった頃に

発せられた、声、たしかな祈り

銀性電波の、回帰する声……



声はたしかに受信されたのだ

千年間の彷徨の終わりに

滅びゆく星から発せられた声は

青い地球を知る最後の声は


「どうか、灯し火を絶やしてはいけない」

「灯し火は、小さな炎であればいい」


声は受信され、眠りにつく

ようやく届けられた《明日》にみとられて

星間空間の安息のなかで、

ついに見ることの叶わなかった

青い夕暮れの夢のなかで


そしてまた一日が過ぎてゆく

千年後の《いま》に届けられた記憶

人類共通の幼年の記憶、

どうしてか懐かしく、それはいつだったか、

たしかに知っていた季節の記憶


そうか、あそこにも、あの地球にも

人類が住んでいたことがあったのだ

いま二十億光年へ旅立とうとしている

われわれの故郷が、海という名が

帰るべき場所がそこに在ったのだ



ああ、だとしたら、私の声も

この声も誰かに届くだろうか

千年間の巡礼の果てで

あたらしい色をした新天地の空に

その最後の一日に立つ、何億年後かの誰かに

何処かで声を聞いているわれわれに


いま、私はこの赤土に立つ、

人類最後の一人として見届けよう

青い夕暮れを見る最後の一人として

そしてそんなものに心を傾ける、

時代遅れの最後の一人として


私は、この声を届けよう

かつて太陽系という星系に

人類は住んでいたということを

そして夕暮れという名を届けよう


もはや終わらなくなった一日に

家を棄て、ひた走る、旅立ってゆく子らに


Lento, Lento, e Grazioso.

(穏やかに、穏やかに、優しさをもって)

Lentando, Calmato, e Cantabile.

(ゆっくりと、静粛に、そして歌うように)


──再び赤い大地に還った

第二の故郷、最後の日より──

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【詩】二千年後の郷愁 悠月 @yuzuki1523

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