腹が立ったことをなんでも異世界のせいにすることで世界が平和になりますように。
雅島貢@107kg
確定申告を考えた人間はどうかしている。
とにかく良く分からないうちに俺は死んだらしく、目が醒めるとそこはどうやら異世界の、鬱蒼とした森の奥だった。「異世界の」というのが、なんで分かったのかと言われても、知るもんか。ええと、そうだなあ。俺の趣味は園芸で、だから植物には詳しかったんだけど、地球にはない草ばっかりだったんだよ。文句あるか。
さて、なんだなんだと思って森を彷徨うが、はっきり言って右も左も分からないくらい、真っ暗だ。これは参った。現実世界で死んで、異世界でも死ぬと言うのか。そんな理不尽な話が、あるか?
と、遠くにぼんやりと灯りが見える。さて、行くべきか、行かざるべきか。
迷うまでもなく、行くしかなかった。
その灯りがたとえ夜な夜な生き血を啜る化け物のともす何かだったとしても、ここで黙ってじいっとしていれば、死ぬのは明らかだったからだ。
幸いなことに、その灯りは人のもので、もっと幸いなことに、どうやらその人は、俺を探していたらしい。なんで?
「はあ、ええと、預言者がいて、なんかこう、そんな感じです」
「なるほど、そんな感じか。良くわかった」
という訳でその人の案内で王国に招かれ、俺は王の前で跪いていた。
「おお、そなたがあの伝説の。例の、あの、アレの。なんか、そういう」
「ははあ、殿下。わたくしめが、その、伝説の、例のヤツです」
「よろしい。充分にもてなそう」
そういう訳でうまい飯をかっくらって、今まで見たこともないような豪奢なベッドに横たわり、俺はぐうすか眠りに落ちた。
翌朝。
「さて、異国の賢者よ。我々が、何をなすべきか、教えて欲しい」
「王よ。税金を取りましょう」
ざっくりと予習――言い忘れていたが、俺には異世界に転移すると同時に、特殊な能力がいくつか身についており、そのうちの一つが、
「税金とは、なんじゃ」
「はい。ご説明しましょう」
そもそも税金もナシでどうやってこの国が今までやってきたのか、なんて野暮な突っ込みをすることなく、俺は淡々と説明する。
「なるほどのう。しかし、そんな、突然金を取ると言ったら、国民が怒ったり、しないかのう」
「これまでだって無償で、王様が王様であるだけで飯をくれたり、仕事してくれたりした、愚鈍――じゃない、人の良い国民でしょう。大丈夫ですって」
「しかし、逆に言うと、それで済んでおるんじゃから、わざわざ税金など取らんでも、良いのでは」
「まあ考え方の問題で、ようするに、飯をくれたり、仕事してくれたり、の部分を、金銭という形に変えるだけですよ。その方が、平等でしょう」
「なるほどのう」
基本的には「預言」とやらのお墨付きもある訳で、あっさりと王は納得し、税金を取ることを認めた。
「で、ですね。税金を払うと言っても、各自が自分の収入から、税率をいちいち計算するのも面倒でしょう。累進課税とかもある訳だし。嘘をつく奴もいるかもしれません。だから、給料を払う方を厳しくチェックしましょう。給料を払う方は、払うべき給料から、一定額を差し引いて、国に納める。で、王様が何か飯を買いたくなったり、仕事をしてほしくなったら、その税金から金を払えば良い訳です。もちろん、この時も、金は払っている訳ですから、税金として一定額をきっちり差し引きましょうね」
「ふむ。なんだか二度手間のような気がするがのう」
「まあ、慣れの問題です。ただね。取ってばかりじゃあ、怒る奴もいますから。だから給料のうちから、まあ仕事の為に買ったものとか、医者にかかったときに使ったお金とか、ようするに、経費と見なせるものの分は、税金を掛けないことにしましょう。ま、その辺の計算も、雇い主が一年の終わりにやって、返金することにすれば良いでしょう。もちろん、雇い主がきちんと計算しなかったときは……そうですね、断首刑に処しましょう。税金関係で嘘をついたり、ちょろまかしをしたら、とにかく断首です。言い訳無用。これはもう、常識ですね。ちなみに、この国では、一年は何日なんですか?」
「1000日じゃな」
俺のトンチキな質問に変な顔一つせず、王は答える。結構度量が広い人なのかもしれない。
しかし1000日って、長いな。まあ、だからこういうのんびりした国民性なのかもしれない。
そういう訳で無事税制が試行された。俺はそれで徴収した税金の一割を懐に納め、それで悠々自適の生活を送ることにした。もちろん俺は、発案者なので無税である。
そして718日の時が流れた。どうやらこの年の、年末らしい。
俺の大豪邸に、王の使いが訪れた。
「異国の賢者様。王がお呼びです」
「なんだよ、こんな年の瀬に。まあ、いいでしょう、行きますよ」
「どうされましたか、我らが王よ」
「困ったことになったのじゃ」
「なんですか」
「お主が言ったように、税金を取ってから、この国は大変良くなっている。所得の格差が、富の再配分によって減ったし、力がなくて働けないものも、税という形で国に貢献できると大喜びじゃ。景気も良くなったようでのう」
国民全員人がよすぎるだろ。
「はあ、それは重畳。それで、何か」
「それでのう。いや、お主が言ったように、経費の分は無税ということで、差し引いて国民に返さねばと思うのじゃが、どのように計算するのが、良いだろうかのう」
「ああ。まあ、人によって多少違いはあるでしょうが、まあ雇われの人については、一定額を無税の範囲に定めちゃえばいいんじゃあないですか。計算が面倒でしょう」
「なるほどのう。しかし、病人を抱えている家などは、どうする。経費が多くかかるじゃろうに」
「そういう家は、別途医療費がどれだけかかったか、申告してもらいましょう」
「ああ、いや、それには及ばんぞ。我が国の医者の数は、たかがしれておる。ついでに、誰にどれだけ治療費を貰ったか、調べることとしよう。どうせ、収入額は確かめておるわけじゃし」
ふむ。なんとなく、より儲けられそうな予感がして、俺は言った。
「ああ、いやいやいや、そのお役目はわたくしめにお任せを」
「そうかの? では、まあ、お主の方が詳しいであろうし、任せるとしよう」
「はは。では早速」
「いやちょっと待ってくれ。もう一つ、問題があるのじゃ」
「なんでしょうか」
「そのな。雇われ者のなかには、複数の店で働いたり、あと、本職もあるがわしらの為に働いてくれている者もいる。そういう者にも、複数の給料から一律で税を差し引いているわけじゃが、このとき、経費の調整はどうすれば良いのじゃろうか」
「ああ。それは簡単で、一番給料を払っているところが、その支払った給料から経費分を差し引いた税金を調整して、あとのところは何もしなくていいです」
「うむ? しかし、そうすると、一番給料を払っているところ以外は、無税になるはずの経費分を含めない一定額を税として国に納めておる訳じゃから、税金を貰いすぎ、ということになりゃせんかの」
「なります」
「であろう。だったら、その者の給料を合算してじゃな、経費分を差し引いて、正しい税額を出し、剰余分は返納すべきではないのか」
「確かにそうですね。さすが王様、慧眼です。お任せください。それも、私がやりましょう」
という訳で、俺はその仕事を請け負った。請け負った、というか、もう一軒事務所を構え、「確定申告、承ります」という看板を出した。
頭の悪そうな国民が入ってきて、こう問う。
「確定申告とは、なんぞなもし」
「所得を確定して、その確定した所得を申告してもらうことです」
「ううん。おらには難しくてわからんのう」
「いや、だったら気にしなくても大丈夫です。もし、間違いがあれば、こちらから伺いますので」
「そうかのう。それは、助かるのう」
そして俺は、数々の特殊能力を駆使して、所得に対して正しい税を払っていない人間を調査・摘発した。
と言っても、この国の人たちは基本的にお人よしで、しかも、税をちょろまかしたら死罪と言い渡されている訳だから、俺が訪ねると同時に震え上がる。
「あああああああの、わ、わわ、わたしどもに、ななななにか、ももももんだいが」
「ちょっと帳簿を見せてくださいね。ああ。これのこれは「収入」に該当しますので、この分の税金が必要なんですよ」
「こここ、これは、その。いや、ご、ごご、ごまかすつもりではなくて。へえ、とんでもないことで。ただ、ただ、ああ、預かっただけの、お金でして」
「ええ、良く分かりますよ。ただねえ。決まりは決まりなので。お支払いいただけますか? もし、払えなかった場合は……」
「そそそそ、それはもちろん! もちろんですとも」
そんな感じで、税の取り立てを終え、年末にちょっとしたボーナスを頂いた気分だ。鼻歌を歌いながら、家に帰る。
そうだなあ。この国の人たちは、みんな、心も体も美しい。これだけ収入があれば、貴族しか乗れないと評判の飛龍の一頭でも買えるだろう。そしたら、その隣に、国一番の美女でも乗せて、国中を飛び回る、なんてのもいいな。
と、家の前にまた、王の使いが立っているのを発見する。
「おや、どうしました。また、何か?」
「はい、すみませんが、ご同行ください」
言うが早いか、使いは俺の手に、枷をかけた。
「おい。何をする」
「すみません。お許しを。王の命令ですので」
「なぜだ」
「王に、直接お伺いください」
直接聞くのは良いが、こんな枷をつけられたまま移動するなんて、屈辱でしかない。俺は数々の特殊能力を使おうとするが――どれも、使えない。
「あの、一応申し上げておきますが、それは特殊な鉱石でできておりまして、力でも、魔法でも、異能でも、破ることはできません。おとなしく、ついてきていただけますか」
マジかよ。都合よすぎるだろ、その鉱石。
しかし現実にそんな石が存在するのだから、仕方がない。
黙って王のもとに行き、跪く。
「残念じゃが、そなたを断首刑に処さねばならぬ」
「なぜですか、王様」
「お主が税を『ちょろまかした』からじゃ。本当に、残念じゃ」
「いやいや。わたくしめはむしろ、税を適正に集めている立場でして。本当に」
「しかしのう。わしは、税を『払いすぎているもの』に、返して欲しかったのじゃが」
「ですから、確定申告会場を作ったのです。そこに、全収入とそれからどれだけ税がひかれたかの記録と、医療費と、年金と、医療保険と、地震保険を支払った証明と、それから何か災害にあった場合などの雑損控除と、必要経費すべてのレシートと、それらの全てを正しく記載した用紙、たったそれだけを平日日中に持って来れば、わたくしめはきちんと、返金するつもりでした。郵送にも対応しているし、登録料に銅貨5000枚と特殊な魔道具は必要ですが、M-taxにも対応しています。ただ、誰も来なかっただけで」
「とはいえのう。お主、『足りない』分については、徴収してまわっとるんじゃろ。あと、登録料は今、3年で銅貨500枚くらいらしいぞ」
「そうだったんですか。それは、偏見と、怒りのあまり。まあ、そうですが、しかし」
「そもそも、やろうと思えば、お主の能力でも、というかお主の能力なんぞなくとも、いくら『払い過ぎ』かは計算できるじゃろ? 返金するときに、それだけの大量の書類をいちいち確認するくらいだったら、最初から全員計算して、『払い過ぎ』……いや、わしらからすれば、『貰いすぎ』か。その分は、返せばよかろう。わしは、そうして欲しいと言ったつもりなんじゃがのう」
「まあ、そうですが、しかし」
「もっと言えば、そのことを、お主は周知したか? ちゃんと全員に教えたか? それもせずに、確定申告をしにこいとだけ言っても、分かる訳なかろう」
「まあ、そうですが、しかし」
「そういう訳で、もうお主の力は借りん。わしらは、きちんと皆の所得を計算して、貰いすぎた税は返すことにするよ。かえすがえすも、残念じゃ」
「ちょ、ちょっと、待ってください。いや、それは、わたくしめが」
「ダメじゃ。税を『ちょろまかした』ものは、死罪。言い訳は、聞かない。それが、お主が言ったルールであろう。わしらは、それを守らねばならん」
そんな。そんな、馬鹿な。
しかしそれはどうしようもなく現実で、俺は死罪に処されることになった。
ギロチンの刃が落ちる瞬間、俺は、もう一度、転生ができますようにと、そんなことを願っていた。
その後、俺の意識が、どこかの世界に漂着することは、なかった。
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