ポイントカードを発明したやつはどうかしている。(上)

 えっと、どこから話せばいいかな。


 僕は君たちが住むこの世界とは違う世界に生きていた。うん、そうだね。召喚、というやつで、こちらの世界に呼び出された。もとの世界の自宅で眠っていたら、突然天井がものすごい勢いで割れて、トラック――ええと、鋼鉄でできた馬車みたいなものだ――が降ってきたんだから、びっくりだよね。


 死ぬ、とか痛い、とか考える間もなく目の前が真っ暗になって、気づいたら僕はこの世界に来ていた。目の前には、ひげ面のおじさんがいた。にんまりと笑って、召喚成功だ、と喜んでいる。少し踊りまでおどっている。


 文句? もちろん言ったさ。なんてことをしてくれたんだ、ってね。

 そしたらおじさんは、僕が死にかけていたはずだ、と言う。まあそれは間違いなくそうだった。トラックが天井から降ってきて、生き延びる人間というのはそう多くはないだろう。ていうかトラックが天井から降ってくることもそうないだろうけど。

 おじさんが言うには、召喚術は、死にかけている迷える魂を呼び出す術、であって、生きててぴんぴんしている人間を呼び出すことはできないという。であるから、僕はおじさんに恩義があるということになる、とおじさんは言った。


「ぼうずは俺が呼び出さなけりゃあ、ふつうに死んで、一巻の終わりだった。それを助けてやった――と言って言えなくもない。な? 俺に恩があるだろう?」

「いやでも、そうは言っても。死ぬ、は死んだでしょうけど、ものすごいありえない死に方でしたよ。僕が死ぬこと自体が、その召喚術、とやらで引き起こされた可能性をすごく感じるんですけど」

「ふうん。いや、そこまでは分からないけどよお。でも現実にお前さんは死にかけだった。で、それを救ったのがこの召喚術だった。というかまあ、仮にそうじゃあなかったとしてもな、お前さんはこの世界に来ちまった。で、もとの世界に帰る術は俺は知らねえ。ってことはだな、俺がお前さんをすぐに放り出しちまったらどうなる? 言っとくが、この街じゃあなんの商売をするにもギルドに所属しなけりゃあいけない。で、ギルドに所属するためにはきちんきちんとした身元や後ろ盾がいるわけだ。それがないお前さんにできるのは、良くて男娼、悪けりゃあ奴隷、どれもひけなきゃ野垂れ死にだ」

「ええっ」

 うん。ひどい話だと思ったよ。

 え? いや、でも関係ないな。


「でも俺だって悪魔じゃあないからな。お前さんに寝床と飯くらいは提供してやってもいい。ただし、知ってるか、与えるものだけが受け取れる――てな」

「ギブ・アンド・テイクみたいなことですか。いやわかりますけど、僕に与えられるものなんて、たぶんないと思うんですけど」

「いやある。それが異世界の知識だ。お前が知っていることで、俺たちが知らないこと。それを教えてくれりゃあいい」


 おじさんはそう言うと、僕を連れ立って自分の店と街をひとめぐりした。僕は町のそこかしこを見て、それで――まあ、中世ヨーロッパ、ていうかゲームで言うところの中世ヨーロッパ風、の世界だな、と思った。


「どうだ。何か気づいたことはあるか」

「いやあるにはありますけど、僕はしがない高校生ですからね。気づいたっても、どうやってそれを作るかまでは」

「例えばなんだ」

「まあ、自動車ってのがありましてね」

 なんて調子で僕はいろいろと元の世界の知識をおじさんに伝えた。おじさんは最初、目を輝かせて話を聞いていたが、しだいにしょんぼりしていった。


「どれもこれも、はっきりした作り方は知らない――か。お前さん、どういう生活を送ってたってんだい」

「いや例えば金属の線と磁石があればコイルくらいは作れると思いますけど。でそしたら電気が作れるから、まあそれでなんかブレイクスルーを起こせば」

「あのなあ坊主。お前か、俺が作れなきゃあ意味がないんだよ。そのなんだ、お前の言うとこのトッキョって制度はこの国にはないし、俺にはそういう制度を作るほどの実力はない。ただの一商人だからな。だから、すげえものを作る、っていうところの元の発想だけあってもな、意味がねえんだよ。それを作ったやつが儲けるだけだ」

「なんかすいません」

 まあ、これも仕方ない、俺の運が悪かったか――なんておじさんは言って、その日は寝床を貸してもらった。それで翌日から僕はおじさんの店を手伝うことになった。

 

 おじさんの店は魔道具を取り扱う店で、それを組み合わせて僕の「召喚」をしたそうだった。

「結構、金もかかってるんだからよお。こんなことなら、普通に店員を雇えばよかった」

 なんてぶつくさは言うが、僕を放り出したりもしなかったし、劣悪な環境に置いたわけでもなくて、まあふつうに、住み込みのバイト――ああ、ようするに、時間給で雇われる人のことだ――、みたいな仕事の内容だった。元の世界に未練がないではないけれど、まあなんだかわけのわからないうちに死ぬよりはずっと良かった。


 それでしばらく働いたけれど、このお店はお世辞にも流行っているとは言えなかった。単純に、立地が悪い。魔道具を買うのは大体迷宮探索に行く人間とか、魔獣を討伐しにいく人間とかで、でそういう人間というのは、その過程で街に立ち寄るだけで街に生活基盤があるわけではないので、あまり裏路地の方には入ってこない。

 だったら少しでも安売りをすればいいだろうと思ったけれど、商品価格はギルドの決まりで固定されていて、そこから逸脱することはできないということだった。だからせいぜいできるのは表通りで客引きをするくらいだが、それをしたところで、わざわざ裏路地まで行って買い物したって値段は表通りの店と変わらないわけで、だから僕がいろいろ考えて、「東の山の魔竜を退治するには、この眠り苔がお勧めですよぉ」なんて言っても、おおなるほど、と思った冒険者たちは手近な店で買ってしまい、ようするにほかの店を喧伝するにすぎなくなってしまう。

 看板娘でも雇えばと思うが、それもわかりきった話で、もう街の美人はだいたい、すでに儲けている表通りの店で雇われ済み、ということだった。打つ手なし。


 ほんとにそうか? 何か足りないものはないか?

 僕は元の世界の知識を総動員して考えた。それで、ある閃きをした。


「おじさん。ポイントカードを作ろう」

「ポイントカード、ってのはなんだ?」


 君もよく知っていると思うから説明はやめよう。この世界にポイントカードを持ち込んだのは、そう、僕なんだ。

 

 元の世界ではごくありふれたものだったけれど、この世界にポイントカードという仕組みはなかった。


 ギルドの決まりで商品価格は固定だ。過当な競争を避けるため、って話だったけれど、実際のところは表通りに店を持ち、そのために商売が繁盛して、その結果ギルドの中核に食い込んだひとたちの既得権益の保守だったんじゃあないかと今は思う。とにかくそういうわけで割引をするわけにはいかなかった。


 ただポイントカードの発行は許可された。たぶん、ギルドのお偉方にはあまり意味がよく分かっていなかったんだと思う。


 銅貨500枚につき一ポイント、十ポイント貯まると「風鷲の翼」をひとつ贈呈、という仕組みにした。「風鷲の翼」は――これも君も知ってのとおり――片方の翼を埋めた場所に瞬時に戻ってこられる効果があるから、遠出をする冒険者は必ず数枚は持っている。良く使うものだから回転も早い。風鷲の翼の価格は銅貨500枚なので、結果的にこれは一割引きをしているのと同じことになる。


 最初にこのことに気づいたのは行商人たちだった。彼らは賢いもので、行商人同士で情報交換をし、買い物を上手に取りまとめて、うまくポイントを貯めるよう工夫をし、おじさんの店で山ほど買い物をした。それでうわさが広がって、うらびれたおじさんの店に人が殺到した。ぼくの呼び出された街は結構な都会だったらしく、「風鷲の翼」を埋めている人たちも多かったようで、遠方からわざわざ買い物に来る人もいた。「風鷲の翼」を10枚買ってもう一枚持って帰る人まで出てきた。


 「風鷲の翼」の在庫が切れたあとは、「大体銅貨500枚前後の商品を贈呈」としたものだから、完全なる割引と同義でもう店の商品という商品はほとんど売り尽くし、ギルドからの支給も間に合わないほどだった。


 それでほくほくしたのもつかの間――すぐにほかの店もポイントカードの作成に着手した。もともと表通りにある店はある程度の財力・資力があるわけで、うちよりも交換率の良いポイントカードを作って競争をはじめた。しまいには、「魔人の角笛」を景品にする――え、知らない? ああ、あの時にほとんどこの世界の魔人の角笛はあの街に集まっていたからね。今は出回っていなくてもしょうがないね。


 最初にちょっとした契約が必要だけれど、その契約さえ済ませてしまえば、角笛の音を聞いた人は角笛を吹いた人に絶対服従、しかも身体能力も相当向上するっていう、まあなんというかとんでもない代物で、何しろ魔人の角、からしか作れないわけだから希少だし値は張る。たぶん金貨5枚くらいしたんじゃあないかな。これは確か、銀貨1枚で1ポイント、の100ポイントは貯めなきゃあいけなかったはずだけれど、それでも結果的には二割引きから三割引きになるわけだし、何しろ貴重な品だから、ちょっとレベルの高い冒険者とか、奴隷をたくさん持ってる富豪なんかが買い付けに来る騒ぎだった。


 当時は私兵を持つことは固く禁じられていたから、魔人の角笛で私兵団みたいなものを作ろうとしているんじゃあないか、って疑いが入って、何度かお上から査察が入って、それでようやく商人ギルドも重い腰を上げた。


 ポイントカードそのものの廃止はもはや不可能だった。だからギルドはそこに制限を掛けた。


 ポイントカードによる物品の供与は完全に禁止された。代わりに、これまで禁止されていた割引を可能にした。ただしその割合はほぼ完全に固定されたものだった。一ポイントは銅貨五百枚から銀貨一枚とする。総ポイント数は十ポイント固定で、十ポイントの蓄積によって一ポイント分の割引ができる。ただし商品価格が一ポイントを下回ったとしても、差額の返金はしない。要するにポイントカードを貯めると一割引きができますよ、ということだ。


 これで状況は完全に元に戻ってしまった、かと思った。

 

 ところがおじさんは商魂たくましかった。さっき僕が説明したようなルールは、もっと固い文で細かく書かれていたんだけれど、おじさんはそこに一つの瑕疵を発見した。


 ポイントカードで「物品」を供与することはできない。また、ポイントによる割引率も固定されている。ここに付け入る余地はないように見える。ただ、「金銭」の供与に関する規定は一切なかった。ほとんど違法すれすれの手だったけれど、おじさんは、ポイントカードを貯めた人に選択肢を提示した。つまり、直接割引をするか、貯まったポイントカードをとっておき、年に一度、


 ものすごくあたりまえの話だけれど、ポイントカードを持っている限りお金がもらえるわけだから、ある程度財産に余裕がある人は後者を選択した。それでまた、おじさんの店は繁盛した。何しろ魔道具そのものの使いではいくらでもあるわけだし、ポイントを貯めれば貯めるほど、年に一度の配当金は増えるわけだから、おじさんの店以外で商品を購入するという選択肢はほとんどまったくなかった。


 そうすると不思議なことが起こった。いや不思議でもなんでもなかったのかもしれない。


 まず僕が住む街を記録している「風鷲の翼」の価格が高騰した。おじさんの店の近くに「風鷲の翼」を埋めている人はもちろんおじさんの店で買い物ができるが、そうでない人はできない。多少高い金銭を払ってでも僕が住む街へ飛べる「風鷲の翼」を買いたいという人が増え、僕は世界中を飛び回って「風鷲の翼」を売って回ることになった。


 世界中にあの街への「風鷲の翼」が行き渡ったころ、おじさんの店のポイントカード、そのもの、が取引の対象になった。ようするに、このカードを持ってさえいれば一年に一度、銅貨500枚が貰えるわけだ。魔道具は確かに使いではあるが、使わない人は全く使わない。だけれど、もちろん、言うまでもなく、銅貨は誰だって使う。


 最初は銅貨550枚が相場だった。それが銅貨600枚になり、700枚になり、銀貨1枚になるまで、そう長い時間は要さなかった。さすがに銀貨5枚を超えることはなかった――それだったら、要らなくても魔道具を買った方がいいものね――けれど、繰り返し買い物をしない人たちにとっては、これは大きな割引額に相当するものだった。


 おじさんの店はますます繁盛した。というか、おじさんの店以外ではほとんど魔道具が売れず、結果おじさんの店は拡張に拡張を重ね、ついには表通りのつぶれかけた店を買収して、表通りにも店を持てるようになった。


 ほかの店もことここに至ってようやくおじさんの「戦略」に気づいた。それでようやくポイントカードによる利益の供与が始まり、ものすごいポイントカード・ラッシュが起こった。ただ、やはり創始者のアドバンテージは強く――何しろ、おじさんの店での「配当」が一番早くもらえるわけだから――、ほとんどおじさんの店に追随することはできなかった。



 そんなある日のことだった。あの出来事が、起こったのは。

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