超いいねとかを考えたやつはどうかしている。

 眠っていたら夢枕に神が降臨した。


「お前を異世界に送り込むが、どこがいいか」

「送り込まれたくはないんですけど」

「お前は収入も、仕事も、家族も、友人も、恋人も、運気も、知性も、何もないであろう。それなのに、異世界に行きたくはないというのか」

「はあ。別に。人生はそういうものだと思うし、俺は個人的には存在しているだけで幸福です」

「ふむ。救いがたい愚かさじゃのう。動物か、おのれは」

「たぶん、動物だと思うんですが」

「まあ、見てみろ。これは異世界で交わされている会話の一覧じゃ。この中で、気にいった世界を選ぶが良い」

 神はタブレット的なものを出して、俺に見せてきた。


 面倒くせえな、と思った。

 でもこの神は、神なりに、俺の人生をおもんばかってくれているようであるし、まあ、俺はどんな世界でだって、生存していることだけでたぶん幸せを感じられる。

 だからまあ、どうでもいいか、とも思った。


「じゃあ、この、ここで。なんかみんな、うまそうな飯の写真とか、絶景とか、素敵なライフイベントとか、そういう会話ばっかりをしていますし、そのことをお互いに讃えあっているので、楽しそうですね」

「ふむ。分かった。それではそこに転移させてやろう。そぉい」

「そぉい」


 という訳で俺は異世界に到達したのであるが、ここは思った以上に殺伐として、血と暴力と悲しみと絶望と裏切りと嘘が蔓延はびこる世界であった。

 

「あの子、結婚したっていうんだけどさ。結婚式場は今時ホテルのパックだし、あれ、ご祝儀集めるための詐欺よね。ご飯もまずいし、ドレスもダサイの」

「あいつ、第一志望の会社に落ちて、名前も聞いたことない零細企業に入ったらしいぜ。なんか、俺がこの会社をトップに押し上げるみたいなことを言ってるけど、無理無理。お前が首になるのと、会社がつぶれるの、どっちが早いか、だっつうの」

「あの野郎が、最近なんか、悟ったようなことを言うんだよ。なんていうか、こう、歴史の名言みたいな奴? あのバカが、なにかっこつけてんだっつうの。マジで、見てると鳥肌立ってくるぜ」

「あのバカは、アレを面白いと思って書いてるのかねえ」

「今時ハワイの写真なんて挙げられたって、反応に困るんですけどぉー」


 おかしいな、と思った。

 ここで交わされている会話は、もっとお互いを讃え合い、褒め合い、愛し合うようなものだったはずなのに。


 そこで俺は、適当な人間を魅了チャームの魔法で篭絡し、正直にモノを言え、と命令した。

 ところがその人間は、特に迷うこともなく、こう言った。

「別にどっちも、正直に言ってますけどね」

「はあ?」

「つまりですね。会話には二種類、いやもっとかもしれないけど、とりあえず二種類あるんですよ。一つは、公開される会話。もう一つは、公開されない会話です。

 公開される会話は、公開されているので、多くの人が見ます。だから、多くの人に良いことと思われそうなことを言うし、良さそうなことを言っている人には、まあ、いいね、と言います。

 公開されない会話では、あなたと腹を割って喋っていますよ、ということを表明することが大事です。人間がお互いを味方であると認識する一番手っ取り早い方法は、共通の敵を作ることです。だから、味方を作るために、敵の話をします。公開されていなければ、そこにいない奴らは全員敵で問題ありません。どっちも別に、正直なんですけど」

「はあ、なるほど」


 分かるようで分からない話だったが、分からないようで分かる話でもあった。

 正直言って、まあ、どうでもいいやと思った。

 元の世界でだって、俺はひとりで生きていた訳だから、ここでもそうすればいいだろうと、そう思った。


「じゃあ、その、ありがとう。もう帰っていいぞ。お前にかけた魅了の魔法は、一生解けないし、お前の寿命を少しずつ蝕んでいくので、それは申し訳ないと思う。だから、お前の願い的なものを、ひとつかなえてやってもいい」

「ああ、そうなんですね。じゃあ、超いいね、とかを考えた奴を殺してください」

「そんなことに使うのか? もったいないと思わないか。だいたい、超いいね、の、どこが悪いと言うんだ。公開された会話で必要なのは、良いことばっかりで、だから超いいね、というのも必要だろう?」

「あのですね。いいね、というのは、かっこどうでもかっことじるいいね、ということなんです。もっと言えば、「あなたの話を聞きましたよ」ということで、「わたしはあなたの味方です」という意味なんです。その話に「価値がある」とか、「良い話だった、感服した」という要素は、微塵もないんです」

「微塵も」

「ないんです」

「微塵もか」

「はい。ありません」

「でもまあだったら、別に超いいね、とやらも、超(どうでも)いいね、ということでいいんじゃあないのか」

「良くありません。人生は有限で短いのに、どうでもいい他人の善行・ライフイベントに対して、価値判断をしなければならなくなったからです」

「はあ」

「いいね、ひどいね、悲しいね、超いいね。こういうのができてしまうことで、「良さ」「ひどさ」「悲しさ」「超良さ」に、ランク付けをしなければいけないのです。でも、いいねの本質は、「どうでもいいね」です。さらっと流し読みをして、いいねボタンを押す。これだけで済んでいた平和な世界が、きちんと文章を読んで、その内容をある程度カテゴライズして、適宜該当するボタンを押さなければいけない、阿鼻叫喚の世界に変転したのです。こんな風に世界を滅ぼそうとする輩を許すことはできません。異世界の勇者様、どうか魔王を。魔王を殺戮してください」

「いや、なにか話がおかしい。急に勇者様って言われても。ていうか、読んで、自分が思ったとおりに、その、ランク付け、とやらをすればいいんじゃあないのか」

「だから。今まで良かったのは、読まなくても、読んだということを表明できたことなんです。ところが、これからは、自転車が盗まれました、自転車を盗むような奴には天罰が下りますように、呪詛呪詛、みたいな投稿に「いいね」をつけたら、ぼくが呪われてしまいます。これには「ひどいね」あるいは「悲しいね」をつけなくてはいけません」

「つけりゃあいいだろうが」

「でも人生は有限で短いものだから、そんな暇はないんです」

「じゃあ、つけなきゃあいい、というか、その話、聞かなければ良いのでは?」

「そうすると人間は社会から爪弾きにされ、袋叩きにされ、あと待っているのは野垂れ死にだけです。それは嫌なので、聞かないという選択はできません」

「そんなこと、ないと思うけど」

「勇者様には分かりませんよ」

「勇者様でもないんだけどな」


 埒が明かないと思った。

 だから、まあ、分かった、殺すよ、と言って、その超いいねとやらを発明した人間を殺した。


 けれど何も変わらなかった。

 相変わらず人の自慢話はそこかしこに溢れ、多くの人は互いに人生を削り合いながら、正しい反応について取捨選択し、無駄な時間を過ごしていた。

 そうして顔を合わせたときには、誰かの悪口、雑言を放ちあい、そうやって彼らは苦悶の表情で人生を終えていったのだった。

 


 俺が首をへし折った「超いいね」の開発者だけが、救われたような顔をしていた。

 俺はその顔を見て、「超いいね」と声を掛けてやった。


 どこからも、返事はなかった。

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