【詩】忌中の午後
悠月
忌中の午後
よく晴れ渡った五月の午後
風が高く音を立てていた
わたしは坂の多い海辺の町を歩いていた
古い日本家屋が茶色くひしめき合い
潮風に傾きながら建ち並んでいた
そのなかに、わたしの祖母の家があった
わたしは数年ぶりに祖母を尋ねに来た
わたしは見知らぬ淑女と歩いていた
白髪の淑女は藤色の着物姿で
困ったような微笑をたたえていた
温かい風が海へ抜けていった
淑女は物静かだったが、
この街のことをよく知っていた
「この辺は、何年ぶりかしら。
前もこんな、お天気の日だったのよ。」
また強い風が吹いた
どこからか藤の花弁がひとつ降ってきた
瓦葺きの家に差し掛かった
「忌中」の黒い枠取りがあった
すると、淑女は寂しそうな笑顔になって
「ああ、やっぱり…」
そうして暫らくその家を見つめていた
喪服の男たちが棺を抱えて出てきた
淑女はじっとそれを見つめていた
傾きかけた古い家の前を通った
老婆が家の前の道路を掃いていた
淑女は老婆に話しかけ、ぽつぽつと立ち話をした
暫らくして別れ、歩き出したところで
淑女はまた寂しそうな顔をした
「ああ、あの人も。どうして…」
なにが、とわたしが尋ねると淑女は微笑んだ
「海がきれいだわ。」
藤の花弁がもうひとつ降った
そうして暫らく風の中を歩いて
わたしは祖母の家に着いた
戸を開けると、祖母が出迎えてくれた
「しばらぐだねえ」祖母はくしゃくしゃに笑った
「それじゃ、」わたしは淑女に別れを告げた
すると淑女は祖母の家を見て
「この家、まだ人のにおいがするわ。ああ、よかった、よかった、まだ…」
それから淑女は、じっと海を見た
そこにそれまでの柔和さはなく
射通すような厳しい目をしていた
海へ向かう風が吹き抜けた
風に揉まれて、水平線の方へ
藤の花弁が呑み込まれていった
【詩】忌中の午後 悠月 @yuzuki1523
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