キューブを発見したのは一人ではなかった。

 葉を踏み鳴らす足音が聞こえ、音のした方向を振り向くとクラスメイトがいた。

 相手もこちらを認めて、一メートルほど離れた地点で立ち止まった。

 恵介と真弓。

 二人は、それぞれ、ブナの木から二メートル程度離れていた。キューブを頂点とした二等辺三角形を描くようにして二人は立っている。

 淡い紫色の光を宿した透明な立方体が空中に浮かんでいた。地面から三十センチの高さで、ゆっくりと捻りを加えながら等速で回転している。一辺の長さは十センチもない。拳大といった大きさだ。

 光輝く小さな立方体が時折出現する。

 そんな噂がいつのころからか囁かれるようになった。エネルギー集積体、時空の裂け目、太古の遺産、異星人の遺物、噂によってその正体はまちまちだったが、どの話でも一致している事があった。

 いわく、それに触れると過去に戻れる。

 その体積により戻れる時間は異なるとも言われていた。

 二人はキューブを目前にして動かなかった。いや動けなかった。

 お互い相手の出方を探あっている。

 過去に行けたとして何ができるかはまだわからない。しかし、むざむざと相手にその機会を与えるつもりは彼にはなかった。

 防災無線から五時を告げるメロディーが流れ、音が反響しながら響きわたる。

 無線が切れてからも雑木林は余韻のように葉擦れでざわめいていた

 妙な気配を見せないよう、お互い牽制しあっていた。

 そうして時間だけがじりじりと過ぎてゆく。

 どれほど経ったころだろうか。どちらからともなく、公平にじゃんけんで決めないかと提案がなされた。

 じゃんけん。

 それは彼の望んだ展開だった。

 警戒しつつ彼は距離をつめる。まだ、不意を突いて駆け出される可能性があった。相手のわずかな動作にも目を光らせる。

「出し抜こうなんて考えるなよ」

「そっちこそ」

 拳を構え臨戦態勢をとる二人。

「一発勝負、負けても文句なしだから」

「わかってる」

「勝った方がキューブに触れる権利を得る、いいな」

「いい」

「それじゃあ」

 掛け声とともに手が振り下ろされる。

 突き出された二つの手。見比べるまでもなく彼の勝ちだった。

「じゃあな」

 ブナの木の根元に駆け寄り、ほとんどキューブを懐に抱えこむようにしてしゃがむ。これで背後から忍び寄り手を出すことはできなくなった。たとえ横に回りこまれようと、彼の手の方が先にキューブに届く。

 光に手をかざすと、かすかに熱を感じた。

 おそるおそるという様子で彼はキューブに指先を当てる。

 意識が一瞬で白んで行く。

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