キューブ

十一

 恵介が神社でキューブを発見したのは偶然だった。

 帰宅部で放課後暇をもてあましている彼は、いつも駅周辺の繁華街をうろついてから帰宅する。市の北東の山裾に建った高校から、南西のはずれにある自宅への経路は、市街地を突っ切る形になる。迂回する方法もあったが遠回りになるし、どの道どこかで街を横断する必要がある。彼は目抜き通りを通学路として利用し、気になった店に寄りながら家に帰るのを日課としていた。

 その日は、友人に声をかけてみたが、委員会や部活、塾などの理由で誰も都合がつかなかった。一人で時間を潰すためゲームセンターに入り、リズムゲームを遊んだ。久方ぶりのプレイで最初こそ高難易度の曲で躓いたが、しばらくすると勘が戻ってきた。動体視力も反射神経もリズム感も衰えていない。その事に満足し彼はゲームセンターを出て書店へ向かった。

 雑誌を適当に立ち読みし、それから目についた文庫本を一冊購入する。SFでデビューした芥川賞作家の短編集だ。

 書店を出ると街は黄昏色に染まっていた。秋の空は、茜色にかすかに夜の気配が漂いはじめていた。山から吹き下ろす風が冷たかった。

 もう帰ろう、彼は繁華街を離れ家へと向かっていく。

 普段通りの放課後だった。

 便意を催すまでは。

 古い住宅が立ち並ぶ区画を自転車で走っていると、突如として腹痛に襲われた。

 下腹部にわだかまった鈍い痛みは、わずかな振動でさえ熱を帯び、じわじわと肛門付近まで迫っていく。しかし、足を止めるのもためらわれた。ブレーキをかけ地面につま先をつける、その衝撃に腹が耐えられそうにない。

 額に脂汗を浮かべながら、尻を刺激しないよう慎重にペダルを回した。

 やがて痛みはやわらいでいった。

 しかし、息をつけたのも束の間で、すぐに第二波がやって来る。

 便意の周期が短すぎる。自宅まではまだだいぶ距離があった。とても持ち堪えられそうにない。もう街中を離れてしまったので近くにトイレを借りられそうな店がない。コンビニすら駅前まで戻らなければなかった。

 絶望的な状況で、不意に彼の脳裏に光明が差した。たしか、ここから数百メートルの位置に小さな神社があったはずだ。記憶が確かならば社務所の裏手にはトイレがあった。

 幾度かの便意の波を乗り越え、神社に到着する。

 鳥居の前に自転車を止め、慎重な足取りで社務所の裏に回る。

 トイレはあった。管理がおざなりなのかあまり綺麗ではなかったが、この際文句は言えない。

 男子トイレの個室に駆けこみベルトを鳴らしながら制服のズボンを下ろし、便座に腰を落とす。臨界状態だったダムはすぐに決壊し汚水を吐き出す。事なきを得た彼は安堵の息を漏らした。

 トイレを出て境内を立ち去ろうとした彼は、鄙びた本殿のうしろに妙なものを見て足を止めた。何かが雑木林の中で光ったように思えたのだ。

 あれはいったいなんだろうか。興味を引かれ鎮守の森へと足を踏み入れる。

 そして、ブナの木の根元でキューブを見つけたのだった。

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