後編(完)

  " オレが無口って知ってて、それでも好きって言ってくれてると思ったのに…違ったんだね "


その言葉とともに、涼の傷ついた顔が何度も頭の中でぐるぐるとまわる。


涼は自分が無口なことを、時々気にするそぶりを見せていた。

…オレが告白した時だってそうだった。

だから「何でしゃべんないんだ」とか、「しゃべれ」とか…そう言う言葉はきっと涼に言っちゃいけない言葉だったのに。




  『 言い過ぎた ごめん 』


その文字を打っては消して、打っては消して…じぃっと携帯を眺めては、送れないまま。


(早く謝んなきゃ…けどこういう時はメールじゃなくて電話をした方がいいよな…それかちゃんと会って謝んないと…)

だけど今電話したとしても、オレは「ごめん」以外の言葉をうまく伝える自信がなかった。

どうでもいい言葉はいつだってぺらぺらと口から出てきてくれるのに、肝心な時には何も出てきてくれない。

(…明日、朝イチで謝ろう)





そういう思いで迎えた次の日。

登校の際のいつもの待ち合わせ場所に、涼の姿はなかった。


いつもの時間が過ぎて遅刻ギリギリまで待ってみたが結局涼は来ず、仕方なく1人で登校し遅刻スレスレで教室に入ると、涼は既に教室の中にいた。


「……っ」


教室に入った時、一瞬だけど絶対涼と目があった。

なのに涼はすぐにオレから顔を反らして、何事もなく教科書を広げ始めた。

それは気まずい風でもなく、悲しい風でもなく…まるでオレに無関心だった。

まるでオレなんかどうでもいいみたいに。


呆然と突っ立ったままのオレの後ろから先生が「ほらー、席につけ-」と言いながら入ってきたので慌てて自分の席に向かうが、正直オレは、授業どころじゃなかった。




その後、授業が終わって休み時間になるたびに涼と話そうとするが、涼の席は出入り口から近いせいか、オレが振り向いた時には涼の席はもぬけの殻だった。

昼食も気づかぬうちにいなくなっていて、昼休みギリギリにクラスメイトと談笑しながら教室へ戻ってくる涼。

放課後も、涼の方を振り向いた時にはもう既におらず、走って下駄箱へ行ってみても涼の姿はもうなかった。


(結局、一言も話せなかった…)

今日1日、オレが涼に近寄る隙は、どこにもなかった。


(…そこまでして避けんのかよ…)

涼の行動は、どう考えてもオレへの拒絶だ。


オレは謝れば元の関係に戻れる気でいたけど…でも、そうじゃないのかもしれない。

もしかしたら謝ってもどうにもならないのかもしれない。

涼はオレのことを許せないのかもしれない。



そう思うとなんだか目の前が真っ暗で、鞄を取りに戻った教室で友人らがなんやかんや話しかけてきたが返事もロクにできず、しまいには

「…お前真っ青だぞ?保健室行くかさ、とっとと家帰れよー」と、鞄を持たされ送り出された。




(…どうしよう…どうしよう…)


何にも考えられずにただどうしようばかりが頭の中を埋め尽くす。

そんな頭のまま歩いていると、突然ガシッ!っと誰かに裾を掴まれた。


「………えっ?」

振り向くとそこには、昨日涼と一緒にいた見知らぬ女子がいた。


そして周りを見回すと、いつの間にか学校を出て見慣れた景色。

無意識のまま動かしていた足は、自宅とは反対の涼の家に向かっていたようで、気づいた時には涼の家の近くの公園前だった。


「………え?えぇっと…?」

「やっぱりそうだ、涼くんのいい人!」

「………え?」


見知らぬ女子に"涼くんのいい人"と言呼ばれる訳の分からぬ展開に、どうしようはすっかり消え去って、クエスチョンマークが頭を飛び交う。



「あの…涼くんが、よく話してくれて…」


(…そうだ。涼はこの子とすごい楽しげに話してたんだ)

思わず女子の顔をまじまじと見てしまったが、女子は何も気にした様子なく、オレの裾を掴んだまま話を続けた。


「涼くん、いつもすごく無口なのに、健太郎さんのことはすごくしゃべるんです。一緒にいてすごく楽しいんだって、すごく嬉しそうに。昨日も健太郎さんとの話を聞いてて…だから健太郎さんのこと、ほとんど見たことなかったんですけど、知ってたんです。だからつい、声かけちゃいました」

「……っ」


(涼はオレのことを話してたのか…)

少し安堵するも、昨日の自分の言動を思い出していたたまれなくなり、思わず俯く。

オレが返事を返さないから変な間が生まれたのに、見知らぬ女子は気にせず笑顔で言った。


「これからも涼くんのこと、よろしくお願いしますね」

「………」


何なんだよお前…誰なんだよお前…

名前も知らない女子にそんなこと言われる筋合いはない。

(だいたい涼はもう…)


「……涼はもう、オレとかかわりたくないと思うよ」


オレがぽつりと呟くと、見知らぬ女子は「え?」ときょとんとした顔をした。

「そんなことあるはずないじゃないですか。涼くんは健太郎さんのこと大好きですから」


そう言い切った女子に思わずカッとなり、

「何でそんなこと分かるんだよ!オレと涼に何があったかも知らないくせに、無責任なこと言うなよ!」

と昨日のように怒鳴りつけてしまった。

言い切った後にはっとし、気まずくなってまた俯く。


(…自分のこと温和な方だと思ってたのに…涼のことになると全然余裕ないじゃん)

昨日と同じようなことを繰り返している自分に嫌気がさして、手のひらをぎゅっと握りしめた。

彼女は少し沈黙するも、オレの裾を掴んだままで、去っていく気配がない。



「……涼くんは、あなたに救われたんですよ」


「……え?」

間を置いてから発せられたその言葉に顔を上げると、彼女は怒るわけでもなく、情けない笑顔を見せていた。


「…涼くん、小学校と中学校と、いじめられてたんです。涼くんが口数少ないのを気に入らない子がいたみたいで…最初は無口だとかつまらないとか声が聞こえないとか色々言われてただけらしいんですけど、そのうちだんだん誰も涼くんと口きいてくれなくなって…それで涼くん、もっとしゃべらなくなっちゃって。…多分精神的なものだと思うんですけど、一時期声が出なかった時もあるんです」


「……え?」

信じられない話にオレが目を瞠ると、彼女は微笑んで話を続けた。


「…そんなことがあったから高校に入るのも嫌がってて…だけど入ったら、入学した日からもうすごく目がキラキラして元気で。何があったか聞いたら健太郎さんが自分にいっぱい話しかけてくれて嬉しいって。あなたに無口でもいいって言って貰えて救われたって、すごく嬉しそうに話して…本当に明るくなったんですよ。だから涼くんがあなたを嫌いになったり、自分からかかわらなくなるなんてありえないです」


彼女のその言葉に、じわりと目に涙が溜る。

(涼、そんな風に思ってくれてたんだ…それなのにオレは…)

やっぱりあの言葉は、絶対に言ってはいけない一言だったんだ。

涙を流さないように耐えながら、なんとか彼女に問いかけた。


「……なんで、そんなに涼のこと知ってんの?」


「あれ、最初に言ってなかったですっけ?私は涼くんのイトコなんです。家も近くて同い年だから、親戚の中では1番仲良くて…涼くんがあなたと付き合ってるって知ってるのは、家族の中で私だけなんですよ」

そう言って彼女は笑った。



彼女の家は公園を挟んで涼の家とは正反対だったので、その場で別れる。

彼女が自宅の方へ歩き出すのを見届けるとすぐに、オレは涼の家へと走った。







ピンポーン、ピンポン、ピンポン、ピンポーン


涼の家についてすぐインターホンを連打。

涼のことしか考えてなかったので、親が出てくるとか迷惑になるとかそんな考えはなかった。

ただただ早く涼に会って、伝えたかった。



「……何?」

「……っ涼!」


玄関の扉は開かずに、扉越しに涼の声が聞こえる。

インターホンの映像でオレだってわかったから開けないんだろうか。

それでも無視せず扉のそばまできて話しかけてくれたことが少し嬉しかった。



「涼、ごめん。昨日は…あんなこと言うつもりじゃなかったのに、ホントにごめんっ」

「……別にいいよ。それが健太郎の本音だったんだろ。最後に本音聞けて良かったよ」


 " 最後 "

その言葉にズキリと胸が痛む。

やっぱりオレが今更何言っても無理なのかもしれない。

…でも、最後だとしてもそれでもちゃんと自分の気持ちを伝えたいと思った。



「今更何言っても信じてもらえないかもしれないけど…オレ無口な涼が、好きだよ。オレがいっぱいしゃべるのを涼がいつも聞いてくれて、オレはそれがすごい幸せだった」

「……」

「…だけど昨日、涼が知らない女子と楽しそうにいっぱいしゃべってて…オレ涼のことなんでも知ってる気でいたのにそんな涼見たことなかったから、すごいカッとなって。…だから無口な涼が悪いとか、無理してしゃべって欲しいとか、そういうんじゃなくて…あんなに楽しそうにしゃべるなら、そんな知らない女じゃなくってオレにしゃべって欲しいって思って…それで……っ」

「……」

「…昨日のあれは、嫉妬だ。でもだからって、あんなこと言うべきじゃなかった。ごめん。ほんとごめんっ」

「……」


涼は終始無言だった。

扉の向こうで聞いているのか、それとももう部屋に戻ってしまったのか分からないが、それでも必死に扉に向かって謝った。


「…涼、ごめん。…ごめん、だけどやっぱり、涼が好きだ」



オレが頭を下げていると、ガチャリと扉の開く音がした。


「……健太郎」

「……涼!」


顔を上げると玄関の扉は20cmほどだけ開けられていて、そこから涼がこちらを覗いていた。


「……すごい涙」

「……っ」

そう言って涼が隙間から手を伸ばし、オレの頬と目尻に触れる。

その手があまりに温かくて優しくて、余計に涙が溢れた。


「……健太郎は、オレのこと嫌になったんじゃないの?まだ好きでいてくれるの?」

「好きだよ。ずっと好き。涼がオレのこと嫌いになっても…仕方ないと思うけど、オレは涼がいい。涼が好きだ」


そう言ったら涼が手を引っ込めたので、その手を目で追うと

涼は今度は扉をしっかり開けて、その姿を見せてくれた。


「…オレが健太郎のこと嫌うわけないじゃん。オレは…健太郎に嫌われたんだなって、そう思ったから…だからこれ以上嫌われないように、もう一緒にいないほうがいいのかなって思って…それで…」

「オレが涼のこと嫌うわけないじゃんっ」

言葉に詰まった涼にオレがすかさずそう言うと、涼はふっと微笑んだ。



「昨日はさ…確かにオレいっぱいしゃべってたけど…でも多分、健太郎のことをしゃべってたからさ、オレ、自分からいっぱい話せてたんだと思う」

「……うん」

「…だから、ね。多分、健太郎といて、楽しくても…健太郎には、健太郎の自慢話できないし、他のことは、あんまり上手くしゃべれないし、やっぱり口数少ないと思うんだ」

「…うん…でも、」

言葉を発しようとしたオレの口を涼はさっと手で覆って、それからこう続けた。


「…だけどさ、オレがしゃべんなくても、健太郎はしゃべるのが好きだし…オレは健太郎の話しを聞くのが、好きだから…やっぱりオレたちはそれでちょうどいいと思うよ。オレは健太郎が好きだし、健太郎も、オレを好きなら…オレたちはやっぱり一緒にいるのが…いいと思うよ」


昔のオレの告白と同じようなその言葉を、ゆっくりでもそれでも精一杯言葉にしてくれた涼に、オレは何も言えなくなって、泣きながら涼に抱き付いた。


(うん、それがいい。オレと涼はそれでいい)

そんな思いで抱き付きながら必死でこくこくと顔を動かすと、涼はいつものように優しく、オレの背中をぽん、ぽんと叩いてくれた。




終   (2015.5.24)






「…でもオレも、なるべく、しゃべるようにするから……あ、そうだ。昨日しゃべってた子、オレのイトコでね…」

オレの背中をぽん、ぽん、と叩きながら話す涼の声は、歌うように綺麗で。


いつもはオレがしゃべって、涼がそれを聞いているのに、

涼がしゃべりだすとオレはその声に聴き惚れるように、うっとりと静かに耳を傾けた。


(いつもと逆だなぁ…でもそんな時間も幸せだ)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

それでいい 蜜缶(みかん) @junkxjunkie

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ