それでいい

蜜缶(みかん)

前編

「やべー、数学宿題多すぎねぇ?プリント5枚もあんじゃん。宿題あんの数学だけじゃねーのにさーもぅ何考えてんだあの先生…確か英語も今日多かったよな?」

「うん」

「あー…しかも明日に限ってあれじゃん。日にちオレの出席番号だから色々当てられる確率高いじゃん…もー最悪。今日一緒に勉強しようぜー。オレんちでいい?」

「うん」

「じゃあ帰りにあそこのコンビニ寄ってこーぜ。お菓子買ってきたい」

「うん」

「この間食べたあれ、ポテチじゃなくてなんだっけ?あのサクっとするこんくらいのヤツ!あれ新しい味出たらしいんだー、期間限定の!今日あれの味全種類買って食べようぜー」

「うん」



「……お前らなんで友達なんだろうなー?すげぇ不思議」

「時々健太郎がでけー声で独り言言ってるように見える時あるよな」

オレが既に宿題のことは忘れ去ってお菓子のことで頭いっぱいでニヤニヤしていると、耳タコになるくらい何度も聞いたそのセリフをオレらのやり取りを見ていた友人に言われる。


「そうか?めっちゃしゃべるのと静かなので超バランスいいじゃん。な?」

そう言って涼の方を見れば

「うん」といつものように笑顔で返される。


(…まぁ、実際は友達じゃなくて恋人なんだけどね。)

そこはもっと驚かれるだろうから言わないけど。




割と社交的で活発で良くしゃべるオレに対して、口数が少なくて内向的な涼。

端から見ると見た目も性格も正反対すぎて不思議な組み合わせらしいが、オレには何でそう思われるのかさっぱりわからない。


オレみたいなよくしゃべるヤツと一緒にいるのもワイワイ騒げてそれはそれで楽しくていいんだけど…でもそれよりも、オレは涼といる方が断然居心地がいい。

涼はオレの話を文句も言わずにじっくり聞いてくれるし、オレの欲しい相槌を程よくうってくれて、優しく微笑んでくれる。

そんな涼だからオレは気を遣わずに自然体でいれて、話したいことを話したいだけ話せるんだ。



そんな涼にオレは日ごとに惹かれていって…告白したのもオレの方からだった。

…確か「涼ってめっちゃ無口だよね」ってなんかの拍子にぽろっと言ったら、

「…そうかな?つまらない?」って悲しげな顔をされて。そんで慌てて

「いや、全然!つまらないとかありえない!めっちゃ居心地いいから!オレ涼のこと、好きだし!だから付き合おうよ!オレめっちゃしゃべるから、オレと涼が2人でいればちょうどいいと思うよ!」

とか訳の分からないことをべらべらノンブレスでしゃべったと思う。

そんなオレに涼は呆れもせずに優しく微笑んで、「うん」と言ってくれた。



だからオレにとって涼といることは全然不思議なことではなくて、とても当たり前のことで、むしろこれ以上ないくらいに相性がいいと思っている。

涼だって自分と同じタイプのヤツといたら超無言で会話が生まれないだろうから、きっと同じように思ってくれてるに違いない。






「期間限定の、から揚げ味だってのはびっくりだったなー!ありそうでなかったかも…でも美味いなー!まぁこの菓子ならなんでも美味いか!塩もチーズもたらこも美味かったしー…あれ?ピザ味って前なかったっけ?今日売ってなかったよな?あれも期間限定だったっけ?」

「んー…それは違うヤツじゃなかった?ポテチっぽいギザギザしたヤツ…」

「そうだそうだ!あれも美味かったなー…ちっこいチーズがさ、1枚1枚についてるのがいいよなー」

「うん」

「そいえばこないだ塩味の分厚いポテチをアイスに入れてぼりぼりくったらさ、超美味かった。柿の種入れても美味かったし、柿の種チョコ入れても美味かったー」

「そうなんだー」

「今度一緒にやろうぜー。他のもなんか入れて美味くなるかやってみたい。グミとか入れたら美味いかなー?ベースのアイスはバニラか抹茶しかやったことないんだけど、チョコとか苺でもいけそうな気がするー」

「うん、楽しみ」


帰りに買ったお菓子をぼりぼり食いながらオレがべらべらとしゃべってるうちに、涼はいつの間にか宿題を終えてオレの勉強が終わるのを相槌を打ちながら待っていた。

それはいつものことだから焦らずに、オレはお菓子と話のためにせっせか口を動かしながら、シャーペンをカリカリと必死に走らせた。




「あー…おわった…」

「お疲れさま」

オレの宿題が終わったのは、涼が終わってから20分後だった。

涼はいつものように文句も言わずにオレの宿題が終わるのを待っていてくれた。

「涼ー…癒してー…」

宿題をかたずける間さえも惜しくて、そのまま横から涼にぎゅっと抱き付いて、涼の肩に顎を乗せる。

すると涼は何も言わずに、抱き付いてきたオレの腕をぽん、ぽん、と優しいリズムで労わる様に叩いてくれた。


(あー…癒されるなぁ…)

疲れた時はオレも無言になって、ただただ涼とぼけーっとしてる。

涼とならそんな時間も気まずくなることなく、あったかい気持ちになれる。


基本的に喋りまくるオレだけど、甘えたり癒されたい時は静かでいたい。

涼はそのすべてを程よく叶えてくれるのだ。

オレにとっては涼といる何もかもが心地よくて、そして幸せだった。

だから周りがどう思おうと、オレには関係なかった。







「涼ー、今日放課後臨時委員会になっちゃった。今度の体育祭のことだってさー。いつ終わるかわかんないんだけど…涼先に帰ってる?」

「んーん、待ってる」

「そっか。終わったらすぐメールするから。遅いと思ったら途中で先帰ってもいいらな?」

「うん」

じゃーいってくる、と涼に手を振って、委員会の相棒・塩川とともに教室を出て、集合場所の化学室へ向かう。



「…健太郎と相田って学校だけじゃなくて外でも仲良いよな?」

化学室へ向かう途中、長い足をゆったりと動かしている塩川に問われた。…ちなみに相田とは涼のことだ。


「うん、まーそうだけど。…やっぱ不思議?オレと涼の組み合わせって」

問い返すと、塩川は不思議そうに首を傾げた。

「や、別に?相田ってさー、あんましゃべんないじゃん?健太郎と2人っきりの時だけすげぇしゃべったりすんのかなーとか思っただけ」

「あー…ないない。涼は基本あのまんまだよ。涼はあれが素だから」

「そうなんだー」

そんな話をしてるうちにあっという間に化学室へ到着。いつもの指定の席へと腰掛ける。



(そいえば涼がいっぱいしゃべってんのって、見たことないなぁ…)

委員会は居残りさせられたにもかかわらず、プリントを配られてそれを上から順に読み上げられてるだけなので、後でプリント見直せばいいからぼへーっと右から左に聞き流す。

(…めっちゃしゃべる涼とか、想像つかない)

元々口数が少ない涼だけど、オレといる時は…多分オレがしゃべり倒すせいか、よく考えたらいつも以上に口数が少ないかもしれない。

(オレの話聞いてくれる涼も好きだけど、オレは涼の声も好きなんだけどなぁ…)

なんだか無性に涼の声が聞きたくなって、早く委員会が終わらないかとうずうずした。





「プリント読んどいて」ってだけで良かった気がするような内容の委員会は、結局1時間もかかった。

終わったらメールするって言っといたけど、そんな暇さえ惜しくて塩川と別れて走って教室へと向かう。


たったった…


人気のない廊下に自分の足音だけがやたら響く中、教室が近づくと、教室から漏れた誰かの話声が聞こえてきた。


「……xxxxxxxx!」

「xxxxx?」

「xxxxx、xxxxxxxxxx!xxxxxxxxxxxxxxxxxx!」


(………え?)


自分の教室に近づくにつれてだんだん大きくなるその声。

会話の内容までは聞き取れなかったが、その声は、オレが聞き覚えがある…っていうか、むしろ今聞きたくて聞きたくてしょうがなかった声に聞こえた。



ガラッ…

「…それでねっ!」



オレが教室の扉を開けて、「あ」と声を出して振り向いたのは、間違いなく涼だった。

そして涼の向いには、話し相手なのか、知らない女子が座っている。


涼と供にいる知らない女子の存在にも驚いたが、だけどそれ以上に…


(今、しゃべってたの、涼の方…?)


主にしゃべっていたのが涼だった事実に驚いた。

廊下に漏れてた声のほとんども、扉を開けた時に「それでね!」と興奮気味に話していたのも、女子ではなくて涼の方だった。

涼だって、オレに話を振ったり、自分から話すことはあるけど…たまにだし、そんなに大きな声で楽しげにしゃべってるのを見たことが無い。



(…なんで…)

茫然としているオレを他所に

「あ…じゃあ私帰るね。またね」

そう言って涼と喋っていた女子は、涼に手を振ってオレに軽く会釈をして、さっさとオレの横を通り過ぎて行ってしまった。



「……」

「…健太郎、お疲れさま」

そう言って、何事もなかったようにオレの元へと寄ってきた涼。

扉を開けた状態のまま全く動かないオレに、帰らないの?と言葉ではなく目で訴えかけてくる涼に、オレは初めてイラッとした。


「………さっきの何?」

「え…?」

「さっきのあの子としゃべってたの、何!何なの?!オレの前ではあんなにしゃべったことないじゃん!いつもオレの話聞いてばっかで、自分からほとんどしゃべってくれねーじゃん!なんでオレの前ではしゃべんねーんだよ!オレの前でしゃべれよ!!」


気持ちに任せて怒鳴る様に言ってしまい、言い終わってからはっとしたが、

それでも間違ったことは言ってないと言い聞かせて、ぎゅっと握り拳を作って顔を俯けた。


少しの間沈黙して、それから涼がぽつりと呟いた。



「…健太郎は、オレが無口って知っててそれでも好きって言ってくれてると思ったけど…違ったんだね」



その言葉にはっと顔を上げると、涼はとても傷ついた顔をしていて、

何もしゃべれなくなったオレを残して1人で帰って行ってしまった。

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