第10話覚醒
結局、大河内はこの岸辺駅に 当分、いることになった。
由香里ちゃんが、いやそうな顔をしたけど、神父さんが決めた事だ。
”だって、健吾君をいつも殴ってイジメてた人でしょ。弱い者いじめは許せない”
口ではそういう由香里ちゃんも、彼の事故の原因を聞いてるので、
いつもの威勢がない。
それに、弱い者いじめって、弱いもの=僕? ちょっと悲しい。
大河内に何度も聞かれたが、僕は自分がなぜここにいるのか、わからない。
彼岸にいるくらいだから、生死の境目なのだろうけど。多分。
逆に彼にいろいろ僕の事を聞いても、ヘタレだのドジだのとしかでてこないし。
僕は、肝心の、ここにくる直前の行動がわからない。
ネトゲは、やっていたのはかろうじて思い出した。
RPGのよくあるパターンのゲーム。確か、そこでは、魔導士で
そして、治癒魔法が使えて、仲間のHPを回復させて・・・
「由香里ちゃんは、ネットゲームはどんなのやってたの?」
「うん、確か、”ヴァルハラ戦記” だったかな。
普通にRPGだけど、戦いの場面がちょっとえぐい。仲間を集めて戦うんだけど、
一人でも出来る、もっともすぐHPなくなって、落ちるけどね。私は騎士役だったのよ」
由香里ちゃん、女子で騎士役って、性格通り勇ましいよ。
「HPってなんでしょうか?」
神父さんには、わからないだろうな。子供の時はそんなゲームないし、
神父になってから、ゲームで遊ぶなんてなかっただろうし。
HPは、体力のバロメーター。0になると、その回はゲーム終了。
また、最初からやり直しだ。
ここ、彼岸にいる僕はさしずめ、HP2、とか1とか?
ネトゲ、ネットゲームに、昼夜関係なく打ち込む人もいるけど、僕は
そこまでじゃなかった気がする。
あの男を見かけてから、外に出るのが、怖くて億劫になった。
そして、ゲーム。食事もしないでやってた。
僕は、おたく?いやいや、それまでは、どこかへ毎日出かけてたようなきがする。
神父さんにゲームを説明しながら、途中から独り言のように、僕は
僕の生活について、喋っていた。喋るうちにだんだん、映像が浮かび、思い出してきた。
いつもの地下鉄駅から5駅目で下車、そこでバスに乗り換え、そう。
(そこであの男を見かけた。)大学へ通ってたんだ。
神父さん、満面の笑みで
「よかったですね。あと少しですね」
「そっか、大学生だったんだ。生きてるうちに一緒にチーム組んで、
ゲームの中で冒険したかった」
由香里ちゃんが、寂しそうに笑ったのがちょっと気にかかったけど。
ところで、”よかったですね”って?
全て思い出したら、向こう側へ行けるとか?
まさか、お祝いのケーキが出るって事はないだろうけど。
思い出したら、大分、脳内の血のめぐりがよくなったのか、
いろんな場面が僕の脳内で フラッシュしてる。
父母の顔、大学での勉強。サークルには入ってなかった。
友達はいたけど、特に親しい友達はまだ出来てない。
僕は、大学1年生だった。
部屋は普通の1LDK。そこそこのアパート。
寝るときは、布団を敷いて。そうだ 僕は寝てたんだっけ。
じゃあ、これ夢?
違う違う。きたばかりの時に頭をふったり、ほほをつねったりしたけど、目は覚めなかった。
確か、具合が悪くて ”寝れば治る”方式で 寝てて、そう、どんどん具合が悪く
なったのかも。そういえば、救急車の音がしたのを覚えてる。
アレって、僕を運ぶためかも。もしそうなら、僕は病院で寝てるのか・・
体は病院にあって、今の僕は魂だけ。
そこまで考えた所で、神父さんに肩を叩かれた。
「健吾君、君がここに来た時、びっくりすると同時に、死の証明になる”切符”
を持っていなかったので、ホっとしました。
実は、ごくたまにこういうケースがあるんです。生死の境を、さまよってる場合はね。
ただ、記憶をなくしてるようで、それは、生きる気力をなくしてかけてるのだと、
僕は思ったんです。少しづつ自分で思い出せば、その時は、現世に戻れるときだろうって」
やっと、奥田神父さんが、僕についていろいろ、黙っていたわけを教えてくれた。
僕のためを思ってだったんだ。
確かに、自殺こそ考えないまでも、倒れる2月くらいは、投げやりな生活を
していた。実際、あの男に会う可能性があるなら、大学をやめ、どこかへ消えたい
気分だったし。
「健吾君、お手伝い、ありがとうございました。後は、大河内君に
バトンタッチしてください。」
”え~、俺っすか?紅茶なんて、入れ方もしりませんけど”なんて
いってる彼を無視して、神父さんは、僕のエプロンを外し、彼に渡した。
「私は大変助かりましたし、勉強になりました。それと、健吾君が怖いって言ってた
男については、私が上にかけあっておきましたので、もう会う事は
ないでしょう。さあ、お別れの時がきました。健吾君は目覚めれば、ここ岸辺の駅
での事は、一切忘れます。」
ここでのゆったりした生活、かわいい由香里ちゃんや、優しい神父さん、
実は優しい処もあった大河内。
ここで出会った人の事を忘れてしまうのか・・
それは、いやだ。
「僕は忘れない。意地でも覚えておく。手に、ここの事をかけば、
少しは 覚えてるに違いない」
ボールペンで書こうとしたけど、上手くいかない。
手が半分すけて、ペンがとおりぬける。
「健吾、馬鹿じゃない?もう、ここでは、魂なんだよ。かけるはずないじゃん」
「こいつは、ヘタレの上に馬鹿だったのか?」
「健吾君、お別れといっても、一時的なものです。神様のもとで、また、会いましょう。」
「しばらく、ツラみせるなよ。頑張れ」
「健吾君、さようなら。長生きして。神父さんから話を聞いた時に覚悟はしてたけど。
私、やっぱり悲しいし寂しい。」
由香里ちゃんは、喜ばなきゃいけないのにって言いながら、ボロボロ涙をこぼしてる
「さあ、健吾君、自分の体に戻って下さい」
その言葉を聞いた途端、神父さんと大河内、由香里ちゃん、3人の姿が小さくなっていく。
いや、僕が離れていくんだ。猛烈なスピードで風のように上っていく。
岸辺の駅が小さく下に見えた。そのうちすべては雲に覆われ、
一瞬、何も見えなくなった。
「奥田神父さん」 と僕がやっと声を出せた時は、僕は、ベッドで寝ていた。
蛍光灯の光がまぶしい。手にも足にも、なんかがいっぱいついてるし、体も動かせない。
だるい。気持ちわるい。息苦しいし、こんな思いするんなら・・するんなら、なんだっけ・・
「健吾、よかった、やっと目を覚ましてくれたのね」
「おし、やれやれ、本当によかった。」
両親が 涙ながらに僕の手を握り、頭を撫でた。
僕は、風邪から肺炎を起こし、三日三晩、高熱でうなされ、意識不明だったそうだ。
ー・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-・-
次の日には体のほうは、だいぶ楽になって、ICUという処から、病室に移った。
2週間ほどで退院できるそうだ。
医者に”栄養失調一歩手前でしたよ”といわれ、母さんは、すみませんと、くりかえし
頭を下げてた。母さんのせいじゃないけど、責任感じるらしい。
ごめん、母さん、心配かけて・・。
ベッド横のテーブルに、奥田神父さんの写真が飾られてた。
「母さん、もう、奥田神父さんに、神様に取り次いでもらえるよう
必死にお祈りしたのよ。健吾も、目をあけた瞬間、神父さんをよんだそうね。
きっと、お願いを聞いてくれたのよ」
僕が意識をとりもどしたとき、神父さんの名前を言ったのは、そのせいだったのか?
どうも意識がない時の夢は覚えてない。ただずっと奥田神父さんと一緒にいた気がする。
神様もお祈りの力も信じないけど。
次の日、見知らぬ女の子が訪ねてきた。
かあさんが、何度もお礼してる。部屋の中で倒れてる僕を見つけ、通報してくれた人だそう。
向こうは僕の事をよく知ってるらしい。
もしかして、ネトゲのグループの仲間?でも、女子はいないはず。
「あはは、わからないわよね。初対面だもの、初めまして。同じグループで
戦士やってる "龍" です。最近、出てこないし、オフミの時も欠席したでしょ。
で、住所を仲間に聞くと、ちょうど知り合いも住んでるアパートでね。
頼んでチェックしてもらったの。
電気、昼間もつきっぱなしで、新聞もたまっていて、鍵もあいてるのに、応答がない。
最悪の事態を想定しちゃったよ。一時は大変みたいだったけど、元気になって
本当によかった。息のあう魔導士がいないと、ゲームでも調子狂うしさ」
僕には親しい友達はいないと思ったけど、それでも、心配してくれるネット仲間が
いたことは、とても嬉しい。
彼女の名前は、後藤 ありさ ちゃん。なんだ、由香里じゃないんだ って思って、
なんで、自分が由香里という名前がでてきたのか、不思議だった。
僕は退院して、またいつもの生活に戻った。
でも、4年前に亡くなった奥田神父の写真をみるたびに、
”思い出さなきゃ”って気分になる。不思議だけど。
岸辺の駅 雪 よしの @ashibetu
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます