第24話 本気の稽古

 リアが相も変わらぬ規格外な動きを見せた一方、〈魔境の深林ネプラ・コルクス〉。ジネットとリアが住む巨木のうろの中では、ジネットとマリーナがテーブルを挟んで座っていた。


 マリーナは魔法の扱いに関して言えば、人並み。中の中からその上といった程度が甘く見積もった結果である。少ない魔力を身体強化にのみ注ぎ込み、剣術を主体とした戦い方をしてきたのだが、それでもやはり遠距離から中距離に対する手立てが足りていない。

 そこで、ジネットに頼み込み、うまく魔法を扱えるようにと勉強しているのだ。

 休憩という事で燃え尽きたマリーナが机に突っ伏している向かい側、ジネットが本を読んでいると、ふとマリーナが口を開いた。


「ジネット様」

「なんだい? 休憩はもう終わりでいいのかい?」

「へっ、いやいやいやっ、そうじゃなくて!」


 慌てて身体を起こして否定するマリーナの姿にくつくつと肩を揺らして、ジネットは本を閉じた。


「で、改まってなんだってんだい?」

「……リアを魔法学園へ入学させるって話、受けるんですか?」


 マリーナの問いかけに、ジネットはゆっくりと思考するかのように瞑目し、そのままに口を開いた。


「……確かに、あの子の実力と持っているポテンシャルを考えるなら、学園に通わせる必要性はないだろうね」


 けれど――と、ハーブティーの注がれたカップを見つめるように目を開いて、ジネットは更に続けた。


「あの子には、必要な事だと思うんだよ」

「必要、ですか?」

「そう。一般的な暮らしがどういうものであって、今のリアがどれだけ強いのか。そして社会に出て行く――生きていく上で、どんな世界が広がっているのか。それらを知り、学び、対処していくのは他ならぬあの子だからね」


 リアの出自――最上級神であるアスレイアの寵児であるという事実も、前世を生きていた事はもちろん、病床に臥せっていた事を知るからこそ、ジネットはそう考えている。


 リアの世界は、まだ狭い。

 情報が溢れ、誰もが手に入れられる日本という国で生きていたおかげか、確かに病床に臥せていた割には物事を知っている。彼女がプレイしていたVRMMOの中でも他者との交流はあるにはあったが、しかしリアは基本的にソロプレイというスタンスを貫いていた。

 と言うのも、病状が悪化した時に唐突に意識が飛んでしまう事もあったため、どうしてもパーティーを組むようなプレイスタイルは不可能だった、というのが実情だったからだ。


 そういった経緯もあってか、リアは前世の年齢に比べてみても、まだまだ

 圧倒的に、人との関わり合いの中で培われるべき経験が少なすぎるのである。


 以前ジルを通して、将来何がやりたいのかといった話をした時に出てきた、漠然とした将来の夢。

 それはまず間違いなく、子供が抱く夢のそれだ。

 情報は知っていても、そこに至る経験や経緯、根拠と呼べるものが伴っていない。


 幸いと言うべきか、不幸と言うべきか、リアは転生した。

 おかげで年齢相応の行動を取るのは自然であるし、前世で経験していない生活を経験できるというのなら、魔法学園に在籍するというのも決して悪い事ではないだろう、というのがジネットの見解であった。


「――私はね、できる限りあの子に全てを教えてやりたいと思っているよ。けれど、私でも、あんたでも教えられない事がある。同年代の子達と切磋琢磨したり、時には喧嘩したりもするだろう。嫌われたりもするかもしれない。けれど、そういったものが人を培っていくと、私はそう思っているんだよ」


 もちろん、それだけではない。

 リアがジネットに託された際、熾天使であるティアから言われた『再びの動乱』。その刻限は曖昧ではあるものの、そう遠くない未来に訪れるのだろう。

 戦力としてではなく、友としてリアと共に生き、新たな時代を支え合える仲間は、必ず必要になるとジネットは確信している。力に呑み込まれ、道を違えてしまいかねないそんな時に支えてくれる存在。


 ――それこそ、かつてのジネットがそうであったように。


「――私には、あの子を支え続けていられるだけの時間が残っていないからね」


 ジネットがぽつりと呟いた一言。

 その一言の意味を探ろうと口を開きかけるマリーナであったが、ちょうどそのタイミングでリアが「ただいまーっ!」と入り口から大きな声をかけると、出入り口の階段から浮かばせた銀珠に飛び移り、するすると二人の元へとやって来た。


「おかえり、リア。どうしたんだい、そんなに嬉しそうにして」

「これ見てっ!」


 早速とばかりにリアが取り出したのは、〈雪華〉。刀としてはもちろん、芸術品としても価値があるであろう白い鞘に青い花の紋様が刻まれたそれを見せ、リアが得意気に胸を張る。


「これが頼んでたヤツだね?」

「うん、そうだよ! 抜いてみせる?」

「あぁ、お願いしようかね」


 キラキラと双眸を輝かせて訊ねているあたり、見せたくてしょうがないといったリアの心情が窺い知れる。ジネットが微笑ましいものを見るかのように告げれば、リアが早速立ち上がり、刀を抜いた。

 刀身に刻まれた魔導文字は、魔力を通す事で斬れ味を増加させる。鞘とは違い、こちらは雪の結晶を思わせるような形で文字が刻まれているのか、リアが魔力を込めると、青白い雪の華が咲くように光が広がった。


「……これはいいね。魔力の流れ、武器そのものの特性、金属の適合性。どれを取っても一級品と言える代物だよ」

「へへへー、わたしも気に入ってるんだー」


 ニコニコ、というよりはいっそニヤニヤとした笑みを浮かべながら告げるリアの頭を撫でて、ジネットは〈雪華〉を鞘へと収めさせた。


「リアのあの超高速の接近攻撃と、銀珠かぁ……。はは、どうすれば勝てるのかな……」


 遠距離では銀珠が縦横無尽に空からも襲いかかり、距離を詰めれば〈雪華〉。

 確かに己の剣の実力にはマリーナとて自信を持っているが、リアの使う抜刀術という代物は未知の剣術である上に、銀珠を利用して立体的な行動すら可能にするのだ。常識は通用しないとも言える。

 そんなリアの姉貴分として見守るつもりであるマリーナだが、何もリアに勝てないままで良いとは思っていない。新たな戦闘スタイルを生み出す必要があると深く決意させる瞬間であった。


「いいだろう、リア。私が直接稽古をつけてあげようじゃないか。相手してあげるよ」

「ジーネが?」


 驚きに思わず声をあげるリア同様、マリーナにとってもまたジネットが直接模擬戦に参加してみせるというのは驚きであった。そもそもジネットは基本的に、動きの指示などは口にするが、直接的に戦おうとはしなかったのである。

 思わずといった様子で顔を見合わせるリアとマリーナに、苦笑しつつもジネットは外へと出るように促した。




 外へと出たジネットが、三つのバスケットボール大もある銀珠を浮かばせる。

 対するリアは、同じく三つの銀珠ではあるものの、ジネットの操る銀珠とは違い、ソフトボール大程度の大きさの銀珠を三つ浮かばせていた。

 お互いに銀珠を操る者同士ではあるが、リアは手に〈雪華〉と同じく刀の形をした木刀を握り、対するジネットは木製の長杖を手に構える。


「銀珠で銀珠を抑えながら戦ってみな」

「わかった!」


 開始の合図は必要ない。お互いに戦いの意思を見せた途端、空気が張り詰めていくのをマリーナも感じ取っていた。


 刹那、お互いがお互いの射線を守るように銀珠が動き、訓練用に使っている【風弾】の魔法が銀珠から同時に発動し、互いに相殺する。まるでそれぞれが個々に意思を持つかのように動き回る銀珠と銀珠の魔法の打ち合いに、マリーナは思わず固唾を呑んだ。

 そんなマリーナの耳に届く、甲高い木と木のぶつかり合う音。

 すでにお互いの間合いを詰め、リアが振るった木刀をジネットが余裕の表情のまま受け止め、くるりと回りながら後ろ回し蹴りでリアの側頭部を急襲する。


 しかしリアもまたそれを理解していたかのように後方へと身体を仰け反りつつ避ければ、ジネットの死角であったリアの後頭部後方に佇んでいた銀珠が【風弾】をジネットへとお返しとばかりに放った。リアは木刀を手にジネットに襲いかかりつつも、すでに真後ろに銀珠を誘導していたのだ。

 にやりと口角をあげるリアとは対照的にジネットが目を剥く。


「――チッ!」


 回避するのは難しいと判断し、放たれた【風弾】へとジネットが魔力を込めた長杖を振るい、そのまま打ち上げるように弾き飛ばした。


「うそぉ!?」

「ほれ、油断するんじゃないよ」

「わわわっ、うにゃーっ!」


 打ち上げた杖をそのままにジネットの手から飛ばされた【風弾】がリアの身体を後方へと吹き飛ばした。

 ゴロゴロと転がされて目を回すリアに、ジネットが苦笑しながら小さく息を整える。


 ――やっぱりこの子は天才だねぇ……。

 改めて手合わせしてみて、ジネットはそんな感想を抱いていた。

 自分が操る銀珠三つに対し二つの銀珠で対応しつつ、攻撃に移行させる。それは三つの銀珠をランダムな位置から攻撃させるようなジネットとは全く異なる攻撃方法だ。

 詰まるところ、戦闘中にもそういった判断を下しつつ動けるという事だ。

 基本的には前方――それも自分が注意を向けている場所にしか攻撃できないというのがジネットの弱点でもあるのだが、リアの場合はどこに目がついているのかと言いたくなるような操りぶりだ。

 たとえ混戦であっても、リアの今の実力ならばそんな事は何も不利にはならないだろう、とジネットは確信する。


 ――――だからこそ、本気で戦い、全てを教えると決めた。


「――立ちな、リア」


 いつもの嗄声とは異なる、張りのある若い声にリアがジネットを驚いたように目を見開きつつ見つめた。


「じー、ね……? あれ、でも、若い人……?」

「ちょっとした魔法さ。それより、リア。今日からあんたに、本気での戦い方を学んでもらう。私は手を抜かないからね、死に物狂いでかかってきな。じゃなきゃ――死ぬよ」


 それはかつて、ジネットがナゼスで起こった戦いの中で見せた魔法。本気で戦う時の為だけに普段から力を蓄え、一時的に全盛期と同等の力を発揮するジネットの固有魔法――【肉体回帰】。

 この力こそ、ジネットがかつて一柱の神である『魔と叡智の神』であるアールアの目に留まり、加護を得るに至った理由でもあった。


「――さあ、さっさと始めるよ」


 ジネットによる本気の稽古が、この日を境に始まったのであった。

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〈銀珠の魔女〉を継ぐ少女 白神 怜司 @rakuyou1214

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