【beatmania】
レトロゲームと古本屋と
【違和感】
田んぼの稲穂も実りつつあり、秋の気配を感じる
大きなおだんご頭のお隣さん、
声の主がいないのかといえば、そういうわけでもないようだ。
カウンターでぼんやりとノートPCを眺めているポニーテール娘がいる。
白い無地のシャツに黒のタイトなチノパン、そしてその上に黒エプロンを着用。いつもの正しい本屋さんスタイル、
「千秋ちゃん?」
「うひゃあっ!? す、すみません、いらっしゃいま……あ、泉さん」
「どうしたのさ、そんなぼんやりしちゃって。お客さんにも気づかないなんて千秋ちゃんらしくもない」
「えっ、いや全然! 全然そんなことないですよー?」
「ふぅん? まあいっか。大平さんは?」
「あっ、てんちょうなら奥にいますよー」
「そかそか」
背の高い本棚の立ち並ぶ、店の奥のほうへ向かいつつ、ふと、違和感を感じる高清水。
(……ん? いつもの千秋ちゃんなら呼んでくれるような。「てんちょうー」って)
ほどなくして店の一番奥の本棚に到達。
古本屋の店主、
高清水はそっと背後に忍び寄り、耳元で囁く。
「……矢留おにいちゃん」
「うわっ! な、なんだ高清水か……。やめろよその呼び方。旭川くんに聞かれたらどうするんだよ」
「いいじゃんこっそり小声で囁くくらい。でも何か? 聞かれたらマズいことでもあるの?」
「えっ、いや全然! 全然そんなことないぞ?」
「ふぅん?」
既視感。
先ほどの旭川とのやりとりを思い出し、ニヤニヤする高清水。
(こりゃーなにかあったな……!)
「で、今日はどうしたんだ?」
「あ、そうそう、なんか食べるかなって思ってさ」
手元のスマホで時間を確認する大平。すでに一四時を回っている。
「そうか、もうこんな時間か。じゃあ、あんかけ焼そばで頼む」
「はいはい毎度ー。んじゃまたあとで!」
【クレイジーアフロ】
(うーん……あたしもここまでくると、大平さんに対する気持ちが恋愛感情なのか、おにいちゃん的なモノなのか、よくわかんなくなってるしな。素直に応援してやるべきか、何か策を弄するべきか……)
高清水があれこれと思案しつつ店の奥から入口横のカウンターまで戻ってくると、旭川が買取希望の客対応をしている。細身のスーツ姿に小さめのアフロ頭という、なんとも風変わりな格好である。頭のインパクトに似合わず、割と幼い顔立ちをしている。
「……ではこの用紙にご記入をお願いします」
「はいはい……ん、あれ?」
ふと、近づいてきた他の客に目をやるアフロの男。突然、ぱあっと表情が明るくなる。
「あっ……泉!? 泉だー!」
「げ、もしかして……
珍しくひいている高清水の様子など気にせず、高清水の手を取り興奮気味にまくしたてるアフロ川元。なにごとかと奥から大平も出てくる。
「いやー会いたかったよ! そうだ、これからひさしぶりに一緒にゲーセンいこう! そうしよう!」
「五年振りだってのに、相変わらず人の話聞かないヤツだねえ。ゲーセンだって昔っからあんたが勝手についてきてただけでしょ」
「いやー泉の音ゲープレイ、見るの好きなんだよね! バトルじゃ全然手も足も出ないけどねー。あ、泉自身のことはもっと好きだよ?」
まったく会話がかみ合っていない上に突然の告白。大概のことにはひょうひょうとしている高清水だが、さすがにこれには真っ赤になって焦っている。
「はあっ!? な、なにサラッとついでに告白とかしてんの!? は、恥ずかしいヤツだなっ」
「ボクは全然恥ずかしくないけど?」
「言われてるあたしが恥ずかしいんだよっ! そもそも昔お断りしたでしょ」
「昔は昔、今は今。ボクも結構うまくなったんだよ? 音ゲー」
「いやいや音ゲーの話じゃなくてね……ああもういいや、いいよ、ゲーセンでもどこでも付き合うよ」
「付き合ってくれるの!?」
「いや違う! ゲーセンに付き合うって言ってるの!」
「やった! じゃあ今すぐ行こう! 行こう行こう!」
「ちょ、待て、まだうち営業中ぅぅぅ……」
腕を取られ、ものすごい勢いで店の外へ引きずられていく高清水。
「あー、査定……」
「あー、焼そば……」
呆気にとられ、残された二人は顔を見合わせる。
「「……!!」」
が、すぐに気まずそうに視線を逸らす。朝から、というか、先日からずっとこの調子だ。
「て、てんちょう。これ、査定お願いしていいですか……」
「ああ、うん、そうだね、やっとこうかね……」
大平は旭川と視線を合わせないまま、所有者不在のゲームと周辺機器の山を、カウンター向かいのゲームスペースへ運ぶ。
旭川はため息を一つ。
手元の買取申込用紙には、『川元むつみ』と名前だけが記入されていた。
【見かけによらず】
動作チェックを始めて、大平が気づく。
(これ……ほとんど音ゲーだし、どれもかなり使い込まれているな)
特に目立つのは、下手をすれば買取不可になりそうなほどににボロボロに使い込まれた、beatmaniaⅡDX専用コントローラー。ボタンを押して、数回に一度はまともに戻ってこない。
(修理すれば使えそうだけど……これは相当練習したんだろうな)
さっきのやりとりを聞いていれば、理由は簡単だ。高清水に追いつき、一緒にプレイしたい。そういうことだろう。
(なんかクレイジーな人だったけど、終わらない夏の呪縛から解放された今の高清水には、必要な人かもしれないな……)
そう考える大平の心中は、まさしく妹を案じる兄のような心持ちなのだろう。
(さて、あいつはあいつとして、今のこの状況もなんとかしないとな……うん、これがあるか。ちょっと使わせてもらうとしよう)
【DJ
大平はPS2に一本のソフトを入れ、beatmania専用コントローラー『DJ STATION PRO』をつなぎ、起動させる。
初代PSの起動画面に切り替わり、ゲームが起動。コナミの『beatmania』だ。PS版なので、アーケード版の『2ndMIX』の移植である。
ゲームをスタートしまずは一曲目、『hip-hop』を選曲。最も難易度の低い、入門曲だ。
画面上部から降りてくる
一つのミスもなくクリアし、選曲画面に戻される。
ターンテーブルを回し、曲を選んだところで、大平は立ち上がり、テレビの電源を切って旭川に声をかける。
「旭川くん」
「はっ、ふぁいっ!?」
まだまだチェックは続くと思って油断していた旭川は、思わずおかしな返事をしてしまう。
「ちょっとこれから大口の仕入れで外に出なければならなくなっちゃったから、しばらく頼むよ」
「りょうかいです。……あ、その査定のやつ、どうします?」
「ああ、PS2の電源入れっぱなしにしておくから、作業一段落ついたら遊んでてよ。五鍵のビーマニとかやったことないでしょ」
「いいんですか? ちょっと気になってたんですよね」
「うん。帰ったら必ず感想聞かせてくれよ」
「え? はい、わかりました……」
旭川は最後の念押しに多少の引っかかりを覚えつつも、素直に受け止め大平を送り出す。
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【やさしさの代償】
大平が出かけてしばらくして黄昏時。
ボブカットに銀縁メガネの理知的な雰囲気をまとった女性が店を訪れてくる。
「いらっしゃいませー。あ、
「こんにちは、千秋ちゃん……あれ、五鍵の専用コントローラー、しかもPROじゃない。懐かしいな」
入店するなり、ゲームスペースにセットされている『beatmania』に食いつく彩子。
「あ、それさっき買取で入ってきたやつなんですけど、チェック中にてんちょう出かけちゃって」
「チェック中、ね」
「で、作業終わったら遊んでてって。必ず感想聞かせてくれって言ってました」
「そうなのね」
彩子はテレビの電源を入れ、選曲で止まっている画面をまじまじと見る。
(『ballade』が選曲されている……PS版初代、要するに『2ndMIX』の『ballade』といえば……へえ。洒落たことするじゃない、大平くん)
「千秋ちゃん」
「ん? なんですか?」
「大平くんのこと、どう思う?」
「ど、どうって……! なんのこと……ですか……」
思いもよらぬ問いかけに驚き、次第にうつむいてしまう旭川。答える声も尻すぼみになっていく。赤く染まった顔は、ガラス窓から差し込む夕焼けのせいか、それとも。
「もう、その反応だけでわかっちゃうわよ。素直な子」
やれやれ、とやさしく微笑みかける彩子。
「なにがあったのかとか、無粋な詮索はしないわ。でも、なにかがあって、千秋ちゃんは大平くんのことが気になってしまっている」
「……はい。好き……なのかどうか、まだよくわからないんですけど……」
「で、大平くんの気持ちも知らないわけよね」
「はい。てんちょう、やさしい人ですから……。わたしだからやさしくしてくれているのか、それともそれが普通なのか、よく、わから、なくって……」
「そうね。やさしい人の特別って、伝わりづらいものね」
新政くんなんかも特にね、と付け加え、ふふんと笑う。
「じゃあなおさら、早く作業を終わらせて、これをプレイしたほうがいいわ。いや、するべきよ」
「? どういうことです?」
「私の口からは詳しくは言えない。ただ、今選曲されている、この曲をプレイすること。それだけは伝えておくわ」
「……わかりました。やってみます」
じゃあね、と小さく手を振り店を出ていく彩子。
(まったく……私がたまたま立ち寄ったからよかったものの、気づかなかったらどうするつもりだったの、大平くん。詰めが甘いんだから。今度がっつり値切ってやろう……)
【バラードの名は。】
秋の日はつるべ落とし。空はあっという間に夕闇に染まる。
彩子の助言通り、さっさと作業を終わらせて、PS2の前に座る旭川。
(『ballade』……難易度は★2。なんてことはなさそうな曲。てんちょうはこれを選曲したまま、プレイして感想を聞かせてほしい、と。彩子さんも必ずこれをプレイしろと言っていた。……やろう)
白鍵を叩き、選択。『ballade』の曲名が画面に大きく表示される。
(あ……え? うそ、この曲名……!)
真っ赤になってうつむき、両手でその顔を覆い、ポニテを震わせる旭川。
テレビからは音の足りないBGMが流れ続け、ただただ鳴ることのない
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【卑怯者】
「ただいまー」
「おかえりなさい、てんちょう」
「どう?」
「新鮮ですね、七鍵しかプレイしたことありませんでしたから」
淡々と、ゲームの感想を述べる旭川。その表情は、硬い。
「……そうか、じゃあよかった」
「コントローラー、もう一つ出しておきました。一緒にプレイしてください」
まっすぐに画面を見つめたまま、隣に座るよう大平を促す。
「……わかった」
大平は、素直に従い、専用コントローラーの用意された2P側の席に座る。
「…………」
しばしの沈黙。
テレビからはフリー選曲モードの単調なBGMが流れている。
沈黙を破り、旭川がぽつり、ぽつりと言葉を紡ぐ。
「てんちょうは……卑怯です。あんな問いかけ」
「…………」
「しかし、すごくてんちょうらしい。わたしは……すごく、うれしかったです」
「……うん」
「でも、わたしからは言いません。言えません。正直言って……自分でもよくわかりません。こないだのコンビニでのことから、ずっと考えているんです。でも、まだ、わからないです」
「旭川くん……」
「なので、わたしも卑怯な手を使います」
旭川が、曲を選ぶ。大平に選曲されていたものと同じ、『ballade』。
画面に表示されたその曲名は……『Do you love me?』。
【レトロゲームと古本屋と】
「俺は……」
旭川から返された、大平自身が投げたものと同じメッセージ。
手ではメロディーを紡ぎながら、少し、言いよどむ。が、意を決して一息に言う。
「俺は旭川くんが好きだ。自分でもちょっとおかしいと思うくらいゲーム好きなしょうもない俺と一緒に働いてくれる、なくてはならない、安心できる存在だ」
「……!」
大平のストレートな言葉に、思わずプレイの手が止まる旭川。
「ほら、旭川くん、手、止まってる」
「あ……すみません」
慌てて
「じゃあてんちょう、このまだまだ経験不足なバイトに、これからもっともっと教えてください。レトロゲームと古本屋と……それから、矢留さんのことも」
「……!!」
曲の終盤、旭川の返答に、先ほどの旭川と同じように大平の手がぴたりと止まる。
「あーてんちょう、手が止まってますよ!」
「おおっと……あー、ボーダー割っちゃった」
大平、クリアならず、ついつい文句を垂れる。
「もー旭川くん、いきなり名前で呼ぶの、不意打ちでしょう」
「いいんです! もともとてんちょうが卑怯なのがいけないんです」
「はいはいわかったよ……。じゃあさっそく、旭川くんに一つ教えてあげよう」
大平は戻ってきた選曲画面でくるくるとターンテーブルを回す。
「なになに、なんですか?」
「これ、俺の誕生日ね。この日は必ず出勤してもらうから、覚悟しておくように」
そう言いながら大平が選曲したのは、『house』。
曲名は、『20,november』。
ちょっとすねた顔をしてみせる旭川。
「そんなの、あんまりロマンチックじゃないです……でも」
「でも?」
くるっと、自慢のポニーテールが左に振り抜かれる。すなわち、右に座る大平に顔を向け、笑顔でこう言う。
「ふふっ。てんちょうらしくて、わたしは好きです」
「だろう?」
【県外です】
一方その頃。
「……でね、ボク思ったわけよ。スクラッチは右より左のほうがやりやすいって」
「ああもう、わかった、わかった、わかったよ! どれだけあたしのこと好いてくれてるかも、どれだけ音ゲー練習してきたのかも!」
もうすでに何軒のゲーセンを回ったのかわからない。
そしてゲーセンから出るとひたすらアフロがマシンガントークを繰り広げつつ車を走らせる。
いい加減面倒になり、話に割り込む高清水。
「わかってくれた!? じゃあボクと付き合ってよ!」
「えー……じゃあそうだなあ、あたしに一回でも、『
「ホント!? じゃあ次のゲーセンでもう一戦行こう!」
「はいはい、がんばってね……」
もはやこのアフロの無尽蔵な熱意に根負けしたとも思われる高清水。
(こんな風に想われるのも、悪い気はしない……けど、これくらいのケジメはつけておきたいな。ね、矢留おにいちゃん。さて、いつになることやら……)
高清水は口の端を少し持ち上げる。面倒がりつつも、ちょっと楽しみな気持ちも湧いてきているようである。
(にしても……ここ、どこ?)
次なるゲーセンを目指し、川元の運転する軽自動車は夜道をひた走るのであった。
【クロージング】
「じゃあてんちょう、今日は帰りますね」
「おうおつかれさまー」
カウンターで帰り支度を済ませて、旭川が笑って言う。
「ふふ、なんかここのところのギクシャク感がウソみたいですね」
「ああ、らしくなかった」
「わたしがあのときコンビニで、らしくない行動に出てしまったから、ですしね……」
先日の口止め(未遂)を思い出し、お互いに赤くなる二人。
「あ、あのときのアレは、ちょっとやり直しというか……! えっと、この古本屋らしくいかせてもらいます!」
強気に胸を張り、ビッと大平に人差し指を突きつけ、旭川は宣言する。
「この前のコンビニの続きをして欲しければ、シューティングでわたしに勝ってみなさい! です」
一瞬、呆気にとられるも、ニヤリとして返答する大平。
「……よーし、その勝負、乗った!」
「いつまでも勝てないようなら……恨みますよ?」
「はは……お手柔らかに頼むよ」
いたずらっぽく微笑み、では、とぺこりと一礼して店を出ていく旭川。
上機嫌に揺れるポニーテールが見えなくなると、大平はゲームの陳列された棚へ急ぐ。
「やばいぞ……シャレになってないぞ……どれだ……どれなら勝てる……?」
店員の成長に喜びつつも、自分のまいた種に一抹の不安を覚える大平であった。
+×+×+×+× now loading...
【蛍の光】
かくして、少しばかり関係に変化がありつつも、根っこはなにも変わらぬ古本屋の面々。
これからも見守っていただければ幸いです。
またのご来店をお待ちしております。
レトロゲームと古本屋 みれにん @millenni
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