後編(完)

全然眠れなかったオレは隣で眠る鳴澤さんの寝顔をじっと目に焼き付けて、鳴澤さんが起きるよりも前にこたつの上にお酒のお金と「用事があるので早く帰ります。すみません」とメモを残して1人部屋を後にした。


(鳴澤さん寝ぼけてたし…昨日のこと忘れてくれてればいいな…)

あんな情けないとこを見せて、もう合わせる顔がない。

次に鳴澤さんがコンビニに来たら、一体どんな顔して会えばいいんだろうか。





そんな心配をよそに、鳴澤さんはめっきり姿を見せなかった。

はじめは来たらどうしようとソワソワしていたが、最近はもう来てくれないんじゃないかとソワソワしている自分がいる。

(鳴澤さんはオレに呆れたのかもな…)

時々飲みに行く間柄になっても、連絡先は何も交換していなかった。

だから鳴澤さんが店に来ない限り、多分もう会うことはないだろう。

あと10分でバイト終了となるその時、オレのため息と同時に入り口の開く音が聞こえた。



「いらっしゃいませー」

挨拶をしながら扉の方へと顔を向けると

「あ、瀬名さんだ。こんばんは」

そこには久しぶりに見る鳴澤さんがいた。


「…こんばんは」

オレが挨拶を返すと、鳴澤さんはすぐに品物を探しに店内を歩き出した。

(いつもどうしてたっけ…)

店内には鳴澤さんしかいないせいか余計に鳴澤さんの動向が気になり、でもなんか直視できなくて視界の隅で鳴澤さんを追ってしまう。

鳴澤さんが商品を持ってレジへ来るまでの数分間が、やけに長く感じられた。


「お弁当が1点、お酒が6点、ペットボトルが2点、お菓子が4点でお会計2434円です。お箸はおつけしますか?」

「はい、1つお願いします」

「2500円お預かりしまします。おつり66円のお返しです。ありがとうございました」

鳴澤さんの顔をまともにみれなくて、なるべく商品に集中しながらなんとか会計を終えた。


「…瀬名さん、今日は暇?また一緒に飲まない?」


鳴澤さんがゆっくりとおつりをしまいながらオレに聞いてきた。

(鳴澤さんはあの事を覚えてないのかな…?それとも覚えててもなかったことにして誘ってくれてるんだろうか…)


「え、と…あの…オレ………すみません、無理です」


鳴澤さんの誘いを断るのは、これが初めてだった。

鳴澤さんが覚えてなかったとしても、いつまたあぁなってしまうかわからなし、

…いつまでも不毛な恋をしているわけにはいかない。

そう思って、初めて断った。


「……そっかぁ」

そう言葉を残して、鳴澤さんは帰って行った。

「……ありがとうございました」

鳴澤さんが帰ると同時にお客さんが一気に4人入ってきて、次のバイトの人が来るまで感傷に浸る暇もないくらい店は忙しかった。




仕事を終えて外へ出るともうだいぶ春の陽気になってきたようで、上着を着れば暑いし、脱げば寒いという微妙な温度だった。

いつもの癖でコンビニ前の歩道にある桜の木に目線をやると、いつものように鳴澤さんが桜の木の下でポケットに手を突っ込んで佇んでいた。



「……お疲れさま」

「鳴澤さん…どうしたんですか?…オレ、今日行かないって……誰か別の人待ってるんですか?」

「いや、うん。瀬名さんのこと待ってた」

そう言われて鳴澤さんの顔をまっすぐ見ると、なんかいつもよりも真顔に見えた。


「…瀬名さん、今日別に用事あるわけじゃないでしょ?もしかして、この間のことが原因かなって思って…」

「……っ」


(鳴澤さん…覚えてたんだ…)

真っ直ぐ見つめてくる鳴澤さんの瞳にいたたまれなくなって、目を背けて俯いた。

「…やっぱり、そうなんだ…」

鳴澤さんのはぁっと小さくついたため息が、静かな夜空の下でしっかりとオレの耳にも届いた。



「……そんなに嫌だった?オレが好きって言ったの」



「…え……は?」


あまりに想定外な一言に、顔を上げて鳴澤さんを見つめるが、とても冗談を言ってるようには見えなかった。

「違います…けど…鳴澤さんがオレを好きなのって友達としてでしょ?」

「…違うよ。ちゃんと真面目な意味で好きですよ」

真顔で返してくる鳴澤さんに、頭がついていかない。


「…っでも鳴澤さん、彼女いるじゃないですか?」

そう言うと、鳴澤さんは真顔を崩して少しだけ笑った。

「…うん。本当はあんな酔った勢いじゃなくて、彼女のことちゃんと終わりにして覚悟決めてから告白したかったんだけど…なんかうっかりぽろっと出ちゃったんだよね。ってか瀬名さんは、オレが彼女いるってのは問題だけど、男ってとこは問題ないんだ?」

「……っ」


オレが何も答えられずにいるのを肯定と捉えたのか、鳴澤さんはポケットから携帯を取り出してオレの目の前で電話をかけ始めた。



「…もしもし、美月?うん。や、そうじゃなくて、この間の続き話したいんだけど…うん。こんな話電話でするべきじゃないってわかってんだけど、ごめん。でも、やっぱり別れて欲しいんだ。オレ、好きな人できたから」

目の前で固まっているオレを他所に、鳴澤さんはオレに言ってるかのようにオレの目をじっと見つめながら会話を続けた。


「んーん。だから悪いとこ直すとかそういう話じゃなくて…違うよ、そんなんじゃない。美月を嫌いになったわけじゃない。でもオレはその人がいいんだ。その人に会うまでは…その人に会わなかったら美月のことが1番大事だったよ。だけどもし美月と付き合う前にその人に会ってたら、美月と付き合うことはなかった」

きっぱりと言い切ったその一言に彼女さんは諦めたらしく、もう少し話した後に

「…うん。うん。ごめんね。今までありがとう。うん、おやすみ」

そう言って、鳴澤さんは電話を切った。



「……これで、オレ、独り身になったよ。オレは瀬名さんが好きなんだけど、瀬名さんは、どう?やっぱり男じゃダメかな?」


強い風が吹いて、桜の花びらがひらりと舞った。

鳴澤さんの周りに桜が舞う姿はあまりにも幻想的で、これは夢ではないかと不安になってしまうほど美しかった。


「…こんなの…いいのかな。彼女傷つけてまで…」

"彼女と別れてオレを選んでほしい"とずっとそう思ってたけど…実際そうなってしまうと、嬉しいのになんだか素直に喜びきれない。

鳴澤さんはそんなオレの言葉からオレの好意を汲み取ってくれたようで、ゆっくりと近づいて、荷物を持ってない方の手でオレの手を握った。

「…傷つけたくて傷つけたわけじゃない。ただ瀬名さんと出会うのが、美月と出会うよりも後だったからこうなっちゃっただけで…恋愛なんてそんなもんだろ?片思いも失恋もないんだったら誰も悩んだりしない」


「……でも…そしたらオレより後に出会う人にも、同じように可能性あるってこと?」

綺麗な女の子と歩く鳴澤さんの姿は容易に想像がついて、また気が落ち込む。

「…可能性はあるけど、でもそんなん言い出したらきりがないだろ。…オレは今まで告白してくれた人としか付き合ったことないんだ。フリーだったらOKして、付き合ってるうちに情が湧いて、それが"好き"なんだなってなんとなく思ってた。だから自分から…心から好きって思うのも、告白するのも…瀬名さんが初めて。だから瀬名さん以上に誰かを好きになれるなんて思えない。…オレのこと、信じてよ」

そう言ってオレの手を握る力が強くなり、その手にすがるようにオレも強く握り返した。




両想いになれて嬉しいのに、本当にこれでよかったのか、オレにはよく分からない。


それでも今があまりにも幸せで…オレが鳴澤さんに出会わなきゃよかったとか、そんな風に思うことはできないけど

…でも時々、もし1つだけ願いが叶うのなら、

時間を巻き戻してオレが彼女よりも先に鳴澤さんに会って、誰も傷つけずに幸せになれればよかったのになと、なんとなく思ってしまう。



例年よりも遅く、この町の桜の花は満開を迎えた。

このコンビニにもようやく、春が訪れた。




終   2015.04.05

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