第14話 元魔法少女の姉弟喧嘩





 ビル風が舞う雑居ビルの屋上で、同じ顔をした男女が睨み合っている。

 既に西日が落ち、そびえ立つ建物の群れは、それぞれ窓に明かりを灯していた。向かいの巨大な看板<カラオケ戦国>の電飾の光りが二人に長い影を落とす。

「あう~ご主人様~」

「喧嘩は良くないでプ」

 ぬいぐるみの様な妖精が二匹、それぞれの飼い主の間に割って入るが、聞く耳を持たれない。ポロンの片割れのコロンは、リリアに抱きかかえられている。

 強い電飾の光りをまともに受けているパステルオレンジのコロンは、ウサギの様な立った耳を伏せてつぶらな瞳を覆った。

「コロン、いくわよ」リリアがコロンのうさ耳を掴んだ。

「ぷ~」

 コロンがむくれた様な顔をすると、リリアの衣服が光り始めた。

「わーっ、見ちゃ駄目っ」傍観していたベルが、隣にいたシンの瞳を覆った。

 いきなり視界を奪われたシンは何だか良く分からない。

 強い光りが晴れた後に、赤いコスチュームを着た魔女が降り立っていた。

「魔法のプリンセス・リリア参上!」

 ちょっと年のいったプリンセスだが、魔法少女には間違いないポーズを付ける。黒いマントが翻った。

「うひょー、魔法のプリンセス最高~」瞳を開放されたシンが叫んだ。

 心なしか、コスチュームの胸の部分が大きすぎてはち切れそうになっているのが特徴だ。成熟した大人の妖艶な魅力が、胸、腰、尻、太腿にムチムチと凝縮されている。

「てめえ、コロンを使うなんて汚ねえぞ」

「あーら、アンタもポロンを使えばいい事じゃないの」赤い魔女はしれっと言い放った。

 ロザリオにポロンが使えない理由を重々承知なのだが、挑発の意味を込めている。

「八つ裂きにして二度とマスコミに出られない体にしてやる」怒りに震えたロザリオの銀の髪が魔力で逆立ち始める。

 打ちっぱなしの床材が揺らぎ始める。

「あっ、あっ、二人とも破壊はいけない」

 ポロンが二人の間に入ってオロオロしていると、リリアが丸い頭を掴んで天高く投げ飛ばした。「で~す~の~」

「変身しないなら、周囲に結界張って来い」

 空中でパステルグリーンのぬいぐるみが光を放って炸裂した。

「あ、酷い。うちのポロンを」ロザリオはそう言いながら、邪悪に微笑んでいた。ポロンを炸裂させた本人なのだから。

 ロザリオは魔法を自在に操り、魔女をサポートさせる妖精に空間を歪ませたのだ。いくら、建物を破壊しても、現実では壊れていない仕組みになっている。このような高等な技術は、優秀な魔法使いの家系といえども、今はロザリオしかいない。

 ロザリオの有り余る魔力を、リリアは嫉妬の眼差しでいつも見ている。

「後衛キャラが前衛にサシで勝てると思う?」

 リリアの手の上で禍々しい物体が結晶化していく。別に、マジカルプリンセスの王道のステッキとか、杖とか箒じゃなくても良いみたいだ。

「何スかアレ?」傍観していたシンが、リリアの武器についてベルに訊ねた。

「マジカルプリンセス・リリアの七つ武器、<デストロイヤー谷崎>だよ」マジカルプリンセスオタクのベルは嬉しそうに答えた。夢見る少女の瞳で、リリアの武器を見つめる。

「レスラーのリングネームみたいなアレ、どう見てもチェンソーだろ」シンがぽつり。

 魔法を操る少女(?)に相応しくない武器を、リリアは軽々と持ち上げた。

 マントと髪を揺らしながら、<デストロイヤー谷崎>を構えながら駆け出す。

「死界の住人よ、しもべとなり我が前へ」

 ロザリオの眼鏡が怪しく赤い光を放つ。

「降り立ち給え」呪文と共に、暗い靄がリリアの周囲を取り囲んだ。

 靄の中から、肉体が腐った様々な動物が姿を現し始める。

「キャー、ゾンビ!」傍観していたシンが甲高い叫び声を上げてベルにしがみ付いた。

「出たー、ネクロマンサーだぁ!」こちらは別の意味で甲高い声を上げて喜んでいる。

 ベルはなぜ、ロザリオが<死の天使>であるか、本当の理由を知っている。禁呪と呼ばれる、死霊を平気で召還するところから呼ばれているのだ。現在、禁呪は使用禁止にされているはずだが、実際に使用した人物など、この世に存在していないと魔法学会が豪語しているので、存在しない幻の魔法である。

 リリアは、目の前を阻む腐った死体を、上下真っ二つに切り刻んだ。

「魔法の腕は錆びちゃいないようね」相手を認めながら、武器に搭載されたエンジンを吹かす。凶悪な駆動音が夕闇に響いた。

 迫り来る死体を、一閃。

 嫌な音を立てて残骸が飛び散る。

 さながら、その様子は破壊と殺戮を愉しむ覇王のようだ。魔法を使う少女の可愛らしいイメージなど微塵も感じられない。

「あたしと組み直しましょうよ、ローズ」リリアの青い瞳がギラギラと輝く。

 最後の死体を切り刻み、ロザリオに接近する。

「その名前で呼ぶな、忌々しい」

 ロザリオが怯む事無く、眼鏡の位置を調節すると、リリアの足元が青白く光った。

 床材が細かく割れ、リリアの下半身が沈んだ。

 リリアを中心に割れた床で、悪魔が口を開いたかのように、無数の牙のような物が円形に周りを固めていた。

「ひぃぃぃぃ。あの人、本当に正義の魔法使い?」

 魔法の呪文を詠唱し続ける、邪悪なオーラを放つ銀の髪の男を、誰が正義と言えようか。その姿は、世界を闇で包み込もうとする魔王に見えてくる。

 悪魔の口が、リリアを飲み込もうとするのか……?

「せいっ!」

 リリアの掛け声と、なぎ払いで、牙が刈り取られた。

 いつの間にか、リリアの持つ武器が、血塗られた大鎌に変わっていた。

「キャー、アレは幻の<国士無双・石井さん>だ~」興奮で鼻血を噴きそうな勢いで、ベルがリリアの武器の名前を叫んだ。少女の夢が詰まったお決まりの武器シリーズの一つだが、番組制作の都合上、あまりにも残虐な性能を秘めていて、お蔵入りになった物らしい。

 過去のリリアにはこんな異名がある。『虐殺魔女』

「首と~った☆」リリアは子供のような声で言った。

 天高く跳躍し、いつの間にかロザリオの背後を取っている。

「今回も勝たせて貰ってごめんあそばせ」大鎌を重力に任せて振り下ろす。

 ロザリオの首目掛けて、巨大な刃物が迫ろうとしていた。

 その時、

 ロザリオは見事な反射神経でしゃがみ込んだ。

「んなっ?」

 標的を一瞬見失ったリリアの大鎌が空振りする。遠心力で一回転した。

「ただの負け犬だと思うな」しゃがんだ姿勢のまま言った。

 体制を崩されたリリアは、腹部に強い衝撃を受け、宙を舞った。

 ロザリオの影から黒い巨大な人の拳が伸びている。

「ぐぅ……」落下した衝撃で、リリアは背中を酷く打ち付けた。

「どうやら、俺の勝ちのようだ」

 何事も無かったかのように、ロザリオが立ちあがって、転がったリリアのほうへ向き直った。眼鏡の位置を直して、ニタリと笑う。

「リリア、俺はいつまでも泣いてお前の後をつけていた子供じゃないんだ」

「ローザちゃ……、大人に、なったわね」寝転びながら相手を認める。

 リリアは埃まみれで咳き込んだ。背中を強く打ちつけられた所為で、しばらく呼吸が整いそうに無い。

「アイツのお陰だ」ロザリオはベルを指した。

 ベルはロザリオを見て、頬を染める。

「あら、隅に置けないわね」

「アイツが俺の危機管理能力を鍛えたとでも言ってもいい」

 ロザリオは、今考えているだけでもぞっとしたのか、顔色が見る見る青くなった。

 弟子を取り、いつもとあまり変わり映えの無い生活を送っていたはずなのだが、いつの間にか、魔法の才能が無い彼女に体を鍛えられていたという事だ。

「あたしの負けだわ」リリアが悔しそうに腹を括った。

「ようやく俺の実力を認めたか。これからは俺の好きにさせてもらうからな」

 得意げな表情のロザリオに「待った」が掛かった。

「俺はあの子を、一人前の魔法使いに育てようと決めてるんだ。タレントのマネージャーなんか出来るか」リリアの制止を振り切る。

「生活費はどうするの?」

「それは……ベルの親が毎月お小遣いを」

 リリアの鋭い質問に逃れようと、ベルの方を見ると、彼女は能天気に微笑んでいた。普段の行動が多少乱暴でも、笑顔だけは天使のように見える。

「師匠、今月の支払いもう少し待って欲しいとパパからメール来ました」ベルは携帯通信機を振りながら気楽に告げた。

「お金無いって。バイトする?」

「…………」ロザリオは涙を堪えながら首を横に振った。

 リリアは勝ち誇った表情でニタッと笑う。

「ベルちゃんはうちでアイドルやるでしょ?」

「え、ええ。でも……師匠が」

「ベルちゃんはやる気でいるわよ」

「俺は働く気無いぞ」むしろ、リリアの事務所で働いたら負けだと思っている。

 頑として働かない事を譲らないロザリオに、姉のリリアは困り果てている。だが、彼を動かす手段はまだ残っている。

「そーうだ。アンタがうちで働くのなら、ペットを返してあげなくも無いんだけどなー」

「ペット……?」一瞬、ポロンの事かと勘違いしそうになったが、「宇宙人の事か?」最近もう一匹生き物を飼い始めていたのを思い出した。

 別れが辛くて忘れようとしていた存在がロザリオの手元に帰って来るのだ。

「ローザちゃん、うちでバイトする?」

「宇宙人返してくれるのならな」

 リリアの思惑に、ロザリオは大人しく引っかかった。双子といえど、姉の方が弟を掌の上で転がしているのはいつまでも変わらない。

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マジカルプリンセス・リリックエイジ 大道 尚 @oomichi-nao

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