第4話
一人の青年が、街中を歩いていた。鼻歌などを歌いながら、足取り軽く歩いている。ご機嫌な様子だ。
コスプレだろうか。人の好さそうな顔をしたその青年は、黒のスラックスに白のワイシャツ、黒のネクタイを締めた上に紺色のジャージを着こむという、中学校の数学教師のような服装の上に、黒のマントを羽織っている。動きやすい格好である必要があり、比較的真面目な務め人をしている死神か何か、という印象だ。
頭のねじが何本か緩んでいる人、で片付けられれば楽なのだが、そうもいかない。
まず、道行く人は誰も彼の事を見ていない。見ないようにしているのではない。見ていない。現代の日本の街中でマントを着て歩いている人間を、気にも留めていない。
そして、彼の周りには、光の球――俗に言う人魂らしき物がいくつか浮かんでいる。どう見ても、尋常ではない。
青年は思い浮かんだフレーズを手当たり次第適当に繋げた鼻歌を歌いながら、街の一角に佇むビルへと入っていった。
青年がポーチに足を踏み入れると、一瞬、建物全体が陽炎のように揺らいだ。それに気付いているのかいないのか、青年は全く気にする様子も無く奥へと進む。そして、「管理班」と書かれたプレートの取り付けられた扉を開き、中へと入った。
「お疲れーっス! 回収班シーシン、戻りましたーっ!」
明るく大きなその声に、室内にいた人物がパソコン画面から目を離し、振り向いた。どうやら事務員らしい。身長も顔も服装も中性的で男か女かわかりにくいその人物は、やはり男か女か一瞬判断に迷う声で「お疲れ様です」と返すと、視線を再びパソコン画面へと戻し、何事かを確認した。
「シーシンは、エリアGでしたね。……今日は間違えてないでしょうね?」
デジャヴったのか。睨みながら問うノゥトに、シーシンはムッとした。
「間違えてないっスよ、失礼な! 残業は嫌っスから!」
その言葉に、ノゥトは「ん?」と首を傾げた。何かが引っ掛かったようだ。
「そう言えば……最近は妙に仕事が早いですね。何かあったんですか?」
「あぁ」
呟き、合点して。シーシンは嬉しそうに顔を緩めた。
「まだノゥトには言ってなかったっスね」
そう言うと、シーシンは「実は……」と言葉を溜めた。顔は更に緩んでいる。
「最近、彼女ができたんスよー!」
嬉しそうに言うシーシンに、ノゥトは「へぇ」と目を見張った。
「それはそれは……リア充爆発してください」
(おめでとうございます。お幸せに)
何故か、心の声までもがシーシンに聞こえた。気がする。
「……ノゥト? 何か、実際の言葉と心の言葉が逆じゃないっスか?」
「いえいえ、これで合ってますよ。心の中では祝福しながらも、ついつい辛辣な言葉を吐いてしまうんです。なにせ、ひねくれ者ですからねぇ」
そう言えば、シーシンがノゥトを本人の前で「ひねくれ者」と評した事があったか。
「……根に持ってるんスか……?」
「まさか! ……あぁ、リア充と言えば……あの時のお二方はどうしていますかねぇ?」
一瞬、誰の事かと考えて。シーシンは今の流れではあの二人の事しか出てこない事に気付く。シーシンが思い至ったかどうかを確認もしないまま、ノゥトはパソコンを操作しながら無駄口をたたき続けている。
「あのお二方に、次にお会いするのは約六十年後になるわけですが……死因はリア充であったが故の空中爆散ですかねぇ?」
「そんな死因、聞いた事無いっス……」
思わずツッコミを入れ、シーシンは呆れ果てた顔をした。
「ノゥト、いくらなんでも、大人げ無いっスよ……」
そう言った瞬間。ノゥトはシーシンを激しく睨み付け、机を思い切り強く叩きつけた。バーンという音がして、空気が振動する。
「大人げをなくしたくもなりますよ! あの事件のせいで、始末書だの寿命変更届だの、山のように処理する書類が回ってきて! 何で私ばっかり良い事も無く、仕事を増やされなきゃいけないんですかっ!?」
「……ミスを隠ぺいしようとした、主犯だからじゃないっスかねぇ……?」
「黙れ、諸悪の根源!」
半ば八つ当たりのような同僚の怒鳴り声に、シーシンは困ったように頬を掻いた。そして、何事か名案を思い付いたという顔をする。
「そうだ! 俺、今から彼女と呑みに行くんスよ! 良い事が無いって言うなら、一緒に行くっスか? 約束の時間まではまだ余裕があるし、仕事が終わらないなら、手伝うっスよ?」
すると、ノゥトはそれこそ苦虫をかみつぶしたような顔をした。そして、手をひらひらと横に振って見せる。
「結構です。あなたに書類を手伝ってもらうのは、何か怖いですから。……と言うか……」
一旦、溜めを作るように黙って。そして。
「誰がリア充どもと、三人で呑みに行ったりするものかぁぁぁぁっ!!」
怒り狂ったノゥトが、勢いよく立ち上がる。慌てて距離を取ったシーシンが、からかうように嗤いながら、踊りながら周囲を旋回し始める。「死ねリア充!」と叫びながら、ノゥトがシーシンに殴りかかる。その拳がシーシンに当たったか否かは、また、別のお話。
# # #
「裕也君、大学……どこに行くか、決めた?」
晴れた日の公園。ベンチに座ってジュースを飲みながら、瑞希は裕也に問うた。すると、同じようにジュースを飲んでいた裕也は首を横に振る。
「まだ。瑞希は?」
「私も、まだ。どうせ死ぬからって思って、何も考えてなかったし……」
苦笑しながら言う瑞希に、裕也は「だろうな」と同じように苦笑した。
「……親父さん達、驚いたろうな」
病院で一度だけ会った、あの二人の顔を思い出しながら。裕也は言う。瑞希は、少しだけ微笑んで、頷いた。
「うん。まさか治るなんて誰も思ってなかったし。お母さんなんか、泣いて喜んでた」
「そりゃ、そうだろ。諦めてた分、喜びも大きいだろうし」
「裕也君のお陰だね」
笑顔で言う瑞希に、裕也はふいっとそっぽを向いた。
「やめろよ。俺は別に、大した事は……」
「あっ、裕也君てば、照れてる?」
「バッ……照れてなんかねぇよ!」
照れ隠しをするように叫んで。裕也は、手に持っていたジュースの空き缶をゴミ箱へと投げる。空き缶は弧を描き、見事ゴミ箱の中へと吸い込まれていった。
「それよりも、図書館、行くんだろ? ほら、早く行こうぜ!」
立ち上がり、瑞希の手から空き缶を取り上げて同じように投げる。缶は今度も、ゴミ箱の中へ飛び込んでいった。
缶の代わりに、裕也の手を握って瑞希は立ち上がる。
「……裕也君」
「ん?」
裕也が振り向くと、瑞希が微笑みながら裕也を見詰めていた。
「一緒にいようね、ずっと……」
そこで裕也は、わざと視線を逸らす。頬が、少しだけ紅い。
「……そうだな。同じ大学に行くのも良いかもな。学校が違うと、やっぱ会える時間も減るし」
「もう! そうじゃなくて!」
怒る瑞希の手を、裕也はギュッと強く握った。
「……わかってる。ずっと一緒だ。……絶対に」
# # #
「まさか、親父とお袋、二人同時に逝っちまうとはなぁ……」
通夜が終わり、弔問客を帰してから。二つ並んだお棺を眺め、男はため息を吐いた。視線を上にずらせば、そこには二つの遺影。亡くなったばかりの、男の両親が笑顔で並んでいる。
「お義父さんとお義母さん、とても仲が良かったものね。……だからかしら?」
「かもな」
妻の言葉に短く答えて、男は再び二つのお棺を眺める。
「けど、だからって……二人揃って同じ日に死ぬなんて……」
「そうね。……まるで、一心同体だったみたい」
男は、顔を軽くしかめた。
「親父がお袋で、お袋が親父で、ってか? ……あぁ、やめやめ。想像したら、なんか気味悪くなってきた」
手をひらひらと振りながら言う男に、妻はむすりと膨れて見せる。
「あなた! そこで「俺達もこういう風に、死ぬまで仲良くしていこうな」ぐらい言えないの!?」
「あぁ、わかったわかった。悪かった!」
適当に流そうとする男に、妻は「もう!」とため息を吐く。そして、二つ並んだ笑顔の遺影を眺め、ふっ、と寂しそうな顔をした。
「……お義父さんとお義母さん、天国でも仲良くしてるんでしょうね」
「多分な。あの親父とお袋の事だから……たとえ向こうで、神様とかに引き離されそうになっても、何か上手い事やって、ずっと一緒にいるだろ」
「え……」
男の言葉に、妻は首を傾げた。
「流石にそこまでは……ないんじゃないかしら?」
「いや、有り得る」
そう言って、男は子どもの頃の事を思い出す。寝物語に彼の両親が語ってくれた、彼らが結ばれるまでの不思議な話。あの話が本当ならば、恐らくあの両親は、死んでもきっと……。何しろ、あの二人は物語の中で……。
「なにせ……死ぬ運命すら覆して、結ばれた二人、だからな……」
(了)
君は私、君は僕 宗谷 圭 @shao_souya
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます