おまけ・裏設定を詰め込んだ話

再び王子のいる世界に戻ったオレは、この世界のことや神子のことについてあまりにも知らないことが多過ぎるので、王子が仕事をしている間に、先生から色々と教えてもらうことにした。

オレに教えてくれるのは、王子や王子の兄弟にも勉強を教えてくれていたプロフェッショナルな人で、一般教養から王族ならではのしきたりはもちろん色んな雑学も持ち合わせているらしい。

…ちなみに教科書をしっかり見て行うような勉強は苦手なので、まずはオレの興味のあるところから順に教えてくれることになった。

そして初めてとなる本日は、まず神子について色々と教わっているところだ。


「神子様が呼び出した者の理想の人物だということは、王族の中でも極々一部の人にしか知らされていません。一般の人で知ってる方はほぼいませんし、他国ではそういった話を聞いたことがありませんので、もしかしたらこの国の王族だけに伝わっていた"おとぎばなし"のようなものなのかもしれません。なにしろ神子様は何百年かに1度どこかの国に現れるというくらいの希少な存在ですので、我々もシン様以外の情報は文献でしか見聞きしたことがありません」

「そうなんですか…じゃあ理想の人ってのは嘘かもしれないんですね?」

ふむふむと頷きながら聞いていると


「どうでしょうか?少なくとも王子は"おとぎばなし"ではなく、事実だったと思っておられるでしょうね」

と平然と返されて、顔から火が出そうになる。

思わず口元を手で覆って顔を半分隠したが、先生は特に気にした様子もなくそのまま神子様について話を続けた。


「神子様の召喚儀を行うのは、基本的には王族となっておりますが、これは必ずしも王族でなければならないと決まってはいないようです」

「え?そうなんですか?じゃあオレみたいな一般人でもできちゃうんですか?」

「一般人には無理でしょうが…神子様は…どうでしょうか?今までそのような発想がなかったので行った前例さえもないので、やってみないと分からないですが…」

じゃあもし難しくなかったら試しにやるだけやってみようかなぁとか…とか呑気に考えていると、先生がまた話を続けた。



「神子様の召喚の儀に必要なのは、儀式の知識と膨大な魔力と体力とされています。なので一般人には無理ですが必ずしも王族の血筋でなくてもよいのです。王族はそもそも時代が変わると全く別の血筋の者に王座を奪われる場合もあれば、血族主義ではなく民主主義の国もあったりして血筋が変わることなど度々あります。ですがどの国でも共通していえることは、一国を統べる王の魔力は、一般の者と比べて非常に強いということです。そして召喚に関する知識も国が内密に語り継いでいて一般的に広まっているものではないため、知識があり魔力が強い者=王族であることがほとんどで、結果としてどの国でも王族の方が召喚の儀を行うことが多いようです」

「…なるほど。したらオレは魔力なんてないから無理じゃないですか…」

なんかちょっと残念な気分になっていると

「魔力というのは、シン様の透視の力もその一つですよ」と言われる。


「え…そうなんですか?」

「はい。透視は神子様特有のものなので我々にも王族にもできませんが…魔力と言うものは気持ちを込めた時に何かを強くする力です。この世界の者でしたら大なり小なりその力を持っているのですが…たとえば敵に勝つために攻撃力を上げる力や、何かを守るために防御する力、自己回復力を高める力など、気持ちを込めることによって何かを飛躍的に向上させる力のことです。体力のように、使った分だけ減ってしまいます」

「…んー、気力みたいな感じですか?」

「そんなところです。シン様の透視も、民を思い"何かを見よう"と思った時に現れることが多いですよね?やはり気持ちを込めた時に回数が増えるのは魔力が関係しているからだと思われます。王族の方のそばにいたら力が強くなるのも、そばにいることで神子様の魔力が増すからだと言いわれています」

「…なるほど。じゃあオレと王子が一緒になって召喚やったら、最強なんですかね?」

と呑気な質問をしてみると、先生は少し難しい顔をした。



「かもしれません…ですが、召喚の儀に使う魔力や体力は、本当に膨大な力が必要なのです。力の少ないものが下手に行うと、魔力を全部吸い取られて二度と魔力を使えなくなったり、寝たきりで廃人のような状態になってしまったり…命を落とす例などもあるそうです。なのでシン様がいくら魔力をお持ちで強いお方だとしても、そのような前例がある以上王子がシン様に召喚をさせることは、絶対にないでしょう」

「そうなん、ですか…?召喚の儀って、そんなに大変だったんですね…王子が毎日やってたみたいに言ってたから…てっきり儀式自体は簡単だけど確率が低いだけなのかと思ってました…」

王子が亡くなったりしなくてよかったと心から思いながら、もしかしたらそうなってたかもしれないと思うと、心底ぞっとした。


「そうですね…王子は本当に奇跡的でした。普通の召喚者は魔力や体力の兼ね合いを見ながら、数ヵ月に1度儀式を行うのが一般的です。…シン様が初めてこの世界に来られた時には、広場に大勢の方がいたのを覚えてらっしゃいますか?」

「はい。凄い人だったので、ビックリしたの覚えてます」

「ですが2回目にこちらに来られた時には、数名しかいませんでしたね…?」

「…はい」

先生は頷いて、少し間を置いてから話を続けた。


「最初に行った時は通常の召喚の儀式でしたので、前もって開催日を伝えて成功を願って皆で集まっておりました。…ですがシン様がいなくなってからの儀式は…通常とはかけ離れたあまりにも無謀なものでした」

「……」

「…同じ王族が2度も召喚の儀を成功させた前例は、どの国を探してもありません。ましてや毎日行うなど…自分の命を捨てに行くようなものです。国王様も、王妃様も、従者も、国民も…皆が止めても王子は聞く耳を持たずに、毎日毎日、行っていました。最初はそれでも何十名かで見守っていましたが…日を重ねるごとにやつれていく王子に、万が一のことが起きてしまうのではないかと怖くなって離れていく者がほとんどでした」

そう言葉にされ、その時の王子のことを思うと、目頭がじんと熱くなる。

「魔力も体力もギリギリの状態で…それでも4年間続けられ…そして、シン様がまたいらっしゃってくれました」

「……っ」

涙が溢れるのを、止めることはできなかった。



「…王子はきっと、このことを自分からおっしゃることはないでしょう。多分、シン様に知られたくはないと思っておいでです。ですが私は、以前のようなすれ違いが生じないためにも、ちゃんと知っておいていただきたい」

「…はいっ」

「王子は命を捨ててもいいと思えるくらい、もう1度シン様に会うことに必死でした。そしてそんな中でも民のために、体を崩して倒れた日以外は仕事をお休みになられませんでした。…王子は馬鹿がつくほど真っ直ぐな方ですが、とても素晴らしいお方です。儀式を止めて回復した魔力は、以前以上に強力なものになっていると噂で…儀式を2度も成功させただけでも世界に名を轟かせていますが、間違いなく、賢王としてもその名を轟かせることになるでしょう。…どうかいつまでも、王子のそばで王子を支えて下さい」


とめどなくあふれる涙をぬぐいながら、まぶたの裏に王子の姿を思い浮かべる。

いつも優しくて、何よりも国民の幸せや平和のことを考えていて、オレのことをたまらなく愛してくれて…


たとえもう1度すれ違うことがあったとしても、もう2度とオレはこの世界にいらないなんて考えない。帰りたいなんて考えない。

もう1度帰ってしまったら、王子はまた、同じことをしてしまうかもかもしれない。

そんなのは怖すぎる。


(もう1度こっちにきてからは王子に愛されてるなって思ってたけど、オレは王子にそんなにも愛されていたのか…)

堪らなく、王子に会いたくなった。






コンコン


「…はい、どうぞ」

先生が返事をして、ゆっくりと扉が開く。

「…そろそろ終わるころかと思って迎えに来た」

中へ入ってきたのは、王子だった。


「……っ」

オレは返事をするよりも早く、走って王子の胸に抱き付いた。


「……っどうした?シンから抱き付いてくるなんて珍しい。もしやコイツにいびられたか?コイツの教えは本当にドSで…」

「…王子?私がドSだなんて…そうですか。私は王子のバラされたくない過去をたくさん知ってるんですが、ドSになるためにそれをシン様に話した方がいいということでよろしいのでしょうか?」

「…いや、なんでもない。……シン、どうした?大丈夫か?」

王子が少し覗き込んできたので泣き顔を隠すように、王子の肩に顔をうずめた。


「んーん…なんでもない。王子のこと、すごい好きだなーと思って…」

王子は驚いたのか少し間を置いてから

「…そうか。シンからそう言って貰えるなんて。どうしよう、嬉しすぎる。ありがとう、シン。私もシンが大好きだ」

そう言ってぎゅっと抱きしめてくれた。


(たとえこの先どんな苦難が待ち受けていたとしても、オレは王子と王子の愛だけは信じるよ…)

口には出さずに、1人胸に誓った。






近頃平和になったこの国の中でも特に

神子のいる王都の周りは自然災害や魔物の被害もなく、花や木や畑の実りが著しく豊かだ。

それが神子様のおかげだと思う者は多いが、そうは思っていない者もいて、はたまたそんなことは何も気に留めず生活している者もいる。


王子と神子が抱き合ったその瞬間、王都にある畑のいくつかの場所の、ちょうど人目がない場所ばかりで突然、ぽぽぽんといくつか綺麗な実がなった。


それが神子の力なのか、ただの自然現象なのか。

それは誰も知らないし、誰にも分からない。




終   2015.04.08


(賢王とその正妃の神子様としてその名が知れ渡るのは、それからもっとあとのお話)

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