5(完)

「シン…っ!」


眩しい光がおさまるよりも前に、聞き覚えのある声に名前を呼ばれた。


「……王…子…?」


ゆっくりと目を開けると、そこには以前に比べて大人びて、そして少し痩せたようにみえる王子がいた。

目があった瞬間に勢いよく抱き付かれ、思わず後ろによろける。

突然のことに周りを見渡すと、以前のように白い部屋の真ん中にある魔法陣の上にオレはいたが、以前と違って周りには数名の従者さんしかいなかった。

だけどその従者さんたちにしっかりと見られていることに気が付いて、慌てて王子を離そうとするがなかなか離れない。


力ずくでグイっと引きはがすと、王子はいつもの無表情ではなく、顔をくしゃりと歪めて…泣いていた。


「…王子…なんで…どうしたの…」


そう尋ねても、王子は泣いたまま「シン…」とオレの名前を呼ぶだけだった。

困って周りを見ると、4年前にもいた王子の護衛の人が口を開いた。


「…アラム様は…神子様が帰ってしまわれてから、4年間毎日欠かさずに神子様の召喚の儀式を行ってまいりました。睡眠時間を削って何時間も…それがようやく今日、報われたのです」

そう言った護衛の人も、なんだか泣きそうだった。


(4年間ずっと召喚の儀式を…)

きっとオレみたいな役立たずではなくて、ちゃんとした神子様を呼ぼうとしてたんだろう。


「…ごめん…なんでかまた間違えてオレが出て来ちゃって…ごめん」

もう1度オレが出てきてしまったことに申し訳なくて謝ると、また前方から衝撃が来た。


「間違いじゃない!この国の神子はシンしかいない…!私はずっとシンがもう1度この世界に来てくれる日を…ずっと待ってたんだ!そのためだけに4年間…っ」

そう言って王子は喉を詰まらせた。


「え…?オレを、召喚しようとしてくれてたの…?」

王子の言葉が信じられなくて驚いたが、オレに抱き付いたままの王子がオレの顔の横でブンブンと首を縦に振った。


「…でもオレ、役立たずだったのに…」

そう言うと今度はブンブンと激しく首を横に振った。


「そうじゃない。シンが来てくれてからは本当に平和になったんだ。…シンは違うと言ったが、でも実際にすごく豊作になったし、魔物は極端に少なくなったし、災害だって同じだ。シンが透視もしてくれるおかげで…確かに被害は0ではなかったかもしれないけど、シンが気づいてくれなければ被害はいつものように10倍や100倍酷いものになっていた筈だ」


「…でも…そう思ってない人がいることも確かだろ」

王子の言葉を信じたい。

だけどここでの最後の出来事があまりにも強烈で、王子の言葉を丸呑みすることはできなかった。


王子は少し体を離して、その綺麗な顔をまっすぐオレに向けて話し出した。

「…ほとんどの国民はシンのおかげで平和になったと喜んでくれていた。けど…一部の人間がシンを神子と認めていなかったことは事実だ」

「……うん」

やっぱりそうなのか。

王子の口から聞いても、自分が認められないという事実は辛い。


「だけど私はそうは思わないし、私にとってはシン以外が神子だなんて考えられないから…だから説明をしながら、どうして皆がそう思うようになってしまったのかを探っていたところだったんだ。…だからシンには報告しなかった。すまない」


「…どうしてって…そんなのオレの力が足りなかったから、そう思う人がいたんだろ」

オレに力は足りなかった。

あの村人や従者の言葉はキツかったけど、正しかった。

すべての災害の正確な時間も場所も…全部言い当てることができたなら、被害はもっと減らせたはずだ。


「…そうじゃない。神子はあくまで平和の象徴であって、全知全能の神ではないし、人の人生に苦楽があるのは当たり前だ。神子様の召喚の儀を行っても滅多に成功しないのは、人間が何でも神子に頼って堕落しないためとも言われている。…シンがいなくなってから当事者たちから事情を聞いたら…私のもう1人の婚約者の両親が、シンがいなくなれば娘が私と結婚できるだろうと思いこんで、シンを悪く思わせるよう陰でマインドコントロールしていたそうだ。全部…私がしっかりしなかったせいだ」

そう言って王子が少し俯いて、また泣きそうになる。

今日は本当にどうしたんだろうか。

今度こそ夢なのだろうかと思うくらい、王子の表情がコロコロ変わる。


「……王子は、何も悪くない。オレがちゃんとしてればそんなことを思われる隙もなかったろ。オレがロクに力もなくて、しかも男で…だからそう思われても仕方なかったんだ。…王子だって、オレよりはあの人と結婚したかったんじゃないの?オレ、あの時…王子があの女の人といた時に、笑ってたのが凄いショックだった。オレにはいつも無表情だったのに、好きな人にはあんな幸せそうに笑うのかなって…」

王子はその言葉にガバっと顔を上げて、大声で宣言した。



「違う!オレが好きなのは、後にも先にもお前だけだ!!…シンの前ではいつも緊張して、固くなってしまっただけだ…!」



「え…は?」


オレが呆然としているうちに王子の顔はみるみる赤くなっていってしまい、王子はそれを隠すようにまたオレに抱き付いてきた。



王子が落ち着いてから聞いた話によると、神子が召喚の義を行っても滅多に現れないのは、さっきの以外にも諸説あって、その一つに、

”神子が何も知らないこの地に降り立った時に呼び出した王族に守ってもらえるように、神子は呼び出した王族の理想そのものの人物が現れる”

とされていて、その理想の人物が王族の呼びかけに応えてくれるのが、天文学的な確立なのだとか。

…だから、神子様が王族と結婚する習わしになってるのは、文献に記されているからだけではなくて、ただの恋愛結婚になることがほとんどらしい。


最初オレが男だと伝えた時に驚いたのは、王子は自分でノーマルだと思いこんでたから驚いたらしく、だけどオレなら男でもいいと思ったらしい。

なんじゃそりゃ。

何でそのことを言わなかったのかと問い詰めても、「シンといると緊張して舞い上がった」の一点張りだった。


だけどそんな嬉しいことばかり言われてもオレはなんか納得できなくて、

「だったらどうして彼女といる時あんな幸せそうに笑ってたんだ?」と聞くと

「シンのことを話してたら自然とそうなる」と、どこまでも甘い言葉ばかりが返ってきた。

どうやら彼女の親戚はオレに反感を持っていたが、彼女自身は王子とオレの恋路を応援してくれてたらしい。





オレがいなくなってからこの世界は、また不作や自然災害などが少し増えていたそうだが、オレが戻って来てから落ち着いたと言ってもらえた。

前はそう言われるのがすごく嫌だったけど、でもオレがいるだけで本当にそうなってるならそれはそれでいいことだと思う。

あんなことがあったけど、完全でなくても…それでも少しでも誰かを救えるなら、また透視もできるだけやろうと思っている。

オレが帰ってきてから王子は仕事以外オレにべったりになってしまったから、その機会はいくらでもあるだろう。


「オレはこのままこの世界にいるのかな…」

王子のいる世界にいられることは嬉しいが、自分の今までいた世界に帰れないことは怖いし、悲しい。

すっかり表情豊かになった王子は、オレの言葉を聞いてその顔を切なげに歪めた。


「…前のように、シンが心からこの世界に自分はいらない、帰りたいと、そう思うことがあればいつでも帰れる。…もちろんもう二度とそんな風に思わせるつもりはない」

そう言って、ぎゅっと抱きしめられる。


世界中が平和になって災害や悲しみが1つもないとか、全知全能になるとかはきっと誰でも無理で。

オレは神子様と言われても、基本はやっぱりただの人間だから楽もあれば苦もある。

きっとこの先も良いことも悪いことも色々あるんだろうけど、でも

王子とこうして少しでも平和や人の幸せを願って生きていけるのなら

それはそれはすごく幸せなことだろう。




終   (2015.3.4)

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