勇者が戦う理由とは?

ゆうき

勇者が戦う理由とは?

「勇者よ、なぜお前は倒れぬ。なぜお前はそう迄して我に刃を向ける。なぜお前は」

「俺はお前を倒す。それが俺の生きる理由だ」

 額から流れる血が左目を赤く染め、所々砕けた鎧、色々な所から血を流す体はまさに満身創痍。だが彼の、勇者の瞳は衰えを知るどころか、ずっと目の前の存在を殺そうと睨み続けている。

 右手に持つ剣は彼がこの世界に呼ばれた日に与えられた数打ちの無名の物。刀身は所々欠け、今にも折れそうになっている。だがその剣から発せられる殺意は一向に衰えない。


 勇者の前に立つ存在、世界に覇を唱え、魔を統べ、人々を蹂躙せしこの世の悪。彼が一度声を発すれば数百の人々が死に、街が焼かれ、死の数は万にも届く。

 圧倒的な魔力による超絶破壊の魔法は神々さえも滅ぼすと言われており、実際に彼によって幾柱の神は肉体を失った。神殺しの魔、それが魔王と呼ばれる存在だ。

 その魔王は現在、信じられないモノと遭遇し、初めていだく感情、恐怖を感じている。神をも殺す破壊魔法を放とうと、分厚い城壁をも破壊する拳を繰り出そうと、目の前の存在は立ち上がる。

 自身の存在を意識してから現在に至るまで、魔王に敵などいなかった。立ちはだかるモノは存在したが、魔王の前には全て砕け、塵となる。

 だが、目の前の存在、勇者だけは砕けない、塵にならない。そのようなモノを初めて見る。未知の存在へと恐怖したのだ。


「お前はいったいなんなのだ!」

 魔王が破壊の魔法を繰り出すも、勇者は微動だにせず、その場に立ち続ける。さらに鎧が壊れたのか、彼が纏う物が少なくなった。

 何度も何度も魔法を放ち、勇者を撃つが、彼は膝を屈する事もない。ただただ、その場に立ち続けている。既に流れた血は人のそれを超えたものとなっていた。

「なぜ倒れぬ!なぜ破壊できぬ!なぜ塵にできぬ!」

 だが勇者は倒れない。もうほとんど身に纏う鎧がなくなっていようと、剣が刀身の半ばから折れてしまったとしても勇者は倒れない。それが怖かった。

「ふは、ふはははははは!」 

 だから魔王は思った。この勇者は倒れはしないが、すでに戦う力など残っていないのだと。立つだけしかできないのだと。

 それは恐怖を否定したい感情から来た思い込み。だがそれすらも魔王は否定し、勇者はあと一撃で、拳を当てさえすれば倒せる、そう思ったのだ。

「そうか、そうだったのか、勇者よ!よくぞここまで耐えた。だがもうお前に力は残っていまい。我にここまで力を出させた初めての者、そのお前に敬意をもってこの一撃で終わらせてくれよう」

 魔王はそう宣言すると右手に全ての魔力を集め、最強の一撃を、この星さえ破壊する拳を作り上げる。

 準備が整うと一歩、また一歩、魔王は勇者に近づく。ただ歩くだけで込められた魔力の所為で空間が歪み、大地が砕ける。すでに荘厳だった魔王の居城は跡形もなく吹き飛んでいたが、今はその大地すら吹き飛ぼうとしていた。

 魔王は歩みを止めず、勇者に拳が届くところまでやってきた。拳を振り上げ、恐怖を忘れてただ振り下ろす。あとそれだけとなった魔王は最後の言葉を発した。

「勇者よ、さらばだ」


「ああ、さらばだ、魔王。お前になんの恨みもないが、俺の我儘で死んでくれ」

「なに?」

 気が付くと勇者は魔王の目の前、鼻が付くかと思うぐらい近くにいた。いつの間に?と魔王が思った瞬間、体中の力が抜けて行くのを感じた。

 魔王が自己の存在を感じた時から持っていた膨大な魔力。あらゆる物を破壊する圧倒的な力。それら全てが失われて行くのを感じた。

「な、なにをした」

「俺を召喚した王女は2つの物をくれた。不死と絶対遵守」

「勇者を永遠の奴隷として召喚したのか、やつらは!?」

「ああ、俺は女王の永遠の奴隷だ。だからお前の軍に勝てた。死なず、朽ちる事のないこの体で」

「それでもなお、お前は我を倒すだけが目的だと言うのか!女王に、人間どもに復讐しようと思わぬのか!」

「俺に祝福を与えた聖女は2つの物をくれた。霧消と死」

「霧消だと!?そうか、全てを消し去る力が我の力を。だが、それでは。だから死か!」

「ああ、俺はお前を殺すために聖女にこの力を貰った。使えば俺が不死でなくなろうとも」

「お前は、お前は自分の死すら厭わず我を殺すと言うのか!なぜお前はそこまで!」

「それはお前には関係ない。だが、俺の我儘で殺されるのだ、せめて教えてやる」

「なんだ、その理由とは!」

「お前を殺せばなんでも1つだけ叶えてくれるんだよ、女神がな」

「死にゆくお前が、なに、をのぞ」

「死んだか。ああ、魔王よ。俺の我儘にお前は巻き込んですまなかった。輪廻の輪から外れたお前はもう。だが、お前は1人じゃない。俺もすぐに、いく、さ」

 この世界を覇を唱え、滅亡寸前まで追い込んだ絶対強者であった魔王はこの日死んだ。








勇者の死と共に。








 



「黒川彰人、よくぞ魔王を倒してくれました。私の願いを叶えて頂き、感謝します」

 黒川彰人と呼ばれた日本人がこの空間に訪れたのは2度目。1度目はこの世界、魔王に滅ぼされようとしていた異世界に召喚される少し前だ。

 ここは地球のある世界と異世界へと繋ぐ境界線にある場所。時が止まった無の世界。虚構の狭間とされる空間だ。

 彼の目の前には神々しく、全てを魅了する女性が立っている。女神、そう呼ばれる存在だ。

 彼女は魔王に肉体を破壊された神々の1柱で、魂だけとなった現在、この虚構の狭間を揺蕩っている。

 彼が異世界に召喚されようとした時、彼女は彼を呼び止め、とある話を持ち掛けたのだ。それが1度目の出会いだった。

「感謝なんてされても困る。俺はあんたが俺の願いを叶えてくれるから魔王を倒しただけだ」

「そう、ですね。感謝ではなく謝罪が必要でした。申し訳ありません、黒川彰人。まさかあの者たちがあのような事をするとは」

「あんたは生命を司る神であって、全知全能ではないんだろう?だったら知らなくても仕方がなかったと思う」

「ですがあなたを勇者として召喚しておきながら奴隷として永遠に使役しようなどと」

「なんだってよかったさ、奴隷だろうとな。女王には感謝してる部分もあるんだ、死なない体にしてくれたから魔王を倒せた」

「ですが」

「あと聖女にも感謝してる。いや、悪い事をしたと思ってるさ。俺に好意を向けてくれたのに応えもしないで、力だけもらったんだからな」

「良かったのですか?」

「ああ、俺は彼女の想いに応えられない。俺の唯一の望みが彼女にある限り、応えてはいけない」

「彼女があなたを忘れてしまっていてもですか?」

「ああ、そうだ。俺は悠美さえ生きていればそれでいい。それが俺の望んだ願いだ」


 黒川彰人という日本人には好きだった女性がいた。彼と彼女は幼馴染であり、小さな頃からずっと一緒でずっと好きだった。

 悠美、柳瀬悠美は病弱だった。激しい運動もできず、二十歳まで生きれないとも診断されていた。だが、彼女は病気にも負けず楽しく、彰人と共に生きていた。

 そんな彼女が17歳の誕生日に容態が急変した。その日は彰人と共に誕生日を祝っていた。付き合っていた訳ではないが、周りの者は彼ら2人をお似合い夫婦と茶化すほどずっと一緒だった。そんな2人を別つ時が唐突に訪れたのだ。

 訪れていた映画館で突然倒れた彼女を抱きかかえ、救急車に乗せる。病院についてもずっと側を離れず、緊急オペ室に運ばれるまで離れなかった。

「彰人、ごめんね」

「何を言うんだ、悠美」

「ごめんね、彰人。もう一緒にいられない」

「そんな事言うな、悠美!絶対にまた一緒に居られる!」

「ごめんね。彰人、大好き、だよ」

「優実!」

 それが彼らが最後に交わした言葉だった。

「なんで、なんでなんだ!なんで優実を連れて行くんだ!他にいっぱい居るじゃないか!なんで、優実なんだ!」

 彰人は優実の死が受け入れられず、遺体の前で崩れ落ちながら叫んだ。その叫びには誰も答えられない。優実の両親でさえ、彰人に声を掛けられないほどの悲しみの声だった。


「だけどあんただけは俺に応えてくれた。優実が生きて居てくれる、それだけで俺はもう満足なんだ」

「私の願いは魔王を倒してくれる事。そして私に出来るのは召喚される者を選び、その者の願いを叶える事。だからあなたに持ちかけました。でも、私は後悔しています」

「俺はあんたに感謝してるんだ、本当に。後悔なんてしなくていい。生命の女神であるあんたじゃなければ悠美は生き返らなかった。優実が他の人と同じように生きる事も出来なかった。だから感謝してるんだ」

「異世界に召喚された者の存在が忘れ去られるとしても、ですか?」

 異世界の勇者を召喚させる大魔法。それは莫大な魔力が必要で、呼び寄せた者は圧倒的な力を持つ。そして一方通行。元の世界には戻れない禁忌の魔法だ。

 召喚される者が同意しない場合は成立しないこの召喚は、召喚された者の存在、すべての痕跡を元の世界から奪い去る。奪い去った全てが召喚された者を強くする。それゆえに禁忌。

 女神が彰人に全てを説明し、同意を得て旅立った。その旅路が自身にとって破滅へと繋がろうとも。








「ああ、そうだよ。俺は優実が生きて入ればそれでいい。例え俺が優実の側に居なくとも、誰か別のやつが居ようとも。俺は優実だけが幸せだったらそれでいい。他に何もいらない」









とある世界を滅ぼす寸前だった魔王を倒したのは、一途な想いを、狂える愛を持った少年だった。

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