第一章
第一幕 始業式
桜の季節がまたやってきた。
僕はというと始業式が終わり新しい教室である『2-2』に入るや否や、「だりぃ……」と呟きながら机に突っ伏しながら新学期早々だらけていた。
これは決して自分が悪いわけではなく、低血圧という母親の受け継いだ正統な低血圧であるのだが。この季節特有のほどよい暖かさも相まって、より一層気怠さが増しているような気がした。
それにしても暇だ。暇すぎる。暇すぎて脳内でおっさんが話しかけてくるくらいには暇だった。
未だ教室に来ていない担任教師を待っている間、周りからは明るい話題が飛び交っているなか。なぜこうも、自分と周りの新しいクラスメイトに差が出るものだろうか。ううむ、謎だ。
新学期と言えばクラス変えであるが、僕が唯一交友をまともに持っていると言って過言ではない悪友――
まあ、流石に六クラスもあれば仕方ない。前向きに新しい交友関係を結び、親睦を深めて世界を広げようではないか。
Let's positive thinking!
そんな今後に関わることを脳内で巡りに巡らし、今回こそは自己紹介という難題を突破して見せると意気込んでいると、ここの担任である男性教師が入ってきた。見た目はいかにも体育教師である。
担任はまず先にと出席を確認するとのことで、窓際から順番にクラスメイトたちの名前が呼ばれていく。ここは一つ、大きな声を出して元気があることを伝えるとしよう。
淡々と周りが答えていく中、真ん中辺りの席に陣取っている僕は内心ほくそ笑みながら来たるべきときを待っていた。
前の席に座ってるクラスメイトが呼ばれた瞬間、僕は落ち着いた様子で声を張り上げる準備をする。
「じゃあ、次――」
――きた!
「沢島拓」
「へい!?」
誰やそれ!?
思わずツッコミつつも、この異様な空気をたかが一般学生がどうすることもできず。ただ真っ直ぐ、担任である教師に熱い視線を送る。
「…………」
「…………」
「沢島拓か?」
「
担任教師はクラス表らしき物を手に取り、何やら確認し始めた。えっ? まさかね?
内心嫌な予感を感じつつも、今朝のことを少しばかり思い出しかけ。嫌な予感が徐々に確信へと変わる。
「沢良木、非常に残念だが。お前、隣の『2-3』だぞ」
その瞬間、今朝掲示板に貼り出されたクラス替えの紙を人混みのなか見るのが億劫だったので、輝野に見てきてもらったことを思い出す。
あ、あいつ! やりやがった!!
まさか、新学期そうそうこんなことをしてくるなんて、腹を括っていた僕が甘かった。
僕は周りの痛い視線から逃れるように、机に掛けていたリュックサックを背負い。何事もなかったかのように廊下に駆け抜けて、隣の『2-3』に勢いよく入り込み。死神の如くターゲットを血眼になって探し出す。
「沢良――木君!?」
どうやら丁度、自分の番だったらしいが。急に現れた本人に驚いたのか、変なイントネーションなっている。しかし、今はそんな些細なことよりも重大なことがある。
新しい若い担任の女教師や席に着いていた真のクラスメイトたちはただ目を白黒させているなか。席の真ん中辺りにいる、いかにも今の状況を楽しんでいる邪悪な笑みを含んだ男が、「くつくつ」と笑っているのを見つけ出す。
ただ僕はそいつの元に気がつけば駆け出しており、その憎き相手に向かって殴りかかった。
「輝野あぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁあぁ!!」
「あははははははははははははははははははははははははは!!」
新学期早々、この日を境に、僕らは『頭のおかしい奴ら』というレッテルを貼られることとなった。
「ちくしょう! なんで新学期早々、こんなことになっちまうんだ!!」
あの後、無事ではないホームルームを終えた僕は、もちろん輝野と二人して職員室に呼ばれ。新担任であるほわほわしている水谷先生に有り難いお言葉を頂戴し、他の生徒たちよりも少しばかり遅い帰路に就いていた。
すでに人通りは疎らになっており、どれだけ自分たちが拘束されていたのかがよくわかる。
結局、自己紹介は明日とのことで、家に帰ったら何を言うべきか考える必要があった。これ以上醜態を晒して、去年のように阿呆な日々を過ごすわけにはいくまい。
「そりゃあ、お前が冷静になって和解をしなかったからだろう」
「うるさい! あそこで僕の渾身の右パンチを避けて、関節技極めてくんじゃないよ! めちゃくちゃ痛かったわ!!」
いつものことと言えばいつものことなのだが、未だに彼は平然とした顔で技を極めてくるのには恐ろしさしかない。
「まあまあ、悪かったって。なんか自販機で奢ってやるから許してくれ。それにそんなこと言うくらいなら、お前が自分で確認すれば良かっただけじゃないか」
「そんじゃあ、ブラックの冷えた缶珈琲で。てか、詫びの入れ方雑すぎだろ。最後に関してはぐうの音もでないけどさぁ……。ありゃないよ、初っ端からこんなことになるとは思ってなかったわ」
「そう思って仕掛けたんだから当たり前だわな。まあ、今年も同じクラスなんだ。よろしく頼む」
「こっちこそ、今後ともよしなに」
その後は新しいクラスどうだろうか、あの担任のスーツパンツから漂う色気は健全な男子には毒過ぎるなど、取り留めのない会話をしながら歩いた。
自販機の前に辿り着くと、輝野が冷えた缶珈琲を二本買い、一本を投げ渡してくる。それを受け取ると、二人して缶の蓋を開けてちびちび飲みながら、また歩き始めた。
「なあ、家に帰って昼食を食べた後って時間空いてるか?」
急に輝野がそんなことを言い出したので、僕は「空いてるけど?」と言い返す。
「じゃあ、昼食べ終わったら阪急の改札口前に集合な」
「別にいいけど、何をするんだ? 先に言っとくけど、僕に今お金はないぞ?」
「少しお茶をするくらいだけの分でいいさ、それくらいならいけるだろ? 去年の反省点を今年ことは活かす」
「はあ? そりゃまあ、久し振りにどっかで話すのはいいけど。結局、男だけの寂しいお茶会でも開くのか?」
最初に訊いたことを答えずに訝しんでいると。彼の次の発言によって、僕はただ絶句することしかできなかった。
「ナンパしに行く」
あのとき、このとき 黒虎 @Kurotora
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。あのとき、このときの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます