第11話 謎解きと、巡りくる夏に向けて……

 ここから先は後日談である。

 高速道路の建設は、一時中断された。土台を築くために丘の周辺を工事していたところ、大量の水が噴出したのだという。オヤジが役場で聞いた話では、地下水脈でも掘り当ててしまったのだろうということだった。竜宮の姫が人間の愚行に警告を与えたのだろうか……(なんてね)。

 俺の進路はどうなったかというと、三者懇談でいきなり「悠倫館大学」と希望を言ったら担任に「バカ野郎」と一喝され、オフクロには再び、机の下で向こう脛を思いっきり蹴られた。一応、大学進学を目指すことにはなったが、志望先は、答案に名前を書けば入れる程度の、辺境にあるボーダーフリー大学しかなかった……。


 流れてきた箱の謎は、やがて訪れた冬の、ある雪の日に解けた。

 遅まきながらの受験勉強を始めた俺は梢と帰ることなど全くなかったのだが、その日、雪で遅れたバスにたまたま一緒に乗り合わせたのである。

 満員のバスは、街中を離れるほどに乗客もいなくなり、最後には俺たち2人だけになった。

 そのとき、梢は「憶測なんだけど」と断ってから、自分の考えを話してくれた。

「あの箱は、下の淵なんかに浮かんでいなかったのよ。最初から幹也が持っていたの。たぶん、帰り際に沢宮さんが預けて行ったんじゃないかな。箱の中にあった辞書は、フィールドワークをしていた沢宮さんが、髻神社の裏山で偶然発見した。で、アンタへのメッセージを挟んでおいたの。幹也には、『絶対開けるな、2人だけの秘密』とでも言っておけばよかった。あのエロガキ、そう言われたら何でも言うこと聞くわ、たぶん。今問い詰めても、絶対口を割らないよ。」

 話を聞きながら、本当かどうかは考えないことにした。沢宮さんとの思い出は、高校時代の、最後の夏の幻でいい。

 バスから降りてしばらく歩き、俺たちは立待橋にさしかかった。

 橋の上から見る渓流はすっかり雪に閉ざされ、寒々と凍てついていた。

 それを見つめる俺の背後に、素早く梢が回りこんだ。

 突然、何かで首を絞められる。

 うっと呻いて振り向くと、梢は既に降りしきる雪の中に消えていた。

「それ、失敗作だから」の声を残して。

 俺の首に巻きつけられたものをよく見ると、雑に編まれたマフラーだった。模様も下手くそで、編みこまなければいいのにと思うくらいである。

 余りの苦しさにほどいてみると、模様はアルファベットのようで、そのスペルは、こう読めた。

 ……TE AMO……。

 本当にそう書いてあったかはわからない。後で梢にマフラーの話をそれとなく振ってみたが、言を左右にして知らん振りを決め込まれた。


 やがて、春が巡ってきた。

 俺は故郷を離れて日本の隅っこに仮住まいを定め、実家よりも田舎にある大学に通うことになった。梢はというと、その気になればすぐ実家に帰れる辺りの国立大学を選んだ。

 これで腐れ縁は完全に解消できたかに見えたが、今度は電話や携帯メールでしょっちゅう「単位落とすな」「ちゃんと卒業しろ」とうるさく言ってくる。

 ところで、あの辞書のメッセージだが、早速ラテン語の講義を履修した俺は、努力の甲斐あってようやく解読することができた。

 ……Petiteペティーテ etエト accipietisアッピキエーティス……。

  「求めよ、されば与えられん」。

 (完)

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ぐらっまてぃーか・らてぃーな 兵藤晴佳 @hyoudo

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