第10話 夏が忘れていった玉手箱
そして2学期が始まった。
学校は午前中に終わったが、夏休みに追試を食らっていた者はまとめて学年主任に呼び出され、バスを一本遅らせて説教される羽目になった。
夏休み前はいつも俺と共に帰っていた梢も、流石に待ってはいられなかったのか、先に帰っていた。
俺が一人でバス停を下りると、暑い割に空はもう高く感じられた。
次の三者懇談のことを考えながらとぼとぼ歩いていくと、秋の冷たい川風が感じられた。
立待橋にさしかかったのである。
俺は夏の間にあったことを思い出しながら、しばらくその場に佇んでいた。
梢の昔話に出てきた、友達から夢を買った男もこうして呆けていたのだろうかなどと思いながら。
「おい、克彦」
俺の後ろから、男の子の声がした。すぐに幹也だと分かった。空気の読めないガキである。
振り向くと、俺の目の前に大きな漆塗りの箱が突き出された。
「何だよこれ」
「下の淵で見つけた」
俺はその箱に見覚えがあった。ここへ来たときに、沢宮さんが難儀そうに抱えていた木箱だった。
「何でこれがそんなところに?」
「知らないよ」
幹也の話によると、新しい秘密基地の場所を探しているうちに、偶然見つけたのだという。
俺は箱を開けてみた。
箱が大きい割に、中は空っぽだった。ただ、箱の隅っこに、本が一冊あったきりである。
だが、俺は慌ててその本を手に取った。
裏返して表紙を見る。
俺は「amo」のページをめくってみた。
そこには、俺のメッセージ「TE AMO」はなかった。
さらにパラパラとページを送ってみると、「P」の項辺りに挟んだ一枚の紙が見えた。
取り出してみると、一行のラテン語文が書いてあった。
……Petite et accipietis.
「ペティーテ・エト・アッキピエーティス」
俺が声に出して読むと、幹也が首を傾げた。
「それ、何の呪文?」
俺はその箱と辞書を持って大槻家を訪ねたが、梢は伝言のこと以外は何も知らないようだった。
沢宮さんが持って帰ったはず漆箱がなぜ下の淵にあったのかということに関しては、「竜宮から流れてきたんじゃない」の一言で片付けられた。
ラテン語文は、辞書を引いても、早見表を見ても、うまく解釈できなかった。
これについては、幹也が憎たらしいことを言った。
「勉強して大学行ったら?」
秘密基地がなくなったことを気の毒がってやろうと思っていたが、俺はその気をなくした。
しかし、その一方でこんなことも考えた。
このメッセージの意味を自力で解かない限り、あの幻からは離れられないだろうな、と。
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