第6話 顔出しNGなのにどうしてモテるのか 5

タウレコに戻ると、すでに特設ステージ前の席は満席で、チラホラ立ち見の客も出始めている頃だった。


俺と立花は、座席後ろの手摺がある比較的にステージがよく見えるスペースを取ることができた。


ステージではスタッフが各楽器のセッティングと音出しを行っている。

俺の愛用のエレキも、どうやら問題ないようだ。


そろそろ控え室で演奏リストの最終確認と、各スタッフに挨拶回りをする時間だ。



「すまん!立花、俺ちょっとトイレ行くわ、悪いけど少し待っててくれ!」

「そう、私はここで待ってるから、急がなくていいわよ」


「ごめん、頼んだ!」



急いで入り口から店を出て、そのまま店の裏に回り、いつものお面を被って従業員用の出入口より中に入った。


近くのスタッフにガップレの待合室の場所を聞いた際に、握手を求められて快諾する。


ファンサービスは大事だと水戸さんが言ってた。



「ごめん! 遅れたか?」



と、お面を外しながら、精一杯申し訳なさそうに控え室に入ると、マネージャーの水戸さん含め、俺以外のガップレメンバー全員がすでに揃っていた。


ソファーの端の方に座り、ニヤニヤと携帯ゲーム機をいじっている翔ちゃんはいつも通り。


真純はイヤホンで曲を聴きながらドラムスティックでリズムを刻んでいる。


義也はこっちをチラチラ見ながら、楽しそうな顔をして携帯をいじっている。たぶん『修羅場なう』とでもつぶやいているだろう。


そして、メイク台の前に座っていた歩美からメラメラと黒いオーラが放たれ始める。



「わわわわ…!?」



ガバッと立ち上がり、ズンズンと俺の方へ向かってくる歩美。


やばい! こわい! 逃げたい!!



「ふふふふっ… 随分とお楽しみだったようねえ、勇志? 」

「いえ! まったく! これっぽっちもお楽しみではございませんでした! 本当にッ!!」



ギロっと歩美の目が俺の顔を捉え、その顔が俺の目の前に突き出される。


やだ! 怖い! 近いッ!!



「ふーん… まあいいわ、義也くんからも今回は未遂で終わったと報告を受けていますから、後で美味しいケーキ屋さんに連れて行ってくれれば許してあげてもいいわよ?」

「はいッ! 是非連れて行かせてください、お願いしますッ!!」


「よろしい」



今回は歩美の方が早々に折れてくれた。いつもならもっと酷い目に合うところだったから、本当に助かった。


まあこのままギスギスしていたら、この後のライブにも影響するだろうし、流石にその辺り、歩美はよくわきまえているな。


そして義也、お前はなぜ歩美の影から俺に向かってウィンクしてるんだ? 貴様は後でコチョコチョの刑に処す!



「はいはい、話も済んだようだし、ライブの打ち合わせするわよ」



水戸さんがパンパンと手を叩きながら、全員をソファーの周りに集めた。


演奏する曲と順番を最終確認し、MCをどの間に入れるかを決める。


その後の流れも一通り水戸さんから説明を受けてミーティングが終わった。



ミーティングが終わったと同時に隣に座っていた真純が「どうせお前のことだからまたゴタゴタに巻き込まれたんだろ」と、言ってきて思わず涙腺が緩む。


やはり持つべき者は親友だな、心の友よ。


その後ろで翔ちゃんが「リアル女子のどこがいいのか理解に苦しむのですぞ」とかなんとか言っているが放っておこう。



「さてと」



立花を待たせているから1回戻らないとな。


メンバーに「トイレ行くわ」と言って再びお面を被り外へ出て、お面を外して正面の入り口に周り中へ入った。


ライブの時間も迫り、さっき出てきた時より人が多くなっていて、立花の元まで人混みを掻き分けるようにして向かった。



「立花お待たせ! 今戻った」

「随分長かったわね、具合でも悪いの?」


「いや全然大丈夫だから! それにしても随分と人が増えたな」



ステージの上から沢山の人を見るのは流石に慣れたが、観客側からこの人混みを体験することになるとは思わなかった。


分かっていたことだが、インドア派の俺にはこの人混みは厳しいものがある。


いや、この人たちはみんなガップレのファンなんだから、そんな失礼なことは思ってはいけないぞ、俺! むしろ感謝せねば!



「立花は人混み苦手じゃないのか?」

「私は大丈夫だけど、入月くんはダメそうね」



ふと気になって立花に尋ねるが、どうやら立花は人混みは苦手ではないらしい、羨ましい限りだ。



「知っての通り、俺は典型的なインドア派だから人が多いところは苦手です… 」



本当はこんな大勢の前でなく、どこか小さいライブハウスとかでひっそりとライブしたい。もっと言えば、ずっと家の中でゴロゴロしていたい…


まあ、たとえ家でゴロゴロできたとしても、愛美やら歩美が御構い無しに部屋に乗り込んできて、買い物だのなんだの付き合わされて、結局ゆっくりできないんだけどな。


それにしても、よくこれだけの人が集まったものだ。


ざっと見回しただけで、200人以上はいるんではないだろうか。


自分で言うのもどうかと思うが、いったいガップレのどこにそれだけの魅力があるのだろうかと、不思議に考えてしまう。


ベースのヨシヤは、色恋沙汰と修羅場なら喜んでお邪魔しますのミスタートラベルマン。


ドラムのマシュは、外でキャンプをすると言っていたのに手ブラで来るという予想を超える天然っぷりを見せるマイペース筋肉マン。


リードギターのショウちゃんは、デスメタと二次元の嫁たちを愛するあまり、リアルに友達がいなくなってしまった哀れな男。


そしてボーカルギターの奴は、特徴のない、至って普通の男というオーラが滲み出てしまっている。


唯一まともなのがボーカルのミュアだけで、そのモデル顔負けのスタイルと美声は熱狂的なファンがついているくらいだ。


もしかすると、他のメンバーが酷すぎてミュアの可愛さとか、綺麗さとかその他もろもろが際立っているということなのかもしれない。


まあ個性という面だけを見れば、このバンドに勝てる者はそうそういないだろう。


そんな個性的なメンバー達と作り上げる曲は、信じられないような化学反応が起こり、まったく新しいジャンルの音楽が生まれてくることもある。


この化学反応こそが、きっと《Godly Place》というバンドの魅力なのかもしれない。



「なあ立花、《Godly Place》の魅力ってやっぱり音楽なのかな?」



確かめるように立花に話しかけると、立花はうーんと少し考えるような素振りをして俺の方を見上げる。



「私は《Godly Place》の曲を聴いた時、自分の心の奥に触れられた気がしたわ… 上手に言い表せないんだけど、音楽ってきっと人の心に触れることができるんだと思う… 」



なんと素敵な答えなんでしょう…!


いやいや、きっと真面目な立花だからこその素直な答えなんだろう。


だから俺も素直にそれを受け入れることができるような気がする。


ガップレの音楽が、この場所にいるこれだけ沢山の人の心に触れることができたんだな…



「立花、ありがとな」

「え?」


「立花のお陰で俺、大事なことに気付けたよ」



正直、自分たちのバンドがこんなに有名になってしまって面倒だと感じていたけれど、これだけ沢山の人の心に触れて、勇気や希望を与えることが出来るのなら、あの時の歩美との約束も叶えられる気がする…



「大事なことって…?」



立花が不思議そうに俺の顔を見上げている。


それもそうだろう、誰だって訳も分からずいきなりお礼を言われたら、今の立花見たいな顔をするのだろう。


ただし、立花みたくポカンとした顔も綺麗な人はいないだろうが…


そんな立花の顔をいつまでも見ていたい気もするが、変に疑われても困るのでちゃんとフォローを入れておこう。



「えっと…《Godly Place》のファンとしての在り方… かな」



それっぽいことを言ったそのすぐ後に、“腹が痛くなった”という情け無い仮病を使って、苦悶の表情を浮かべながら足早に裏口に回るのであった。

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