第4話 顔出しNGなのにどうしてモテるのか 3
駅前のタウレコに集合したガップレの面々は、誰一人として行動を共にすることなく、それぞれの目的のために集合時間だけ決めて解散した。
本当によくこれでバンドが成立できているなと思うのは今日何度目だろうか?
タウレコ前には『Godly Place ファーストアルバム本日発売!』とデカデカと書かれた大きいポップや、チラシが至る所に張り出されていて、宣伝費にどれだけかけたのか、ちゃんとその分以上に回収できるのかとか余計なことまで気にしてしまう。
でも、昨日のアリーナライブでもチケット販売開始から一瞬で売り切れになったと水戸さんがウハウハしながら話していたので、ある程度の需要はあるらしい。
そのため、供給が行き届いていないせいなのかはわからないが、このタウレコも平日だというのに、たくさんの人でごった返しになっていて、店の中は常に誰かにぶつかっている状態となっていた。
せっかくだからと、ガップレのアルバムが置いてあるコーナーがどんな様子になっているのか見に行こうなんて思わなければ、こうして足を踏まれたり、脇腹に肘を入れられたりせずに済んだのにと、後悔先に立たずとはこのことかと思い知らされているのである。
人に流されるように進んだ先の1番人口密度が高い場所に、お目当てのガップレのコーナーが設置されていて、何とかそこまでは辿り着くことができた。
「なんとまあ… 」
ガップレのコーナーに辿り着いた俺は、つい口から情けない言葉が漏れてしまった。
なんと、ほぼ一つのエリアがまるまる《Godly Place》のコーナーになっていて、広いスペースにはガップレのメンバーそれぞれの等身大パネルが並べられ、一緒に写真を撮影する人の待ちが列になっていたり、メンバー全員のサインが入った色紙の前には、多くの人だかりができていた。
「へぇー… 」
ライブやらテレビやらである程度の人気があるとは思っていたが、まさかこれ程までとは…
俺は初めてガップレの人気を実感しながら、自然と震える手を伸ばし、山のように積み重なっているアルバムから1枚を手に取る。
このアルバムを作るのに、夏休みの一週間をスタジオに籠りっきりで録音した日々が、つい昨日のように思出せる。
水戸さんに笑顔で「もう一度最初からやってみましょうか?」と何度も言われて、時間が掛かれば掛かるほど、笑顔が引きつっていったのが今でも忘れられない。
あれは本当に恐ろしかった… そのことを思うと自然と涙が出てきてしまう。
今もついウルっときてしまい、制服の袖でゴシゴシ目元を拭いていると、誰かに肩をトントンと叩かれた気がして反射的に振り返る。
「入月くんじゃない、奇遇ね」
「あれ? 委員長! こんなところでどうしたの?」
そこには、同じようにガップレのCDを持った『立花 時雨(たちばな しぐれ)』が制服姿のままで立っていた。
立花は六花大付属高校2年4組、つまり俺と真純のクラスの学級委員長をしていて、あだ名はもちろん『委員長』だ。
絵に描いたような才色兼備で、勉強もスポーツも得意ときたもんだから、神様はなんて不公平なんだと愚痴もこぼしたくなる。
性格はいたって真面目で曲がったことは大嫌いらしく、見た目も中身もグータラの俺には、特に人一倍厳しくご指導をしてくれている。
しかし、そんな委員長にも極稀に優しさを垣間見せることがあり、その目鼻立ちが少し鋭い感じと、長い黒髪、抜群のスタイルが合わさって、男子の間では『ツンデレ女神』と呼ばれていることは本人は知らない。
「学校の外でまで委員長はやめてくれない? 恥ずかしいでしょ…」
「えーと、じゃあ立花…さん、でいいかな?」
「呼び捨てで構わないわ、私は今日発売のガップレのCDを買いに来たんだけど、入月くんもガップレのCDを買いに来たのよね?」
「あー、うん! そうなんだよー! 奇遇だねー!」
「入月くんは泣くほどガップレのファンだったりするのかしら?」
「いや違うんだ、 これはその~… 」
「何?」
「実は俺、デビュー当時から大ファンなんだ! やっとファーストアルバムが発売になって、つい涙腺が緩んでしまって… ね?」
「そうなの、それは以外ね」
「え、どうして?」
「入月くん、ゲームとかアニメ以外は興味ないのかと思ってたから」
「ぐぬ… 」
ですよねー。 まあ学校では音楽のおの字も出したことなかったし、そう思われても仕方ないといえば仕方ないですけど? だとしてもこう、言い方っていうのがあると思いません?
「ねえ? ガップレの大ファンというくらいだから、入月くんもこの後のミニライブとサイン会に参加するのよね?」
「へ? えぇ! もちろん!!」
「それまで少し時間が空いてしまうから、それまで付き合ってくれない?」
「えぇッ!? いやー、でもなー… 」
「入月くん、本当にガップレの大ファンなの?」
「喜んでお供させていただきまーす!」
どうしよう、なんか成り行きで一緒にお茶することになってしまった…
とりあえず、この場は話を合わせて乗り切るしかなさそうだ。
立花と一緒にCDの清算を済まし、二人で店から出ようとすると、タイミングを見計らったかのように、入り口から沢山の人達が店の中に雪崩れ込んできた。
どうやらミニライブの整理券が配布され始めたらしく、店の中央に人が殺到していた。
あっという間に、波に飲まれてしまった俺と立花は、なんとかその場から追いやられないようにと踏ん張るが、次から次へと雪崩れ込む人に分断され、立花を見失いそうになってしまう。
「立花!」
「入月くん!」
「ちょっと! ごめんなさいよー!」
と、人ごみを掻き分けながら腕を伸ばし、何とか立花の手を掴んで自分の方へと引き寄せる。
「立花、無事か!?」
「大丈夫… 」
「よし、このまま流れに沿って反対側の出口から出よう!」
「わかったわ!」
立花は、俺の身体にピタリとくっ付くような形になりながら進む形になってしまっているが、この状況の中では文句も言っていられない。
それに立花は気の所為か、何だか赤い顔をして俯いている。人ごみに当てられて具合でも悪くしたのかもしれない、早く抜けよう。
右へ左へと流されながら、なんとか2人揃って店の外に出ることができた。
「立花、大丈夫だったか?」
「えっ、ええ… 大丈夫… 」
「顔が赤いけど、具合でも悪くなったんじゃ… 」
「これは違ッ… 大丈夫よ、何でもないから」
「そっか、じゃあ早いとこどっかに行かないか? 少し休みたい… 」
そう言いながら大きく溜息をつく。
まったく酷い目にあった… いったいなにがあの人達をあそこまで凶暴化させているのだろうか…?
… そうだった、俺たちだった
「入月くん!」
「どうした、立花?」
「その… ありがと… 」
「えッ? 何だって!?」
「いつまで手を握ってるつもりなのかしら!?」
「はッ!? え! いやっ、ごめんッ!」
立花握ってる指摘されて急いで手を離したが、さっきまでの騒動で全然気付かなかった。
気を悪くさせたかな…
そう思いながら立花の顔を恐る恐る覗くと、プイっと顔を横に逸らされてしまった。
「ほら、もういいから早く行きましょう」
そう言って、立花は俺の返事を待つことなく歩き出し、俺は置いていかれないようにそのすぐ右後ろをついていった。
時折、立花の長い髪が風に舞うと、その隙間から見えた口元は微笑んでいるように見えた。
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