第5話 顔出しNGなのにどうしてモテるのか 4

タウレコと同じ通り沿いのカフェに入った俺と立花が案内されたのは窓際の1番奥の席で、ここから外を眺めると、ちょうど大通りがよく見える位置だった。


俺と立花はそれぞれメニューを広げて、俺はアイスカフェオレ、立花はホットコーヒーを注文した。


早速、目の前に出されたカフェオレにガムシロップを2つ入れ良くかき混ぜる。


本当はストローなど使わずに、そのままコップに口を付けてグビグビいきたいところだが、目の前の立花“委員長”に何を言われるかわかったものではないので、大人しくチビチビと上の方からストローで吸い上げて飲み始める。


それにしても、やっぱり冷たくて甘いカフェオレは美味いな、荒んだ心と身体を癒してくれる気がする。


どうして俺の心が荒んでいるのかというと、先程の人混みの中で「はッ、見ろ! まるで人がゴミのようだ!」と思ってしまったのだが、その人たちこそがガップレを支えてくれているファンの方々ということを今更悔いているためである。



「入月くん、少しお砂糖入れ過ぎじゃないかしら?」

「実は俺、コーヒー系は甘くないと飲めないんだ。立花は砂糖入れないのか?」


「私は逆にお砂糖入れたら飲めなくなるタイプなのよ」

「そ、そうですか… 」



そう言いながら、音を立てずに上品にコーヒーを飲む立花は良い絵になるなと思ってしまう。


学校ではこうして向かいあって座ることはまずないので、普段よく見ることのできない立花をここぞとばかりに観察しておく。



「何? さっきから私のことをじっと見て」

「いや、べつに… 」



どうやら俺の目線に気付いていたようで、立花の鋭い突っ込みを受けて急いで視線を窓の方に向けて誤魔化したが、今更だよな…


しかしまあ、立花に見惚れていたなんて口が裂けても言えないので、何でもない素振りをしておく。


そんな俺を見兼ねたのか、立花はコーヒーカップをソーサーに置いてひと息置くと、俺の目を真っ直ぐ見つめながら口を開き始めた。



「入月くんは本当にお子様よね。あまり多量に糖分を摂るのは感心しないわよ? 今のうちから少しづつ砂糖の量を減らす努力するのをお勧めするわ」

「はい… 以後気をつけます… 」



てっきり、立花のことをジロジロ見ていたことに対して何か言われると思っていたので、かなり間抜けな顔をしてしまったと思う。


現に俺が謝ったすぐ後に、立花が口元に手を軽く当ててクスっと笑っていたからだ。


その時、俺は立花が笑ったのを初めて見た気がした。



「それで、入月くんはガップレのどの曲が1番好きなの?」

「うーん、そうだな… 」


突然にガップレの話を振られたこともあるけど、こうして改めて聞かれるとつい考えてしまうな。


どの曲も思い入れがあって、その時、その瞬間の全てが、その1曲の中に詰まっていから…


しかし、あえてそこから1つを選ぶとしたら…



「やっぱり『start line』かなー」



《Godly Place》が5人になって、1番最初にできた曲だ。


バンドの人数が増えることによって、それぞれの楽器が自由に演奏できる幅が広がり、曲の広さと深さがより一層増した1曲に仕上がった。


『start line』を演奏する度にそのことを実感して、バンドサウンドっていいなーとしみじみ思う程だった。



「その曲って、確か今日発売のアルバムのボーナストラックに入っている曲じゃなかったかしら?」

「あ… 」



しまったーッ!!


『start line』はこのファーストアルバムの収録時に、ガップレのみんなの思い出の曲だからとかで、初めて音源化した曲だったのを忘れてた!


立花は俺のことを、今日発売の『start line』という曲を一体どこで聴いたのかと考えるはず…


まずい、おおいにまずい!

何かそれっぽい言い訳をせねば…!



「いや~、たしか前にライブで聴いたことがあったような気が…」


「ガップレの『start line』という曲は、ガップレが一番最初に作った曲で、メンバーそれぞれの個性が生かされているロックチューンの曲である。 まだガップレが、客のほとんどいないライブハウスで演奏していた曲で、ファンの間では幻の曲とされていたが、メンバーの強い希望で、ファーストアルバムのボーナストラックとして、初めて音源化されることとなった、と… 入月くんはだいぶ初期からのファンなのね」



今のご時世、携帯でちゃちゃっと調べられて便利ですよねー… ほんと。


そんな自分たちでも忘れてそうなことまで調べれば分かっちゃうんですね、俺よりガップレのことをよくわかってらっしゃる。



「まあ、ほら、俺は最初から有名な人とかより、まだ無名な人とかを応援してあげたいタイプというか! そういう人を発見するのが好きなんだよ! たぶん」



苦しいーッ… 自分でも言ってて苦しい言い訳だー。


こうなっては仕方がない、奥の手を使おう。



「立花はガップレの曲で何が1番好きなの?」



必殺!【話題転換攻撃】


説明しよう! 【話題転換攻撃】とは、相手に突っ込みの余地を与えず、さっさと別の話題に切り替えてしまう泣く子も黙る恐ろしい攻撃なのである。


これでもう深く突っ込まれる心配はないだろう…



「そうね… 私は『限りない蒼の世界』かしら」



そう言い終わると立花は、どことなく遠い目を窓の外に向ける。


それにしてもマイナーな所を突いてきたな、『限りない蒼の世界』は俺が作詞作曲した曲で、俺がソロで歌い、ミュアがピアノを弾いて一切歌わないという、ガップレの数ある曲の中でも珍しい曲だ。


作詞の際に、最近アニメの回想シーンや、心の中の世界の表現としてよく出てくる、地面が水面になっていて、澄んだ空と流れる雲が水面に反射して鏡のように映し出されている世界を歌った曲だ。


主人公の孤独や痛み、そして哀しみが『限りない蒼の世界』では、異質な物、この場に相応しくない物として、より一層強調される。


そんな違和感を歌った曲だというのは、メンバー以外は知らない秘密だ。


表向きには、「この広い空と比べて自分の抱えている悩みは、なんてちっぽけなんだろうと感じて曲にしました」

と、雑誌のインタビューなどに答えて誤魔化したが、それも断じて嘘ではない、そういう一面もあるからね!



「ふーん… 」



それにしても、立花はなんでまた『限りない蒼の世界』が好きなのだろうか。


聴いていて気持ちが明るくなるわけでもないし、聴きやすい曲でもないだろうに…



「どうしてその曲が好きなの?」



と、立花に聞かずにはいられなかった。


もちろん、自分が作った曲だからどういう理由で好きなのか聞きたいという気持ちもあったが、それよりどうしてこの曲何だろうという気持ちの方が強かった。



「彼の歌声は何処か切なくて、儚い感じがするの… 私の大切な人の歌声と似ている気がして、だからこの歌を聴いていると思い出せそうな気がするのよ、その人のことを…. 」


そう話す立花の視線は窓の外から離れることはなく、どこか遠く、そこにはいない誰かを見ているような気がした。



「えっと… 」



何かいい台詞はないかと頭の中をフル回転させるも見付からず言葉に詰まる。それだけではなく、何故だかこれ以上聞いてはいけないような、そんな気がした。


立花、たまに学校でもこんな顔をして外を見ていることがあるんだよな。悲しみ、儚さ、尊さ… どうもうまく言葉にできない…


そんな立花の横顔を見ながら、なんか1曲書けそうな気がするとか失礼なことを考えたりしていたことはもちろん口が裂けても言えない。



「ごめんなさい…! 余計なことを話してしまったわね」



直ぐに元の立花に戻り、少し慌てたように俺に向き直る。



「いや! 全然! その… また会えるといいな、その…大切な人と… 」



そう話すと、立花が一瞬驚いた顔で俺を見て「そうね … 」と、一言だけ話してまたすぐいつもの表情に戻った。


なにか悪いことを言ったかなと、立花に声をかけようと口を開きかけたところで、ポケットの携帯が勢いよく着信を知らせてくる。


立花に一言、「ごめん電話出るな」と伝えて通話ボタンを押して耳に当てる。



『もしもし勇志、今どこにいるのかな?』



歩美からの電話だが、心なしか声が怒っているような気がする。



「近くのカフェにいるけど、どうした、緊急か?」

『ふーん、近くのカフェで同じクラスの立花時雨と2人で! 仲良く! お茶してるわけねー』



なぜバレたーッ!!?


お、おかしい… だって歩美はメイクに時間がかかるからって控室から出ていないはずだ!


いや、だが現にこうしてバレてしまっているんだ、それは後回しだ!


しかし不味い… 歩美は何故だか俺の女性関係には超が付くほど厳しい…!


そして、怒った歩美は物凄く恐い! 水戸さんに匹敵するか、もしくはそれ以上かもしれない…!


とにかく、ここは冷静かつ慎重に…



「きッ、気のせいじゃないかなー… ほら、俺みたいな平凡で、なんの変哲もない顔の男なんて、そこら中にいるでしょう?」


『さっき義也くんがカフェの前を通ったときに、女の子と仲良さそうに話している勇志くんを見つけたって、写真付きのメールを送って来てくれたんだけど?』



なんですとッ!?


急いで窓の外に目を向けると、窓と壁の間辺りからひょっこり顔を出して、ニコニコ手を振っている“愚か者”がいた。


義也ぁあぁあ!? 許さんぞ!絶対に許さんぞーッ!!



「そのですね… ちょっとした訳がございまして、後ほどしっかり説明いたしますので、どうかお怒りを鎮めて頂けないでしょうか…?」


『いいわ、どうせ今はメイク中で手が離せないから、あとでたっぷり説明してもらいましょうか!?』



ひぃーッ!!? メイク中じゃなかったら乗り込んで来たんですかい? 恐ろしや恐ろしや…


くそー… 義也め、覚えていろよ…!?


あいつは人の恋沙汰や、噂とかそういう類いが大好物で、特に俺が関係してるとなると目の色を変えて飛び付いてくる。奴には先輩の恐ろしさを思い知らせてやらねばならんな!


それから歩美には、リハーサルに遅れないように釘を刺されて電話を切ったが、目の前の問題はまだ残っている。



「随分と恐そうな人ね、その人」



携帯をポケットにしまうと立花がコーヒーのカップを持ち上げたまま話しかけてくる。



「まあ、いつものことだから… なんかごめんな、待たせちゃって」



どうやら電話越しの歩美の怒鳴り声が、向かいに座っている立花にも聞こえていたらしい。



「今の電話の人って歩美でしょ?」

「え!? なんでわかったの!?」



エスパーか何かですか、立花さん?



「もしかして入月くん、歩美と付き合っていたりするの?」



ゴボフッ!!?


おっと危ない危ない、びっくりしすぎてカフェオレ吹き出すところだった。


まったく何てこと言うんですか、立花さん。



「付き合ってないし、お互いそんなふうに思ってないよ! むしろ、いいように扱われているというか、面倒を見られているというか、保護者みたいな感じというか… 」



自分で言っておいて、我ながらなんて情け無いことだろうと思う。



「そう? 入月くんって鈍感なのね」

「へ?」


「気にしないで」

「はあ…?」


「そろそろ戻らないと… 整理券持ってないから立ち見になってしまうけど、せっかく来たのだから、せめてちゃんとガップレが見える場所を取りましょう」

「お、おう!」



立花に言われて店の壁に掛けられている時計を見ると、確かになかなかいい時間だった。


あぶね! 歩美にまた怒られるところだった…


別々に会計を済ませ、またタウレコ戻る。


カフェを出る時に、ついでに背後でコソコソしているやつを睨みつけておいた。


フッフッフッ… 後で目にもの見せてやるからな。

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