第2話 顔出しNGなのにどうしてモテるのか 1

「いつもの天井だ…」




目が覚めるとそこは見慣れた天井。


ここは間違いなく俺が17年間過ごしてきたマイルーム、オンマイベッドだった。


眠りから覚めて意識が覚醒していくと同時に、身体の疲労感が戻ってくる感覚に襲われる。


昨日のことがまるで夢だったような気がする反面、俺の身体には確かに現実としていらない置き土産が残されていた。


いや、昨日のことは夢だったんだ。そう思うことにしよう!


身体の疲れはほらあれだよ。ちょっとリアルな夢を見たから身体がびっくりしちゃっただけなんだよ。


もう一回寝ればきっと身体の疲れも取れるから、大丈夫だ問題ない。


そう自分に言い聞かせながら、枕の位置と布団を直し、二度寝の支度を整える。


夢の中でならヒーローにでも何にでもなれるんだ、なら次の夢はドタバタラブコメディーの主人公になってキャッキャムフフな夢を…


次に見る夢の構成を思い描きながら目を閉じた矢先、何やら部屋の外からドタバタと階段を駆け上がる音が聞こえてくる。



「お兄ちゃん朝だよ、起きてー!ニュースでお兄ちゃんが出てるよ!」

「………」



ノックもなければ遠慮もない、朝から元気な奴が俺の部屋に入って来て、二度寝をすると決めた俺を起こしにかかる。



「はい、さっさと起きる!学校遅刻するよー!?」



容赦無く布団を剥がされた俺は、布団の外の寒さから身を守るために、ミノムシのように身体を丸くする。



「さささ、寒い… 俺に外の世界は冷た過ぎるよ… だから、どうか一旦布団を返して頂けないでしょうか?」


「ダメ!お兄ちゃんそう言ってすぐに二度寝するからダメッ!」



このまま続けても布団は返してもらえそうもないので、二度寝は諦めて身体を起こすと、目の前には腰に手を当ててグッと顔を突き出している我が妹、『入月愛美(いりづき まなみ)』が可愛い頬っぺをプイと膨らませていた。



「はいはい、今起きましたよー」

「もう! お兄ちゃんは本当に寝坊助なんだから!」



そう言いながらも、こうして毎日起こしに来てくれているので、ここは1つ感謝の言葉でも掛けておこうと「愛美」と、呼んでから「いつもありがとな」と笑顔を送る。



「ふふ~ん、やっとお兄ちゃんには私がいないとダメだって気付いたのかなー?」



と、1人で満足そうな顔をしてニヤついている愛美、あとは放っておいても大丈夫だ。


まあこれでも一応“お兄ちゃん”なので妹の扱い方には慣れている。


ちなみに愛美のお決まりのスタイルが、セミロング程の黒髪を後ろでまとめてポニーテールにし、お気に入りのシュシュでワンポイントアクセントを加えるらしい。


制服のスカートも短くしているようで、セットで見るといかにも“元気娘”といった感じだ。少しでいいからその元気を分けて欲しい。



「もうご飯出来てるから、早く支度して降りてきてね!」



と、そう言ってまたドタバタと階段を駆け下りていった。


ほんと朝から忙しい奴だ。







……


………





とりあえずパッと身支度を整えて、リビングに向かう。




「やっと来たお兄ちゃん、ほら見て!後番組でも同じようにお兄ちゃんのニュースやってるよ!」



パパッと身支度を整えリビングへ行くと、愛美が自分専用のマグカップに入った熱々のコーヒー牛乳をすすりながら、俺にテレビを見るように促してくる。



「そう言えばさっきもそんなこと言ってたな、一体何なんだ? 俺のニュースって」



そう言いながらいつもの席についてテレビを見ると、『《Godly Place》メジャーデビューから最短での単独アリーナライブ開催!』と書かれ、昨日のライブ映像がダイジェストで流れているところだった。


《Godly Place(ガッドリー プレイス)》通称、《ガップレ》それが俺たちバンドの名前だ。


メインボーカルとピアノの『ミュア』

ベースの『ヨシヤ』

ドラムの『マシュ』

リードギターの『ショウちゃん』

そして、ギターボーカルの『ユウ』こと俺、『入月 勇志(いりづき ゆうし)』の5人がメンバーだ。


しかし、まさか自分がこうしてテレビに映ることになるとは今日まで夢にも思わなかったよ。



「ああ… 何ということだ… 」



信じ難い現実を突きつけられ、机の上で頭を抱えていると、白いフリフリのエプロンを着こなした母さんが、トーストの上に目玉焼きが乗り、端にサラダが添えられたお皿を俺の目の前に置いてクスッと笑う。



「あら、勇くんすごく格好いいわよ~? 結婚する前のお父さんそっくり」



そういって、少し赤らめた頬に両手を当てて照れる母さん。



「母さん、朝から惚気ないでよ…. あと、なんかコゲくさいよ?」

「あら、やだ~」



母さんは息子が一躍有名人になったというのに変わらない、むしろ天然に更に磨きがかかったんじゃないだろうか。



「ところでお兄ちゃん」

「なんだい愛美さん」


「どうしてお兄ちゃんと真純さんはお面被ってるの? しかも、あのダッサイやつ」


「ダサいとは失礼だな。かの有名なムンクの叫びによーく似たお面だぞ! それともし素顔なんて出したりしたら、俺の気ままな趣味満喫ライフが出来なくなるかも知れないだろ?」



厄介ごとに巻き込まれて、この素晴らしい趣味満喫ライフを邪魔されたくないからな、ほんと切実ですよ、これは。



「ちぇー、うちのお兄ちゃんガップレのユウだぞって友達に自慢できると思ったのにー」


「ごめんな… どれもこれも全部、愛美との平穏な日常を壊されたくないがためのことなんだ… 愛美ならわかってくれるよな?」


「えッ、お兄ちゃん… そんなに私のことを考えてくれてたの…? じゃあこれから毎日愛する妹のボディプレスで起こしてあげるね!」

「いえ、結構です」



なんやら赤い顔に両手を当ててモジモジしていだと思ったら、帰ってきた言葉は恐ろしいものだった。



「とっ、とにかく俺のことはくれぐれも内密に頼むぞ?」

「はーい、ちゃんとわかってるよ! お兄ちゃん」



まあ愛美はこんな感じだが、俺と約束したことはしっかり守ってくれる。だから、今回のことも愛美から秘密が漏れることはおそらくないだろう。



《ピンポーン》



愛美との話がひと段落したタイミングを見計らったかのように玄関の呼び鈴が来客を知らせる。


と言っても、こんなに朝早くにうちに来る客は1人しかいない。



「愛美ちゃん、歩美ちゃんが来たみたいだから鍵開けて来てあげて」

「はーい!」



まあ歩美だろうなと、気にも留めることなく朝食の目玉焼きトーストにかぶり付きながらテレビを見る。



「お邪魔しまーす、おはようございますお母さん」

「おはよう歩美ちゃん、今日も可愛いわねー、勇くんと一緒に朝ご飯食べていかない?」


「ごめんなさい、もう食べてしまって… 」

「じゃあ、コーヒーだけでもどう?」


「いただきます」

「はーい、じゃあ勇くんの隣に座って待ってて」



と、歩美が母さんとのいつものやりとりを終えて俺の隣の席に腰を落ち着かせる。


彼女の名前は『桐島 歩美(きりしま あゆみ)』俺の幼馴染だ。


容姿端麗でスタイルも良く、雑誌やテレビに載っていてもおかしくないくらいの美人で、どうして俺みたいなやつの幼馴染なんてやってるのだろうと、疑問に思っているやつも少なくないだろう。


なぜなら、当の本人でさえよく分かっていないからな!


こうして歩美が俺の家に来るのは小学生の時からで、俺の迎えと学校までの引率が歩美の日課のようになっている。


もちろん俺は断り続けたが、なんでも「勇志がフラフラしないように誰かが見ておかないと!」とか、「これは私の使命なの!」とか言って聞いてくれなかった。


まあ家も近所だし、そこまで負担にはなっていないと言っているが、歩美が毎日迎えに来ないといけないほど、俺はダメ人間だったかと疑問に思ったこともある。



「おはよう勇志」

「おはよう、歩美今朝のニュース見たか?」


「うん、なんか大事になってるわね… 」



どうやら歩美もあまり現実味がない様ようで、自分がアップで映った映像を見て溜息を吐いている。


そう、こうして俺の隣に座って溜息を吐いている歩美こそ、《Godly Place》のメインボーカル《ミュア》なのである。


ミュアという名前は歩美がガップレの活動中に名乗る芸名みたいなもので、単純に歩美を反対から読んでミュアという捻りもへったくれもない名前だということはここだけの話にしておこう。


そういえば、昨日のライブの時にはかなり明るい茶色に染めていた髪が今日は真っ黒になっているが、わざわざ染め直したのだろうか?



「歩美、髪の色どうした?」

「ああこれ?」



と、前髪を指でクルッと丸めながら歩美が答える。



「今迄は髪型を変えるくらいでバレなかったんだけど、流石にもうそれだけじゃバレちゃいそうだから、これからはガップレの活動がない時は黒髪にするつもり」

「大変だな、歩美」



ライブの時の派手な印象とは違い、今は前髪パッツンの黒髪に黒縁のメガネをかけていて、かなり地味な雰囲気なのだが、たとえどんなカモフラージュをしようと、前述の通りの美貌とスタイルが隠しきれず、学校でもかなりの人気を誇っていることを本人は知らない。



「どう? 似合ってる?」

「似合ってる、歩美はどんな髪型にしても似合うと思うぞ?」


「… もう、さらっとそういうこと言っちゃうんだから… 」

「何か言ったか?」


「何でもない!私も勇志みたいにお面を被るだけにすればよかったかな?」

「いやいや! そんなことしたら水戸さんに何を言われるか分かったもんじゃないぞ… 」


「そうね…」



荒ぶる水戸さんの顔を思い出したのか、歩美も青い顔をしている。



「水戸さんってそんなに怖い人なの?」



と、愛美がちょこんと首を傾げて訪ねてくるが、なんとも可愛いらしい仕草をするもんだ。


愛美も大人しくしていれば、歩美に負けじと劣らずの美少女だというのに、お兄ちゃんは悲しいぞ…


おっと、話が逸れてしまったが、水戸さんは《Godly Place》のマネージャーだ。


以前、《Godly Place》のデビューの話とか契約の話とかで家に来た時に、愛美も会ったことがあったな。


だが、所詮その時の水戸さんは外面モード。


前に一度、ヨシヤが水戸さんのことを『おばさん』と言いかけて、生死の境を彷徨ったことがあってから、メンバーの中で場『お姉さん』ということで統一された。


たしかに、『お姉さん』と言えるほどに見た目も綺麗で仕事ができそうなお姉さんなのだが、【酒好き、酒癖悪い、男運が皆無、片付けられない、部屋が汚い、寝相が悪い】などなど、挙げたらキリがないほどの欠点だらけで、未だに彼氏もできないアラサー女性なのだ。


もしかしたら、愛美もまた水戸さんに会うことがあるかもしれない。


そう考えた俺は、愛美に水戸さんの怖さを丁寧に教えてあげた。



「ふーん、なんか以外だなー」

「いいか愛美、人を見かけだけで判断してはいけないんだぞ」



そう! そして大事なのは中身だぞ、中身。



「以外と言えばこっちも以外よねー」



と、歩美がテレビを指差すので目を向けると、ちょうど画面には『ガップレのボーカルギターのユウ、その甘いくて優しい歌声にメロメロになってしまう女性が急増中!! 気になるお面の下の素顔とは!?』というテロップが流れていた。


その後すぐに場面が街頭インタビューに切り替わり、昨日のライブの帰りだろうか、若い女性がワーキャー言いながらインタビューに答えている。


うわー… どうしよう、変な汗出てきた。



「お兄ちゃん、モテモテだね~!」

「………」


「この子たちがユウの正体を知ったら、どう思うのかしらね?」

「………」



ち、違うぞ、落ち着け俺!あれはガップレのユウのことであって、決して勇志のことではないんだ。


うん、そうだそうに違いない! 断じて俺のことではないのだ!



「なんかお兄ちゃんがブツブツ言ってる」

「そッ、そうね… ちょっとやり過ぎちゃったかもね… 」


「お兄ちゃん帰って来てーッ!」

「はッ…!? 俺は今まで何を… 」


愛美に両肩を掴まれて激しく前後に揺さぶられて、なんとか現世に留まることができたようだ。



「盛大に現実逃避してたわよ?」

「先が思いやられるよ」


「でも、これはこれで面白いのは確かよね… 」



おい2人とも、なぜそーなる!なぜニヤニヤする!?


まあいい、顔は割れてないんだ。これからどんなことがあろうと、顔だけは出すわけにはいかない。



「さあみなさん、そろそろ家を出ないと学校遅刻するわよ~?」

「「「はーい!」」」



母さんに急かされて家を飛び出る。


学校へ行く途中で、いきなり誰かに後ろから刺されないだろうか…?


そんなあるわけない心配をしながら登校する俺であった。

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