塵と記憶のスキャニング・アーツ

羽海野渉

とある少女についての考察

 少女の肩に小さな雫が落ちてくる。それからだんだん落ちてくる雫は大きくなっていき、服が完全に濡れた状態でその少女はそれを雨だと認識した。

「雨の時間ですか。予報通りです、誤作動はありません」

 完全にずぶ濡れだが彼女はそう呟く。彼女の右手は雫を顔へ落とさないようにと伸ばすが、無情にも手から腕へと滴りそのまま顔へと落ちる。

「これから本部へ帰還します」

 そう言い終えると光が放たれ、彼女はさっとその場所から姿を消す。何もその場所にいなかったかのように。


 彼女についての話をしよう。彼女は2094年に製造された気象観測用ロボットだ。この時代では国の放つ電波が受けられない場所以外は全て国によって天気までもが決められている。その誤作動が無いかを調べるのが彼女の仕事だ。

 しかし僕は依頼人からの情報を得て彼女を調べている。その依頼人は国の気象庁、彼女を管轄する役所からだ。何でも「気象観測用ロボットF-07が近いうちに誤作動を起こしそうなので監視をしろ」という。F-07とは彼女のコードネームだ。全く管轄をしているところが一探偵ロボットの僕にこんな指令を与えるとは職務怠慢ではないだろうか。実際僕は気象庁とは全くかかわりの無いただのロボットだ。

 僕は依頼人に言われたとおり彼女に誤作動は見つかりませんでした、とデータを送る。しばらく経つと受信しましたと返信が届いたので今日の仕事は終了だ。明日の彼女の行動データを要請して僕は彼女の今日の行動についてのレポートを作成する。

 本題は、あの手を伸ばした動作を何故したのかについてだ。

 僕らロボットは普通の人間と紛れる為にか一見普通に見ただけでは大差なく唯一違う点といえば五感や感情といったものが無いことだろう。僕のような探偵ロボットタイプは思考をしなければいけない職業だから思考回路がついているが他のロボットはただご主人の命令に従えるとか場面に沿った行動ができる、くらいの思考回路しかない。

 彼女のような気象観測用ロボットは五感のうち天候を確認するための触感はあるらしい。だが今日の彼女のように雫を顔に落とさないように伸ばす動作を考える思考回路は無いはずである。

 だとしたら、あの行動自体が誤作動と考えるべきだろうか。彼女からしてみれば服や顔が濡れようが意味の無い話である。むしろ毎日のように雨の降る場所に行っているのだから濡れることに今更抵抗は無いだろう。

 しかし彼女が誤作動と思しき行動をとったのは今日が初めてである。なので現時点で誤作動と特定するのは間違いである。

 一応状況を整理するため自分は事務所に戻ることを選択し、事務所の情報を読み込みその場所へと自分を転送する。勿論その行動はさっきの彼女と同じ行動である。


「お帰りなさいませ、G-27様」

 席へと現れた僕にそう言うのは助手で人間の新井だ。僕には人間の感情が全く理解できない為に国にバージョンアップデートを求めたが受け入れられず、代わりとして新井が送られてきた。それ以来というもの新井に案件を解決してもらったこともあるのでバージョンアップデートが開始された今となっても新井を使っている。

「それでF-07の今日の行動を教えてください」

 僕は机からメモリを出し自分の後頭部に差す。そしてしばらくの後それを抜き彼女へと渡した。

「これが今日の映像だ」

 中に入れたデータは今日僕が視た彼女についての映像データだ。早速新井はパソコンにそのメモリを差し再生を始める。

「いつも思うんだけど、身体改造して頭にメモリ差したほうが早いんじゃないの?」

「私はアンティークに拘ります」

 それというのも彼女は重度のアンティークコレクターだ。今使っているパソコンも約三百年前のパソコンをオークションで落札し改造して使っているらしい。恐らくできないこともあるだろうが、いざとなったら電気街へ行くらしいのであまり僕は干渉していない。

 僕は横にある冷蔵庫から弁当を取り出す。それをそのまま口に入れて容器だけを戻す。これで一日分のエネルギーを回復した。

「視聴終わりました」

 丁度新井がそう告げる。僕は容器を再利用用の袋に入れた。

「彼女、F-07は誤作動は起こしていないと見ます」

「あの行動については?」

「人間としたら当然だと思います」

「だが、気象観測用ロボットにあんな機能は付けられてないはずだ」

「それも、そうですが…」

 僕は溜息を一回つく。ロボットでも溜息ぐらい吐くものだ。

「分かった。これからも観測する」

「了解しました」

 そう言い終えると新井は帰り支度を始めた。僕は瞳を閉じてスリープモードへと突入する。タイマーは八時間設定だ。起きた頃には明日の行動についてのメールは届いているだろう。いくら僕が国から見て末端のロボットだからって一応は依頼人と探偵の関係だ。届いていると信じて僕は本格的にスリープモードに突入する。


 起きた頃にはやはりメールは送られてきていた。僕はそれを読み込む。今日はめずらしく彼女は非番なので修理に自ら行くらしい。ロボットの中でも自ら修理に出向くとは珍しい。僕なんか定期的メンテナンス以外は一切修理なんか出向かない。それは出向くという思考回路が無いのかもしれないし、それ自体が壊れているのかもしれないという可能性を示唆する。

「おはようございます、G-27様」

「おはよう」

 新井が僕の起きた頃を見計らって出社してくる。僕は彼女の予定が書かれたメールのデータをメモリにコピーし新井に投げる。新井が受け止めたことを確認して僕は彼女が行くという修理場へ自身を転送する。


「いらっしゃいませ、どうしました珍しいですねF-27さん」

「調査だよ」

 転送した先は修理場なのでそこのロボットS-72に出迎えられる。この地区のロボットは全てここでメンテナンスされるのですっかり顔を知られている。

 すると修理場の扉が開く。人間だろうか。僕は後ろに振り返り、入ってきたものを見る。それは僕の調査対象、G-07であった。

「いらっしゃいませ、今日は予約ないですよね?」

「はい、メンテナンスをお願いします」

「かしこまりました、少々お待ちください」

 そう言ってS-72は姿を消す。おかげで修理場には僕と彼女の二人きりになってしまった。

「探偵さん」

 不意に彼女から声を掛けられる。

「何ですか?」

「私を尾行するならもっと気配消したほうがいいですよ」

「尾行なんてしてないけどな」

 僕はとっさに嘘を吐く。この仕事は嘘を吐くのも一種の業務のようなものだ、そのようなことはプログラミングされている。

「私を中心点として十メートル以内は何が入っても記録されるって知りませんか?」

「まず僕は君の事を知らない」

 それはそうだ。もし僕が探偵でないのならここが初対面となる。ならそれが妥当のはずだ。

「嘘ですね、あなたは私の付近にいたことが何回もデータに記録されています。あなたの行動を動画にして貴方に転送しましょうか?」

「いや、遠慮する」

「では私を尾行していたことを認めますか?」

 ここで認めたら探偵としての名が廃るだろう。依頼人に尾行を気付かれる探偵なんてそれこそ汚点だ。自分で自分を溶解炉に落としたい気分だ。しかし、事実は事実だ。僕は真実を吐露する。

「あぁ、僕は君を尾行した」

「止めてくれ等は何も言いませんが、貴方は私の最近の行動について何か違和感を感じましたか?」

「その発言自体が違和感を感じるな、そんな発言はしないと思うけど君の型は」

 そう言うと彼女は少しの間黙り僕に一言放った。

「あなたは感情病について知っていますか?」

 感情病。それは21世紀後半に流行したロボットが感情を持ってしまうというウイルスの総称だ。当時の日本では3分の2程のロボットがそれに罹りこれでは人間とロボットの差が無くなり機械が偉く人間が機械に動かされる世界になってしまうのではないか、と当時の首相が考えたらしい。当時はロボットと人間の比が半々で、感情病に罹ったロボットを結局全体溶解炉に入れ溶かしたために人間の方が数の比では多くなってしまった。そのため現在ではロボットは人間の半数程しかおらず、感情病も終息した。

 だが、彼女はその感情病について質問をしてきた。確かにこの誤作動も全て人間のような行動といえばそうであろう。既に新井が人間だったら可笑しくないと発言している。

 そうだ。僕は閃く。彼女は感情病に罹ったのではないか。そう考えてみる。

「あぁ知っている、半世紀前に流行したウイルスだろう?」

「流石にデータベースは更新されているようですね」

 最近の感情病患者は流行期との差が歴然であり、年に十体ほどしかいないと聞く。それも溶解炉に入れられなかったロボットの孫ロボットであり人間で言う遺伝のようなものである。空気感染やメール感染は近年では確認されていない。

 だが彼女は今考えてみると何処からどう見ても感情病だろう。しかし彼女は気象庁が直々に制作したロボットであり孫ロボットでは無い。空気感染やメール感染の可能性が高いが、それでは僕自身が実証できない。

「どうしました? 私に何かゴミでもついていますか?」

「いや、何も」

 会話しているとやっとメンテナンスの準備が整ったのだろう、S-72が「G-07さん、入ってきてください」と声が掛かる。

 そう言われ彼女は立ち上がり僕の肩に左手で触れてそちらへと行く。

「では、また会いましょう」


「という事なんだが、どう思う?」

「そうですね、感情病についての当時のデータはインターネットにあまり流れていないので貴方のデータベースを調べた方がいいかと思います」

 僕は事務所に戻り今は今日の映像を見終わった新井と会話している。論題は彼女は感情病に罹っているか、否かだ。

「それもそうだが、空気感染以外の感染法知らないか?」

「そうですね、データ感染メモリ感染に接触感染がありますかね。そういえばF-27様、G-07に触れられましたっけ」

 確かに肩に触られた。僕は事実通り肯定する。すると新井は戸惑い何処かへと電話を掛ける。

「どうした?」

 新井は沈黙したまま答えない。やがて電話の相手が出て、僕は一瞬の間黙る。

 そして何分かが経ち新井が電話を終了したのを見ると僕はさっきの質問をもう一度ぶつけた。すると、

「私の仕事内容って知ってます?」

「探偵助手」

 僕は即答し、新井は指をパチンと鳴らす。

「正解ですがまだあります」

 僕は考えてみるが何も思いつかない。

「何だ?」

 そう問うと、新井は確かにそう言った。

「貴方の監視、今回で言えば貴方が空想病を発症したなら通報するという仕事です」

 もう一度指を鳴らす。そしてその音を聞きつけたかのように事務所の扉が開き機動服に身を包んだロボットが銃を構えて入ってくる。

「そうそう、貴方には何年も言いませんでしたが私は機械監視用ロボットQ-00です」

「お前は元から感情を持ってるじゃないか、お前がロボットならお前こそ感情病じゃないか」

 僕は言い返す。しかし新井は再び指を鳴らす、するとロボットが僕の周りに集まり僕を押さえる。

「いいえ、私は貴方より一世代上のロボットですよ? 感情くらい持ってて当然なのです」

「じゃあ感情病キャリアでもいいじゃないか!」

「いいえ、感情病は人間の先を行ってしまいます。私たちは人間と同レベルのことしかできないように設定されているのです」

 新井は更に指を鳴らす。すぐさま僕を抑えているロボットは転送コードを僕の周りの座標後と読み込み始めた。飛ぶのか。

「どうぞ、皆さん。飛ばしてください」

 そう言い終えると周りのロボットは僕ごと転送しようと発光を始めた。

「F-27様、貴方に神からのご加護がありますように」

 最後にロボットとは思えないような言葉を新井は吐いたかと思うと僕は何処かへと飛ばされた。これも探偵失格の僕だ、当然の裁きなのかもしれない。


「で、貴方も此処に連れられてきたのですか。私のせいですみません」

「いや、僕の自己責任ですよ。探偵なのに何も疑わなかったことに対しての当然の報い」

 僕は飛ばされれて政府の施設へと入れられたらしい。どうやらG-07も僕と同じく飛ばされたらしく一緒にこの薄暗い何も無い空間へといる。僕も彼女も床へと座っている。

「もう僕なんて一世代前のロボットですから廃棄されるのも当然ですよ」

「私だってそう考えたら一世代前のロボットですから」

 しばらく沈黙が訪れる。聞こえる音は機械の軋む音しかない。僕と彼女は動いていない。故におそらくこの空間は何処かへと移動していると考えられる。

「感情病か」

「私が感染したが為に貴方まで」

「いや、依頼した国が僕を消去しようとしてたまでですよ」

「でもその原因も私にありますし」

「自己責任だから」

 こうやって彼女が考えているのも感情病だからなのだろうか。彼女の表情は読み取れないが悲しみの表情なのだろう。涙が落ちる音がする。

 涙?

「もしかして泣いているのか?」

 G-07も僕の言いたいことに気付いたらしくはっと声を上げた。

「可笑しいですね、人間みたいに涙腺は気象観測用ロボットである私には備わってないはずなのに」

「もしかして」

 僕は思いついたことを何気なく呟いてみる。何故涙が出るようになったのか。本来はそんな機能無いはずだ。それは彼女も言っている。間違いない。

「感情病ってのはロボットが感情を持つ病気じゃなくて、ロボットが人間に完全になってしまう病気だったのかもしれない」

「どういうことですか?」

「貴方が涙を出すようになったのも元々そんな機能は無いはずです、子守用じゃあるまいし」

「はい、私は作られてからずっと気象観測用ロボットですから」

 彼女は「あ、今は違いますけど」と付け加えた。彼女の瞳からは涙がもう一滴、もう一滴と垂れていく。床へと静かに。

 僕は一回咳をわざと立てる。

「だから、何で涙が出るようになったのか、です」

「元々私が取れるものは雨水か、オイルくらいですから、涙の元になるものは無いはずですけどね」

「雨水に当たっていたんだ、それが瞳から出てきても可笑しくないとでも思いますか?」

「はい」

「いや、違いますね」

 彼女は僕の言っていることがよく分からないようで、困惑している。何も返答が返ってこない。

「その涙は自然に出たものなんですよ、きっと」

 彼女は笑い声を立てる。

「きっとって何なんですか?断定できないんですか?」

「断定するにはスキャンするか解剖するかですよ。スキャン機能が備わった探偵ロボットは僕の一世代上ですよ。僕には有りません」

「探偵ロボットなのに断定できないんですね」

「もう廃業しましたよ」

 僕は静かに呟いて、全ての機能を停止させ身を今僕たちが囚われたもの、空間に委ねる。

 さぁ、解かすなら早く溶かせ。


 最後にもう一度だけ彼女についての考察をしよう。

 彼女は感情病を発病しました。確定事項です。

 電波を受信して下さい、気象庁。

 受信を確認するまで電波を発信し続けます。

 ぴーぴーぴーぴー


「では私も気象観測をしましょうか。天気不明。湿度九十八パーセント。温度は――」

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