不束者ですがっ!
「香奈、ね……」
彼女の顔を見ると何かを思い出すのだけれど、僕はそれが確実としたものに僕は変換できない。記憶の片隅には確実にあるんだろうけど、それが直線で結ばれないのだ。
「何処かで会ってる気がするんだけどなぁ……」
天井に向かって呟いてみる。けれど、天井は智に対して何も応えてくれない。あたりまえの話だけど、何か寂しい。
その張本人はと言うと、今は智の姉の部屋で衣服の確認をしているらしい。当分姉は帰ってこないから丁度いい。
けれど、当分の間二人暮らし、だ。
「出会った当日に、同じ屋根の下、ねぇ……何か出来すぎてない?」
心の中に思い浮かんだその思いを胸の中に仕舞う。
相手はロボットだ。いくらタイプとはいえ、人間じゃないんだぞ?
でも。
彼女はロボットと人間を差別しないでください、と言った。
能力的には一緒だけど、やはり気にしてしまう。
そんなことも、考えたことも無く、ただもやもやと脳内にある。
ここは智の自室で隣は姉――今や香奈の部屋だ。元々智の部屋は父親のギタースペースだったので、防音設備があり隣の部屋に音は響かない。
この部屋にあるのはテレビとゲーム機、ベットと本棚くらいのものだ。
友達が来たときも「お前の部屋は質素だな」と言われるくらいの設備である上に、きっと一般的なものより少ないのだろう。本棚も数冊だけ話題に上がる人気マンガをうわの空で読んでいるくらいだ。
ぱんぱん、と頬をはたき、雑念を捨てる。
ベットの上で横たわっている智は、枕元の台を手当たり次第に探り、そこからテレビのリモコンを手に入れる。
スイッチ、オン。
つけるとすぐ映ったのはニュース番組だった。時刻を壁掛時計で確認すると午後五時。ほとんどのチャンネルがニュースばかり放送している時間だ。
報道しているのは最近話題になっている中高生女子の失踪事件のことだった。この家の近所でも数人が被害に会って、消えていった。
例えば、智のクラスメートも一人、二週間前にこの事件の被害に遭っている。
『この事件は連続して国内だけでも百件ほど起こっていて、全ての被害者は十代から二十代の女性です。しかし消えてからきっかり一週間後に再び同じ場所に現れ、被害者は口を揃えて一面が白い部屋に行っていたと話しています。警視庁はこの事件について人間とロボット総勢三百で操作に当たっています』
次のニュースに変わるも話しているのは経済関連のこと。株価がどうだとか買収がどうだとか。一高校生である智には到底理解できないような単語が続いていく。
二週間前、智のクラスメートもいきなり体育の授業中運動場から消えて、一週間後の体育の時間再び同じ場所に現れた。消えたときは男女が別に、現れたときは男子と女子が教師が不在の為に偶然同時に授業を受け、一緒にバレーボールをしていた。
現れたときは智はもちろんクラスメート、教師までもが全員見ていたところで起こったことだったので覚えている。本当にぽん、と彼女は現れた。
その事件の理由が分かっていない以上、どうこうと智は言えないが、既に分かっていることが二つあるらしい。
一つ目は屋内だと消えないこと。
二つ目は人間だけ。
既にデータベース化されてインターネットに流れているが、その被害者を統計するとそうであるらしいと、これも報じられている事実だ。
もっとも僕みたいな男には関係ないんだけど。
他のチャンネルにリモコンで変えるも、他も同じようなニュースしかやっていないので、電源を落とす。智にとって暇つぶしの欠片にもならなかった。
ぼーっと、天井の一点を見つめる。そこは黒いシミができていた。
黒いシミは無論何も動かない。
ねぇ、何でこんな変な気持ちになっているんだろう……?
手をそこへと伸ばしてみる。すーっと、その黒いシミを掴むように。
「智さん!」
しかし掴む間も無く、いきなり扉を開けて香奈が入ってきた。
「な、何?」
ベッドから起き上がり彼女を見つめる。そこにはさっきも見たけど紫のワンピースを着た姿があった。
これ、姉さんの服だけど、こんなに似合うんだなぁ……
「お取り込み中でしたか?」
「いや全然。いつでもオッケーだよ。どうせ暇人だし」
こういうときにウインク一つでもしたら気持ち悪がられるかな、なんて。そういう発想自体が気持ち悪い、何浮かれてるんだ。
「それで単刀直入に質問なのですが」
「はい」
手を合わせてお腹の前でもじもじとし始める香奈。
何か言い辛い事情でもあるのだろうか。会って初日だから仕方が無いのかもしれないけど。
「明日から私はまた同じ時間にあの場所で気象観測の仕事があります」
「はい」
「それで、一緒に来ていただきたいのですが」
カレンダーを確認する。今日は金曜日で智は明日学校が無い。
「分かったよ。言い始めたのは僕だしね」
「ありがとうございますっ!」
満面の笑みで智に微笑んだ。
天使だ、天使がここにいるよ!
「では、今日から同棲、生活ですか、ふつつかものですがよろしくお願いします!」
えっと、今なんて?
同棲、生活? ふつつかもの、と智には当面縁の無いと思われた言葉が耳に直接突き刺さる。
「こちらこそ、よろしく……」
えっと相手ロボットだけど、そういうことなの?
そうして、知り合って初日なのに、人間とロボットの不思議な同居生活が始まった。
何でこうなったんだろう。全ては彼と彼女の数奇なる出会いから。
「よろしくお願いします、はいっ!」
香奈の声は冷たい廊下に響いた。
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