ヤクザと地球

蒼ノ下雷太郎

第1話

 OPENING


 ――13:34。


 渋谷のスクランブル交差点。

 喧噪。

 雑踏。

 QFRONTビルの巨大液晶があり、少し先に109が見え、人々の目にも覆えない数がカオスながらも規則正しく進む。

 赤信号。

 そして、青信号。

 今度は車が行き来する。

 その間、人々はそれぞれの道の縁に立ち、信号が変わるのを待っている。


 ハチ公前。

 銅像周りのベンチに座り、スマフォで連絡を取り合う人々。

 声、――と、声。

 若者は友達と談笑しながら、ポテトチップスを食べていた。そして、待っていた友人が来たのだろう。彼は、食べ残しのポテトチップスを袋ごとそこらに捨てて、去って行った。

 声――声。

 誰かの、声。

 若者をしかる声はない。

 雑音。

 反響。

 声。

 雑音。

 声――と。

 スカジャンを来た男が、飲みかけのコーラの缶を銅像脇に置き、電話で話していた。

 何度か怒声を上げたあと、男はコーラの缶を片付けることなく消えてしまう。


 ――カタカタッ。


 コーラの缶が揺れる。

 まだ中身は大分あるのに――カタカタと、揺れる。

 人々はざわつく。

 捨てられたポテチは誰かに踏まれる。

「じ、地震か!?」「きゃああああっ――」「うわああああああああっ」人々の声。声がゆがんだビデオテープのように――声、声という声。


『滅んでしまえ』


 その声が、どこかで聞こえた。


 ◆


『滅んでしまえ』


 一体の植物が、国会議事堂前に現れる。

 正門入り口付近で立哨していた警備員は、目をうたがう。

 自分が目にしているものが何なのか――コスプレだろうか、と。

 茨で全身を覆い、肝心の肉体は緑色で、なのにシルエット自体はなめらかですらりとした細身の女性。そんな、異形の怪人がスタスタとこちらに歩いてきた。


『滅んでしまえ』


 その言葉を合図に、全世界で異常が起きる。警備員は気付かない。

「な、何者だね、き」みは、という前に、警備員の首がなくなる。

 仲間達は呆然。

 数秒後にやっと事態に気づき悲鳴を上げ――その間に彼らは死んだ。

 首が飛ぶ。

『滅べばいい』

 この個体の名は、ガイア。

 ――地球の意志を宿す、知的生命体であり、執行者であり、植物生命体。


 ◆


 渋谷、スクランブル交差点のど真ん中から、突如天空を貫くような大木が出てきた。

 大木はにょきにょきと空に伸びて、枝葉は羽根を広げるように生える。

 スクランブル交差点はあっという間に影ができる。信号待ちしていた車のドライバーは目の前の出来事に目が点となり、あれ、これはハリウッド映画なのかなとわけ分からないことになる。

 揺れはおさまらない。

 ハチ公前の歩道も植物がコンクリートを突き破って生えた。

 人々の悲鳴。

 慌てて駆け出す者。

 どこに向かうのか分からず叫ぶ者。

 老人や女性を押しのけて、我先にと駅に向かう者――泣き出す子供、それを助けようとする希少な者、それら全てを嘲るように植物は次から次へと生えていく。

 車に乗っていたドライバー達も車を降りて逃げ出した。道路からも植物が生えてきて、車が横転し、中には真下から突き破られたのもいて、そのドライバーは血の海に伏した。

 声。

   声。

     声。

      声が、錯乱する。

 消えていく。

 悲鳴は交響曲となり、足音は下手くそな爆撃シーンのように轟く。その間を縫うように聞こえるのは人体が千切れる音だったり、骨が砕かれる音、もしくは建物や道路が壊れる音だ。


 ◆


 13:46。


 わずか十数分で、国会議事堂が占拠された。

 ガイアは議場の中心である演壇に座り、両手を合わせて下僕達を待ちわびた。

『……滅んでしまえ、人間ごときが』


 ◆


 テレビ画面。


 突如のできごとに、緊急速報が入る。

【ただいま、渋谷のスクランブル交差点で――い、いえ、全国各地で事件が発生しているようです。突如、コンクリートの下から植物が生えてきて、え? そ、速報では、全世界で起きているようでして。え、えぇ!? しょ、植物が、人を食べているという目撃もあり、また、怪獣のような姿も確認されて】


 ◆


 07:43。

 南アフリカ共和国、首都、ヨハネスブルグ。

 突如、植物が生えてきて人々を襲い――


 ◆


 12:46。


 中国北京市、天安門広場。

 軍人が数名銃火器を発砲しているが、止められるはずがない。

 植物は、怪獣のようにクチを広げて――


 ◆


 0:56。


 ワシントンD.C.、ホワイトハウス。

 ホワイトハウス官邸、ウエストウイング。

 大統領のオーバルオフィス、白い質素な空間に電話が飛び交う。お偉い方を急遽集めろと、何が起きてるのだと。

「一体、何なんだ」

 大統領は、部屋にあるテレビで映像を見ていた。

 世界中で、同時多発的に異様な植物が現れて人々を襲ってるのだとか。

 アメリカだけじゃない、日本、中国、ヨーロッパ各国、ロシアも、中東でも、被害報告が出ている。

「……くそっ、眠いときにこれか」

 史上稀にみる事態に大統領は頭をかかえた。ただでさえ、自身の政権は厳しい状況なのにハリウッド映画のようなことになっている。

「各国に軍の出動要請は。これはもう、尋常な事態じゃないぞ」

「む、無理です」

 事務官が返答する。

「は? 何を言ってるんだね、きみは」

「基地も襲われています」

「……は?」

「基地が――」


 ◆


 世界各国の米軍基地が襲われていた。

 おそらく、ロシアや中国側の軍事基地も襲われている。


 ◆


「くそっ!」

 このあとに、表では絶対に使わないスラングも吐く大統領。

 事務官がある電話を大統領に伝えようとするが、その前にテレビの緊急速報が流れた。

 日本の国会議事堂から、ある声明が伝えられてるのだ。


 ◆


 国会議事堂内部の議場。

 茨で覆われたシルエット、ガイアは告げる。

『我が名はガイア。この地球の意志を体現する者である。もう、人類は滅ぶべきだ。人々の可能性はいかがものかと耐えていたが、何十年も、何万年も同じ事の繰り返し。ただでさえ、地球を汚してるのに。もう見るに堪えない。貴様等は滅ぶべきだ』

 一人残らずな、とガイアは言った。

 ――何故か。

 これは日本語で話されてるはずなのに、世界中の人々の頭にすんなりと伝わった。


 ◆


 ホワイトハウス。

 大統領は、クチをあんぐりと開けた。

「……あぁ」

 頭の中に日本語が伝わったのは、どうでもいい。確かに不思議なことだが、それよりもこの女――女? メスなのか何なのか分からない生命体に、驚いていた。

『今後、貴様等の殲滅に入る。安心しろ、核施設はすでに占拠してある。その他、地球を脅かすような科学兵器があるのも占拠した。何なら確認するがいい』

 大統領は慌てて事務官に――いや、その前に事務官も動いていた。

『ちなみに、日本にいるのは都合がよいからだ。ホワイトハウスを乗っ取るのは楽しみが減るだろ。それよりもまず、属国からの方が人類の芽を摘み取るには最適と考えた』

 ガイアは言う。

『滅べ』

 ただ、それだけだとガイアは力強く言った。

「……議事堂に向かわせたこちらの数少ない戦力も、たったいま大破したようです」

 事務官がつげる。

 基地さえ占領されていく中、それでも、ミサイルを発射したり、戦闘機を発進した基地があったようだ。

 しかし、全てが途中で大破したようだ。

「竜巻によるものや、未確認の飛行生物に襲われるなど……で」

「もういい」

 ありとあらゆる方法がダメと、大統領は頭をかかえた。


 ◆


『愚かな』

 ガイアは、議場で両足を机の上に置き、くつろいでいた。

 数名の下僕が周りをウロウロし、テレビカメラの映像をネットに流していた。

『通信設備はまだ襲うな。せめてもの余興になるからな。最低限の人間はギリギリまで残しておけ。殺すといっても一日では無理だ。ならば、せめて労働を楽しもうじゃないか』

 ガイアは、全世界で行われている映像を眺めていた。

 中には抗おうとする者もいた。斧やナイフなど原始的な武装で戦う者から、武装して洗練された動きの集団――いや、どちらも結果は同じだ。銃火器では植物達を殺すことができない。装甲が意外と固いのもあるし、何より、彼らは脳によって動いてるのではなく全身の細胞によって動いている。全身が脳みそのような生物。そのため、どこかを破壊すればなんて甘いことはなく、ほぼ全てを破壊しなければならない。

『紛争地は多少苦戦してるか。あそこはRPGも豊富にあるし、戦闘経験も……ま、それだけだがな』

 計画に損傷をもたらすことはないだろう。それどころか、この日本ではほぼ圧勝だ。反逆の欠片もない。何てお利口で奴隷精神な民族だろう。

『他愛ないなぁ、日本は』

 日本人は。

 ガイアは嘲笑った。


 ――あっ。


 と、誰かが呟いた。

『何事だ? 情けない声を出して』

 あわわわっ、と情けない声は続く。

『やめろ! 我々は、偉大なる地球の意志を継いだ生命体。そんな人間のような情けない声を出して』

 その、人間に殺されていると下僕は言った。

『は?』

 人間に、仲間が殺されている?

『いや、確かに屈辱だがそれ自体は珍しくないでしょ。紛争地では火力の高い武器も多いし、戦闘経験だって』

 ちがいます、と下僕は告げた。


 日本です。


『……はぁ?』

 日本で、仲間が殲滅されていると言った。

『何を言って……まさか、軍が動いてるのか? 米軍基地や自衛隊はあらかじめ戦闘不能にしたはず』

 ちがいます、と下僕。

『じゃあ、警察? それにしたって、軍人と比べたら』

 ちがいます、と。

『じゃ、一体誰が』


 001


 ――14:21。

 渋谷、スクランブル交差点。


 109のビルより大きくそびえ立つ――植物。二足歩行で、ワニのように長いクチを開けているこれを、ビルよりでかいこれを――植物といえるか分からないが、皮膚を見る限りそれは樹皮のようで、所々枝も生えている。それが全身にあるものだから、人間の体毛のように見えた。


 WOOOOOOOOOOOOOOOOOOOO――と、巨大植物は咆吼を上げる。


 すると、周りにいた植物をなぎ倒し、殲滅する。

 空にはいくつもの飛行生物がウヨウヨしていて、彼らは咆吼を上げた巨大植物めがけて突進してくる。飛行生物は昔のプテラノドンのような形状だが、肌の質はどれも樹皮のよう。彼らは弾丸のように飛来するが、全て巨大植物の拳で撃ち落とされる。いや――中には樹皮に突き刺さったものもいたが、一発――いや二発、三発で死ぬような図体じゃない。巨大植物は四十――五十――百をを越えてようやく、足がふらつきはじめた。


 GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA――と、ついに巨大植物が倒れた。


 109や他のビルも巻き込んで倒壊する。

 ビルは爆発したように瓦礫を散らし、跡形もなく崩壊。

 道路も大きな傷跡を残し、辺りには粉塵だけでミストのように視界が見えなくなる。

 辺りは震撼し、余波だけで周囲の窓ガラスは吹き飛ばされた。


 002


 巨大植物の左目に穴が空き、そこから一人の男が現れる。

「……っ」

 男は体内で植物を傷つけながら携帯で巨大植物の行動を確認、あやつっていたようだ。

 彼は煙草を点けようとするが、点かない。

 ライターは緑色の血液で完全にしけていた。煙草も同じだ。というか、それよりも前に全身についた粘っこい緑の血に不快感を示してよいのだが、男はそれよりも紫煙を欲した。周りに人がいないかと探すが誰もいない。だが倒れていた人はいたので、その人から煙草とライターを拝借し、紫煙を味合わせてもらう。

「すまねぇな」

 拝借した者はすでに死んでいたが、だからって泥棒はよくない。もちろん、許しを受けるヒマもなかったが、とりあえず、彼は緑まみれの財布から――いや紙幣を取り出すのがめんどうになり、財布ごと死体に渡した。運がよければ死体の遺族に渡るだろう。

「――っ、一体全体何が起こってるんだ」

 男は、緑色の血液を今頃払う。

 彼は黒のスーツを着用していたようだ。しかし、ネクタイは締めていない。厳つい表情からしてカタギにも見えず、無骨そうな表情、そして大柄な体で――


【――我々は、もう滅びるしかないのでしょうか】


 残された、巨大液晶のビル。

 そこには、ナレーターの悲しそうな表情が映っていた。

【我々は今、地球の意志によるものだという植物達によって殲滅されそうになっています――我々は】

「植物ねぇ」

 男は、自身が倒したのを見る。

 煙草を吸う。

「……兄ぃを殺したのも、こいつらってことか」

 男はニヤリと笑う。

 ならば、殺してやると。

 相手が植物だろうが何だろうが、関係ない。

 殺られたら、殺りかえす。

「それが、ヤクザだ」


 003


 ――15:14


 ガイアは下僕に聞く。

『な、何だ……あいつは。ヤクザだと?』

 たかが犯罪集団だろ。軍隊のように卓越した武装集団ではなく、ただ犯罪をして収益を成すだけの集団。とてもじゃないが、戦いのために存在する軍隊より弱いはずだ。

『……あの男が、異常なのか?』

 調べろ、とガイアは命令した。

 しかし、彼らは地球からの意志で、即座に自分らだけのネットワーク回線のようなものを生みだしたものの……それは、自分らだけの話で、人間が作ったインターネットやら機械などに詳しいワケじゃない。ネットに流す動画を撮ったのも、議事堂にいた人間の脳から情報を入手し、やってみただけだ。

【他にネットに詳しい奴はいるだろ。さっさと技術を入手して、奴を探れ!】

 いや、ネットを使ったところで、あの男の情報が分かるわけじゃない。

 警察だってヤクザの組員を全て把握してるわけじゃなく、さらにいえばあの男が所属している組はかなり小さいものだ。

 小さいからこそ――小回りが利き、戦いによく駆り出された。

 彼は、陰では暗殺部隊と呼ばれる組に所属している。

 名を、「小暮組」。

 そして、あの男が慕う兄ぃというのが、その小暮組の初代組長であり、頼まれた仕事は海外に行ってでもこなす――ヤクザというより、殺し屋のチームを作り出した張本人。

 小暮昭人(こぐれあきと)である。


 004


 小暮昭人。それが、彼の敬愛する兄ぃの名である。

 そして、彼の名は昭博(あきひろ)。――小暮昭博だ。

 兄ぃから、もらった。


 それ以前の名は捨てた。

 彼の父親は暴力が大好きで、母親は息子をおいて逃げてしまい、彼が一五歳になるまで暴力は頻繁に行われた。

 終わったのは、彼が殺したときからだ。

 彼が唯一大事にしていた特撮ヒーローの人形を壊されたから――彼にとって、それは生き甲斐だった。

 暴力をふるう父親が昔、パチンコの景品で一度だけ与えてくれたプレゼント。

 そんなものを、幼い頃から彼は至極大事にしていた。

 ヒーローはいるのだと、錯覚することができた。大事にしていた。

 だが、くれた本人がそれを壊した。

 彼は父親を刺して逃亡。

 その後、県を渡り歩いて、兄ぃに拾われる。

 兄ぃも社会のはぐれ者だ。兄ぃの父親はイラク人らしいが、幼い頃から日本人の母親の手で育てられた。顔立ちは彫りの深い外国人のようだが、育ちは根っからの日本。だが周りは何故か、彼に『外人』と名付けて笑いものにするか。『外人』と名付けた者をこっぴどく痛みつけて過保護にするかの二択を取る。

 友達になる、という選択肢はなかった。

 ――と、一時期はやたら荒れていたが、しかし不良の世界に入ると拳のみが許される場所で、顔立ち、生まれ関係なく、彼は居場所のようなものを見つける。

 そこで彼は、仲間が生まれ、大人になってもヤクザな世界を選ぶが――ヤクザの世界は残念ながら昔のような任侠は消えてしまい、あるのは薄汚い――この社会のような世界。

 社会と相容れないから入ったのに、兄ぃは絶望するが、彼はそこで立ち止まらず、持ち前の人の良さで仲間を集める。

 そして、独立。

 大きな組の下請けのようなものだったが、昭博のようなはぐれ者――ヤクザの世界ですら、はぐれてしまいそうな者を集めて殺し屋のチーム――組を作る。

「安心しろ。俺がお前の立場だったら、やっぱ俺も殺してたよ」

 兄ぃは、昭博の話を聞くとそう言って笑った。

 やるよ、と兄ぃはビールの缶を渡した。

「俺はよう、ヤクザの世界ですら、はぐれちまったからな。盃のやり方も自己流でやるが――ま、日本のビールだからいいだろ。お前も好きだろ? あ、飲んでないのかよ。若造が。勉強不足だな」

 兄ぃが缶を開けてゴクゴクと飲むと、昭博もつられて飲み始めた。

 最初はむせたが――ビールを飲み干した。

「お前は、今日から俺の弟だ」

 だから、俺の元に来いと言った。

「………」

 初めて、言われた言葉だった。


 005


 だが、兄ぃは死んでしまった。

「あのスクランブル交差点で、兄ぃは馬鹿なことに子供を助けようとした」昭博は適当な車を見つけると、中にいた死体を――助手席にどかす。すまないな、と両手を合わせて中に乗った。鍵はついている。エンジンも動く。ただ、運転手の頭がフロントガラスを突き破り、頭に刺さっただけのようだ。「ホント、馬鹿だよな。俺達はヤクザなのに。そんな特撮ヒーローみたいなことしてよぉ。それで死んじまってよぉ、他の兄弟分もなんだぜ。馬鹿だよなぁ」

 エンジンが動くのを確認すると、昭博は死体をかつぎ、邪魔にならない脇道に置いておく。

 自身の胸元をさぐるが、しまった、財布を丸ごと置いてったと後悔。

 すまん、あとで遺族に謝ると、彼は両手を合わせて礼を言った。

「……俺はそんな兄ぃ達の弟だからな」

 昭博は辺りを探し、兄弟の落とし物だろう。血に濡れた日本刀を見つけた。それを手にして、車に乗る。青い、日本車。車を走らせる。


【ただいま、国会議事堂は突如現れた植物の親玉らしい者に乗っ取られ――】


 巨大液晶でニュースキャスターが語っていた。

「議事堂、か」

 昭博は笑う。アクセルを目一杯踏み込んで、議事堂に向かう。


 006


 だが、勢いよく走り出した昭博でさえ、苦笑いを浮かべる事態に。

「おいおい、本格的に怪獣映画になってきたな」

 昭博は、渋谷から国会議事堂まで向かう首都高速三号渋谷線を走っていた。

 真上には高速道路があり、今は多少破壊されてるも、瓦礫をよけながら進んでいたが――上空を見上げると、高速道路よりも上に、ビルよりも上に――馬鹿でかい、巨大な植物が歩いていきた。


 Kiiiiiiiiiiiiiiiiiin――


 金属を擦り合わせたような、甲高い声を上げる超巨大植物。

 皮膚はこれまでと同じで樹皮だが、そのでかさは規格外で。今まで怪獣映画の怪獣。日本製の怪獣だったのが、いきなりハリウッドになったかのようなサイズ。ビルはビルでも、この巨大生物のでかさはドバイにあるような高層ビルほどあった。

 その巨大さだから――声だけで、車が揺れた。


 007


「くっ――これだけで、大地震か」

 壊れかけの高速道路が岩石のように落下する。昭博はハンドルをさばき、それらを避けていく。彼は海外で何度もカーチェイスを経験した。それこそ、アクション映画よろしく民家も巻き込んでのカーチェイスをしたことがある。だからこそ、これぐらい余裕だった。


 008


 ガイアは議場で高みの見物だ。

 今は、巨大植物が見ている映像――もしくは周りにいる小型の植物からの映像で、昭博の苦戦を眺めていた。

(そうだ……たかが人間のくせに中々だが。それも、もうおしまい。たかが、アリ程度の人間が。地球に適うはずがないのだ)

 人間も言っていたな。

 人の命は、惑星よりも重いかと。

 笑わせる、惑星の方が重い。

「極小な人の命。いつ潰れようが、地球にはどうでもいい――人がアリの寿命に気を配らないように、我々も貴様らを殲滅してくれよう!」

 脳内に届く映像は、昭博の車がまっすぐに巨大生物に向かっていくのが見える。

(馬鹿め……)

 いや、馬鹿なのはどちらか。


 009


「……っ」

 昭博はアクセル全開。車を走らせる。

「……いや、だって。動きはのろいしなぁ」


 車は、巨大植物の下を通っていった。


 010


『――っ!? はああああああああああああああああああああっ!?』


 それもそのはず。

 別に、昭博の望みは植物全部ではない。

 とりあえず、大将っぽいものを討ち取り、首を上げる。

 昔の戦国武将のような考え方なのだ。

 下僕が申し訳なさそうに助言する。

『あ、あの……大きな奴ですと、あの小さいあいつに追いつけず。――それなら、小型のを送り出せばよろしいのでは』

 というか、下僕やガイアだって小型なのだが。

 しかし、ガイアはなるほどとうなづき、余計なことは言わない。

『ならば、向かわせろ。そうだな、――いるじゃないか。大量の鳥達が』


 そう、ガイアの元にはプテラノドンの姿を模した鳥達が――鳥と呼ぶにはあまりにも強靭で、たくましい鳥達が、いるのだ。

 ガイアは近くの鳥に命令を伝える。あのヤクザを殺せと。


 011


 GIGYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA――!!


 鳥達は、雄叫びを上げる。

 そして、翼を広げ滑空し、隊列を組む。

 向かうは、ほぼ直線の道路を走る青い車。

 昭博が乗る、あの車。



 GYAAAAAAAAAAAA――!!!


 鳥は、その長いクチバシをドリルのように突き立てる。


 012


「……ちっ、小鳥か」

 昭博は、バックミラーでうしろから迫ってくる鳥達を見た。

「面倒――だなっ!」

 ブレーキを踏んで、わざとスピン――うしろから迫る鳥のクチバシを避けて、瞬間アクセルを踏む。鳥を野球ボールのように突き飛ばした。


 013


『……は?』

 ガイアは、また議場で唖然としていた。

 あの人間、車で鳥を突き飛ばした?

『……な、ならば。か、数打てば当たるだ!!』


 014


「一発でダメなら何発も――やれやれ、相手は子供か」

 そんなの相手してられるかと、昭博はアクセルを踏む。

 車は弾丸のように疾駆。

 後方では、続々と、道路に鳥が刺さる。まるで、アテの外れたダーツだ。どれ一つとして的に当たらず、クチバシは道路に刺さって身動きが取れない。クチが開けないから悲鳴も上げられない。憐れな標本のようになってしまった。


 015


『……ならば! 私のこの肉体の一部から……』ガイアは左腕を切り落とすと、そこから自分の分身を生みだした。『行け……国会議事堂前で、奴を食い止めろ』


 016


「……あっ?」


 昭博の目にはもう、国会議事堂が映っていた。アクセルを全開にして突き進むが――議事堂の正面玄関には、あのガイアの姿に似てるようなシルエットが。

「丁度いい!」

 アクセル全快で轢いた。


 017


『……っ』

 ガイアは、唖然としていた。

 国会議事堂の議場。机に両足を乗っけていたのをやめて、自分以上にここに不本意な現れ方をした人物をにらみつける。

 ドアは大破し、座席は弾き倒された。

 車が――一台の車が、乗り込んで来たのだ。

 正面のフロントには車に轢かれてここまで運ばれた――ガイアの分身。途中何度も壁や突起物にぶつかったのか、散々な有様だ。

『貴様っ……』

 車から、一人の男が下りる。

 緑色の体液がまだついている。黒いスーツの男。いかつい顔に、大柄な体。だが、彼は今この地球において人類代表のようにガイアの前にいる。地球の意志により、人類を殲滅しようとしてるガイアの前に、社会のはぐれ者であるヤクザの昭博が、対峙していた。

 いや、彼にとっては人類のことなんて大層なもの、どうでもいい。

 問題は、大切な兄ぃ達を殺したのがこの植物共だということだ。

「……さて、と」

 昭博は、助手席に置いた日本刀を取り出す。

 刀を抜いて、鞘を車の中に捨てる。

「俺は、小暮組の――えーと、昭博ってもんだ。小暮、昭博だな」

 自分で言っていて、うれしくなった。

「そうだ、俺は兄ぃの弟だからな。今じゃ、てめぇのせいで他の兄弟達も、みんな死んじまったが。俺は――俺は、小暮昭博だ。悪いな、俺ヤクザでもはぐれ者だからよ。ちゃんとした名乗りのルールは分からんわ」

 だから、と昭博は言う。

「死ねや」

 それだけで、彼は走り出した。


 人類のほとんどは死滅し、あまりにも敵は強大だ。何せ、相手は地球そのものなのだから。人間が住む、この地球そのものなのだから。

 だが、それに抗う男がいる。

 人の命は地球にも負けないと――突き進む男がいる。いや、政治家の言葉を証明するわけじゃない。そんなのどうでもいい。彼は己のために戦っている。

 兄弟の、ために戦っている。

 あまりにも状況は絶望的なのに、どうしてか。彼が負ける姿は想像がつかない。


 ――そう、これがこの男の強さだ。


 揺るぎない強さ、揺るがない信念。そう、だからこそ、ここに辿り着いた。戦いはこれからが本番だ。そう、これが全てのはじまりだった。


(了)

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