第49話 無計画に異世界トリップ物とか書いてみようとしたがまったく先が見えない。



 水晶祭すいしょうまつり本番となったその日、空はよく晴れわたり、朝から人々のにぎやかな声が街の通りにあふれ、こだましていた。


 物売りはうなるようなだみ声で、売り物の名前をくりかえし、くりかえし街の四辻よつつじに呼びかけている。

 それさえも、通りを埋め尽くす群集がてんでにしゃべる声が波のように押し寄せる厚みに今にも埋まってしまいそうだった。


 時折ときおり、子供の泣き声か、笑い声か、はっきりしない悲鳴に似たものが高い声で広がり響いた。


 あちこちに立っている屋台からは、焼いた肉のいい匂いのする煙が漂っていた。


 一定の間隔かんかくで壁や柱に吊るされた花籠はなかごには、瑞々みずみずしく咲きそろった花々があふれ、あふれかえった水がこぼれていくように、花びらを籠からしたたらせていた。


 風が吹くと、十字路に渡された布がはためき、まだ火のともっていない飾りランプが出番を待ちわびるようにかちゃかちゃと、れたような音を立てた。街筋の通りに面した窓だけは、平らな硝子ガラスが無関心をよそおうように、よく磨かれた窓枠の中に静かに収まっている。


 思い思いの仮装で身を固めた人々は、やがて何かの合図があったかのように、いっせいに中央広場へ向かって流れ始めた。


 魔法使いのような杖を持った人だとか、お城の大臣みたいな古めかしいかつらをつけた人なんかもちらほら見えるけれど、今年は圧倒的に道化プルチネルラの仮装をした白い姿が目立つ。


 行商人たちは、見事に衣装を売り切ったようだ。


 わたしもまた、あふれかえる道化プルチネルラの中のひとりとして、ごった返す人波の中を広場へと流されている最中だ。


 「砦の食堂」を出るときは、チェリや師匠と一緒にボビーと待ち合わせて、一緒に出発したのだが、いつのまにかはぐれてしまっていた。まあ、いずれにしろ、中央広場に向かっているのはまちがいないさ。


 「ふん」


 そしてわたしの隣には、グリシーナによく似た道化プルチネルラがひとり、なぜか不機嫌そうに鼻息をあらくしている。ていうかグリシーナだな。


 「どうした、いやに楽しそうだな」


 「そりゃ、お祭りなんだから、当たり前じゃない。まったく、まぎわらしい格好してるから、見つけるのに苦労したわ」


 「同じ衣装のお前に言われてもな」


 「あら、この衣装には、ちゃんとしたいわれがあるんだから」


 「ああ、それ、半分師匠のでっちあげだから」


 「ヤッパリナー」


 そんな会話をやりとりしている間も群集の歩みは留まることなく、低いところに水が引き寄せらてゆくように絶え間なく進み続いていた。

 わいわいと賑やかな人々にまじり、わたしとグリシーナもまた話をしながら、流れに乗った木の葉のように、人の流れに乗って飾り付けられた街角を通り抜けてゆく。

 花籠から風に流された花びらが、時おり、小魚めいた身振りでひらりと身をひるがえしたかと思うと、物陰に隠れて見えなくなる。


 中央広場は、足の踏み場もないほどの賑わいを見せていた。広場にも白い上下と色とりどりの仮面を着けた道化プルチネルラの姿が目立つた。


 石像の前には木製の舞台のようなものが置かれていて、その上には王様を迎えるために空席の玉座ぎょくざえられている。


 その前では、ギルド長や組合長といった街のお偉いさんたちが立ち並び、何やら演説か挨拶あいさつの言葉を述べているらしい様子が見えた。


 やがて、長ったらしい演説も終わり、並んだ楽師たちが、昨日練習していた華やかな音楽を演奏し始めるのが聞こえてきた。



 「ねえ、オルタ」


 グリシーナがわたしの耳もとでささやいた。


 「にゃんだ」


 「ガドルフの爺さん、昨日の夜、あの台座の下に何を仕込んでいたのかしら?」


 「にゃっ、お前……」


 「わたしも見てたのよ。あんたが何も言わないでそのまま帰ったのもね」


 「……何かのエレキ道具だと思う。危ないもんじゃないよ」


 わたしは、視線を空中にただよわせながら答えた。


 「ちょっと、目を見て答えなさいよ」


 視線を泳がせたのは、答えをごまかすためではなかった。

 エーテルが踊り始める気配を感じたからだ。思っていたよりも強いものだった。

 それに、地面もちぢこまってるかのように硬く緊張した感触を伝えてきている。


 「ひゃっ」


 グリシーナの手を強く握って、わたしの傍らに引き寄せ、ささやいた。

 何か変な声が聞こえた気がするけど、気にしない。


 「たぶん、石像のあたりに幻が現れるはずだ。もし、騒ぎになるようなら、押し倒されないように注意しろよ」


 「まぼろし?」


 「エーテルを強く感じる。どういう仕組かは知らんけど、まあ、水晶球すいしょうだまとか、だいたいそんな感じのものが……」


 「あれじゃない?」


 グリシーナが、何かを見つけて、上空を指差す。


 「ああ、そうそう」


 中央広場の上空には、ひとつの水晶球が現れていた。

 それは、広場全体をおおってしまうほどの大きさに見えた。あまりに巨大過ぎて、どれほどの高さに浮いているのか、うまくつかむことが出来ない。


 「でっか」


 ないわー、この大きさはないわー。

 わたしとグリシーナが同時にそう叫んだとき、空中に現れた巨大水晶球が広場めがけて、落下を始めたのだった。

 ないわー。


 わたしは、グリシーナの手をぎゅっと握ると、あいたほうの手で上空を指差し叫んだ。


「あっ、あれは、幻だ!あわてるなよ!」


 だけど、わたしの叫ぶ声なんて、誰も聞いちゃいない。周りにいた何人がちらりと振り向いたが、すぐに興味をなくして、向きなおってしまう。


 まあ、面白くもないポーズを決めているふうの道化プルチネルラしかいないのだからしかたない。


 群集の上に薄く影がさしたかと思うと、その色はあっという間に濃くなっていき、すぐに本体も地表に到達した。


 そして、そのまま地面の中に吸い込まれるように消えていった。

 まあ、実体ないしね。


 すべては、あっという間のことで、わたしは声を出すことも出来なかった。

 広場のあちこちからは、ひゃあと言ったような悲鳴が、散発的に聞こえてきたが、ほとんどの人が水晶球が現れたことに、気が付いていないらしかった。

 ちょっと雲でかげったな、くらいに思っているのだろう。


 意味あったのか、これ。

 わたしは、あたりを見回して、ガドルフ爺さんの姿が見えないか探してみたが、それらしい道化プルチネルラが、そこら中に白い服でうろうろしていて、見分けがつかない。


 広場に集まった人々が、再び思い思いの足取りで動き出し、ばらけはじめていた。

 やがて、玉座の前から、街の人々が手にした花が敷石に敷かれ、折り重なってゆき、色とりどりの小さな紙片が風に舞い、はらはらと肩に影を落とし、いくつもすり抜けてゆく。

 その中をいくつかの集団が行列をなして、広場を出て行こうとしていた。王様を迎えにゆくのだ。北へ、ノルクナイの北のさかいをめざして。


 「あの、オルタ?」


 「なに?」


 「て、手ぇ離してくんない?」


 「お、おう」


 わたしは、握っていたグリシーナの手をほどき、やり場のない手を

 道化プルチネルラの衣装の懐にとりあえず押し込み、もういちど上空に目を凝らした。


 そこには、広場を囲む建物に縁取ふちどられた、雲ひとつない青空が広がっていた。

 そして、そのほかは何もなかった。エーテルの気配も消えている。


 楽団がかなでる、明るい音楽だけが、目に見えない空気を響かせ、どこまでも広がっていった。


 衣装のふところに何か入っているのに気付き、握りつぶされた紙くずが入っているのを思い出した。


 昨日ガドルフじいさんにつかまされたやつだ。


 わたしは、懐の紙くずを取り出して、くしゃくしゃに丸められていたのを、引き伸ばしてみた。

 表には何も書かれていない。薄茶色の小さな紙袋だった。


 「何それ?」


 グリシーナがそっとわたしの脇に近づいてわたしの手元をのぞき込み、たずねてくる。


 「さあ、ただのごみだろ? 中に何も入ってないし」


 「ふーん。それ、種を入れとくやつね。うちでもよく使ってるわ」


 「花の種でも入ってたのか?」


 わたしは袋の口をあけて匂いをかいでみたが、ほこりっぽい匂いしかしない。

 種じゃ匂いなんてしないか。


 「もう、いてしまったんでしょ?」


 「たぶんね。……なあ、グリシーナのとこって花の種も売ってんの?」


 「もちろん」


 「じゃあ、これに一袋、あとで売ってくれ」


 わたしはグリシーナにしわしわの袋を渡しながら頼んだ。


 「いいけど、あんたが撒くの? ちゃんと育てられる?」


 「まあ、何だって、やってみなきゃ分かんないだろ」


 わたしは、グリシーナの問いにそう答えながら、胸の中でひとりつぶやいた。


 にゃんだかにゃあ。



 ■ 第一部 完

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

無計画に異世界トリップ物とか書いてみようとしたがまったく先が見えない。 ねこのきぶんこ @nrbq

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ