夜更け
@udonno
夜更け
あの時、ケネスは長年飲み慣れたブドウ酒を飲み下しながら喘ぎ喘ぎ言葉を紡いでいた。長い夜だった。彼の涙を見たのはそれが初めてで最後だった。珍しく酔いに意識を委ね、同じ言葉を繰り返し選ぶように確かめるように租借していたのだ。
常に自信に満ち溢れていた彼の、親友という立場を会得した俺に打ち明ける悩みはまるで虚無感に触れているような掴み所のないものばかりで、決まって彼は自分に悩みを打ち明けているうちに自身で解決してしまうのだ。
見ているものが違うのだと、度々脅迫めいた切迫感を突きつけられている気分だった。しかし、あの時初めて俺は彼の人並みのくだらない悩みを聴けた気がして、知らずのうち気分が高揚するのがわかった。
その晩は二人で吐く程飲んだ。
ケネスが毒矢を受けたのはその日から二日後――小雨が降り泥濘をかけ分けての戦場だった。
彼は油断をしない男であったが、雨と泥の跳ねる音のせいで背後の草むらに潜む影に気づくことができなかったのだと思う。彼は騎乗で背後から射抜かれたが、衝撃に任せて落馬することなく慌てるそぶりも見せずに、黙って矢を引き抜くとそのまま指揮をとった。引き抜いた後、わずかの間矢を眺めていたので毒矢だということには気づいていたのかもしれない。草むらに潜む男は俺が切り伏せた。妙な焦燥感に駆られ太刀筋が歪む。
敵を殲滅し勝利の勝どきをあげた直後、ケネスは何という風でもなく馬上から降りる。
「ケネス」
俺の顔を見て言いたいことを察したのであろう。
「知っていたのなら話が早い。帰りの先導は貴方に任せます。いいですね」
「お前は」
「少し休ませてもらおうか。随分と走った」
ケネスは微笑みながら手綱を引く。彼の愛馬が鼻を鳴らした。
兵たちに動揺が広がる前に出発しなければならない。俺は濡れた重いマントを翻し馬に跨ると隊長を任されたことのみを伝達し馬を進める。兵は戸惑うことなく隊列をなし俺に続いた。俺は、振り返ることはついにしなかった。
* *
ケネスはやはり戻ってこなかった。
王国では、情報を売り渡すために他国へ逃亡した愚者であるとか、幾多の凄惨な戦場に耐え切れず逃げ出した臆病者であるなどといいように様々言われたが、それでも市民からは英雄として粛々と讃えられていた。その様子を眺め、やはり虚無感を覚え、いつしかもう生きる気力は削がれていった。
一人酔いに身を任せながらあの夜のことを思い起こす。啜り泣きながらも静かな声で一つずつ丁寧に紡いだ言葉は、決意の表明であったかのようにも思える。今はもう内容を思い起こすことはやめた。
忠誠心に厚く、恐ろしい程強く、美しい男だった。――賛美する言葉で並べ立てるのはあまりにもつまらない。
彼のことをそれ以上知りたかった。
夜更け @udonno
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