第96話 ドワーフ爺様は心配性【ほのぼの/ゲスト:ピョートル】

「リーリヤ、ちょっとよいかのう。少し相談に乗ってもらいたいんじゃが」


 珍しいこともあったものだ。

 というか、あんまりに予想外だったので、俺とリーリヤは飲んでいたコーヒーを同時に吐き出してその場にすっ転んでしまった。


 わぁ汚い、と、メビウスが叫ぶ。

 すまぬ。しかし、別に俺だって好きでやった訳ではないのだ。

 普段はなんのかんのといって、リーリヤにつっかかるドワーフ爺さんが、いきなりしおらしいことを言ってくるから。


「どういう風の吹き回しだよピョートル?」

「ピョートル様が私に相談!? なに、どういうこと、天変地異の前触れ!? まさか王族の身になにか危機でも!?」

「いやなに、別に、大したことではないのだ」


 ごもごもと歯切れが悪そうに口を動かすピョートル。


 うん。正直、気持ちが悪い。

 何か悪いものでも食べてしまったのだろうか。ダメじゃないか爺さん、あんた、ただでさえ最近耄碌してるってのに、死期をはやめてどうする。


 呆れる俺とリーリヤの前で、無言でピョートルは一枚の紙を取り出す。

 二つ折りになっているその紙を、俺はかつて、見たことがある。


「見て、感想をきかせて欲しい。お主が感じたありのままの気持ちを」

「私のありのままの気持ち?」

「そうじゃ」


 なによそれ、と、リーリヤはピョートルからそれを受け取ると、いつものジトリとした視線をその中身へと向けた。

 案の定、開いた紙の中から出てきたのは、魔術に寄る立体映像。


 長い耳をした金髪オールバックのエルフ男が、花束を持ってそこには立っていた。


「あらいい男」

「ウゲ、またイヤミな感じのエルフだなおい。なんだよこいつ」


「お見合い相手じゃ」


 ぞわり、と、肌が毛羽立った。

 お見合い。そうね、それは前にリーリヤの婆様が似たようなモノを持ってきてくれていたので、なんとなくだが察していた。

 けれどもお見合い相手って。


 親戚の息子だとか、知人の倅だとか、そういうのじゃないのか。

 お見合いする相手なのか。


 だとして誰が。

 ピョートルが? いやそんな、バカな。なんでドワーフがエルフとお見合い。


「そういえば、ピョートルはエルフの大英雄、パーヴェルと大親友。まさか、親友というのは対外的な話で、実際には恋人。すなわちピョートルは男色家」

「ちがうわい!! 何をいきなり気色の悪いことを言い出すんじゃ!!」

「いやけど、前に英雄の書架でパーヴェル様を見つめるアンタの顔は、乙女の」

「懐かしかっただけじゃわい!! 勝手に人に変な性癖を植え付けるな、バカモン!!」


 じゃあお前、なんで見合いなんて、と、言うと、娘じゃ娘、と、彼はなにげなしに言った。


 娘。

 娘とな。


 それはそれでまた、なんとも、この頑固親父から初めて聞く単語なのだが。


「ピョートル、アンタ、結婚してたのか!?」


 おもわず、俺とリーリヤは前のめりになってピョートルににじり寄った。

 一点、面食らって脂汗を流したのは鋼鉄の大臣。


「いや、その、言っておらんかったかの」

「聞いてないわよ!!」

「というか、アンタみたいなのでも結婚とかできるのか?!」

「どういう意味じゃ!! まぁ、その、結婚はしとらんが、縁あって、娘はおってな」

「けど、どうして娘さんをエルフに嫁がせるのよ!!」

「そうだ。ドワーフなら、ドワーフと結婚しといた方が無難だろう。人間とエルフの結婚は聞いたことがあるが、ドワーフとエルフの結婚はちょっと例がないんじゃないか」


「いや、その、娘はワシと違ってドワーフではなくて――というか、エルフなんじゃよ」


「「なんでだ!!」」


 どうやったらドワーフからエルフが生まれるのか。

 それでなくてもこの偏屈潰れまんじゅうから、エルフなんて美しい生き物に結びつくのが道理がさっぱりわからない。


 いろいろあるんじゃ、と、哀愁を背負って言うピョートル。

 別に聞きたい訳ではないが、爺さんが語りたいなら聞いてやらんでもないか。


「ほれ、先ほど話に出たパーヴェルな。アレがのう、死ぬ前に一人娘を残して行きおってな。嫁さんもパーヴェルに先立って亡くなっておって、それで、ワシが引き取ることになったんじゃよ」

「え? なにそれ? パーヴェル様に娘がいたなんて、それも初耳なんだけど?」

「パーヴェルからの遺言で世間には言っとらんからのう。一応、ワシも、パーヴェルの遠い親戚の娘ということにして、育ててきた」


 内緒じゃぞ、と、団子鼻の前に指をかざすピョートル。

 喋ったところで信じてもらえないだろう。


 ドワーフがエルフを育てるだなんて。

 世間じゃ両種族は犬猿の仲。

 友情が芽生えることだって珍しいというのに。


 いや、その珍しいケースだからこそ、こんなことになったのだろうが。


「まぁその娘も、そろそろ年頃でな。死ぬ前に、いっちょ良い相手でも見つけてやらんと、パーヴェルに申し訳がたたんと思ってなぁ」

「ピョートル、アンタ、あんたって人は」

「ちくしょうピョートル。アンタの男気は本物だぜ。アンタって奴は、本当に、この国一のドワーフバカ一代だ」

「そりゃ褒めとるのかマクシム」


 なるほど、それで同じエルフのリーリヤに、見合い相手の感想を聞きに来たのか。

 いじらしいことをしてくれる爺さんじゃないか。

 こんなに思われて、娘さんもたいそう幸せものだろう。


「しかしまぁ、かれこれ二百年女やもめじゃからのう。ワシにとっては娘じゃが、エルフ界隈じゃもう中年の年頃じゃて」

「いやいやなに言ってんだよピョートル。エルフは百歳だろうが二百歳だろうが、そう変わらない容姿じゃないか」

「いや、結構変わるもんよ。人間とは年齢の感じ方が違うだけで」

「そういうもんなのか」


 はぁ、と、ため息を吐くピョートル。

 リーリヤの言葉に、すっかりと、娘の嫁ぎ遅れに対しての不安を深めてしまったらしい。まったく、場を読んで発言してくれよ、このエルフは。


「そう心配するなって。このエルフだって、もう、エルフ界隈じゃ旬を過ぎたおばさんエルフなんだぜ。こんなんでもよろしくやれてるんだから」

「マクシム、どういう意味かしら」

「いや、別に深い意味は」


「まぁ、こういうのは当人の問題じゃから、親がどうこう言うものでは無いんじゃがのう」


 再び深い溜息を吐いたドワーフ爺様は、リーリヤの手から見合いの手紙を奪い取ると、なんだか寂しそうに肩を下ろした。

 そんな様子を見せられた、娘さんも、嫁に行きづらいだろうに。

 意外に、ドワーフというのは、情けの深い生き物なのだな。

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本の森のエルフ kattern @kattern

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