第95話 先輩司書のお悩み【ほのぼの】
魔導書書架から帰ってくるなり目に入ったのは、執務室の床にごろりと横になっているメビウスであった。
だらしなくヘソを出して涎なんかまで垂らした彼女。とてもじゃないが、魔導書の転生体とは思えないだらしなさで、うへへ、と、笑うと、ごろり寝返りを打った。
こっちが本の化物に追われて、命からがら帰ってきたというのに。
「いいご身分だなこいつ」
「まぁまぁ、見た目は子供、中身は本なんだから、仕方ないわよ」
「そんなこと言ったら俺だって、職業は司書だけど前職は盗賊だよ」
「だからなによ」
真面目に仕事している俺をもっとねぎらってくれてもいいだろう。
なんだいメビウスばかり可愛がって。
とでもいいたいのだろうか。
自分でもなんで突っかかったのかわからなくなった俺は、はぁと溜息を吐くとリーリヤから顔を背けた。
子供相手に張り合っていったい何になるっていうんだ。
「お役に立ちますと言った割にはこの体たらく。どうしますかねリーリヤさん。叩き起こしてきつくお叱りしておきますか」
「だから何をそんなムキになってるのよ。昼寝は子供の仕事の一つじゃないの」
「ほんとお前メビウスには甘いのな」
「むしろどうして貴方がそこまで子供相手にムキになるのかがわからないわ」
ムキになってる訳じゃないさ。
仕事中に寝るのはどうなんだと道理を説いているだけさ。
とはいえ、俺も本気で言っているわけではない。
さきほど言ったとおり、子どもとムキになって張り合ったところで、何も得るものなどありはしない。
床にごろりと転がっているメビウスを抱え上げる。
執務室のソファーに、その体を横たえさせ、近くにあった毛布を被せてやる。少しくすぐったそうに動いたメビウスを尻目に、俺は自分の机へと戻った。
「昼寝にはいい日よね。ほどよく気温も温かくって」
「ここの代表者が許可してくれれば、俺もすぐに外に寝に行くかもしれんわ」
「残念ながら回収してきた魔導書の処置があるからダメね」
「トホホ」
今日回収してきた魔導書は、例によって幾何学魔法が施されたものである。
しかもリーリヤの複製魔術でも手こずる精密さで描かれており、これならば俺が写本したほうがよい、という塩梅である。
サボるわけにはいかないか。
俺はリーリヤから預かっていた魔導書を懐から取り出すと、早速机の上で写本作業に入った。
カリカリ、と、ペンの鳴る音。
紙を削り、墨を流して、彩られていく羊皮紙たち。
「これだけ書いてても、めっきり読めないな、文字」
「そりゃね。図柄を一生懸命書き写してても覚える訳ないって話よ。ちゃんと意味のある文章を書いているのならまだしも」
「そういう仕事も、そろそろ俺も覚えようかね」
どういう風の吹き回しよ、と、驚いた顔をするリーリヤ。
いや、別に。
俺もそろそろ司書として、仕事の幅を広げようかなと、ただそれだけだ。
そこで暢気に寝ている元紙だって字を読めるのだ。
負けてはいられない。
「アンタのその複製の技術は、それなりに重宝しているつもりなんだけれど」
「別に焦ってる訳じゃねえよ」
「えこひいきしてる訳じゃないのよ?」
「だからそんなんじゃねえって言ってんだろ」
一応、これでも俺のが先輩なのだ。
そこは胸を張って、先輩として振る舞えるだけの技量を身につけておきたいじゃないか。
なんてことを俺が言えば、リーリヤの奴は笑うかと思ったが、彼女は何も言わず、そう、なんて言った切りだった。
言ったきり、自分の机を離れると、俺の後ろに回った。
「なんだよ」
「いや、別に。アタシも、アンタにこんなこともできないのか、なんて、言われない司書さんになろうかなと思いまして」
「贋作作るのが司書の仕事とは知らなかったぜ」
からかえば、そっと肩に手が伸びる。
そのまま首を締めてくるかと思えば、今日は意外なことばかりするものだ。
彼女は俺の肩を急にもみ始めた。
「いつもありがとね、マクシム。助かってるわよ、ホント」
「よせやい」
「素直に喜びなさいよ。先輩がほめてあげてるんだから」
「そうかいそりゃどうも」
素直じゃない後輩ね、と、ぎゅっとリーリヤが肩を揉む手に力を込めた。
やめろやめろと痛がってみせたが、エルフの指先はやわこいばかりで、ちっとも痛いことないのだった。
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