第94話 ラジオの森のエルフ【ギャグ/ゲスト:オリガ】

 オーソドックスな魔術の一つとして、念波の魔法というのがある。


 離れたところに居る人間に、魔法で語りかけるそれ。

 魔法使いであれば誰でも使えるレベルの代物で、仲には魔法使いではなくてもその魔法は使えるという奴もいるくらいである。

 とかく軍隊や冒険者らの間では重宝され、得物はなくともこれさえ使えれば、まぁ冒険者としてくいっぱぐれることはないとまでいわれる。


 俺も腐り竜殺しのパーティにいた頃には、まぁなんどか世話になったが、実に便利な魔法である。

 これさえあれば、ちょっと支度に手間取って待ち合わせに遅れそうでも、すぐに連絡が取れるのだから。


 しかし。


『さぁ、はじまりました、今週の魔法使いラジオ。パーソナリティは私、蜥蜴と蛙の交尾にかけては王国一、爬虫類大好き魔法使いトカゲッティでお送りします』

『深夜零時。今宵も皆さんを魔法と催眠と心地よい眠りの中へといざなう、定期箒便ミッドナイトストリームのお時間がやってまいりました。司会は私、イヴァン・サタロフでお送りします』

『ガラ・リーゾブル・ピァ・ディニリーのラジオ無限大!! さぁ、今夜もはじまりましたよ。王国三十八箇所をネットしてお送りする生放送。今日もマジックポイント全力全開でまいりましょう!! ボンズレイフ!!』


「なんだこれ」


 頭の中に次々と流れ込んでくる、訳のわからない声の数々。顔の分からない声の数々。そして何故だか、妙にハイテンションな声の数々。

 俺は絶句した。

 どうしてそんなものが、まるで四方から声を浴びせかけられるように聞こえてくるのか。


 そして、そいつがどうして「念波の魔導書」の書架が作り出した世界に蔓延しているのか。


「念波ラジオでありますか」

「知っているのかオリガ」


 意外、それの正体について最初に口にしたのは、オリガだった。

 そして、リーリヤに先んじて、おやおや知らないでありますか、と、にやけた顔を向けてきたのも、こいつであった。


 屈辱である。

 こんな脳みそ筋肉アホ陸軍娘が知っていて、どうして、この俺が知らないのか。

 これはきっと、何かの間違いだろう。


 と、思う俺の横で、リーリヤもまた、なんなの念波ラジオって、と、不思議そうな顔をして首を傾げたのだった。

 正司書が知らないのだ、俺が知らないのも仕方ないか。

 うむ、納得。


「念波ラジオといって、魔法使いが個人でやってる、不特定多数に配信される念波によるおしゃべりのことであります。行軍や作戦待機中など、何かと退屈な時間が多い陸軍では、この念波ラジオの配信が盛んに行われているのであります」

「大切なお仕事を退屈の一言で片付けよったぞこいつ」


 いやいや、事実でありますから、と、オリガ。

 自分の仕事にここまで悪びれることなくいえる精神。流石はがさつな陸軍というべきか。それともサボり魔のオリガというべきか。


 お二人も知らないことなんてあるんでありますな、と、なんだか得意げに成っているこいつが少し腹立たしい。


「陸軍では面白いお喋りには熱心なリスナーがついて、戦意高揚の奨励金として結構な額が支給されるでありますよ。だから、配信する側も結構力を入れてやってるところが多いであります」

「くだらねえことしてんだなおい」

「命をかけて働いているんだから、これくらいの娯楽はあってしかるべきでありますよ」

「あ、なんか聞いたことある曲が流れてきた」

「北部の民謡じゃないか。なかなか懐かしい曲だな」

「故郷の曲を流して慰めるのも役目の一つでありますから。あと、リスナーからのお手紙を読んであげたり、生念波でおしゃべりしたりも、盛り上げるためのテクニックであります」


 生念波って、また、ぬるっとした響きの言葉だな。

 少なくとも俺はそんなの使ってやり取りなんぞしたくはない。


 なんにせよ、これじゃ五月蝿くって探索にならん。


「リーリヤ、なんとかならんか」

「念波キャンセラーとかあればいいんだけど、ちょっともちあわせてないわ。まさかここまでびゅんびゅん念波が飛んでるとは思ってもみなくて」

「だったら中波放送へチューニングすればいいであります。アレは、音質が悪いので時事を黙々読み上げるような放送しかやってないであります」

「ほんとお前、こういうの詳しいのな」


 しかしどうやって調整するんだよと、オリガに尋ねると、彼女はひょいと自分の猫耳を頭の上で寝かせて見せた。

 こうすれば、念波が弱まって、中波しか受け取れなくなるであります、と。


 そりゃ獣人だからできるのであって、人間様にはできない芸当だ。


「あら本当。耳の角度を変えたら、全然入ってくる音声が変わったわ」

「エルフもできるのかよ。人間はどうしろと」

「耳たぶを耳の穴に突っ込んで調整する人が多いでありますな。あとは、普通に耳栓とか」


 しかたなく、俺は懐に入れていたちり紙を取り出すと、それを耳の穴に詰めた。


 どうだろう。

 随分浅く詰めた心算だが、確かに、聞こえてくる念波は少なくなった。

 単に耳が聞こえなくなっただけという気がしないでもないが。


 ただ、それでも聞こえてくる念波はかすかにある。


『えぇ、では次のお便り。ペンネーム、金髪とボインさん。こんばんは、マラートさん。実は私、職場の同僚に軽いセクハラをかけられていて悩んでいます。まぁ、大変ですね』


 なんだかお悩み相談みたいな会話が流れてくる。

 こんなしょうもないことを相談するかね。不特定多数の人間が聞いているというのに、いい恥さらしじゃないか。


『えぇ、彼は中途採用の前職プータローなのですが、何かと私に先輩風を吹かせてくるのです。私の方が三百歳も年上なのにもかかわらず』

「どっかで聞いたことのあるお悩みだな」

「なんで私の方見るのよ」

『そんな彼の行動の中でも許せないのが、私の胸のサイズを弄ってくることです。どう見てもCカップ、少なく見積もってもBカップ、見る人によってはAカップかもしれない私の胸を、やれ、小さい、平原、無の極致、測位ができるほどの平行っぷり、と揶揄してくるのです』

「だからなんで見るのよ」


 そうか、この女、こんなことで悩んでいたのか、と、思わず目の前の人間に、聞こえてくる言葉のそれを重ねてしまう。

 まぁ、入ってきた人間に感応して、内容が変化するのがこの書架だ、おそらくもなにも、この相談の相手はこの目の前のど貧乳エルフだろう。


 というか、随分と幅のあるCカップだなおい。


『どうでしょうか、マラートさん。こんな最低に失礼な同僚、暗黒魔法で次元断絶闇に葬り去っても問題ありませんよね。怖いことおっしゃいますね、リ――金髪とボインさん。ダメですよ、人間――エルフは忍耐です』


「おい、金髪とボイン、おい!!」

「知らないわよ。私、こんなの相談した覚えないし」

「願望駄々漏れでありますな」


『まぁ、彼も気にかけてなくちゃそんなこと言わないでしょうよ。意外といつも見ている照れ隠しにそういっているだけで、実際は、貴方くらいの胸の方が好きなのかもしれませんよ?』


 いや、そんなことないし。

 同じ胸なら大きい方が絶対いいに決まっているだろう。

 馬鹿言ってもらったら困る。小さい胸では大きい胸の変わりは勤まらないのだ。


『それか、彼も何か、人には言えないコンプレックスを持っているとか』


 ラジオの言葉に、きらりとエルフと獣人の瞳がきらめいた。

 ないない、ある訳がない、そんなコンプレックスなんて。


 いや、本当、ないから。


『えぇ、では、ここでリクエストナンバー。元盗賊の事務職さんからのリクエストで、「イワンの余毛者」です聞いてください』


 イワンの余毛者。

 頭の毛が妙に多い男を笑った民謡である。

 つまり、ハゲを笑う唄だ。


 どうしてこの唄が、どうしてこのタイミングで出たのか、俺には不思議でならない。だって、俺は別にハゲでもないし、薄毛でもないし、頭頂部に不安なんてまったく抱いていないからだ。

 そう、まったく。

 少しくらい前髪のラインが後退しているのを気にしているくらいだ。


 だから頼む、そんな眼で、俺を見てくれるな。


「マクシム。貴方、そこまで気にして」

「やはりコンプレックスからくるストレスだったんでありますか」

「違う、違うって、ホント、いや、マジで。これはその俺の前髪はなんだ、盗賊としてだな、視界を常に明るく保つためにわざと剃っているだけで」


 違うんだって。

 ハゲじゃない、ハゲじゃないんだ、俺は。ちょっと男性ホルモンが多いだけ。


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