第14話 双影
交流会五日目。
合同訓練は順調に進んでいた。
今日もまた朝から訓練が始まる。
そう思って朝早く訓練場に集まったリノシア、ウォレスタの双方兵士は混乱状態にあった。
それもそのはず、なぜか参加者が一名増えているからだ。
これが一般の兵士ならばまだ納得は出来る。
しかし、その人が人なのだ。
「で、なんでお前がここにいるんだ……?
『剣狼』さんは」
「ベヘルを借りてきたのよ。
暇だったし」
突如訓練場に姿を表したのは、赤髪の剣狼ことエルナ=リーズウェルであった。
なんとなく察しはついていたが、本当に剣狼だったとは。
どうやら秋人らがウォレスタを出発した後、エルナもウォレスタからリノシアに向かっていたらしい。
アリアは頭を抱え、ため息をついた。
「方法は聞いていない。
暇だからといって国を勝手に離れるのは困る」
「ちゃんと許可取ってきたわよ。
忘れものを届けるっていう名目で」
「ほら」とエルナは書類を見せつける。
そこには確かにウォレスタの騎士団印が押されているので、一応許可は出ていることになる。
「……とりあえずわかった。
で、忘れ物とはなんだ?」
そうアリアが言うと、エルナは自らに指を指す。
まさか、と秋人は思ったが本人から口にされたことは秋人の予想通りの言葉であった。
「あたし」
堂々とその言葉を放つエルナには、恐れるものは何もないといった様子だ。
アリアはまた頭を抱えているし、ガーティスも苦笑いだが。
「ま、まぁ狼ちゃんの自由気ままは今に始まったことじゃねぇ。
好きにさせとけよ」
「その通り。
言われなくてもそうさせてもらうわ」
「……はぁ、もう勝手にしてくれ。
交流会の邪魔だけはしないでくれよ」
アリアもとうとう折れた。
諦めたという感じだろう。
当のエルナは一通り兵士全員を見渡すと、秋人を見つけ手招きをする。
本当に自分を呼んでいるのか最初はわからなかった秋人だが、後ろを振り向いても誰もいないので自分が呼ばれていると気づいた。
正直、自分ではない誰かが呼ばれていてくれと願っていた秋人が心の中にいる。
秋人は、兵士の波をかきわけてエルナの元に向かった。
他の兵士たちがざわめき始めるが、気にしない。
「え、あの、何の用事で?」
その言葉を聞くか聞かないかの辺りで、エルナは秋人の腕を鷲掴みにする。
秋人がそれに驚くと同時に、腕はすでにエルナに引っ張られていた。
「じゃ、ちょっと借りるわね」
「いや、ちょっと待て」
どこかに向かおうとしたエルナがアリアによって止められる。
秋人もようやく状況を把握し、エルナから少し離れた。
「なによ、好きにすればいいって言ったのはそっちじゃない」
「訓練の邪魔はするなと言ったはずだ。
私は、今回の訓練に参加する兵士を管理する義務がある。
勝手にどこかへ連れられてしまうと困るのだが」
「いいじゃない、減るもんじゃあるまいし。
ちゃんと返すし」
「減るかもしれないだろう」
本人そっちのけで話が進んでいくことに、秋人は若干の恐怖を覚えた。
エルナは秋人を一体どこに連れて行こうとしているのか。
そしてアリアもアリアで、減るかもしれないって……
「し、死ぬのか? 俺……」
お互い一歩も譲らず、連れて行く、連れて行かない議論をする二人。
助けを求めるようにガーティスを見るが、これにはガーティスもお手上げといった様子で両手を挙げている。
「ちょっと二人とも、落ち着いて。
私にいい考えがあるんだけど」
アリアとエルナの言い争いを止めたのは、フレデリカだった。
二人は言い争いをやめ、一度フレデリカの話を聞くことに決める。
「よくある話だけど、模擬戦で決めたらどうかしら。
訓練前の余興ってことで兵士たちも喜ぶし、公平でしょ?」
アリアとエルナは顔を見合わせると、互いに頷く。
どうやらそれで決まったらしい。
本人の意志はどこにもないけど。
「じゃあ決まりね。
それで大丈夫? アキトさん?」
「え、あ、はい。
大丈夫、です」
思わず大丈夫と答えてしまった秋人だが、本当にこれでよかったのだろうか。
それより、フレデリカが秋人の名前を知っていたことに驚きだ。
名簿のようなものが事前に渡っていたとか、そんなことだろうけど。
そんなこととは露知らず。
他の兵士たちは「おいおい、マジかよ」とか「そもそもあの三人と繋がりあるアイツ何者だよ」などいろいろと好き放題言っている。
「でも合同訓練を統括しているのは私よね。
じゃあこの場合、私が代表として出るべきかしら」
「別にあたしはどっちでもかまわないけど?」
フレデリカがアリアを見る
アリアは自分が戦うつもりでいたようだが、代表としての権利があるのはフレデリカの方らしい。
少しばかり悩んだが、アリアは首を縦に振る。
「決まりね。
十五分後にまたここに集合。
防具と武器は用意しておいてね」
そういうとフレデリカは、道具などが置いてある倉庫へ向かっていく。
エルナもそれを追うように歩いて行ってしまったので、残された兵士たちは暇になってしまった。
アリアはなんとなく落ち着かない様子だが、ガーティスは苦笑いである。
秋人の今後の日程が、割と勝手に決められようとしていた。
それから十五分後。
エルナとフレデリカは遅れることなくやってきた。
すでに防具も武器も装備している状態である。
ルールは秋人とニックが模擬戦を行った時と同じ。
少し違う点を言うなら、エルナは秋人とニックが使っていたのと同じオーソドックスな剣なのに対して、フレデリカは槍のようなものを装備している。
よくみるとそれはハルバードと呼ばれる武器であった。
2.5mほどの長さで穂先にスパイクがあり、その下部に斧刃。
斧刃の反対側に鈎爪が取り付けられたスタンダードなハルバードだ。
斬る・突く・断つ・払うといった多種多様な攻撃を放つことが出来る武器で、その分取り扱いが難しい。
アレを操ることが出来るというのは、相当熟練度が高い騎士ということだろう。
「…てか、武器種って変更できたのか」
思わず観覧席で呟く。
秋人も武器種を選んでおけばよかったのかもしれない
結果は多分、変わらなかっただろう。
そんなことを考えている間にも、試合は始まろうとしていた。
エルナが赤い剣、フレデリカが青いハルバードを装備して訓練場の中央に立っている。
両者の中央にはガーティス。
今回の審判役となる。
「両者、構えろ」
ガーティスが言うとともにお互い武器を構える。
細かい説明はなくとも、ルールは把握しているという感じだ。
二人は睨み合い、試合の開始を待っている。
「試合……はじめ!」
試合が始まった。
しかし、両者共にすぐには動かない。
先ほどと同じように睨み合ったままだ。
いつ、どちらが動くか。
観覧席の秋人が思わず唾を飲み込んだ瞬間、時が動き出した。
最初に動いたのはフレデリカ。
片手でハルバードで振ると、弧を描き、薙ぎ払う。
それはエルナに届くか届かないか、ギリギリのラインではあったが万が一があると考えエルナはそれを飛び退き回避。
しかし、その行動をフレデリカは予測していた。
片手から両手に持ち替え、エルナへ向けて突きを放つ。
先ほどは斧刃での攻撃だったが、今度はスパイクでの攻撃。
エルナはそれも回避するが、フレデリカは鈎爪部でまたも薙ぎ払うようにハルバードを振り回す。
さすがに回避しきれず、エルナは剣を鈎爪に合わせて攻撃を防いだ。
だが、このままでは剣が絡め取られる。
エルナは剣を払うと、すぐにその場から飛び退いた。
フレデリカが攻めてくる前に攻める。
脚に力を込めて踏み込むと、剣の柄でフレデリカの腹部に打撃を与えた。
そのまま剣で胸部への斬撃を狙うが、ハルバードの柄で防がれてしまう。
フレデリカがまたもハルバードを構えるが、隙間を縫って剣をねじ込んだ。
剣とハルバードが擦れるが、防具に傷をつけることはできない。
剣の鍔部分がハルバードの柄部分で防がれているため、これ以上深い部分に剣は入り込んでいけないのだ。
鈍音とともに剣がはじき返され、二人はまた睨み合いの状態で戻ってしまう。
「二人とも、超強いな……」
赤髪の剣狼と呼ばれるエルナ。
そして、それと互角以上に渡り合うフレデリカ。
どちらもまだ本気を出していないという感じで動きに余裕は見られるが、秋人から見るとかなりレベルの高い戦いである。
そもそもエルナに関しては、普段使っているようなレイピアではない武器で戦っている。
もしかしたらある程度のハンデになっているかもしれない。
ハルバードを巧みに使いこなすフレデリカと、素早い判断で攻撃を防ぎ反撃するエルナ。
どちらが勝ってもおかしくはない。
「やるね、狼。
アリアと違って普通の剣だから楽だと思ったんだけど……
そうでもないみたい」
「当たり前。
まだいけるでしょ?
こんなんじゃあたし、満足できないけど」
エルナは再び剣を構える。
フレデリカもそれに答えるようにハルバードを構えるが……
「……狼、ちょっと待って。
試合は、一度中止よ」
フレデリカが構えを解く。
突然の出来事に驚いたのはエルナだけではない。
観覧席にいた兵士たちも、秋人も、ガーティスも驚いた。
一体何が起きたのか。
わからずとも、答えはおのずとやってきた
突如として訓練場に黒い霧のようなものが立ちこめ、異様な雰囲気が辺りを包み込む。
「リノシア、ウォレスタ双方の兵士全員に告ぐ!
実戦用の武器、防具を装備してくるんだ!
早くしろ!」
アリアの怒声が響く。
突然のことに混乱する秋人らであったが、言われたとおりに倉庫へ向かい、武器と防具を装備した。
状況が読み込めない。
もしかして、何かやばいことでも起きているのか。
秋人らが訓練場に戻ってくると、霧の量が増しており、禍々しさがその場を支配している。
「……くるよ」
フレデリカが呟いた瞬間、黒い霧が渦を巻いていく。
渦は一つや二つではなく、数十……いや、百以上かもしれない。
どんどん渦の回る速度が早くなっていき、やがて収束。
弾けるようにして中から姿を表したのは、ウォレスタを襲ったのと同じ人型の魔物であった。
しかも、全て武器のようなものを装備しており、臨戦態勢という状態。
「う、ウソだろ……」
地獄と変わりつつある訓練場に、今再び戦いの炎が灯る。
この地獄からは、逃れられない。
無能力者、異世界を往く! 鷲鷹 梟 @fusidori_suzume
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