第13話 騎士の背中
ベヘルで移動を初めて三日が経った。
夜は当然のように野宿。
地面に寝ころぶ者もいれば、ベヘル車の中で寝る者もいた。
たき火を絶やすことはできないので、火をみる当番も当然いる。
十二人いる者から二人、毎晩選ばれるので交代で火を見て薪をつぐのだ。
秋人は初夜、火の当番になったので寝ずに火をみていた。
時間が経つのを待つだけでは暇で仕方がないので、夜空を見上げたりして時間を潰した。
異世界だというのに夜空には星が煌めいており、秋人たちを見下ろしている。
明かり少ないので、夜になれば辺りは真っ暗。
夜空の星の煌めきも、現代よりも数段美しく見える。
「……なんか、本当に異世界なのかわからなくなるなぁ。
惑星とか、星が自転、公転してるとか。
ここの人たちは知ってるのかなぁ」
思わず独り言が出てしまう。
たとえ異世界だとしても、概念はある程度変わらない。
それに気づくのは数十年、いや、あるいは数百年先か。
いずれこの異世界も、技術の進歩により秋人の住んでいた世界のように発展していくのだろう。
「そう思うと、なんだかやるせないよなぁ」
「なにがやるせないって?」
気づけば後ろに人が立っている。
鎧を身につけた大男、ガーティスだ。
突然のことに驚いた秋人は、思わず肩を震わせる。
「そんな驚くことじゃねえだろ。
暗い顔してるからちょっと声をかけただけじゃねえか。
あと、交代だ」
「すいません、急に声がしたので驚いちゃって……
交代、ですよね」
「捕って食うわけじゃあるまいし」と、驚かれたことに少しだけ落ち込んだ様子を見せるガーティスだったが、すぐに調子を元に戻し地面に座り込んだ。
そろそろ交代の時間だと言うので、秋人はベヘル車の中に戻ろうとする。
「あぁ、ちょっと待ちな。
一つ、聞きてぇことがある」
ガーティスに引き留められ、歩む足を止める秋人。
振り向くと、背中をこちらに向けたガーティスが見える。
座っているはずなのに、その背中はとても大きい。
普通の人間とは少し違う威圧感のようなものを秋人はおぼえた。
「戦うってことは命を賭けることだ。
覚悟があっても、実力がなければそこで死ぬ。
覚悟さえねぇ奴も多いんだ、今はな。
お前は、命を賭ける覚悟があるか?」
ガーティスの問いに答えを渋る秋人。
覚悟は、あってほしいと秋人は思う。
しかし、実際はどうなのか。
本当に覚悟があるのか、秋人にはまだわからない。
あの時、魔物に対して命を賭けて戦えたのもエルナがいたから。
もし、エルナがいなかったら果たして秋人は、命を賭けることができただろうか。
「……わかりません。
だけど、覚悟をもてるだけの実力は、つけたいと思っています」
秋人の答えにガーティスは納得したのかしていないのか、背中だけではわからない。
しかし、今の秋人の純粋な気持ちは打ち明けることはできた。
たとえ一般人でも、もっと上を目指したいと思うことは間違いじゃない。
そう信じたいから。
「……強くなれ、アキト。
強くなきゃ、護れるものも護れない」
ガーティスはそれだけ言うと、火に薪を投げた。
この話はこれで終わり、というように。
わずかに炎が燃える音だけが聞こえる中、秋人はベヘル車に戻る。
その日は、少しだけ寝付くのが遅かった。
そしてベヘルで移動して七日。
長い移動の末、ようやくリノシア共民国への国境が見えてくる。
ウォレスタとリノシアを分ける巨大な河。
レスア大河を越え関所を通ると、やがて大きな街が見えてきた。
あれがリノシア共民国で一番大きな街「アルヴェス」だ。
ベヘルを街の外に停めて、ここからは徒歩で進む。
リノシアは水源が豊富で、なおかつ農作物の育ちがいい。
アルヴェス街内にもそれが表れており、幾多の水路と農作物を売る農夫の市が開催されている。
「すげえ、水が超綺麗……!」
「だろ。
水だけじゃねえ。メシも最高にうめえから期待してな」
秋人の後ろにいたガーティスはそう言って自らの腹を叩く。
ウォレスタの飯も十分美味しかったのだが、それ以上と考えると今からお腹が空いてしまう。
あちらこちらに目を輝かせながらアルヴェスを歩いているうちに、リノシア城へと辿り着いた。
ガーティスが城の大臣と話をしている間、残された秋人らは宿舎へ向かう。
リノシアもウォレスタと同じように兵士の宿舎がある。
宿舎近くの大規模訓練場で今日からしばらくの間交流が行われるのだ。
「おぉ……でけぇ……」
思わず口から出てしまうほどの大きさ。
リノシアの大規模訓練場は、ウォレスタの競技用コロシアムとほぼ同じ。
いや、それ以上かもしれない。
訓練場には交流会に参加するリノシアの兵士たちが十数人ほどおり、秋人らを歓迎した。
その中でも最も目を引くのが、金髪ポニーテールの女兵士である。
エルナとは真逆の、青い瞳の女性だ。
「フレデリカ、久しぶりだな。
元気にしていたか?」
「えぇ、少し身体を持て余すくらいに元気よ。
そっちはどうなの?」
「こちらも同じさ。
今日からしばらく世話になるぞ」
アリアと親しそうに会話をしているのを見ると、アリアと同じレベルの兵士ということだろうか。
それにしてもこの二人が並んでいると、姉妹みたいだ。
などと考えていると、アリアがこちらを向いて先の兵士を皆に紹介し始めた。
「こちらは、リノシア共民国兵士団団長。
フレデリカ=シュタイン殿だ。
皆、失礼のないように」
紹介とともに「よろしく」と手を振るフレデリカ。
青い瞳がなんとも綺麗で、まるで宝石のように輝いている。
アリアやエルナも相当美人だが、フレデリカもそれに負けない美女だ。
「わかるぜ、アキト。
フレデリカは美人だからな」
「ですよねー。
いや、なんというか、こう、グッとくるものが……って」
気づけば隣にガーティスが立っていた。
秋人の心を読んだかのように話しかけられたので思わず普通に会話しそうになってしまう。
「悪い悪い。
アキトがマヌケな顔してフレデリカを見てるから面白くてな
回りの兵士もおんなじような顔してるが、お前のはとびきりだったぜ」
そういうとガーティスはアリアの元へと向かっていく。
気配を消すのがうまいのか、それとも単に秋人が回りを見れていないだけなのか。
昨日に引き続き二度も面を喰らってしまった。
「な、なんつか……
絶妙に掴みにくい人だな……」
一人ため息をつく秋人を知ってか知らずか、豪快に笑うガーティスの声が訓練場に響き渡るのだった。
その日の夜。
交流会初日はウォレスタ、リノシア双方の兵士による食事会が行われた。
ガーティスの言っていた通り、晩飯はすこぶる美味しい。
酒も同じくうまいのか、明日から合同訓練が行われるというのにも関わらず、兵士たちはみんな酒を飲んで酔っ払っている。
その中に上級騎士のガーティスも含まれているのが一番の心配どころではある。
アリアやフレデリカがいないのが救いか。
どうにも夜中まで続きそうな雰囲気だったので、秋人は早々に離脱。
やらなければならないことがあるのだ。
「まぁ……
ここらでいいか」
宿舎近くの開けた土地を見つけると、秋人は先ほど借りてきた訓練用の剣を構えた。
殺傷能力は比較的に低いが、重さは普通の剣と同じ。
軽く、一度素振り。
感覚を掴んでから何度もそれを繰り返す。
眠っていた期間分の遅れを取り戻そうと、秋人は必死だった。
素振りは基本であり、だからこそ毎日続けることに意味がある。
たとえ十数回でも、やらないよりは断然マシだ。
サボっていた筋トレなどもしなければいけない。
云わば自主練のようなものだ。
折角騎士になれたのだから、相応の力を身につけるのは当たり前。
ましてや、足手まといになるなんてことは絶対にあってはならない。
そんな影の努力は、誰にも見られないはずだった。
だが、それを見ている者が一人、いや、二人。
「あの人は確か、ウォレスタの……」
「あぁ、アキト=カゼミヤ。
よく覚えてたな」
「えぇ、ガーティスの隣にいたのを見たから……
そう、では彼が……」
「そう」と言ってアリアは酒を一口飲む。
宿舎の三階。
アリアが泊まっている部屋で、フレデリカとアリアは二人で語り合っていた。
酒を話の薪にしていたところ、外から物音がする。
窓を開けて見てみるとそこでは秋人が素振りをしていた、というわけだ。
「随分と熱心なんだね、彼。
今日くらいはお酒でも飲んでゆっくりしてればいいのに」
「真面目なんだよなー、アキトは。
もう少し砕けてくれればいいんだけど……」
「気に入ってるのね、その、アキトさんのこと」
「そりゃ当然。
なーんせ、私の修行についてきた愛弟子だからなー」
アリアの酒は止まらない。
実を言うとアリアは既に酒を相当飲んでいる。
今日の内に酒樽をまるまる一つ空けるだろう
飲むペースが落ちないのが恐ろしいところである。
「明日動けないとか困るからね?」
「わーかってるって!」
「……もう酔ってるじゃない」
「いいんだよ、今日くらいは!
フレデリカも言ってたじゃーん」
「はいはい……」
そう言ってフレデリカは窓の外の秋人に視線を戻した。
熱心に、ただひたすらに剣を振るっている。
こちらに気づく素振りは一切ない。
「アキトさー、模擬戦、頑張ったんだよ……
ニック相手に一本取ったんだ、上出来だよ」
不意にアリアの声のトーンが少し下がった。
目が少し潤み、今にも泣き出しそうな顔をしている。
「私、勝てるって言ったのよ。
勝てるって言っちゃったのよー……」
アリアはため息をついたあと、また酒を煽った。
木製のジョッキをテーブルに叩きつけ、うなだれる。
「私のせいで騎士団入れないみたいなものだった。
入れたら魔物と戦って死にかけなくてもよかったし」
「……相当酔ってるね、アリア。
アリアがそんなに酔うなんて珍しい」
「私とて酔うよ、人並に……」
アリアは秋人のことを相当気にかけているようだ。
普段は男顔負けの雄々しさを見せているアリアだが、根の部分ではこんなにも弱い。
自らの部下に心配をかけたくないのはわかるが、あまり抱え込むのもどうかとフレデリカは思っていた。
「……って、それは私もか」
いつの間にか眠っていたアリアに布団をかけ、少しだけ酒を飲む。
喉が少し温かくなるような、少し強めのお酒だ。
「アキト=カゼミヤ、か……」
結局その日秋人が自主練を終えたのは、それから二時間ほど経った後のことだった。
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