第12話 見知らぬ地へ

 ウォレスタ王国を魔物が襲った日から、およそ一ヶ月。

栄養バランスのいい食事と薬のおかげで秋人の身体は全快にちかいほど回復した。

身体を動かすには申し分ない。

怪我で身体を動かせない間、秋人は世話をしてくれるメイドに色々と話をきいた。

魔界と人間界の間に聳える精霊樹の話や、伝説の飛竜が潜む谷。

光り輝く人型の魔物の噂、海の果てにあるという無限の大陸。

そして、この国と他の国について。

ウォレスタには名のある医者がいるため、怪我の回復を早める薬など医学分野においては他国より優れているそうだ。

他国というのはウォレスタより北にあるリノシア共民国と遥か東のレギルディア神国のことで、リノシアとウォレスタは国同士の仲がいい。

レギルディアは巨大な山脈の先にあるため交流の機会が少ない。

それにレギルディアは他国と慣れ合うことを嫌っているため必然的に仲が悪くなってしまうそうだ。

そしてもう一つ、海を挟んだ先にまだ建国したばかりの国がある。

半魔族の国、フュネイトだ。

半魔族は魔族と人間の狭間にいるため、人間と魔族、どちらの側でも迫害を受けやすい。

ウォレスタやリノシアはあまり表立って迫害しているわけではないが、目の見えないところで迫害は行われている。

結局、半魔族が迫害を受けないためには自らで国を建てるしかなかったのだ。

幸い半魔族のために動く有志は少なくなかったので建国まで時間はかからなかったという。

近いうちにフュネイトへの使いが出される。

護衛に騎士が同行するらしいが大方アリアやニックなど名のある騎士だろう。

エルナのような面倒くさがりや、秋人のような人間が護衛にまわることはないとみていい。

秋人は、先の戦いで『国のために最後まで戦った戦士』と評価されている。

実際はエルナが戦ったのだが、魔物殲滅後、秋人がその場で気絶したことになっていた。

エルナが説明を面倒くさがったのが目に見える。

ついでに『死にたがり』のアダ名も手に入れたが。

ウォレスタ国王は自らの危険を顧みずに戦った秋人へ騎士の称号を与えた。

所属する部署のようなものはまだ決まっていないが、リノシアで行われる新人騎士交流には参加することになる。

出発は三日後、必要なものはあらかた支給されるので最低限の荷物だけを持つようにアリアに言われた。

秋人はベッドで自堕落な生活を送っていたので、体力がかなり落ちている。

できるだけ取り戻そうと軽いトレーニングを始めたのだが……


「尋常じゃないくらいに体力落ちてるな……」


 とりあえず走り込みでもしようとウォレスタ王都の外周を走っていたのだが、半分もいかないうちに息が上がってしまった。

街の中を走るくらいならいけたかもしれないが、この様子だと危ないだろう。

いつもなら走り込み程度で息が上がることはなかった。

アリアの特訓のおかげでかなり体力がついたと秋人は自覚している。

そのため、少しばかり体力に自信を持てていたのだが、こうも体力がが落ちるとは思っていなかった。

安静にしていなければいけない時もメイドの目を盗んでトレーニングをしていたので、もしそれさえしていなかったら今頃どうなっていたか想像がつかない。

仕方がないので、無理をしない程度のトレーニングにとどめておくことにする。

もしのここで無理をすれば、新人騎士交流の前に体調を崩してしまうかもしれない。


「……帰るか」


 秋人は走り込みを諦め、結局その日は室内で出来る簡単なトレーニングだけで終了した。




 次の日のトレーニングもあまり充実したものではなく、体力を取り戻すことができないままリノシアへ出発する日が訪れた。

リノシアへ出発する騎士たちは、早朝、宿舎の周りに集められた。


「アキト、調子はどうだ?」


「アリアさん、おはようございます。

 調子は……まぁ、普通ですね」


 宿舎の周りに集まった騎士は合計十二人。

そのうち二人は、新人騎士ではなく付き添いの上級騎士であるアリアとガーティスだ。

なので秋人を含めて新人騎士は十人ということになる。

アリア以外の騎士は鎧や武器を装備しておらず、護服のみの姿だ。

騎士の数は少ないにしても、鎧や武器はかさばってしまうため移動の邪魔になる。

鎧と武器はこちらから持っていくのではなく、リノシアのものを使わせてもらうのだろう。


「結構人数少ないんですね。

もっと多いと思ってました」


「あぁ、今回はかなり絞った

半期ごとに兵士は募集しているが、兵士の質を高めるためにも判定が厳しくなったんだ」


 騎士の強さは国の強さ。

ウォレスタ王国では、毎年かなりの数の人間が騎士を志願する。

新人育成に時間を割くのは当然だが数が多いと指導の質も落ち、結果として兵士全体の質が下がるのだ。

そのため近年は合格者の数を減らし、新人騎士の育成に力を注いでいる。

リノシアでの新人騎士交流もその一環だ。


「そろそろ出発だ。

 ベヘルに乗り込む準備をしておいてくれ」


 そう言ってアリアは軽く手を振り去っていた。

ベヘルは四足の草食竜のことで、人にも懐く大人しい竜である。

この世界では主に長距離移動の際、馬車のような役割としてベヘルが用いられる。

スタミナ、パワー、スピード。

全てにおいてベヘルは長距離移動に適しているのだ。

今回ベヘルは四匹連れられ、二匹一組となって一つの車を引く。

リノシアへ到着するのはおよそ七日後。

一日の移動時間は多くても八時間だそうだ。


「ケツが痛くならないか心配だな……」


 秋人は自らの尻の心配をしながら、いつの間にか整列しつつある他の騎士たちに合わせて並ぶ。

ほどなくして、新人騎士たちの前に大男が現れた。

アリアと同じ装飾の施された鎧を着ていることから、この大男がガーティスなるものだということがわかる。

恐らくガーティスは秋人が草原でドラゴンに襲われた時、アリアたちと一緒にいた討伐隊の一人であるランスと大盾を装備していた男だろう。


「厳しい試験を乗り越えた者たちよ、今日はよく集まってくれた。

 我々一同はこれより、リノシア共民国へ向けて出発する。

 長い移動になるが騎士となればこれよりも厳しいことだらけだ。

 一つの修行だと思って交流会に臨んでくれ、以上だ」


 ガーティスが話を終えると、新人の騎士たちは一斉に了解の旨を叫ぶ。

満足したように男は頷き、ベヘルがいる街の外へ移動するように新人騎士たちに命じた。

先導はアリアが行い、ガーティスは最後尾を歩く。

ガーティスが来るまで秋人が最後尾だったので、秋人の後ろにガーティスがついた。

近くで見るとガーティスの大きさがよくわかる。

身長は190cmはあるように感じられ、鎧の隙間から見える筋肉質な身体が強さを滲ませる。

もしニックではなくガーティスと戦うことになっていれば、あの時より早く決着が着いていたかもしれない。

無論、秋人の負けで。


「そこの青年、お前がアリアの言っていたアキトだな。

 ニックとの戦いを少しだけ見させてもらったが中々やるじゃねぇか。

 それに、魔物との戦いの噂も聞いてるぜ」


 後ろのガーティスがアキトへ語りかける。

新人騎士の前で話していた時のような堅苦しい語り口調ではない。

秋人はそれに少し驚いたが、気を取り直して答えた。


「あ、はい。ありがとうございます。

 アリアさんのおかげで少しは粘れました。

 結果負けちゃいましたけど……」


 あえて魔物との戦いのことには触れないでおくことにした。

あれは誤解だと説明するのも面倒だし、なにより噂が広まってる以上、謙遜と捉えかねない。

なのでニックとの戦いについてだけ答える


「アリアはスパルタだからなぁ。

 何にせよ騎士にはなれたんだ、よかったじゃねえか。

 これからも期待してるぜ」


 そう言ってガーティスは秋人の背を手のひらでバシリと叩いた。

本人は軽く叩いたつもりだろうが、秋人本人には十分なダメージが入る。

赤くなっていそうだと背中を手で擦っていると、いつの間にかウォレスタ王都の東門に着いていた。

アリアが門扉の前の兵士と掛け合い扉を開かせる。

扉の先には、秋人がこの世界で初めてみた光景である広大な草原が広がっていた。

どこか懐かしさを覚えつつ、ベヘルの元に向かう。

草原の草を食べながらのんきにしている四匹のベヘルと、それを見ている御者らしき人。

御者は歩いてくる秋人らに気づくとすぐに出発の準備を始めた。

六人ずつに分かれ、異なるベヘル車に乗り込む。

秋人は順番的にガーティスと同じベヘル車になった。

ガーティスが出発の合図を出すと、まもなくしてベヘルが動き出す。

思ったよりも揺れないので快適な旅を満喫できそうである。

目指すはリノシア共民国。

秋人がまだ知らない、別の地。別の国。

ベヘル車は秋人の期待が膨らむとともに、移動の速度を早めていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る