第3話【不死者と十字架】
「はぁ…はぁっ」
琉晴は兎に角走った。
走り続けている。
「クソッ!なんなんだよ!」
後ろから迫り来る人ならざる者との距離を測りながら、琉晴は走り続けている。
人ならざる者は狼の口から涎を滴ながら二足走行で追いかけてくる。
全力で走る琉晴だが、その差は縮まって行く。
しかも、運悪く脇道のない狭い通路が続いており脇に逃げることすら叶わない。
生き延びるにはただ走るしかないのだ。
「はぁ…っ、クソッ!」
だが、琉晴の体力はそろそろ限界だった。
肺が締め付けられるように痛み、上がってくる息は鉄の味がする。
「こうなりゃ、
琉晴は振り返って持っていた鞄を人ならざる者に投げ付ける。
人狼はそれを顔面に当たりつつも怯まず、進んでくる。
さらに琉晴は近くにあった鉄パイプを手に取った。
このまま逃げていれば、いつか捕まり食われる。ならば殺られる前に殺るしかないと琉晴は覚悟を決めた。
「おらぁっ!」
琉晴は走ってくる人狼の顔面に鉄パイプを思いっきり叩き付けた。
「イたくナいな」
だが、人狼はそれを受けてもなに食わぬ様子で立っていた。
「クソッ…万事休すか」
琉晴は全く歯が立たない人ならざる者に絶望していた。
もう自分はヤツに食われるしかないと思っていた。
「クってやル!」
人狼は琉晴を丸呑みするほど、口を開いて襲いかかる。
琉晴は目を固く閉じ身を固くした。
ーーガキンッ
鈍い音がした後、琉晴に痛みが訪れることはなかった。痛みが来ないのを不思議に思い、目を開けた琉晴は信じられない光景に困惑していた。
琉晴は緑に輝く盾を持ち、人狼の牙を防いでいたのだ。
「なんだよ、これ!?」
持っていなかったはずの物がいきなり現れたことに琉晴は困惑していた。
「伏せて!!」
「っく、南無三!」
そんな時に突然、後ろから警告する声が飛び込んできた。
琉晴はあとは野となれ山となれと言う思いで、盾を持ちながら倒れるように地面に伏した。
ーーバンッバンッ
その瞬間、破裂音が二回轟いた。
その音は完全に火薬が炸裂した音だった。
「あ…ぐ…ぁ」
その直後、人狼は苦しそうに声をあげる。
琉晴は異変を感じ、顔をあげ人狼を見ると体に二つの穴が穿たれ血を流してフラついていた。
「はあっ!」
さらに後ろから何者かが気合いの入った声を上げ、琉晴を飛び越えて人狼に飛び蹴りをかました。
「ぐあっ!」
人狼は後ろにぶっ飛び、地面に転がった。
一方、飛び蹴りをかました人物はスタっと綺麗に着地していた。
「え…?」
琉晴はそこで初めて化け物を手玉に取る人物の姿をはっきりと捉えた。
そして、あまりの衝撃に固まっていた。
「秋月…さん?」
そう、化け物と戦っている人物は黒髪のセミロングに深紅の瞳を持つ秋月綾歌だった。
「大丈夫?剣崎くん?」
綾歌は琉晴の方を向いて、手を差し伸べてきた。
「大丈夫じゃないですよ…いろいろと」
琉晴はその手を取り、盾を持ちながらなんとか立ち上がった。
「説明は後でするから、そこ動かないでね」
綾歌はそう言うと再び人狼の方を見た。
人狼は苦しそうにしながらも立ち上がり敵意を剥き出しにしていた。
「狙わずに撃ったのがダメだったかな」
よく見ると綾歌の右手には銃が握られていた。
銃と言っても拳銃ではなく、拳銃よりも数倍も大きな銃であり、銀の十字架の装飾を施した装飾銃だった。
綾歌はそれを構え、人狼に向ける。
「ぐあぁぁぁっ!!」
しかし、人狼は口を裂けるほど大きく開けて、綾歌に向かってきた。
「さあ、懺悔なさい…時間はあげないけど、ねっ!」
しかし、綾歌は冷静に人狼の頭を撃ち抜いた。
「げえぁぁぁぁっ…」
人狼は断末魔を上げ、その場に崩れ落ちた。
その直後、死体は灰と化した。
「…」
琉晴はアッと言う間に終わった超常現象に呆気に取られて、何も言えないでいた。
「終わったよ、一応ね」
綾歌は何事もなかったかのように振り返り琉晴に微笑みかける。
だが、琉晴はそれに答えられるほどの余裕も、その微笑みに癒されるほどの余裕もない。
「もしかして…見られたから消すってことないですよね?」
しかし、頭が働いてくると恐ろしい事態しか想定できなくなった。
今の事件は実は重要な機密で、綾歌は秘密結社の人間で秘密を知られたからには消えてもらうとか言い出しかねない。
そんな考えが琉晴を支配して、気が気ではなくなっていた。
「大丈夫、言いふらさなければね。もし言ったら…」
綾歌はそう言うと銃を持った右手をチラつかせる。
「言いません!言いませんから命だけは!」
「…ごめん、実は冗談」
「この状況でやめてくださいよ…」
綾歌は冗談のつもりだったが、琉晴はそれを冗談と取る余裕はなかった。
なんせ相手は銃、自分は盾。戦うことになれば、しばらくは盾で防げても、破られればひとたまりもない。琉晴はこんな状況でそんな冗談は心底やめてほしいと思った。
「とりあえず、この場所から離れよう。また来たら困るし」
「は、はい…そうしたいんですけど、これどうすればいいんですかね?」
琉晴はこのどこからともなく出てきた盾をどうすればいいのか分からなくなっていた。
「まあ、そうだよね…戻れって強く念じてみて」
「なるほど!やってみます」
琉晴は言われた通りに、戻れと強く念じてみた。
すると緑に輝く盾は光の粒子になって消えた。
「おお、やっと消えた」
まず一つ心配の種が消えて琉晴は安堵した。
「私も納めた方がいいね」
綾歌の持っていた銃が光ったと思った瞬間、銃は銀の十字架のついたブレスレットに変化した。
「さ、早く移動しよう。こんな狭いところで挟まれたらマズイし」
「はい」
◆◆◆◆◆
琉晴達は人気のない公園にやって来た。
「あの秋月さん?ここは流石にいろいろとマズイ気が…」
「え?なんで?誰もいないからちょうどいいじゃん」
綾歌は気にしていないが、琉晴は気にしていた。
またしても綾歌との仲を疑われる要因になってしまうのではないかと危惧していたのである。
しかも人気のない公園にいたとなれば、疑いはより強まるだろう。
さらに綾歌は今や話題の人、もしそんなことになれば後ろから何されるか分からないと思いより気にしていた。
「それに、人がいないところじゃないとできない話だから」
「ですよね…」
しかし、琉晴も綾歌が今から話すのはさっきの超常的出来事のことだとわかっていたのであっさりと引き下がった。天に誰かに見られないことは祈っているが。
「まずはどっちを聞きたい?盾のことと、さっきの化け物こと」
「うーん、まずは狼人間のことですかね。また襲われたらたまらないし」
琉晴は盾のことは割りと気になっていたが、まずは理不尽にも襲ってきた人狼の方が先に知りたかった。
「さっきの化け物は見てわかるようにもう人間じゃない。死の運命を越えた新しい人類、死を越えた者と言う意味の
「死を越えたって…殺せないってことですよね?」
死を越えたのならば、決して死ぬことがないはず。
ならさっきの現象はなんだったのか?
その疑問が琉晴の頭に過る。
「…そう、普通の人間ならね。私は普通じゃないから殺せたの」
「えっ…それって…まさか」
琉晴は少ない情報から最悪の予想を立ててしまった。
普通じゃないのならば綾歌も
「それは違うよ。私はあんな奴らの仲間じゃない。仲間だなんて冗談でも言わないで」
「す、すみません…」
そう語る綾歌の瞳の奥にはどす黒い感情が渦巻いていた。
憎しみや怒り、それらが幾重にも塗り重ねたように暗く根深いものが感じられた。
琉晴はそれに気圧され、ただ謝るしかなかった。
「あっ!!ごめん、剣崎くんは悪くないよ。今のは初めて
綾歌は我に返り、今しがた放った自分の言葉が悪かったと反省していた。
「いいですよ…俺が話の腰を折るようなことを言ってしまったので」
「…ありがとう」
琉晴は綾歌の酷く反省している様子に、申し訳なくなり軽く発言しようとしたのが不味かったと反省した。
「…話を戻すけど、私は人間よ。心臓を貫かれれば死ぬし脳を潰されたら死ぬ…人間と同じくらい脆い存在。でも、ひとつだけ《普通じゃない》ところがある。それがコレ」
綾歌の銀の十字架のブレスレットが光り、また装飾銃の形態となった。
「これが唯一アイツらを殺せる力、
「なら俺もさっきの盾に選ばれってことですか?」
「そうだと思う。でも、それが一体どういうセイクリッドなのかは私だけでは分かりかねるけどね。盾だけじゃ想像できないし」
「そうですか…」
さっきの盾の大元の正体はセイクリッドだとわかったが、一体どういうものなのか分からずじまいなことに琉晴は少し落胆していた。
「えと話を続けるけど、このセイクリッドに選ばれた人は昔から不死者と戦って来てたの。そして、不死者を倒すために
「銀十字団ってあのよく分からない宗教団体の?」
実は琉晴の住んでいる黒須市には大きな銀の十字団の教会が建っている。
広大な土地も所有しており、教会のある町はほとんど銀の十字団の所有地となっていて、黒須市の住民は気味悪がって近付かない。
「表向きはね。でも宗教と全然関係ないから、私こんな十字架のブレスレットつけてるけど無宗教だし。ただセイクリッドが待機状態だと十字架の形態になるから付けてるだけよ、私以外の団員も無宗教多いよ」
綾歌はいつの間にかアルテミスをブレスレットの形態にしていた。
確かに、銀の十字架のブレスレットを付けていればキリスト教系の信者と思われても仕方ないなと琉晴も納得していた。
「なら俺のセイクリッドはどうなってるんですかね?」
「それはわかんないけど、セイクリッドのレベルが高いと待機状態では表には出てこないって聞いたことはあるかな。現に
「えぇ…なんで素人の俺にそんな凄いのが…」
琉晴はいきなり力に目覚めて、その力は実は凄いものでしたって一体なんのファンタジーだよと思った。
「ところで俺はこれからどうすれば?」
琉晴は一日にして
もはやただの日常に戻れない。どころか戦いに巻き込まる。
その不安が琉晴に一気に襲いかかる。
「うーん、とりあえず私の任務が終わるまではどうにもできないかな…」
「そんな…またさっきみたいなイモータルに出会ってしまったら…」
「あと悪いお知らせだけど、さっきのは正確にはイモータルではないんだよね…」
「え!?」
さらに衝撃的な事実が琉晴を襲う。
「実はイモータルが人間を襲う目的は同族を増やすことなの。でも殺された人間がイモータルになることは稀で、ほとんどは死ぬか
「ついでにクウォーターとグールではどっちが強いんですか?」
「勿論、クウォーター。中には力を持ってハーフに格上げしそうなのもいるし。グールなんかと比べ物にならないよ。」
「俺、そんなのに襲われたらひとたまりもないですよ…」
さっきのはかなり強くて、綾歌がそれを上回るくらいの腕の持ち主だったらと思っていた。
しかし、現実は甘くなく、自分が苦戦したのが実は雑魚だったと言う事実に琉晴は絶望していた。
「そんなことにならないために、私の近くにいてもらうよ」
「え?今なんと?」
琉晴は聞こえてはいたが、信じられず自分の耳を疑った。
まるで告白のようにも聞こえたが、そんなはずはないと思っていたからだ。
「これから私の任務が終わるまでは、私と一緒にいてもらうって言ったの!」
「えぇっ!?そんな困りますって!」
聞こえたことが本当だったことに琉晴は困惑した。
そんなことしていれば間違いなく付き合ってると勘違いされてしまう。
となると美人転校生を初日に食ったタラシと学校で噂されてしまう、それは琉晴としてはかなり困ったことだった。
「セイクリッドに選ばれると割りと襲われること多いから、そうしない方が困ると思うよ。」
「うぐ、それも困ります…」
「なら、一緒にいてもらうから」
「わかりました…」
しかし、そんなことは命には関わることに比べれば、些細なことで琉晴は渋々了承するしかなかった。
「それじゃ、まずは家に案内してもらうかな」
「え?そこまで一緒するんですか!?」
「勿論、家にいるから安全なんてことないし」
「もしかして、俺の部屋に居候するつもりじゃ…」
さっきの口振りからすると自ずと想像できるが、琉晴はそれを確認せざるを得なかった。
「そうしないと、夜とか襲撃されても守れないよね」
「はい…おっしゃる通りデス」
琉晴は一体どうやって妹達を誤魔化そうかと考えるだけで、頭が痛くなってきた。
「任務は早く終わらせるつもりだから辛抱してね」
一日にして琉晴の日常生活は木っ端微塵に砕け散った。
銀十字戦記~不死者と神に見初められた人間~ 孔雀竜胆 @eins
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。銀十字戦記~不死者と神に見初められた人間~の最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます