行き先

口紅を手に男は逡巡しゅんじゅんしていた。

重い腰を椅子に置いたまま。


行き先を書かねば、ここから出られない。

書くべき行き先は、行きたくない所。

かといって、他に書くべき行き先はない。


自暴自棄じぼうじきになりながら、男は掲示板に文字列を書き込んだ。

女からもらった口紅で。


行き先はでたらめな地名だ。

存在するかどうかも怪しいが、さもありそうな名前だ。


突然ドアが開き、男は何も考えずに降りた。

そこは見たことのない場所だった。


でたらめな行き先を書いたのだから、無理もない。

ホームに階段は見当たらず、エレベータが一台だけ設置されていた。


男はエレベーターに乗った。

エレベーターはガラス張りで外の景色が一望できた。

外の景色はどこにでもあるような住宅街だ。


エレベーターが改札階に着く様子はなかった。

男は不審に思ってエレベータの中の表示板を見た。

そこには階数を示す数字が書かれておらず、空白だった。


エレベータの外を見た。

外の景色はどこにでもあるような住宅街だった。


それは、さっきも見た景色だった。

エレベータは動いていたが、景色は止まっていた。


男は笑った。

壊れかけた笑いだった。


笑いを止めたのは、チーンという金属音だった。


突然ドアが開きエレベーターに女性が乗ってきて……。

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行き先 エンジニア @engineer

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