欠けたその手で掴むもの

津軽あまに

欠けたその手で掴むもの

 ――私は、かれの右腕なくなった。


 私は、ただ。彼の右腕でありたかった。

 それは罪。自分を持たず、彼の傍で多くを眺めてきたことが。

 だから罰。奪われたのが右腕なのは必然。彼に預けきったものを、彼とともに失ったのだ。

 思考が赤い。目を焼いたあの鎌の輝きが、まだ網膜にひりついている。

 世界が揺れる。自分の体が震えているのだと気づくまで、たっぷり呼吸三度の時間を要した。

 意識が遅い。脳は理解を、体は喪失を拒んでいる。

 右腕の断面を岩だらけの地面に叩き付け、痛覚で意識の手綱を強引に取り戻す。

 思考の整理。状況の反芻。現状の把握。

 クラスティは、消えた。

 自分の、高山三佐の、目の前で。

 原因と思しき事象は、明快。

 幻想級武具、〈カラミティハーツ〉の発光、回転、そして何らかの特殊効果の発動。

 理由は不明。〈エルダー・テイル〉がゲームだった頃はありえなかった現象だ。

 報告せねば。どうやって。この状況を、どんな言葉で表現する?

 戦闘哨戒班の切札、三羽烏などとおだてられて、それでも、高山三佐の言葉は無力だった。

 言葉はいつだって不自由だ。それは、言葉を介して指示を出すことに慣れた彼女だからこそ、日々実感している事実だった。

 言葉とはいつも簡潔で、圧縮された媒体で、だからこそ、取りこぼしが多すぎる。

 この光景を、残滓を、えぐり取られた大地を、直接に見せなければ、足りない。

 あの、白の青年に。彼が面白がった、数少ない人間に。

 そして、彼を真っ直ぐに慕う、アキバで〈軍師〉として苦境に立ち向かっている少女に。

 ならば、どうする。

 スマートフォンによる写真撮影ができれば、それだけの話。

 だが、この世界にそんなものはない。

 通話機能だけが、〈念話〉として存在しているのに。いつも大事なものばかり、欠けている。

 足りない。今の自分の肉体のように。

 足りない。今の自分の精神のように。


 ――私は、かれの右腕なくなった。


 残された左の拳を握る。

 茫洋とした思考の中、高山三佐の中で、何かが噛み合った。

 存在しない腕のあった空間を幻視する。

 喪失した右腕を拡張し感覚を幻肢する。

 欠けた右腕が触れるのは、欠けた機能。

 存在しない指が、存在しないスイッチを押す。

 何ということはない。

 これまで、何万と繰り返した、音を、聴覚刺激を伝える行為。 

 ただそれに、もう一つ感覚情報を伝えるに過ぎない。

 元の世界では、スマートフォンで、当然に繰り返したこと。

 できる。できなければ、この手がかりは失われる。

 たとえこの手を失っても、この手がかりだけは、喪えない。


 ――〈伝令神の網ヘルメス・リンク〉。


 かくて、その祈りは、世界に新たなる技として、承認される。

 〈D.D.D〉の確認した、八つ目の口伝。

 それは、彼女の喪失を代償に、産声を上げた。

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