バサラ武勇伝
「たっくん、またいじめられたの?大丈夫よ、私が仕返ししてくるから!」
昔
うるせーお節介焼きがいた。
女のくせに
やたらに強くて
近所の悪ガキどもは
まとめてシメられてた。
「お前なんかアカネがいなきゃ何にも出来ねーんだろ!」
「チビすけ、泣き虫」
オレは男のくせに
女に守られてばかり、
情けねえ。
「大丈夫だよ。私がずっとたっくんのこと、守ってあげ──」
「もうついてくんなよ!どっかいけよ! お前なんか、必要ねえよ!」
情けねえ。
アカネは
いなくなった。
***
けたたましく
目覚まし時計が鳴るから
無意識に
壁に投げつけていた。
床に転がって
変な音になっても
まだ律儀に鳴り続ける。
壁は
べっこり穴があいてて
まるで。
あの時
本当に傷付いたのは
オレだろうか
それとも。
弱ったベルが
いつまでも引きずる。
「……やな夢見たな」
いつものように
ゆっくり朝風呂に入って
髪を
完璧にセットして
のんびり登校したら
すでに
2時限目が終わってた。
つうか
3時限目の途中だった。
授業中でも
無言で
自分の席についた俺に
教師も何も言わない、
いつものことだ。
隣の席の女も
シカトを決め込んで
せっせとノートをとっている、
ご苦労なことだ。
わざと
その机の脚を軽く蹴って
挨拶をした。
「よぉ」
まるで
錆びたロボットが
ギギギと音をたてるみたいに
ゆっくり
こっちを振り返る
その表情は
青筋をたてて
メンチを切っている。
いつもの険しいそれを見て
ようやく俺は
満足した気になって
椅子に腰かけた。
「いつもいつもいつも、何なのよ!私のノートに恨みがあるの!?」
「いや、ねえよ?」
ノートに恨みとか
イミフ。
「ただの挨拶だろうが」
「わざとでしょ!」
ぷりぷり怒りながら
蹴られた際に書かさった線を
消しゴムで擦る。
女ってのは
イチイチ細かい。
おちょくると飽きない。
(……女は、嫌いだと思ってたんだがな)
ふと
朝の夢を思い出して
軽く頭から振り払う。
んなもん
いちいち思い出して
気分悪いとか女々しいだろ。
休み時間になって
司馬が珍しく
自分から
部活の話をしてきた。
「今週の金曜、放課後に練習試合があるんだけど。バサラも来る?」
「は?」
スポーツ観戦とか
あんま興味ねぇな。
格闘技とか
武術のほうが
個人的には
好きだったりするんだが。
「オレ『も』ってことは…」
「いちごぱんつがノリノリ」
へぇー。
「相手校がいちごぱんつの前にいた学校なんだって。何とかっていう三年のキャプテンを見たいとかなんとか、チワワん情報」
ニコニコと
お気楽顔は
わざとか。
無意識に
ムッと
目付きが悪くなるオレとは
まるで対称的だな。
「つまり何か?練習試合の前にそいつをノックアウトすりゃいいんだな?」
「こらこら。そんな物騒な依頼はしてないんだけど」
顔の原形なくすくらい
ボコッてやろうかと
密かに思っていたオレに
どこで察知したのか
いちごぱんつが
噛みついてきたのは
金曜当日のことだ。
「もー、バサラだけは 絶 対 来ないで!」
「ああ? てめぇは何の権限があってオレを体育館から締め出そうってんだ」
「何でもかんでもバサラに話すとか、やめてよね司馬くんも!」
「やぁ、面白いかと思って」
目くじらたてる対象を
司馬に変えたらしい
いちごぱんつに
オレは眉を上げた。
「チワワ女はいいのかよ?」
最初に口を割ったのは
司馬の女だろうが。
「そこは仕方ない。ついガールズトークに花を咲かせたのは私自身だし、チワワんは司馬くんに絶対服従の忠犬だし」
「人以下の認識なんだ」
「それは仕方ねーな」
満場一致。
「んで? ドイツをボコればいいんだ?」
「Σドイツもボコるなーっ」
体育館には
バスケ部の面々と
試合相手校のやつらが
チラホラ見えた。
二階ギャラリーから
見下ろすオレの殺気に
気付くやつはいない。
「ていうか、司馬くんは行かなくていいの?」
バスケ部のはずの司馬は
何でか今も
のうのうとオレたちの横にいた。
チワワは
下で仕事してるが?
「あー。いいのいいの。オレ、レギュラーじゃないし」
それで
オレは思わず
ユニフォームと
ジャージの人数を
目で追い
カウントした。
「レギュラーじゃねえの?」
見たとこ
バスケ部の人数は
そんなに多くないように思う。
司馬が
レギュラー入りしてねぇとか
正直意外。
「あ。アレでしょ、眼鏡の人」
「っぎゃあ!指ささないで!先輩カッコイイ!超感激!ってか、『アレ』とか言うな」
司馬が指を向けた先に
ひょろっと背の高い
眼鏡野郎がいた。
ソイツを見た瞬間の
いちごぱんつの豹変ぶりに
オレは
あんぐりと口を開ける。
「マジでか。ただのモヤシだろ」
どこがいいんだ?アレの。
「あんなの殴ったら、簡単にへし折れるぞ」
「Σだからなんで殴るのよ!ケーサツ呼ぶわよ!」
眼鏡野郎に限らず
バスケしてるやつらは
細身が多いな。
司馬もか。
(絶対オレのほうが『いい体つき』なんだがな)
思わず
三角筋から上腕二頭筋を
手で撫でて確かめながら
首をかしげて
いちごぱんつの
ハート化している目を
心底不思議に思う。
アレのドコに
男の魅力があるのか?
もう一度
眼鏡野郎を見るが
いちごぱんつのいう
『カッコイイ』は
まるで謎。
顔が男前かといえば
性格悪そう、としか
思えなかった。
ソイツが
ほんとに男前で
オレが
負けたくないと
思える相手なら
ガチで勝負するのも
いいと思ってたが。
正直がっかりだ。
見る目ないな、
いちごぱんつのやつ。
なんつーか悪趣味。
練習試合の観戦も
途中で飽きて
すっかり
バカらしくなったオレは
司馬とぱんつを残して
一人先に帰った。
家に帰る途中
ふと思い出し
すぐ近所に住んでる
バーチャンの家に寄った。
小さい頃は
よく遊びに来てた
オンボロ木造家屋は
思ってたより小さくて
自分の身長が
どんなけ伸びたかを
思いしらされた。
ていうか
バーチャン、オレのこと
わかるかな。
玄関前で躊躇してると
裏庭から
ヒタヒタと音をたてて
バーチャンが歩いて来た。
「あらあら、大きな音がすると思ったら。お客様は大きくなった竜坊」
まんまるの眼鏡の奥で
でっかい目を細くして
バーチャンは笑う。
ボケてなくて何よりだ。
「バーチャン元気か?」
バイクを降りて
挨拶をすると
同じ笑顔のままで
バーチャンが言った。
「お金ならないわよ?」
「ちげーし。バーチャンにタカるほど、オレ墜ちてないから」
地味に傷付いた。
バーチャンの家は
平屋作りで
土間がある。
薄暗い廊下は
地盤沈下の影響か
派手に床が傾いて
歩きにくい。
いや
きっと
昔ながらの手作り住宅で
基礎がないからか。
懐かしい
仄かな紙のカビ臭さが
ガキの頃の記憶を刺激する。
奥の間の
仏壇には
ジーチャンの遺影があって
昔と変わらないのは
ジーチャンだけだなと
納得した。
「竜坊が来てくれるなんて、びっくりしたんだもの」
お茶を淹れながら
バーチャンが笑う。
オレは
ジーチャンに合わせてた手を
そっと下ろした。
「だからって、真っ先に金タカりに来たとか疑うか。……まあ不良だからしゃーねーか」
「違うのよ。オレオレ詐欺が多いっていうから」
「……本人なのわかってたら、オレオレじゃねーし」
でも
孫を甘やかさないのは
バーチャン流の優しさだと
オレは知ってる。
昔っから変わらない。
「何かおじいちゃんに用事でもあったの?」
ジーチャンっ子だったから
ジーチャンがいなくなって以来
オレはここに来なくなった。
バーチャンのことも
好きだけどな、
ここに来ると
ジーチャンがいない、って
嫌でも実感する。
「前にオレがもらったジーチャンの形見。バーチャンに預けてただろ」
「ちゃあんと大事にしまってありますよ」
バーチャンが
大事そうに出してきたのは
小さな箱だった。
「私がはじめて老眼鏡を買いに眼鏡屋さんへ行った時、そりゃあもう恥ずかしくて、眼鏡なんていらないって駄々を捏ねていたら」
お茶を飲みながら
バーチャンは
独り言のように
昔の話をはじめた。
「おじいちゃんがね。眼鏡はお洒落でかっこいいから自分も買うって言い出して」
オレがあけた箱の中に
ジーチャンが
いつもかけていた
懐かしい眼鏡がある。
細いシックな黒フレームは
歪みもなく
きっと
大事に使われていたんだろう。
「おじいちゃんは若い頃からセンスがよくてお洒落で。それに優しかったでしょう。私のためにわざわざ、度なしの眼鏡をかけてくれて」
持ち上げた
レンズの向こうは
変わらない景色。
ただの
だて眼鏡だった。
「バーチャンにとっても大事なもんじゃねえの?なんでオレにくれたんだよ」
「それは竜坊が一番、おじいちゃんの面影があるからよ。他の子達じゃ似合わないでしょ」
あの頃
まだガキのオレには
サイズが合わなかったけど。
今なら
そんなこともない。
翌朝オレは
入学以来
ほとんど締めたこともない
ネクタイをして
バイクにも乗らず
電車に乗って
朝のホームルームにも
間に合う時間に登校した。
満員電車に
ビビった。
いつもあいつも
こんなのに乗って
学校に来てるんだろか。
痴漢とか
大丈夫なのか?
教室に入ると
すでに
いちごぱんつは
席に着いてた。
いつものように
足で机を蹴ろうかと思ったが
一応やめてみた。
挨拶なしで
自分の席に座ったオレの
イスをひく音に
いちごぱんつは
驚いて振り返った
その表情。
ぎょ、と
目をむいて
絶句かよ。
「よぉ」
「え、ドチラサマですかっ」
キョドりすぎだろ。
驚きのあまり
顔が青ざめてんぞ。
「ちょっとイメチェンしたんだよ」
「え、ウソ、これがバサラ?ウソでしょ」
どんなけ。
「一体全体何があったっていうのよ?昨日まで不良だったのよ!どうして今日は違うのよっ」
うろたえるあまり
甲高い早口になって
捲し立てるいちごぱんつに
オレは人差し指で
耳栓の真似をした。
「あーうるせー」
「だってオカシイでしょう!?バサラなのに頭がツンツンしてないしっ、やたらに露出してたボタンは控え目だし、アクセサリーはないし、──っていうか」
「なんだよ」
「 眼 鏡 と ネ ク タ イ は 反 則 で し ょ ー !!! 」
何事?
いちごぱんつのリアクションは
オレの予想の
斜め上を言ってた。
イミフ。
「反則なわけあるか。むしろ校則内に収まったわ」
ちなみに
バイク登校もしてない
徹底ぶりだがな。
「校則とかどうでもいいのよ!眼鏡!眼鏡はいけないでしょ!」
「いやいや。普通にそこらにいるだろ?」
なぜにダメ出しか
言ってみろ、コノヤロウ。
「とにかくよ、ダメなものはダメなの!」
まったく
要領を得ないダメ出しに
オレは次第にイラついて
つい
いつものように
鼻先3センチの至近距離で
ガッツリ
メンチを切ってやった。
眼鏡が微妙に邪魔だが。
「オレだけ差別か?あぁ?どうした了見だ、そりゃ」
ついでに
軽く頭突きもかました。
勢い余っただけだ。
わざとじゃねーぞ。
途端に。
いちごぱんつの顔が
いちごにでもなったかのように
たちまち
真っ赤に染まった。
は?
いつも
ビビりながら
睨み返してきた
気丈な態度はドコいった?
「ば、ば、ばっ」
「ば?」
真っ赤ないちごぱんつは
ワナワナと震え
俯きがちに
声を絞り出す。
オレはすっかり
苛立ちを忘れていた。
完全に不意をつかれた。
いつもと
様子の違う
いちごぱんつの行動に
予測がいかないオレは
キョトンとしたまま
その一撃を喰らう。
「バサラのバカー!」
バシーン!という
平手打ちのいい音が
教室に響き渡り
場の空気を凍らせていた。
「……は?」
ジンジンと痛む顔の熱に
理解が追いつかないオレが
ポカーンとしていた。
ていうか
完全にイミフ。
全クラスメートが
息を飲んで注目するのが
見なくてもわかる中で
ただ一人
テンパってるためか
自覚ないらしい
いちごぱんつは
口早に
独り言を吐いた。
「ありえないのよ、これはバサラよ、落ち着くのよチハヤ!」
うん、まあ
落ち着け?
そんな
教室の空気を塗り替えるように
絶妙なタイミングでやって来た
司馬の登場に
どこからともなく安堵の息。
もちろん
オレといちごぱんつ以外のな。
「おっはよー。……あれ?」
教室内の微妙な空気の中心に
見慣れないオレを発見して
司馬は動きを止めた。
「あれあれぇ?」
つうか
平手打ち痛い。
「バサラじゃーん。どうしたのその頬っぺたw」
最早
眼鏡キャラ以上に
平手打ちの跡が目立つらしい。
「むしろオレが聞きてーし。何故叩かれた?」
未だに赤い顔の
いちごぱんつと
ゲラゲラ笑う司馬の間で
オレは不機嫌になっていく。
「ば、バサラが悪いのよ!」
「何がだよ」
いきなり女に叩かれるとか
前代未聞だな。
「いやぁ、青春だねぇ」
「ああ?どこがだ」
ニヤニヤと
司馬の野郎が
冷やかすが
意味がわからん。
「納得いかねーし」
再び
いちごぱんつを睨むと
ピョンと
一歩下がって
奴は
低空姿勢をとって構えた。
やる気満々か?
「近寄らないで!」
「いやいや。何で涙目?」
オレが何をした。
「超傑作。」
一人でウケてる司馬に
とりあえず
絞め技をかける、
「あー、ギブギブ!しぬから!」
オレから解放された司馬は
仕方なしに
通訳を始めた。
最初から素直に
そうしてればいい。
命は粗末にするな。
「バサラがイケメンだからだって」
「は?」
「いちごぱんつはイケメンに弱いからさぁ」
「は?」
オレの冷ややかな視線に
いちごぱんつが吠えた。
「すぐさま眼鏡をはずしなさい!」
イミフ。
オレは
いちごぱんつに
向き直る。
「お前、どんなけ見た目に惑わされんの?」
「うるさいわね!眼鏡のままこっち見ないでよ//」
重症だな、おい。
「バサラがイメチェンとか意外。ていうか昨日の先輩に対抗意識なわけだよね?」
「だってオレの方が明らかにいい男だろーが。アレがカッコイイとか頭悪すぎ」
「わるかったわね!」
そうだ、
なんでオレがわざわざ
こんなめんどくせー真似を
してみせたかって話だ。
今さら、どう繕ったって
オレがどんな人間か
よく知っているわけだろ
普通は惑わされやしない。
いちごぱんつが
昨日の野郎に
惑わされてるだけだ。
たかが眼鏡キャラという
見せかけに、な。
どうせ
相手がどんな人間かなんて
ろくに知りもしねーで
カッコイイとか
盛り上がってるんだろうが
そんな上辺だけの
恋に恋する2次元感覚は
オレの神経を逆撫でる。
よって
目を覚まさせてやろうと
思ったまでだが。
「どうよ?同じ眼鏡の立ち位置に並んでやったんだから比べやすくなったか?」
ぶっちゃけ
『あの先輩、
よくよく考えたら
たいして
カッコよくもなかった』的な
理性を呼び覚ませ。
千年の恋も冷めろ。
そういう
侮蔑の念を込めて
冷ややかに見るオレに対し
いちごぱんつは
視線が泳ぎっぱなしだ。
何だコレ。
「意外とバサラ、はまり役だよね」
「あん?何が?」
司馬が何でか
写メで撮影してやがる。
オレをか。
「クールでドSな鬼畜眼鏡って、女子向けの作品にはわりかし多いみたいだし」
「・・・・・・? いや待て?違わないか?」
それはアレだろ?
生徒会長とか
優等生とか
エリートとか
なんかそんな類いの。
オレの場合
喧嘩早いしガラ悪いから
クールじゃあねぇし。
「見た目だけはパーフェクトwww」
「早く眼鏡はずして」
いや、
マジで惑わされるのかよ。
「だいたいよ。やたらにイケメンイケメンってよく聞くけど、マジで思ってる?見たらたいてい『どこが?』って思うような顔してんじゃん」
オレが憤慨すると
司馬は愉快そうに
軽く流した。
「好みは人それぞれだから。あ、でも今日のバサラはマジでイケメン」
「オレはいつもオレだ。眼鏡ごときで何も変わらんつーの」
特に
いつになく
おとなしく縮こまる
いちごぱんつに
言ってやる。
ところが司馬は
涼しい顔で
こんなことも言う。
「他人からすれば最初に認識出来るのは外見だから。本人は鏡でも見なきゃ見えないだろうけど、さ」
それは確かに一理ある。
それにしても
ろくに目も合わせないとか
おかしーだろ、コラ。
オレの視線に気付いていながら
いや
むしろ視線から逃げるように
あっち向きやがって
「そういう態度は正直ムカつく」
……そうか?
口走ってからオレは
自分のセリフに
違和感を覚えた。
今まで
そんなやつらばっかりだったから
慣れたんじゃなかっただろか。
一々
んなもんは
気にしても仕方ないし
だいたい。
ああ、そうか
(オレが相手に興味ねえだけか…)
オレは頭の中で
一人納得したが
目の前のいちごぱんつは
律儀にも
ちゃんと
そんなオレに
返事を返した。
……目は明後日の方を
向いたままだが。
「わたっ…私は、眼鏡してる人には緊張して、だから無理なのよ!」
「・・・。」
「いちごぱんつ?バサラが絶句でフリーズしてますよ?」
「うるさいわね!緊張するもんは緊張するの!」
ピイピイと怒り出す
いちごぱんつに
オレは頭が痛くなった。
「それ、何の呪いだよ……。」
「知らないわよぅ。未だかつて好きになった相手とも口をきいたことなんてないんだからっ」
「うん。呪いだね。生涯彼氏が出来ないパターン♪」
いちごぱんつによって
フルボッコにされてる
司馬をスルーして
オレは少し考える。
「彼氏とか以前に、社会人になってもそれだと困るんじゃね?」
瞬間
いちごぱんつは
悲壮な顔付きになる。
「上司や客相手にそんな態度は出来んだろ。かといって人に会わない仕事とか、たかが眼鏡に左右されるのもな」
「たかがじゃないわよ!でも終わった!私の人生!」
ヨロヨロと
復活した司馬が
強張った笑顔で
だめ押しをした。
「いちごぱんつは話せばこんなんだけど。借りてきた猫みたいにしちゃうのさ、もったいないよねー」
あだ名魔王、司馬。
脇役を
フィールドへ
無理矢理引きずり出す天才。
「こうなりゃ特訓しかないな」
「はぁっ!?」
教室中に聞こえる大声で
いちごぱんつは
仰天したが
そこは無視だ。
「慣れろ」
「毎日イケメンバサラが登校してくるわけだね」
「ええええええーっ!」
「慣れて、『眼鏡=イケメン』という狂った妄想を解け」
「あれ?バサラがやったら逆効果かも?」
「知らん。とにかく慣れろ」
話の途中で
本人は白目をむいて
気絶したわけだが
とりあえず
しばらくはそんな感じで。
特訓を強行することにした。
数学の時間
センコーが
教室に入ってくるなり
オレの顔を見て
動きを止めた。
「……お前、誰?」
そういやコイツは
センコーの中でも若手で
よりによって
眼鏡をかけた奴だ。
つうことは
いちごぱんつは
コイツのことも
前々から
意識してやがるのか。
無意識に
目に力がこもって
睨み付けながら
不機嫌に名乗るオレに
センコーは
三秒ほど考えて
「ああ、お前、授業にあんま出てこないあの不良か!」
……なんだ、?
コイツも
司馬と同じ属性か?
お前ら
恐れ知らずも大概にしろよ。
「よし。良いことを思いついたから、君島は放課後オレのとこに来い」
「嫌です。」
今さら呼び出しとかイミフ。
キャラが大人しそうだからって
何か勘違いしたか?
いちごぱんつじゃあるまいし。
中身のオレは
ずっとオレのまま、
君島竜也なんだよ。
「じゃあさ、司馬とそこの元転校生のえーと、ほら、ぱんつの」
「……名前ぐらい覚えてやれよ」
つうか
いちごぱんつが
また白眼剥いたぞ。
「とにかくお前ら三人で来い。な?じゃ、授業始めっから」
数学眼鏡は
な?っとか適当にまとめて
とことんイミフ。
「えー?なんでオレ達三人~?」
「いいからとにかく君島を連れて来いよ?司馬」
ナニコレ
すげー不愉快。
つうか
いちごぱんつが
何かボソボソ言ってる。
口の中で
呪詛でも唱えてるのか?
不気味。
そんなこんなで
放課後、
帰ろうとした俺を
司馬が笑顔で
ひき止めた。
「なんで元凶のバサラがツラッとした顔で帰ろうとしてるのよ」
下駄箱の陰から
いちごぱんつが
呪いのメンチを切っていた。
別の意味で恐ぇな、おい。
「とりあえず呼ばれたからには話だけでも聞きに行かないとさぁ」
「お前律義だなー。意味のわからんやつは無視に限るだろフツー」
「先生の呼び出しは無視できないでしょフツー」
「理由わかんないとか気になるじゃん?フツー」
三人三様に分かれたフツーに
俺たちは沈黙した。
「……。わかった。じゃあ司馬、代表して話だけ聞いといてくれ」
「いやいやいや」
なぜ、俺を巻き込む。
「俺はバサラを連れて来いとか、釘を刺されてるわけだし」
「ていうかバサラが一人で行けばいいのよ。久保田先生の用事はバサラなんだから!」
何を勝手な。
仕方なしに
職員室に向かう途中も
俺はうだうだと言っていた。
「だいたいな?この俺がだぞ?職員室に行くとか、まずないだろ。暴れに行くんならわかるが」
「バサラは確かに不良だけど、わざわざそんな問題起こすようなタイプでもないしー」
「ていうか眼鏡はずしてから言いなさいよ。欠片も説得力ないのよ。呼び出しも眼鏡のせいよ」
お前ら
俺を見くびるなよ?
確かに
わざわざ騒ぐのは
めんどいからしねぇけど。
まるでイイコちゃん扱いに
霹靂だぜ。
霹靂?辟易?
かったるい!
これでもし
あのセンコーが
これ以上イミフ発言とかするなら
さすがの俺も
うっかり殺人ナックルとか
発動するかもわからんからな。
ていうか
あのヤロー、
人を呼び出しといて
職員室にいねーとかバーロ。
「久保田先生ならきっと、生徒指導室か生徒会室あたりじゃないかな」
人の良さげな
教頭のジジイが
また
めんどくさい情報をよこした。
行ったけどいなかった、で
終わっていいじゃねえか。
俺のイライラゲージが
にわかに上昇しますけど?
「失礼しましたー」
お愛想笑いの得意な司馬と
外面だけはいい
いちごぱんつが
ご丁寧に挨拶してたが
俺は知らん顔。
マジ帰っていいか。
「生徒会室とか無理。緊張する」
「じゃあ指導室いく?」
「お前らまだ行く気かよ!」
生徒会室横の通りを抜けて
突き当たりが生徒指導室。
知らんかったわ。
「いっそ放送室向かって『もう帰ります』とか放送したほうがいいんじゃね?」
「バサラの放送ジャック」
「校内占拠ね」
「……俺は帰りてぇだけなんだが」
好き放題言っていた
俺たちに
通り過ぎた生徒会室から
お呼びがかかった。
あの眼鏡野郎だった。
「おお、ちゃんと来たか」
来たかじゃねーよ、
最初から
場所も特定しとけよ。
「久保田ティーチャー。話って何ですかー?」
「まあ入れよ」
「せ、生徒会室にっ!?」
いちごぱんつが
悲鳴みたいな声で
拒絶反応を起こしたぜ?
もっと拒否れ。
よく知らねえけど
生徒会室って
フツー
生徒会の連中が
つるんでるんじゃねえの?
生徒会長とか
副会長とかが。
いつもじゃねえのかもしれねーけど。
「あれ?久保田ティーチャー、一人?」
司馬が
物珍しい様子で
生徒会室を眺めながら
中に入っていった。
他に誰もいないと聞いて
いちごぱんつも
安心したようだった。
仕方なしに
俺も中に入ると
こざっぱりした風景。
……ここ
ほんとに使ってる?
かくして
オレたちは
数学若手イケメン眼鏡の
久保田と向き合い
生徒会室のソファーに
座る形になった。
野郎がおもむろに口を開く。
「アレな。お前たちを呼び出したのは他でもない、生徒会のことだ」
殺人ナックルいっとく?
突拍子ない
寝耳に水状態で
目が点になるとは
このことだぜ。
「イミフ」
「生徒会がどうしたの?ティーチャー」
いちごぱんつにいたっては
最早台詞も出てこない。
「お前らも知ってのとおり、我が校は生徒のバイトに関して寛容だな?」
「ですねー」
他の学校とかだと
バイト禁止とか
校則があるらしいが
そういやここは
普通にみんなバイトしてんぜ。
「お前たちが入学する以前だ、生徒会執行部が校則改正でバイト解禁を勝ち取ったのは。最初は良かった。社会勉強や自主性を高めるとか、社会における自己の役割の認識だとか、ニートにならないための取り組みだとか」
「いや、もういいストップ」
お前何言ってんの?
いきなりすぎて
吐き気するわ。
「うん、まぁ生徒会がな?」
「だからもういいっつってんだろ」
「ティーチャー、話ヘター」
司馬はこの状況で
ケラケラ笑いだし
いちごぱんつは
泡を噴きそうな顔だった。
オレは
額に血管が浮いてた。
「そういうわけでいないんだ、生徒会」
マジか!まだ話続けるとか
意味不明すぎて
ほんとにコイツ
教員免許あるか疑問。
司馬は何がツボったか
大笑いしてるしな!
久保田は
何かテンパってるぽかった、
頭をガリガリかきながら
何を話そうか悩んで
やがて諦めた。
「ダメだ、上手く説明できねーわ。とりあえず理由はスルーして、お前ら次の生徒会やってくれ」
「いやいやいや、ないわー久保田ティー」
「つうか、嫌だ」
「無理です」
バッサリ斬り捨てたぜ、
ザマー。
「数学の成績あげてやるから」
どんなけ
追い詰められてんだ、
ダメだろ、そういうの。
「オレ、パス。成績とかマジどうでも」
言いかけたオレの目に
生徒会室の壁に貼ってある
何枚かのスナップ写真が映る。
司馬と久保田が
何かやりとりしてる間に
オレはその写真に近付いた。
「…………」
じっくり眺めてから
近くの棚に並ぶ
生徒会資料に手を伸ばした。
「…………」
複雑な心境になった。
要領の得ない
久保田の話は
ろくに聞けたもんじゃなかったが
お人好しの司馬が
じっくり聞いたらしく
かいつまんで
後から説明を
オレらにした。
いちごぱんつは
半分失神してて
話を聞いてなかったらしい。
その年の生徒会は
えらく気合いの入ったメンツで
通常あんまり誰もやらないような
構造改革なんかも
バリバリこなす
オレに言わせりゃ
ただの暑苦しい
迷惑な連中だ。
現に
そいつらが卒業したあとを
引き継ぐ奴がいないで、
今や
生徒会は混沌としている。
執行部だけじゃなく
生徒会全体が
ほとんど機能してない有り様らしい。
バイトが優先になって
部活や委員会にも
参加する真面目な連中は
ほとんどいない。
いや
バイトを優先するのは
ある意味真面目だ、
店に迷惑をかけないよう
頑張ってるんだろうしな。
バイト疲れで
学業に身の入らない
そんなのは日常茶飯事、
オレたちには
何ら
当たり前のことだったが
学校としては
問題視してるんだそうだ。
「そういや生徒会選挙とか、去年もなかったよね」
立候補者もいないのに
選挙は成立しない。
間に合わせで
何人かに押し付けても
長続きしない。
んで
生徒会室は
もぬけの殻、なう。
「オレ、生徒会執行部はいっちゃおーかなー♪」
久保田がいなくなって
三人だけになったせいか
お気楽発言
司馬がのたまう。
「はぁ?お前バスケ部だろ、部活どうすんだ」
「うん?
オレさぁ、肩壊してんだよね。前も練習試合メンバーから外されてたじゃん」
「し、知らなかった。顔に似合わない深刻な問題を抱えてたのね」
いや、
本人がそれを
深刻だと思ってねぇんじゃね?
「バイトもする気ないしさぁ。ぶっちゃけ結構暇してる」
「私も前の学校がバイトは全面禁止だったし、特にそういう発想はないのだけど……いきなり生徒会と言われてもねぇ。どうかしら」
「…………」
流れから
二人がオレを見た。
「こっち見んな」
「バサラはやらないわよね」
「だな」
なんか勝手に
二人で納得してやがる。
「司馬君入るならチワワんも一応誘ってあげなさいよ。勝手にバスケ部辞めたらきっとショックよ」
「あー。なるほどね」
「チワワんも入るなら私も入るから」
「なんだそれ」
果てしなく
単なる雑談生徒会の予感。
「オレ、帰るわ」
考えたら
バイクなしだから
帰りも電車とか
正直タルいわ。
頭の中に浮かぶのは
クソくだらねー感情、
何か昔のことだったり
何だったりで
ゴチャゴチャしていやがった。
駅に向かう途中の道で
ふと見た先に
カツアゲ発見。
うちの学校の
一年らしき男が
他所の学校の不良に
絡まれている。
──なるほどね。
たまたま
ムシャクシャしてたから
ちょうど良かったわ。
「お前ら、何してんの」
ズカズカと乱入したオレに
不良たちは
お決まりのパターンで
凄んできたが
まるで迫力ねぇし。
「あぁ、何だテメェ!」
「すっこんでろよ!」
ちょっと可笑しかったのは
オレがこんなナリだから
まさか
二中の狂犬と呼ばれた
君島だなんて
コイツら
気付かないんだろうなぁ、とか。
そう思うと
危うくニヤケそうだったが。
「先輩!助けてください!」
一年坊主が
必死に泣きついてきた。
ああ
オレがこんなナリだから
以下省略。
「三人がかりでこんな一年坊主を脅すとか情けないんじゃねえ?」
オレなら
そんな恥ずかしい真似は
しねえけど。
「うっせえんだよ!」
おーおー
勇ましく殴りかかって来た
最初の一人を
軽くかわして
オレはニヤリ。
「お前ら知らねえの?」
「何がだ!」
「オレが、誰か、を」
「知らねえよ、知るわけねえだろがっ」
「じゃあ刻んどけ。お前らごときが喧嘩で勝てる相手じゃない。オレは君島、竜也。うちの学校の生徒に手を出すんじゃねえよ?」
「はぁ?何ふざけ……キミシマ?」
一人
少しは頭がマシなのがいたらしい。
サッと血の気も引いていく。
「いや、まさか、だって、……」
狼狽、
脳内のオレと
目の前のオレが
激しく不一致してんだろ
ウケる。
他の二人は
完全にハテナ顔になってるしな。
「元・二中の狂犬って言ったほうが親切だった?」
完全にバカにして
オレが言うと
コイツら
一瞬飛び上がったぞ、
どんなけビビってんだ、コラ。
「な、なん、で、キミシマがっ……!!!」
失敗した。
先に何発か
殴っておけば
オレの鬱憤がはらせたのに。
三人の不良は
すでに逃げ腰だ。
超失敗。
でもコイツら
スゲー冷や汗かいてて
マジでウケるし
もうちょっと
からかってやるか。
オレも若干
調子に乗った。
「オレさぁ。生徒会執行部つうのに所属してんだわ。これからは狂犬じゃなく番犬だと思って用心しろよ?うちの生徒ってよく狙われるじゃん。仕返ししがいがあるっていうの?」
「バカな!キミシマが生徒会!」
うっせー。
言われて
自分でもちょっと
恥ずかしくなったが
この眼鏡キャラは
説得力があったのか
コイツら
まるっと信じやがった。
オレが
冗談だって言う前に
逃げていったんだが……
あれ、
良かったのか?コレ。
微妙な展開になった。
んで
残された一年坊主が
キラキラとした目で
オレを見上げてくる、
何コイツ。
「君島先輩!生徒会の方だったんですね!ありがとうございました!先輩カッコいいです!」
…………うわぁ。
二~三日したある日
すっかり忘れてたオレに
突然久保田が
叫びながら抱きついてきた。
あまりに突然だったし
普通に殴ったけど
問題ないな?
「君島!オレは感動したぞ!」
「オレは今猛烈にドン引きしてんだろが、触んな!離れろ変態教師」
予期せぬ展開に
女子共が色めきたって
いちごぱんつも
絶句して見てやがる!
見んな!
「きめぇよ!何のつもりだよお前」
オレに殴られてもめげないとか
さすがのオレも
上擦ったぞ、マジで。
何?マゾ?
黙って観察してねぇで
何か言えよ司馬!
「感動した!」
「知らねえよ!!」
ていうか
何で抱きつく?
頭イカれてんじゃね?
「うおお、ぱんつ!お前何おもむろに写メってんだ!」
「……は!無意識に手が!」
「聞いたぞ君島!生徒会引き受けてくれるんだってな!」
「「「は?」」」
オレと
ぱんつと
司馬の声がかぶった。
「しかもお前、一年生まで確保とか!神か!」
やっぱ
頭イカれてやがるな。
「久保田ティーチャー。話が見えませーん」
「さっきオレのとこに一年男子が来て、次の生徒会執行部に入りたいってな!何でよ!ってなるだろう」
「何でだったんですか?」
フィーバーしてる
久保田の矛先が
上手く司馬に向いたから
オレはすかさず離れて
制服を手で払った。
変態教師を訴えようか。
「不良にからまれてるところを生徒会執行部の君島先輩に助けていただいたので!とか、感動だろ?恩返しがしたいんだそうだ」
「はぁ!?」
オレは青ざめた。
何寝言いってやがる
あの一年坊主!
つうか忘れてたし!
「お前、うちの学校の生徒を守るって言ったそうだな!」
しんだ。
今さらアレだ
スゲー恥ずい。
「アレは冗談だ。もう忘れろ黒歴史」
「いや!お前はそういうカッコイイ男だ!隠すな!」
むしろ
お前がシね。
「え、なに……?バサラ、そんな」
キョドってる
いちごぱんつが
オドオドとオレを見ていた。
「ないわよ?バサラにキュンとか、勘違いしないでよねっ」
「いや、お前何言ってんの」
「そっかぁ。バサラもやる気になったんだぁ」
「なってない。話を勝手にまとめんな」
いちごぱんつと
司馬に
それぞれツッコミ入れてから
オレは頭を抱えた。
どうしてこうなった。
「でもなんだかんだ楽しそうじゃん?」
お気楽星人め、
楽しいわけがないだろうが。
「オレ、マジで君島に惚れたわ。あとは頼んだぜ、お前たち」
久保田、貴様……!
「司馬君とバサラ、どっちが生徒会長になるの?」
「待て待て待て!」
「全校生徒にアンケートで」
「待てっつってるだろっ」
「オレは絶対やらない」
「じゃあ司馬君が会長で」
……いや
会長以前に
生徒会執行部をだな
オレはやらないって
言ってんだ。
オレが
それを吐き出すより先に
久保田がしみじみと
呟きやがった。
「良かったなぁ。これでやっと安藤たちも楽になる」
「安藤?」
「校則改正の時の会長をしてた女の子だ。卒業してからずっと責任感じてたから」
「……ったく、」
何でアイツは
そうなんだ。
バカじゃねえ?マジで。
オレが尻拭いとか
ぶっちゃけ
そんなん、
……バカだからな
何でも背負って
周り見えねぇし、
今さらだけど
多少の罪滅ぼしくらいには
なるんだろうか。
「あー!もうめんどくせえ!やればいいんだろうが、やれば!」
「おお、バサラ。ジョブチェンジの甲斐あったな」
「不良から生徒会って。すごい転職ね」
「お前らも!ほっとくと何やらかすかわからんからな」
「えー?」
こうなりゃヤケクソだ。
あかねの
後始末くらい、
オレがやってやんよ!
任期は
まだまだ先だったんだが
司馬とかも
暇を持て余してたし
ぶっちゃけ
今の生徒会執行部が
事実上の空席だったから
なりゆきで?
その日から
オレたちは
執行部として
働くことになった。
内部のよくわからん仕事は
司馬たちが勝手に
ごちゃごちゃやって
俺は主に
校区内の掃除だな。
……ちげぇよ、
空き缶拾いとか
俺がするわけねぇし。
勢いとはいえ
言っちまっただろ、
買って出た番犬だから
野良犬どもを
追っ払いに行くんだよ。
まあ
しばらくすれば
噂も広まるだろうから
わざわざ
パトロールすんのは
最初のうちだけっつうことで。
「バサラの舎弟になった一年生の男の子ね?タカハシくんて言うんだって。今日も来るからバサラ顔だしてあげなさいよ」
相変わらず
オレの顔も
まともに見れねえ
いちごぱんつが
見てもねえ教科書を開いて
バリケード越しに言った。
「舎弟とか知らねえし」
「正式に執行部の任期になってからなんだけど、アルバイトの実態調査とかアンケートして、そっから色々整備してくことになったからさぁ」
それより
いちごぱんつの
眼鏡対策問題を
もっと煮詰めるべきじゃね?
オレは
司馬の話に
アクビを返した。
とはいえ
放課後の生徒会室は
不思議と居心地が良くて
普段の教室も
これぐらい手狭で
人が少なければいいんだがな。
オレと司馬と
いちごぱんつと
結局チワワんと
一年坊主が加わった。
「君島先輩!高階です!よろしくお願いします!」
妙に元気がいい
仔犬みたいな……
「司馬が柴犬で、アレがチワワで、お前はレトリバーだな(仔犬の」
オレがボソリと言ったら
一年レトリバーが
キョトンとして
首をかしげた。
「君島先輩は犬好きなんですね!」
ちげぇし。
「ふぅん?じゃあいちごぱんつとバサラは何犬?」
地獄耳かよ、
司馬が
ニヤニヤと
話に乗っかって来た。
「いちごぱんつはうるせーコーギーじゃね?」
「なんですって!?コーギーかわいいじゃない!」
「きゃ、やっぱり君島先輩て」
「おいコラ、チワワ。やっぱり、オレが、何だ?」
つい癖で
一睨みしたら
チワワが涙目。
いちごぱんつが
ギャンギャンと
うるせーフラグになった。
「野蛮!バサラなんかオルトロスじゃない!」
「おろ……? ナニ言ってんだお前」
犬の話じゃねえのかよ。
打ち合わせには
あんま興味もねえから
そろそろ
帰ろうかと思ってた頃、
久保田の奴が
ひょっこり
顔を出しやがった。
「ようお前たち。やってるか」
ホクホクと
ご機嫌面しやがって、
気味が悪いぜ。
「まだ正式の執行部じゃないからアレなんだけど、本人がどうしてもっていうから」
相変わらず
何の話をしてんだコイツは?
「久保田ティー。話が見えませーん」
司馬が冷やかすと
取り繕う久保田の後ろから
一人の女が出てきた。
オレは思わずギョッとして
顔を背けた。
反射的に。
「はじめまして。前に生徒会長をやってました安藤あかねです」
よく通る声は
昔聞き馴染んだそのままの
懐かしい声だ。
(やべぇ、どんな顔して会えばいい)
オレの黒歴史が
走馬灯のように
心を掻き乱す。
(いや落ち着け。きっと覚えてない。ばっくれろ、オレ)
必死に
ポーカーフェイスを
維持した。
あかねが一方的に
オレらに感謝やらエールやら
そんな内容の話をしてたが
オレはほとんど
聞いちゃいない、
いつバレるかと
内心それどころじゃねえ。
久保田の野郎が
あかねに
一人一人
紹介を始めやがった、
いらんことを……!
「で、こっちが君島だ」
あかねが
オレを見た。
途端に
表情が変わる。
「……きみしま……。たっくん?」
あかねの反応に
久保田も司馬も
いちごぱんつも
一様に動きを止める、
究極にやべぇ、
「は、知らねえし。人違いじゃね?オレは君島バサラだし」
「えっ?DQNネーム!?」
驚くあかねと
視界の端で
視線を交わしあう
司馬といちごぱんつが見えた、
黙ってろ……!
「何だ知り合いか?」
「だから知らねえって!」
物わかりの悪い
久保田は
一回
どつき倒したいぜ、
あかねは
クルクルと目を丸くして
悪戯っぽく笑う。
「残念。初恋の人かと思った!」
ばっ、かじゃねえ!???
「え、学年離れすぎだろ」
「近所に住んでたの」
久保田とあかねが
クソどうでもいい話を
続けていると
何でか
司馬がニヤニヤニヤニヤ、
「ちょお、オレもう帰るわ」
付き合ってらんねえし!
「あ、じゃあさ。いちごぱんつ送ってあげてよ『たっくん』。また不良にからまれたらアレだから」
「誰がたっくんだ」
「ほんと。誰がたっくんかしら」
何でか
素直に
いちごぱんつが
俺に付いてきた、
司馬が言った通り
一緒に帰る気か?
「なぁ、お前平気になったのか?」
「ならないし。視線を微妙にズラして直視しないスキルを磨いてる中」
何だそれ、
イラッとすんな。
「で?あの先輩とは付き合ってたの?」
「なんでだよっ?!ガキの頃の知り合いだし」
うっかり
口が滑る俺に
いちごぱんつは
ふーんと遠くを見た。
「じゃあホントに初恋の人なんだ」
「それこそ何でだよっ!ねえし!冗談に決まってんだろ!」
「そーかなー」
あかねの野郎
くだらねえこと言いやがって
何考えてんのアイツ!
歩きながら
いちごぱんつが
誰かにメールを飛ばすと
すぐさま返信が来たのか
着メロが鳴る。
「ぎょ!」
「……何だよ『ぎょ』って。普通言わねえだろ」
呆れてツッコミを入れると
いちごぱんつが
一瞬チラッとこっちを見た。
「チラ見すんな」
「いや、直視とかやめて、」
知らねえよ。
「さっきの先輩、久保田先生と婚約してるんだって」
「は?」
「バサラご愁傷様」
「って、だからちげ……何で俺が好きだったことに入れ替わってんだよ!いつからだ!」
「でもちょっとショックでしょ?」
「ねえよ。結婚でも離婚でも好きにしろよ」
どういう
思考回路してやがる。
まったく不憫だぜ。
「慰めてあげましょーか?」
いちごぱんつが
二~三歩先を歩きながら
背中を向けたまま
おちょくりやがって
コノヤロウ、
「そういうのは俺の顔をちゃんと見れるようになってから言え」
「眼鏡外したら見れるし」
「外してみろよ」
「Σわたしがっ!?///無理っ」
ふん
勝ったな。
「ていうかイメチェンしてからバサラ人気高いの自覚ある?」
「……は?なんの?」
「一年生から三年生まで、ファンが増えてるらしいわよ(主に久保田先生とのBLネタで)」
「ざけんな、うぜぇ。オレは女とかめんどくせーから嫌いなんだよ」
あ。
いちごぱんつが
すっげこっち見た。
まともに目があった。
まさか自分の発言がBL的に解釈されたとは
夢にも思わないオレは
ちゃんと目を合わせたいちごぱんつに
修行の成果を感じ
労いの気持ちが湧いた。
「おお。何か久しぶり」
「毎日会ってるし!///」
駅周辺は
未だにけっこう
他所の学校の不良が
ウチの生徒
カモにしてんのな。
「バサラ、出番よ」
自分は隠れる気満々の
いちごぱんつが
カバンを両腕に
抱え込んでいた。
「あー。じゃあちょっとコレ預かってろや」
じいちゃんの形見だから
壊したくねえし。
オレは外した眼鏡を
いちごぱんつにかけた。
「っえ、ちょ!?///」
何かイミフにうろたえた
いちごぱんつは無視して
オレは
軽く肩慣らししながら
不良どもに声をかけた。
番犬・恐怖神話の
新たな一頁を刻みに。
《いちごぱんつ 第二部/完 》
いちごぱんつ 叶 遥斗 @kanaeharuto
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