いちごぱんつ
叶 遥斗
いちごぱんつ白書
「ちっっがぁーうっ////!?」
ちはやは声を大にして叫んだ。
人生でこれほどまでに
大声なんて
出したことがないし、
バスケの試合の応援でも
これぐらい出てれば
良かったと思う。
大好きだった先輩にも
きっと届いたに違いない。
だがしかし
今はそんなおセンチ事情など
どうでもいい、
問題は目の前にいる
一人の男!
「いいじゃん、ただのあだ名だし」
にこにこと
人懐っこいスマイルで
クラスのムードメーカー間違いなし。
アイドルみたいな
顔立ちだから
当然人気があるはずだ。
しかし
だからといって
ちはやには絶対に譲れない
乙女の戦いがあった。
この主張だけは
取り下げるわけにはいかない。
何が悲しくて
転校一週間目にして
『いちごぱんつ』などという
あだ名をつけられなくては
ならないのだ!
死活問題だった。
***
ちはやは普通に控え目な
ごく普通の高校生、
目立つこともなく
苦もなく楽もなく
それなりに普通に生きてきた。
この度
父の仕事の関係で
一家揃って越して来た
新しい町の暮らしも
ごく平凡に送っていけるだろうと
そう疑う余地もないくらい
地味でありきたりな一家に育った。
特に個性のない転校生に
痺れを切らしたのだろうか?
いきなり目の前に来て
ドキドキルックスが笑う、
「好きな食べ物は?」
転校生が質問されるのは
まぁ通過儀礼みたいなものかと
何気に
『いちご』と答えた
そんな無防備なちはやは
次の瞬間
思考回路がフリーズする。
「いちごかぁ…じゃあ今日から『いちごぱんつ』って呼ぶね♪」
……一体
何を言われたんでしょうか?
いじめかよ!?
思わずそうツッコミを
入れたくて仕方ないが
口をぱくぱくさせるのが
精一杯だった。
「オレね、司馬 亨(しば とおる)。よろしくね『いちごぱんつ』」
普通に自己紹介とか
どうなの?この場合!?
ちはやは
何かの聞き間違いかとも考えたが
だが確かに
『いちごぱんつ』と
繰り返しやがった!
「そんな名前じゃないです!日向ちはやっていうんです!」
「オレねー、駄目なんだよね名前とか?覚えらんないの」
「そんな呼び方、覚えてもらっても非常に迷惑です!」
普段そんな真っ向から
誰かを否定したりは
ちはやには出来ない。
だがこの時は
そんなのはとっくに
頭のネジが飛んでった後だった。
「いいじゃん可愛いじゃん『いちごぱんつ』」
ご満悦な顔で
無邪気に言う司馬くんに
殺意がわいた。
「いいなー。『いちごぱんつ』ー。私も可愛いあだ名にしてよー」
後ろからやって来た
クラスの女子に
ちはやは
アゴがはずれそうになった。
どうかしてるんじゃない?
「『カメキチ』は『カメキチ』であって『カメキチ』以外の何者でもなーい」
亀吉?
女子向けじゃないだろうけど
ぱんつよりよっぽどマシ!
てかちゃんと名前じゃん?
「カメラキチガイとか、悪口じゃーん」
明るく笑いながら
『カメキチ』さんが
文句を言った……
ま…的をえた悪口だとしてもね?
ぱんつよりは
マシでしょ……?
ちはやは半分泣きそうだった。
「ていうか、知らない人が聞いたらまるで私がいちごぱんつはいてるみたいに思うじゃない!///」
「掴みはオッケーだね、すぐ覚えてもらえるよ」
「だから、覚えてほしくないんだってば!///」
断固として
拒否し続けるちはやだったが
司馬くんにはあまり
きいてもらえてないようだった。
だいたいなんで
言うにことかいてぱんつかなぁ!?
こいつ絶対バカ!
その三日後、
恐れていたことが遂に起きた。
新しい学校には
とても素敵な教師
久保田 悟(28)がいる。
知的でクールで
眼鏡が似合う美形なのだ。
無論ちはやは
遠くから
憧れの眼差しを送るのがお似合いで
積極的に声をかけることはない。
せいぜいできるのは
彼の受け持つ数学の授業を
必死に頑張るくらいだ。
存在のアピールすらせず
悪い印象を防ぐだけに
全力を注ぎたい。
そんな
ちはやを陥れる
悪魔少年、
司馬くんの一言に
まさに目の前真っ暗状態を
リアル体感であった。
漫画とかでよく
どーん…て
真っ暗エフェクトかかるでしょ?
アレってば
ただの特殊効果の
大袈裟な表現技法で
実際にはないって思ってた、うん。
「『いちごぱんつ』!問三の答え教えて!」
目の前真っ暗です。
ざわめいていた教室で
突如後ろからつつかれたちはや。
なんと
司馬くんの前の席なんです。
神を恨む。
司馬くんの無神経極まりない
無邪気な声は
私を突き抜け
正面の久保田先生に届く。
当然。
耳にしたそれに食いついた。
「…いちごぱんつ…?」
綺麗な顔が
半笑いを浮かべてる、
最 悪 で す !
気を失えたらどんなにハッピー?
ちはやは泣き笑いで
怒りだか屈辱だか恥辱だか
訳の解らない感情にさいなまれた。
「司馬。お前高校生にもなってスカート捲りとか犯罪だろ?」
「酷いなぁ先生、オレのことそんな目で見てたの?」
酷 い の は お 前 だ … !
このまま後ろに頭突きして
司馬くんの机を
叩き潰せたら
どんな爽快気分だろ。
「とりあえずいちごぱんつは没収するから後で生徒指導室にくるように」
「先生エローイ」
あぁ
素敵な先生だと思ったのに……
さようなら久保田先生。
くだらないあだ名のせいで
男性不信に陥るちはやであった。
おとなしいちはやも
いい加減我慢の限界だった。
お昼休みになり
一人で教室を出ていく
司馬くんを見かけたちはやは
文句をぶつけてやろうと
後を追いかけた。
グラウンドへの近道にあたる
体育館裏へ向かうようだ。
人気のない場所だから
せいぜい喚いてやるぞ!と
ちはやはやる気満々で
遂にその背中に声をかけた。
「ちょっと、司馬くん!」
「あれ?どしたの…?」
振り返り
意外そうに目を丸くしている。
どうしたもこうしたもあるか!
ちはやの怒りの火に
お気楽顔が油を注ぐ。
さぁ今こそ世界の悪意を
一心に集めて
すべて司馬くんに向けて
解き放つのだ!ちはや!
主砲用意!!
──と、その時
司馬くんが
ふっとちはやから
視線を外して
その向こうに佇む
一人の人物に気付いた。
「あれ?『バサラ』じゃん、久しぶり~。学校来てたんだ」
ちはやは
標的を逃し舌打ちをして
悪意全開に振り返った。
誰よ邪魔してくれたのは!
…いい逆恨みである。
「『バサラ』ぁ? 何無駄にカッコイイあだ名で呼んでんのよ」
自分が『いちごぱんつ』である
悔しさから思わず口をついて出た。
だが全力で後悔した!
体育館の
閉ざされた裏口の階段に
片足を投げ出し
だらしなく寝そべっていた
その男は
見るからに不良。
細く調えた眉毛、
険しい目付き、
ツンツン逆立つ茶髪
不良だ
不良だ
不良だ。
やばい人生終わった←
ちはやは硬直していた。
『バサラ』は
ふぅー…っと
煙草を吹かして
フンとクールにソッポを向いた。
てか微妙に頬染めとる!
アンタをカッコイイとか
言ったわけじゃないよ!
あだ名の響きだよっ!
「//前から思ってたんだけどよ…」
かなりポーカーフェイスを
装った風で
やはり頬を染めてる『バサラ』が
呆れたように司馬くんを見た。
「『バサラ』って何」
よく解んないけど
ぱんつよりは相当いいものよ!
ちはやは心で答えておいた。
司馬くんは
相変わらず無邪気に
「あぁ、だってお前いつも頭バサバサじゃん?」
めっさ笑顔で言ったー!
「なんっ!?」
バサバサ言われて『バサラ』が
目をむいた。
あ、怒ってますよー…(汗)
「お前、この頭に毎日どんなけ時間費やしてると思ってんだよ!?」
凄い凄味を効かして
『バサラ』が吼えた!?
「え?そうなの? 案外可愛い奴だな」
司馬くんのカウンターに
『バサラ』が絶句したー!
よく見たらこの人アレよ、
相当オシャレ気にしてるよ。
パッと見ただけでも
ピアスとか
チェーンネックレスとか
ブレスレットにゴツいシルバーリング…
まして胸元のボタン開けすぎ!
腹筋まで覗いてらぁよ、
自惚れ万歳な露出狂?
ツンツン頭も
かなり頑張ってセットしてるわけだ。
「でもこんな誰も来ないとこでフケててもオシャレした意味ないじゃん(汗)」
思わず口がすべった!
『バサラ』が
今度こそちはやを睨んだ!
Σひえぇえっ
(((@□@)))
メッさ不機嫌な睨みを
ちはやからそらすことなく
バサラはゆらりと立ち上がると
一歩一歩
ちはやに向かい
近付いてきた!
万事休す!
鼻先が触れるかどうかの
超至近距離で
見下し目線で
あり得ないくらい睨まれています!?
なにこれあり得ないよ!
私はごく普通の
女子生徒Aだよ!?
不良に絡まれてますーっ!
怖いンですけど
怖いンですけど
怖いンですけどぉっ!?
もう三人称のふりして
実は一人称の癖に
ナレーションよろしくに
語ってられる余裕ないくらい
怖いンですけどおぉおっ
『バサラ』の煙草の匂いが鼻についた。
獣みたいな容赦ない目、
肉食獣の射程内に捕らわれた
私はさながら
草食動物なんだ!
助けて神様!読者様!
そうだ助けてよ
読者様は神様だよ!
どうなっちゃうの?
私の運命!
>案の定ボコられる
>いきなりキスされる
ファイナルア○サー!?
つうか
どっちもあってたまるかぁ!?
(ノ>д<)ノ
私はキッと
『バサラ』を睨み返した!
何よ不良なんか!
怖くないんだからっっ
すると『バサラ』は
低い声を静かに絞りだし
舐めまわすような視線を続けながら
ゆっくりと語り出した。
「オレはあの日なぁ…いつもみたく二時間かけて頭をバッチリセットして、いつもみたくバッチリ遅刻して、悠々とした気持ちで教室行ったんだよ…」
グルルルル…とか
唸り声が
副音声で聞こえてくるようよ!
とりあえず離れて!
「そしたらアレだ。オレの席には知らねー女が座ってた」
ん?
「てめぇだ」
Σはいーっ?
「あ、そうだよね。『バサラ』いなかったから先生がそこ座っとけとか、でも『いちごぱんつ』の席って『バサラ』んだよね。オレ担任にさぁ『バサラ』が来たら視聴覚室から机運んどけって言われたー」
「「運べよっ!?」」
ちはやと『バサラ』の
ダブルツッコミに
司馬くんは笑った。
「それで拗ねてたのかよ、やっぱ『バサラ』可愛くね?」
……いやぁ、
朝学校に来て
いきなり自分の席がなくなってたら
普通に凹むよねぇ……。
いかに見た目不良でも
『バサラ』は人並みに
痛みを感じるんだよきっと。
あるいは人よりずっと
敏感だから
不良になっちゃったのかもしれない……
そう思うとちはやは
確かに不良ではあるが
『バサラ』が可愛くも思えなくもない
そんなふうに感じたのだった。
「学校来てたんならオレに言えよー。机くらい運んでやるって」
「知るかっ!」
ちはやから司馬くんに
噛み付く相手を変えた『バサラ』
通常くらいに距離が離れてから
ちはやは思い切って口を開いた。
「あの!勝手に席奪っちゃっててごめんなさいっ」
知らなかったんだけどね。
『バサラ』は少し驚いた顔で
ちはやを見る。
多分脅して謝らせたことは
たくさんあるだろうに
こうして普通に謝られるのは
慣れてないのだろう。
びっくりした顔に書いてある。
「まぁ『いちごぱんつ』は知らなかったから仕方ないんじゃない?悪くないって」
お気楽な司馬くんに
「『いちごぱんつ』言うな」
軽く睨みをきかせてやった。
すると何を思ったのか
『バサラ』がちはやの
スカートの裾を摘まみ
ひょいっと何気なく──
「ΣΣ何をさらしとるんじゃい!!」
『バサラ』の顔面に
気持ちよく膝蹴りが決まった!
めきょっ!って音が
聞こえた気がした!
「うごぁああぁっ!!」
顔面を押さえて
のたうちまわる『バサラ』に
司馬くんは哀れみの視線を落とす。
「『いちごぱんつ』は顔に似合わず案外凶暴…とφ(..)」
「うっさい!」
目くじらをたてて
司馬くんを黙らせながらも
内心ではちはやも超驚きであった。
何せ
普通の女子生徒Aにすぎない
普通の人生しか送って来なかったのだ
自分の中の凶暴性など
知りもしなかった。
「痛てぇな、何すんだよ…」
涙目で鼻の辺りをおさえ
よろよろと立ち上がる『バサラ』に
「それはこっちのセリフでしょ?何してんのよ」
もう不良とか言ってらんない。
毅然と挑もう!
「だってお前、そりゃ『いちごぱんつ』はいてんのかなぁと思って」
今日は雨かしら?と
カーテンの向こうをチェックするのと
同じくらいささやかな気持ちで
人のスカートに手を出すんじゃねえ。
「はいてないわよっ!//」
「いや、いかにもはいてそうな顔だし」
ど ん な だ !?
ムカついたので
横で笑う司馬くんの顔に
裏拳を一発お見舞いしておいた。
鼻を押さえる二人と
成り行きで
一緒に
視聴覚室に向かうちはや。
一見二人が
夕日の土手で
殴りあい
分かち合い
友情を深めた後のよう、
やったのは私だけど。
「司馬君はどこかに行く途中だったんじゃないの?」
訊ねると
ずっと鼻を押さえたまま
こもった声で
「バスケ」
みぢかい返事が来た。
「大袈裟ね!ちょっと当たっただけでしょ?」
二人は
じっと目だけで
異論を唱える、
そうとう
ダメージがあったらしい。
「ふん…だらしないわね//」
違うもん、
私が強いんじゃないもん。
「『いちごぱんつ』こそ俺に用があったんじゃないの?」
すっかり忘れてた。
「そのあだ名、取り消してよ」
膨れっ面のちはやに
『バサラ』がふっと
鼻で笑った。
鼻で笑った。
鼻で笑いやがった。
「…何よ」
「司馬のワケ解らんあだ名は今に始まったことじゃねえし、そこにおいては平等だ」
何か勝ち誇った顔で言われても
意味が解りません。
「平等ってなあに?」
「優等生も不良もコイツには差別されねって意味」
司馬君も
目を丸くして
『バサラ』を不思議そうに
見てますよー
「てか、見んな//」
「時々『バサラ』って何か知的なこと言うよな。意味解らんけど」
「解らんのかよ(-_-;」
解らないわね。
「とにかく自分だけ特別扱いされよったって、そうはいかねーよ?」
「じゃあせめて『ぱんつ』やめて」
ちはやの主張に
司馬君はうーんと唸った。
「一度イメージが出来上がるとそれを覆すのって難しくね?」
「知るか、覆せ」
笑顔のちはやに
『バサラ』は
「もしかしてスケバンか?(゜_゜)」
そう呟いた。
「『スケバンぱんつ』」
「酷さが増しただけだろっ!ぱんつなくなってないし!?」
だいたい
今時スケバンて
見たことないよ!
「じゃあさ、アレは?『いちごぱんち』」
名案とでも言いたげに
司馬君は
明るい笑顔になった。
「オレは顔面に膝蹴りを喰らったんだぞ?」
「『バサラの鼻を折った女』」
「折れてねーよ」
「『バサラを泣かせた女』」
「泣かされてねーよ!?」
ちょっと涙目だったわよ。
「『男泣かせのいちご』」
「泣かされたいの…?」
「ごめんなさい」
新しいあだ名は
なかなか決まらなかった。
激しく憂鬱だわ。
「『女王いちご』」
「何よソレ」
「なんとなく」
司馬君はどうせ馬鹿だから
期待出来ないわね。
「『あまおう』」
「いちご農家の皆さんに謝りなさいよ」
「すいません」
司馬君は
視聴覚室から
机と椅子を教室に運び
ちはやと『バサラ』は
それを生暖かく見守っていた。
「手伝ってはくれないんだ」
「早く運べ」
「ねぇ?『バサラ』君の席はドコにするの?」
今ちはやの席が
もともと『バサラ』の位置なら
よもやその近辺に
配置されるのだろおか。
「なんなら私は他の場所に移ろうか?」
司馬君から遠い席にね!
「わざわざ…気ぃ使うな」
ボソッと
『バサラ』が
何か誤解して呟いたわ
誤解よ
私は司馬君から
解放されたいだけ。
「そろそろ席替えすっか♪」
思いつきのままに生きる
自由人ね、
あんた何
クラスをしきってんのよ、とか
ちはやは思ったんだけど
司馬君はクラス委員長なの。
世の中不思議ねぇ。
クラスの皆も
ノリノリで
クジとか作り出す子もいて
そのお仕事の早いこと、
びっくりだわ。
でも
これで晴れて
平和な座席をGETできそう*
ねぇ
これなんて遊び?
「よろしくねー『いちごぱんつ』」
「因縁だな」
くじ引きなのに
くじ引きなのにぃ!?
何故かちはやの引いた席は
司馬君と『バサラ』の
間に挟まれた
微妙なものだった!
前後が左右に
変わっただけじゃんorz
皆でガタガタやってると
次の授業に食い込んじゃって
先生は呆れてたけど
司馬君は
ニコニコと
「すいませーん」と
軽く謝罪で流していた。
「お前はなー、計画性ないよなぁ。行動力はあるのになぁ」
先生は
しみじみと司馬君を見て
諦めたように
ぼやいていた。
「馬鹿なのに先生ウケがいいわね」
「教師の奴らは笑顔に甘いからな」
「解ってるなら『バサラ』君も笑えばいいのに」
そんな会話を
何故かしていた。
司馬君は
他の子の移動を
手伝ってワイワイしていたし
いち早く落ち着いた
ちはやと『バサラ』は
暇だった。
「……オレは媚びるのは嫌いなんだよ」
「司馬君は天然だから仕方ないか」
不良である『バサラ』は
先生たちに
いい印象がある筈もなく
きっと何かと嫌な想いを
するんだろうな、とか
「だったら私みたいに大人しくしてればいいのよ」
無難に生きる
それが何よりだと
ちはやは思っていた。
「本性は大人しくないけどな」
「本性も大人しい普通の女の子よ」
「それはない」
……どおいう意味よ。
「……でも別に嫌いじゃねえ」
うわぁ…
嬉しくない
嬉しくない
むしろ嬉しくないわよ!
「司馬も。馬鹿だけどな」
「馬鹿ね、そこは同感」
「ホントはどんなぱんつ?」
「──コロスわよ」
なんかねぇ
授業中も
『バサラ』が
頬杖ついて
ずっとこっちを
ガン見してんの。
「少しは前でも向いて授業聞いてるフリしなさいよ」
「はぁ?オレが?」
そうよ!
私の為にも
是非そうするべきだわ!
「なした?『バサラ』。まさか惚れちゃった?」
(゜_゜)
「馬ぁ~鹿」
(´Д`)ホッ
「どんなぱんつか頭から離れねえだけだっつうの」
「 Σ 馬 鹿 は お 前 だ ー っ !? 」
思いきり叫んでしまいました
日向ちはや、
一生の不覚。
「──あー、今授業中だから。廊下行ってみる?」
転校してまだ日が浅いから
多少大目に見てもらえているのか
「いえ…すいません///」
クラス中から
クスクス笑われて
ちはやは小さくなった。
この席は最悪です。
隣にセクハラ不良と
馬鹿がいるんですよ。
「なー、後で見せr」
『バサラ』の鼻を
缶ペンがクリティカルヒット!
缶で出来た
ペンケースよ。
めっさ硬いやつ。
教室に凄い音がしたけど
今度は先生も
もう知らん顔。
不良相手に何かしたちはやに
あえて無視!
障らぬ何とかね、
うん先生グッジョブ!
隣で司馬君は
死ぬほど笑ってた、
お腹抱えて
ひーひー言ってるわ。
『バサラ』も
軽くのたうち回ってたわね。
二人とも
一応声は殺してたけど
何のつもりなのよ、
花も恥じらう乙女に
ぱんつ見せろとか
どこのエロ親父なのよ!?
「お前なぁ、鼻ばっかやめろや」
知らないわよ
たまたま当たったのよ
てか
文句言われる筋合いないでしょ
むしろ
そっちが先にぱんつやめてよ。
それで私が
むっすーとしたまま
黙っていると
「仕方ねーだろが」とか
何が仕方ないのよ!?
「司馬の責任だろ」
「Σオレか(゜∀゜)」
どっちもだ!
頭が痛くなってきたわよ!
私はただの
清純な乙女なのに!
どっちかと言えば
従順で
何でもいうこときいちゃう
そんなタイプなの、私は。
なのに
お前らがあんまり馬鹿で
どうしようもないから
ツッコミ入れまくりで
すっかりキャラが
壊れてるじゃない。
誤解だわ、
私は地味で大人しい
そんな女の子よ!
「貴女が『いちごぱんつ』さん?」
休み時間
突如『謎の美女現る』よ、
ごくり、
思わず息を飲んじゃった。
「日向ちはやです」
とりあえず
初対面でそのあだ名は
不快ですよ?
「最近目立ってらっしゃるそうね?」
知りません。
てか目立ちたくないんですけど。
それでちはやが
小さくなっていると
謎の美女は
長い髪をかきあげて
「あんまり調子に乗らないでくださいな?」
ちょっと耳を疑ったわ。
「あれ?『タカビー先輩』だ」
下級生のクラスまで
何しに来たの?
そんな素朴な疑問を
司馬君はぶつける。
てか
本人にタカビーって言った…?
「高杉美月よ?司馬亨君」
強いわね、この人…(-_-;
「今日は『いちごぱんつ』さんにご挨拶に来たの」
意味解りません。
「思ってたより素朴な娘ね」
そりゃどうも。
「貴女は大人しくしてるのがせいぜいお似合いだわ」
嫌味なくらい
艶やかに微笑んで
人の顔を勝手に撫でるの
やめてください。
タカビー先輩は
私の顔を
しつこくなでまわしながら
何故か嬉しそうに
目が笑いだしたの、
うわぁ…なんなのよ?
どいつもこいつも
なんだっていうの?
「特別にいちごぱんつさんを、高杉美月ファンクラブの会員に加えてあげないこともないわ?」
「いえ、遠慮させてください!」
ノーと言えない日本人代表は
私じゃなかったみたい、お母さん…
ちはやは
とんだ親不孝者でごめんなさい。
「タカビー先輩、ファンクラブなんてあるんだ」
「キチガイ倶楽部だろ」
横にいたバサラが
鼻で笑う瞬間、
タカビー先輩の目が
ギラリっ、と
光ったような気がしたわ。
きっとこの瞬間
バサラは末代まで呪われたのよ、
クワバラクワバラ。
「不良の貴方がどうしていちごぱんつの傍にいますの?」
「てかタカビー先輩がなんで一年の教室に(ry」
司馬くんが
明るくのたまうのを
ぬっと立ち上がったバサラが
遮る。
タカビー先輩の
目と鼻の先まで寄って
またメンチを切り出したの!
「なにイチャモンつけてくれてんだ?」
「あら、不似合いですわ。不思議に思っても仕方ないのではなくて?」
あの至近距離に
涼しい顔をしてる
タカビー先輩は
一体何者なのよっ!
ていうか
なんでアクの強いのばっかり
寄って来ちゃうの?
「バサラは隣の席を勝ち取ったんだよな?」
「勝ち取るってナニよ、ただのくじ引き。単に偶然」
まるで
バサラが隣の席を
望んでたみたいな
司馬君のニュアンスを
私はすかさず否定した。
天の救いか
チャイムが鳴って
タカビー先輩は
仕方なしに踵を返して
去っていったの、
「考えておいてね」と、
しつこく言い残して。
考えないわよ、
何が悲しくて
そんな得体の知れないものに
所属してまで
タカビー先輩に
お近づきにならなきゃいけないの。
そんな内心の私とは別に
腹の虫の治まらない
バサラが横で憤慨していたわ。
どう憤慨かと言うと
何もかもね、
ドカッと座り直す態度も
目付きも
息の仕方一つ取っても
全身で不快のオーラを
全力放出中よ。
やだわ、迷惑だわ。
ただでさえ
バサラは見た目が不良で
怖いんだから、
隣の席で逃げ場もない私に
嫌な置き土産なんか
していかないでよ。
チャイム一つで
縁を切れる
タカビー先輩を恨むわ。
「次は古文か~。寝そうだな」
お気楽な司馬君を
どつきたい衝動に駆られたわ。
もとを正せば
あんな先輩に
目を付けられるのも
みんな司馬君の付けた
このあだ名のせいじゃない。
「クッソ、苛つくな……」
ホラホラ
バサラが遂に
声にしてまで
感情の垂れ流しを始めちゃったじゃない。
みんなみんな
司馬君のせいよ!
貧乏揺すりが
私のとこまで伝わるじゃないの、
別に私が
震えてるんじゃないからね!
ていうか!
なんでバサラは
だからこっちをわざわざ
ガン見なのよっ?
私じゃなくて
司馬君にぶつけなさいよ!
貴方の苛々の原因は
アッチでしょっ。
それで私は
一切バサラを無視して
ガン見も気付かないフリを
一心に続けたの。
先生も来たし
授業も始まったしね?
前を向いて
授業に集中するのは
至って普通の行為じゃない?
それなのに
バサラったら
おもむろに
私の机の足のパイプを
わざと蹴って来たのよ!
シャーペンの芯が折れたわ!
ノートの字が
大変なことになったじゃない!?
ついでに私の細やかな心が
悲鳴をあげる
大損害だわ!
ちょっと先生!
今の音で
気付かないわけないでしょ、
不良が授業妨害してくるんだから
なんとかしてよ!
心の中で叫んでみても
先生は知らん顔、
くっそ
教育委員会に
訴えてやるんだから。
仕方なく、
本当に仕方なく。
私は自分で
脅威と戦うことにした。
「…………何よ」
おもむろに睨んでやったわ。
コメカミが軽く
緊張でヒクヒクしそうよ。
こ、怖いんじゃないわ!
武者震い的な何かよ!
「マジムカつく」
むなくそ悪いっていう
表情全開にバサラが言うの。
「はぁ?私が何したってのよ」
悪いのは私じゃないわ、
ムカつく相手はタカビー先輩だし
原因は司馬君でしょ。
なんで私にぶつけるのよ。
「オレあぁいう女嫌いなんだよ」
「知ったことか」
バッサリ言ってやったわ、
ザマー。
内心ハラハラドキドキの
私の気持ちを知ってか知らずか
バサラは
声のトーンを更に落として
静かに凄んだわ。
「オレを切んな」
「は?」
なになに?
ちょっと解らなかった。
「オレをバッサリ切り捨ててんじゃねーよ。おめーだってあの女は嫌いだろ、だったらこっちに同調しろよ」
「バサラほどアカラサマに苛つくほど嫌いなわけじゃないわ。関わり合いになりたくないだけよ、てかバサラとも」
つい本音で言っちゃった!
ポロッと出たの!
火に油をついね!
案の定
バサラが額の血管を
浮かばせながら
目が光った!
先生!バサラ君が
教室に刃物を持ち込んでます!
ナイフみたいな睨みは
禁止してください!
「バサラ嫌われちゃったねぇ」
ナイスよ!司馬っ
その調子でもっと
バサラを茶化しなさい!
それで
野獣バサラの標的は
私から司馬君に
移るはずだったの。
でもバサラは
大きくため息をつくと
そのまま教室を
勝手に出ていったわ。
てか
授業中なんですけどね。
バサラが
教室からいなくなって
私は漸く
普通に授業を受けれて
だから
せいせいするはずだった。
…なのに
なんでか
無人になった隣の席が
やけに視界の端に
チラツクの。
逆側では
司馬くんが
ウツラウツラと
居眠りを始めて
私は
小さくため息をついた。
今頃
バサラはまた
体育館のとこで
一人でいるのかしら。
私が来るまでは
ここに居場所が
あったのかしら。
…私が
追い出しちゃったのかな…。
なに?
これってば
謝りにいかないと、なパターン?
ていうか
私が悪いわけ?
いつの間にか
爪を噛んで
すごい顔をしてたら
「あれ」
寝起きの司馬くんに
なんか見られてた。
「……なんか不機嫌モード?」
「よく無神経にいれるわね」
小声で嫌味を呟くと
司馬くんは
目を擦って瞬いた。
「なんの話?」
本当に
司馬くんにとっては
どうでもいいのね、
呆れるわ。
「あとでちゃんと迎えに行きなさいよ?」
「……ばさら?オレが?」
目を丸めて
不思議そうに見ないでよ。
「私が行ったら、また勘違いしちゃうでしょ!てかクラス委員だからじゃない?」
「いま、明らかに思い出して付け足したよね」
笑うな!
司馬くんと
協議の結果、
どちらがバサラを迎えにいくか
じゃんけんで
決めることになったの。
おもむろに
教科書を机に立てて
先生から見えないよう
バリケードを作る私に対して
司馬くんは
まだ眠そうに
片肘をついて
頭を支えながら
机の下でじゃんけんの構え、
アイコンタクトで
タイミングを合わせて
負けられない戦いの始まりよ。
最初はぐー!
じゃんけんぽん!
じゃんけんぽん!
じゃんけんぽん!
…じゃんけんの掛け声は
地域や時代で
多少変わったりするのよね。
この間
通りすがりの小学生が
大きな声で
『最初はぐっちょん、ぱっちょん、ぺ!』
って言ってたわ。
アレはもう
何を出していいか
解らないわね。
そんなことは
どうでもいいけど、
なんで
ずっとあいこなのよ。
授業終わっちゃうじゃない。
無情にも終戦を告げる
チャイムが鳴り響いたの。
先生が何か言って
教室を出ていったけど
ろくに聞いてもなかったわ。
「勝負つかないじゃない!」
賑わいだした教室で
不満を口にした私に
司馬くんはお手上げだと
苦笑いをした。
「仕方ないから二人で行こうか」
「やあよ!お昼食べるんだから」
「お弁当三人で一緒に食べればいいじゃん。あ、バサラは弁当持ってなさそうだから、学食のパンを買ってってやろうぜ」
なんでそんなに
爽やかなのよ?
ていうか
あんたたちとつるんでたら
私、いつまでも
普通に女子の友達
作れないんですけど!
不満顔の私を見て
司馬くんは思い出したように
そういえば…、と
話を続ける。
「教室にいたら、またタカビー先輩が来るかもな。あの人しつこいから、納得するまでしばらく休み時間のたびに来るんじゃね?」
「早く学食に急ぎましょう!」
自分のお弁当を
急いで鞄から出して
私は立ち上がる。
タカビー先輩とご飯なんて
消化不良もいいところだわ!
学食には
学年問わず
男子が黒集りになって
押し掛けていた。
黒山の人だかり、
略して『黒集り』ね。
購買部のカウンターと
自販機の前は
とても女子の行く場所ではないわ。
「ちょい、ここで待ってて。すぐ買ってくるから」
すぐ買えるわけないじゃない。
見れば解るでしょ?
あれはバーゲンセールの
オバサンパワーでもなきゃ
断然無理よ。
司馬くんは
カウンターのおばちゃんに
いつもの
爽やかスマイルで手を振ったわ。
それに気付いたおばちゃんは
ニカッと笑って返し
「おばちゃん!メロンとカレーとベーコンとチョコね!」
「しっかり受け取りな!」
え?なに?
おばちゃんが
司馬くんに
パンを投げつけて来たわ(汗)
黒山の男集りの壁を
難なく越えて
司馬くんの腕の中に
パンは落ち着いたの。
「さ、行こう」
「お金は……?」
おろおろしてる私に
司馬くんは
何でもない顔で笑い
「いつも、人の減った放課後に払いに行くんだ」
いつもやってるのか!
購買部の特待生なんて
聞いたことないわ!
「やほー。バサラ飯喰うぞ~♪」
体育館の裏で
バサラはふて寝してたわ。
最初のうちは
怖かったはずの睨みも
なんだかこどもが
拗ねてる時みたいな顔に見えて
ちょっと可笑しいわね。
「ホラ。パン買って来てやったから喰え」
司馬くんは
ニコニコスマイルで
仰向けに晒された
バサラのお腹の上に
パンをばら蒔いたわ。
バサラは
「はぁ……?」と
まだ機嫌悪そうながら
さもかったるそうに
体を起こすの。
「なにお前ら」
お弁当持参の
私たちを見て
バサラは
複雑な心境に
追い込まれたみたい。
「何ってなんだよ。昼飯に決まってんじゃん♪」
司馬くんは
芝生に大胆に座り
自分のお弁当を
早速広げだし、
私は
……出来たらその階段に
座らせていただきたいんですけど
バサラが陣取ってるのよね。
「あぁ?」
私の視線に気付いて
バサラは睨み返して来たわ。
違うわよ?
私は睨んでなんかないわよ?
「そこ、座りたいんだけど」
乙女を
地べたに
座らせるつもりじゃないでしょうね
さっさと詰めなさいよ。
「テメーは教室だけじゃモノ足りず、ここまでオレの陣地を攻めに来たのか」
「Σなによそれっ」
テリトリーとか
領土とか
興味ないわよ、
スカートが汚れるのが
イヤなのよ!
「おっかしいさ。さっきいちごぱんつにさぁ、教室にいたらタカビー先輩来るかもって言ったら、真っ青になってさぁ」
「なってないわよ!ちょっと足早になっただけよ!」
カラカラと
ほんとに可笑しそうに笑う
司馬くんに
バサラのパンを
投げつけたい衝動よ。
バサラが
そのやりとりで
何か納得して
私に一人分のスペースを
譲ってくれたわ。
いや、
その足もどけなさいよ。
バサラが
胸ポケットから
煙草を取り出し
口にくわえたのを
思わずポカンとみつめたわ。
どうやら
ライターをさがして
ジャケットのあちこちを
調べてるみたいだけど
「普通に考えて、ご飯が不味くなるから煙草はやめて」
「先にパン食えよー」
私と司馬くんから
つっこまれて
バサラは苦笑いをして
煙草をケースに戻したわ。
「てか、これがオレの昼飯だし」
「今日はパンにしなさいよ、私に迷惑でしょ」
「お前は本当に人をイラつかすのが上手いな」
バサラがこめかみをヒクヒクさせたけど
なんのこっちゃ。
私が
自分のお弁当箱のフタを開けると
途端に
二人が覗きこんで来たわ。
「な、なによ」
「てづくり?」
興味津々の二人に
私はフンと
そっぽを向いてやったわ。
「母の手作り愛情弁当よ」
「なんだ。高校生にもなってカアチャン弁当か」
ガッカリというリアクションで
バサラがため息をついたわ。
マジ
大きなお世話よ。
「うっさいわね!お弁当くらい自分で作れるわよ!」
罪もない
タコさんウインナーに
お箸を突き刺して
私が言うと
司馬くんが
パッと笑顔に…え?
やな予感しかしないわね。
「じゃあさ、今度オレとバサラの分も作って来てよ」
……うわぁ、
何事?
「なんでなのよ。なんで私がアンタらにお弁当を作って来なきゃならないのよ。まったくもって意味がわからないわね!」
私が
思わず甲高い声で
拒否ると
二人は顔を見合わせて
今度はヒソヒソと
「実は作れねーんじゃね?」とか
「オレ期待しちゃった」とか
聞こえてるわよ!
丸聞こえ!
「じゃあ何?私がお弁当作ったら、アンタたちは何をしてくれるのよ」
こめかみが
ひくつくわね、
ここは冷静によ、ちはや!
そんな私の気持ちを
知ってか知らずか
バサラは
ニヤリと顔を歪めたの。
「旨かったらな。何でもしてやるよ」
「あ、いいねソレ。オレもそうする」
司馬スマイルが
便乗しやがったわ、
アンタら絶対
マズイと思ってるでしょ!
お昼休みは
お手洗いに行って
私は一人で悶々と
考えていたの。
だって
アイツらを
ぎゃふんと言わせないと
気が済まないわ。
絶対に美味なるお弁当を
作り上げないといけないわけよ。
私の沽券にかかわるのよね。
畳んだままの
ハンカチの端をくわえて
手を洗っていたら、
不意に背後から
可憐な声がして
考え事に没頭してた私は
変な声が出たわ、事故よ。
「ふへっ?」
事故なのよ。
顔をあげれば
目の前の鏡には
おちゃめな私と
その背後に立つ
見知らぬ女子生徒…
……まあ、
女子トイレの中だしね。
慌てて手を洗い終えて
口のハンカチを
本来の手の中へ移動させて
私はその娘を振り返ったの。
私より
ちっちゃいその娘は
ゆるい癖のある髪を
肩の長さで揃えて
片側だけサイドをヘアピンで
可愛くとめてた。
お人形さんみたいで
可愛いじゃない?
なぜかウルウル
頬を染めて
必死にみつめて来るんだけど
これ、なんてGL?
ぷるぷるしてる
まるでチワワ。
私がそう思った時
チワワ、もとい
その娘が再び口を開いたわ。
「いちご先輩は、付き合ってる人とかいるんですか」
……ん?
「日向ちはやです」
そこは大事、
テストに出すから。
ていうか
先輩って言うからには
この娘は後輩なのね、
確かに
体育館側のトイレは
一年生の教室が近いわ。
ていうか
これ、マジでGL?
私って
そんなに有名なのかしら。
まだ
転校してきて
そんなにたってないし
目立つことなんて
このあだ名だけだわ。
「ねぇ。あなたどうして私のこと知ってるの?」
ぷるぷるチワワの質問を
ガン無視して
質問返しよ。
だいたい
まずは名乗るのが礼儀だわ、
めんどくさいから
べつにいいけど。
チワワは
うるうると
泣きそうな目で
え?なによ、
いぢめてなんか
ないんだからね?
「わたし…バスケ部のマネージャーをしていて…」
蚊のなくような声ね。
「司馬先輩が。いちご先輩の話を」
「しば、せんぱい?」
アイツが犯人か…!
私が
心の中で
舌打ちしてると
チワワが急に
押し寄せてきたの、
ビビるからやめて!
「さっき、体育館のところで司馬先輩たちと一緒にお昼食べてましたよね!?」
必死に詰め寄るチワワと
後ずさるけど
洗面台にお尻がつかえて
もう逃げ場のない私。
何で私がこんな
問い詰められなきゃいけないの。
「チガウワヨ?ワタシトシバクンハベツニソンナンジャナイカラ」
チワワが目と鼻の先よ。
「じゃあもう一人の先輩とは?」
誰よもう一人って。
まさか
バサラじゃないでしょーね。
私は
鼻先まで詰め寄る
チワワを軽く押し退けて
態勢を立て直した。
圧され気味なんて不利だわ。
「とにかく。質問なら司馬くんにすればいいわ。私は関係ないもの」
おかしな三角関係も
不良との恋人疑惑もGLも
私はごめんだわ。
断固強気の拒否よ。
そのまま足早に
トイレを立ち去ったわけだけど
さて
あの司馬漬け野郎、
どうこらしめてやろうかしら。
教室に戻るなり
バサラと談笑してる司馬くんに
軽~く睨みをきかせて
言ってやったの。
「司馬先輩はずいぶんモテるみたいね」
「あ?」
司馬くん本人よりも素早く
バサラの眉毛が片方
持ち上がって反応したわ!
さすが不良は
イチャモンに敏感ねっ。
「さっきトイレで司馬くんの後輩に絡まれたわ」
「バスケ部の一年坊主にか!」
なんでか
クワッと目を剥いたバサラに
司馬くんはカラカラと笑う。
「まさかぁ」
「トイレで絡まれたって言ったでしょ?女子に決まってるじゃない」
呆れて返す私に
でもバサラは真剣な顔で
「不良が絡む時は人気のない場所に引きずり込むからな。男子便所に連れ込まれたのかと」
「だったらこんな落ち着いてないわよ!」
不良は発想が恐いのよ!
「つうか、司馬の後輩って男バスだろが。なんで女が出てくんだよ」
「マネージャー?」
興味津々の二人に
私はなるべく涼しい顔で
興味なさげに答えてやったわ。
「本人はそう言ってたわよ」
「へぇ。誰かなー」
「マネージャー何人いるんだ」
司馬くんは
ちょっと考えて
「四人…一年生は三人か」と
指折りしながら
呟いて
いや、違ったかな
どうだっけ、と
一人で悶々
悩みだしたの。
「まぁいいや。それでそのマネージャーがなんて絡んできたんだ?」
「……なんでバサラのほうが話に食いつくのよ」
うっかり話したら
後で相手の子を
シメに行きそうで怖いわ。
「とにかくね!知らない人にまで『いちごぱんつ』ってあだ名を広めないでよ。不快よ不快。なんで部活で私の話をしてんのよ!」
私がバンバンと
机を叩いて抗議すると
バサラが納得して
私の味方についたわ。
「確かに部活でいちごぱんつはないな」
「だって佐野のはいてたトランクスがイチゴの柄でさー」
誰よ、佐野!
「いっそその人にそのままあだ名をあげるわよ!」
「イチゴ柄のトランクスなんてあるのかよ…」
でもその流れなら
うっかり私の話が出ても
なんか納得ね。くぅ。
「いちごぱんつは制服違うから転校生ってわかりやすいしね」
「来週には制服出来るんだから!何よ、失礼ね!」
その日の放課後は
掃除当番だったわけだけど
同じ班のはずの
バサラはサボって帰ったわね。
まあ
バサラだし
最初っから期待はしてないわ。
私が一足遅れで
下校したのに
何でか
駅に向かう途中の道で
バサラに会うとか
かなりイミフ。
「アンタ何してんのよ」
「うっせーな。バイクの調子が悪ぃんだよ」
…確か
バイク禁止よ?
とりあえず
バサラも今日は
駅を目指してるわけね、
ご愁傷様。
駅に近付くに従って
色んなお店が増えて
繁華街とまでは呼べないまでも
浮わついた学生たちが
羽根を伸ばすには最適な
ファーストフードのお店や
ゲームセンターやらが
賑わっているの。
駅前通りから
一歩中へ入ると
途端に
胡散臭い空気がするのは
なんでかしら。
薄暗い狭い路地や
何の店が入ってるかわからない
謎の雑居ビル、
倒産したような
廃ビルもあるしね。
私みたいな
健全で賢明な生徒は
足を踏み入れない
魔のエリアと隣り合わせね。
つい
いつもの調子で
バサラと軽口を叩いて
歩いていたら、
魔のエリアから
数人の男子が出てきたの。
制服は着てなかったから
どこの生徒か知らないけど
見たとこ同年代ね。
その中の一人が
明らかにこっちを見て
すっとんきょうな声を出したわけ。
「おいおい、ありゃあ二中の狂犬じゃねえ?女連れとかマジウケる」
何を言ったんだか知らないけど
全員が
絵に描いたような
不良面だったから
ほぼ直感で
バサラの知り合いだと覚ったわ。
ていうか、
バサラの目付きが
三倍悪くなったしね。
いやだわ、
売られた喧嘩は
ホイホイ買いそうで
バサラの揉め事に
巻き込まれるとか
命が何個あっても足りなさそう。
「私は急用を思い出したみたい、それじゃあね!」
「いや。明らかに不自然だろ、それ」
不自然でいいから
素直に見送りなさいよ!
なんでツッコむのよ!
「知り合いでしょ?お邪魔しちゃ悪いからオイトマするわよ」
「知らねーよ、あんな奴ら」
だから
バサラの事情は
どうでもいいのよ!
要は私の安全確保が大事!
「知らねえ、だと?」
不良男子の一人が
明らかに
アゴを引いて
下からのメンチを
発動させながら
こっちにズカズカ
急接近よ!
バサラのツッコミのせいで
私がまだ避難出来てないのに!
「オレの顔も覚えてねえかよ」
早く思い出してあげなさいよ、
かわいそうでしょ!
穏便に済ましてほしい
私の気持ちを
知ってか知らずか
バサラったら
鼻で笑って
相手を煽るんだから!
だからアンタは
バカなのよっ。
「イチイチ、ボコった相手の顔なんか覚えてねぇし。どうせすぐ原形なくすし?」
怖いわよ!
挑発するにしても
内容がエグいわ、
もはや18禁
いいえいちご禁ね!
私にはちょっと
刺激が強すぎなの。
「付き合いきれないから帰ります!」
私は全力で猛ダッシュして
駅まで逃げ切ったわ。
そんな恐い想いをした私は
二度と
バサラとは
一緒に帰らないでおこうと
胸に誓いをたてたの。
住む世界が違うんだから
仕方ないわよね?
ライオンの檻に
好んで入るほど
私は酔狂じゃないの。
翌朝
教室で再会したバサラは
顔に軽い傷を
負ってはいたけれど
ぜんぜんピンピンしていたわ。
「お前、普通、逃げるかよ」
「逃げるわよ。当たり前じゃない」
たった一人で
あの人数をどうしたか
気になったけど
あえて聞くのはやめたわ。
怖いし!
「バサラとつるんでたら、か弱い私まで巻き込まれちゃうじゃないの。死亡フラグだわ」
「か弱い、だと?誰がだ」
重たい教科書が
たくさん入った
皮のカバンを
バサラの足に
落としてあげたわ。
「ごめんなさい?カバンが重すぎて手が滑っちゃった、か弱いから」
「……面の皮の厚さは最強だろ」
か弱い女子に、何よ!
司馬くんは
バスケの朝練が終わった
始業ギリギリに
駆け込みセーフで
やってきたわ。
疲れきった汗だくのとこ
ガン無視して
待ち構えてた私が
昨日の話をしたの。
「聞いてよ司馬くん。昨日私ひどい目にあったのよ」
「逃げたんだから、ひどい目にあってねーだろ」
横からバサラが
口を挟んできたけど
無視よ、無視!
「バサラの不良仲間がね」
「仲間じゃねーし」
「『よう、ニチュウのキョウケン』とかなんとか」
タオルで汗を拭いた
司馬くんが
私を振り返ったわ。
「懐かしい二つ名だね」
キョトンよ、キョトン。
「懐かしい?」
「オレもバサラと同じ二中の出身だからさ。クラス違ったし話したことないけど。バサラ有名だったよな」
へえ。
そうなんだ。
「二中の狂犬って言えば、オレらの世代なら誰でも知ってるんじゃないかな。他の中学出身でも」
なぜだ。
他の中学まで
異名が轟くなんて
あり得ないでしょ?
アンタ
一体何やらかしたのよ。
私の中の
バサラに対する警戒心が
今さらながらに高まったわ。
「他の学校からどんどん不良が喧嘩売りにやってきてて。バサラ悪くない被害者なのに停学とかなったよな?」
「まあ、オレが一方的に連勝したからな。被害者とは言えない」
「それが武勇伝」
(゜_゜)
バサラ怖すぎ。
やだわ、
私ったら
とんでもない奴と
関わってしまったのね、
気をつけないと。
「おい。なんで今机を遠ざけた?」
「私は善良な一般市民です」
「なんだそりゃ」
嫌な予感は
ヒシヒシしていたのよ?
乙女の勘ってやつが
ビンゴしたの。
事件は
三日後の放課後に
突如起きたのよ。
***
「司馬先輩!」
体育館で
練習中のバスケ部員が
練習の手を止めて振り返る先に
部活の買い出しに出ていたハズの
マネージャーがいて。
「あれ?どうしたの、チワワん」
買ってきた荷物を
投げ出す勢いで
半ベソのマネージャーが
司馬のもとに
一直線に向かって
叫ぶ。
「いちご先輩がどこかの不良にさらわれてくのを見たんです!」
途端
司馬の手が
マネージャーの手首を掴み
引きずるようにして
体育館を飛び出して行った。
向かった先の
男子更衣室で
自分の携帯電話を
手にした司馬は
着替えもせずに
そのまま学校をあとにする。
「場所案内して」
怯えて泣いてるマネージャーを
拐う勢いで走りながら
信号待ちで
素早く携帯アドレスの
クラスメート一覧から
バサラを選ぶ。
呼び出し音が
数回
「早く出ろ、バカ」
イライラと
つい暴言が出る。
***
珍しく
携帯が鳴った。
珍しかったから
しばらく自分の携帯だとは
思わなかった。
しかし
音の出所は
ポケットの中。
「誰?」
無愛想に電話に出ると
聞き慣れた司馬の声がした。
『今どこにいる』
聞き慣れた?
いや
なんか切羽詰まった感じは
はじめてで
様子はおかしかった。
「バイク屋だけど」
『いちごぱんつが拐われた。駅前のスポーツ用品店わかるか』
「はあ?」
『イチマツってスポーツ用品店の裏道の奥の廃ビルに行け!なんか不良な奴らに連れていかれた』
頭に血が上った。
アイツらだ。
「はいお待ち。バイクなおったよ」
「悪いけど、金後で払いにくるから」
「え?」
「急用できたから行く」
バイクをぶんどって
またがると
そのままアクセルを噴かした。
駅前の道は
歩行者だけの
アーケード街で
ほんとは
車両侵入禁止だが
関係ない。
最短ルート飛ばして
司馬より先に
敵地侵入だ。
***
辺りは
あちこち
割れたガラスの破片とか
ゴミとかゴミとか雑誌とかゴミが
散らばっていて
ぶっちゃけ汚かったわ。
どうやら
不良グループは
日頃からここを
溜まり場にしてるみたいね。
コンクリート造りの
廃ビルは
電気も水道も
止まってる
ただの箱。
昼間でも
薄暗くって
気味が悪くて
デンジャラスな臭いが
プンプンするわけよ。
なんで私が
そんな悪の根城に
お邪魔してるか
意味がわからないわね。
「ねぇ、ほどきなさいよ。何度もいうけど私バサラの彼女じゃないし」
汚い椅子に
縛り付けるとか
最低な人がすることよ!
制服が汚れたし!
「て、いうか!アンタたち一体どんなけバサラにボコられたのよっ。そこの松葉杖の人なんか特に、家で大人しく安静にしてなさいよっ」
目の前の不良男子たちは
一様に怪我を負い
ボロッボロ!
三日前のバサラとの
壮絶な争いの結果を
むざむざと
語ってたわ。
不良たちより
バサラが怖いわよ!
「ギャンギャンとうるせー女だな!」
松葉杖で怒鳴られても
負け犬の遠吠えじゃない。
「ちょっと!人のカバンあさらないでよ」
不良男子の汚い手が
私の神聖なカバンを
荒らしていくわ!
お気に入りマスコットの
ウサちゃんがちぎれちゃう!
私は
縛られて動けないまでも
椅子をガタガタ鳴らして
断固抗議よ。
「黙ってろよ、今王子様を呼んでやるから」
「王子様?鬼か悪魔の間違いでしょ」
不良男子が
カバンから取り出した
私の携帯。
不覚にも
バサラと司馬くんの
登録はしてあるわけで。
まんまと
電話をかけられたわ。
……なぜ
悪魔の召喚をするのかしら
正気の沙汰じゃないわね。
***
また携帯がなった。
見れば
いちごぱんつからの
受信表示だ。
歩きながら
電話に出る。
『バサラくぅん。助けてぇ』
の太い男の声がして
気持ちが悪い。
後ろの奴ら
大爆笑してるけど
大丈夫か?
『よう、調子はどうよ』
「てめぇ。いちごぱんつどうしやがった」
ついうっかり。
いや
マジでうっかり。
『は。いちごぱんつぅ? お前、彼女のこと、いちごぱんつって呼んでるのか???』
息を飲んだ感じの
驚きのリアクション
てか
気持ちが悪い。
「彼女じゃないし!いちごぱんつって言うな!」
そんな
いちごぱんつの
怒濤の叫びが
遠くに響いた。
***
不良男子たちの
目付きがおかしくなったわ。
なんで
どいつもこいつも
視線が私のスカートに向くのよ、
バサラ殺す!
「違うから!いちごぱんつなんてはいてないからねっ!」
何で揃いも揃って
同じ妄想するのよ、
気持ちが悪い!
今にも
スカートめくって
確かめようとか
何よ
何でじわじわ
にじりよって来るのよ!
「こっち来ないでよバカ!」
ここに来て初めて
身の危険を感じたわよ。
携帯で話してる一人も
チラチラこちらを気にしながら
話を続けて
こう言いやがったわ。
「お前ロリコン趣味だったんだなあ?早く助けに来ないと彼女ヤバイかもな。どうする?場所を教えてほしいか?」
何がどうヤバイってのよ
アンタたちも
殺すわよ!
私はロリータじゃないしっ。
ちょっと
胸の発育が遅いだけじゃない!
「オレたち。五藤組の事務所にいるんだぜ?助けに来れるかよ」
は?ゴトウグミって何よ。
ここはただの廃ビルじゃない。
そこで私はピンと来たの。
この不良男子
嘘をついて
バサラを
ヤクザな事務所へ
殴り込みさせる気なんだ、って!
「騙されないで!バサラ!」
「おっと」
不良男子は
ニヤリと笑って
携帯を切ったの。
「ざんねーん」
周りの奴等も
ニヤニヤと笑って
私の顔を覗き込むとか
腹立つわね!
おかしいと思ったのよ、
コイツらじゃ
バサラに勝てないし
仕返しするには
人数足りないし!
「いくら狂犬でも、五藤組に一人で乗り込んで無事なはずない」
不良男子たちは
楽しそうに
復讐を喜んでるけど
何よ
自分たちの
実力じゃないなら
いつか
しっぺ返しが来るんだから!
とはいえ
私は
バサラが心配になったわ。
本物のヤクザなんかに
喧嘩を売ったら
最悪
銃で撃たれたり
しちゃったりするかも
わからないでしょ!
こんなとこで
捕まってる場合じゃないのよ
私が
バサラを
止めにいかないと!
ガタガタと
椅子を鳴らして
何とか紐をほどこうと
暴れていたら
不良男子の一人が
私の顔を
下から覗き込んで来たわ。
「あれー?いちごぱんつちゃん。王子様が助けに来れなくなって自力で脱出?」
周りをグルッと
囲まれて
ニヤニヤとうるさいわね!
「ほどいてよ!バサラには謝らせるから、とめてあげて!」
私が必死に叫んでも
ただ笑って
まともに請け合ってもくれない。
足掻いても足掻いても
体は自由にならないし
何も出来ないなんて
悔しかった。
「お前もしかして、アイツの心配してんの?馬鹿じゃねえ?」
「自分の心配したほうがいいよ、いちごぱんつちゃん」
言われて
それまで
逆上してた頭の血が
一気に引いた。
「や、やだ。何する気よ」
こいつらは
自分たちが楽しければ
相手のことなんて
どうでもいいんだって思ったの。
バサラが死のうが
私が傷付こうが
関係ないのね。
いやらしい目付きの
不良男子たちに
吐き気がしたの。
いやだわ、
こんなとこで
ひどい目にあわされるくらいなら
いっそ
舌を噛みきろうかしら。
そんなふうに
思った時だったわ。
「謝るとかイミフだな、おい」
カランカランと
金属の棒を地面に擦って
めっさ
鬼の笑みを浮かべた
バサラが立ってたの。
階段を
駆け上がった直後らしく
息があがってたけど
振り返った不良男子どもが
一斉にうろたえまくって
傑作。
ああ
人間は
テンパると
こうも動揺するのね。
でもそれは
あとで思い返して
ゆっくり感じたこと。
この時の私は
信じられない思いで
夢か幻じゃないか、
ただ呆然としてたの。
「……バサラ」
とりあえず
舌を噛む前で良かった。
「なんで、おま…」
一番手近にいた一人は
顔にグーパンをお見舞いされて
瞬殺されたわ。
ぜったい
鼻の骨が粉砕されたわ、
誰か
私に耳栓と目隠しをして。
崩れ落ちた
第一の犠牲者に
あとのメンツは
すっかりすくんでいて
自分から
バサラに挑む
勇敢な人は
さすがにいなかったわね。
でも
バサラはバサラで
すでにキレちゃってるらしく
謎の金属の棒を
振りかざすのよ。
「ひ、人殺し!」
思わず悲鳴をあげたのは
私。
不良男子が
クモの子散らす勢いで
あっちこっち
逃げ出して
場内
大パニック、
私も逃げたいんですけど。
やがて
最後の一人も
フラフラ逃げて行ったのを
見送ってから
バサラは
コンクリートの床に
金属棒を
無造作に放り捨てたの。
「ひいっ」
あまりの音の大きさに
私の寿命が
縮んだわ。
「怪我ねえかよ」
目の前に来たバサラは
もう鬼顔じゃなかった。
「心に深い傷を負ったわ」
「悪かったな」
やけにすんなり
謝罪しながら
バサラが
紐の結び目を
ほどきはじめて
私は思わず
聞き返したわ。
「今なんて?」
「なんで二度言わせる」
「だって。さっき。『謝るとかイミフ』って」
関係ないけど
私の声が
やたらにふるえてたのは
きっと武者震い。
「アイツらに謝るとか、マジでありえねーから」
「……そうか」
私には
謝ってくれるんだ。
「ハサミもってる?」
「糸切り鋏なら」
「いやいや、切れねーよ」
紐の結び目が固いのは
まさか私が暴れたせい?
「ていうか、ずいぶん早かったね。……ゴトウグミに行ったわりに」
「行ってねえよ!」
爽快なツッコミが来たわ。
行ってないそうよ。
「電話来た時点で既にここについてたし、お前のデカイ声が聞こえたから」
「エスパー!?」
「ちげぇし」
違うらしいです。
「じゃあ何で場所がわかったのよ。まさか私に盗聴器やら発信器やら仕込んで!」
「ねぇよ」
訳がわからなくて
泣きそうな私に
バサラは
クソ!とか
コノヤロー!とか
独り言を言っていたわね、
結び目と格闘しながら。
そこへ
ジャージ姿の
二人組がやって来たのよ。
「やっとほどけたぞ、コノヤロー!」
「バサラ。いちごぱんつ。無事?」
司馬くんの登場に
私が呆けていると
なぜか
一緒に来た
いつかの女のコが
声をあげて泣き出したわ。
「いちご先輩が無事で良かったですぅ」
そのあと
司馬くんから
事情を聞いて
ようやく
理解したの。
たまたま
バスケ部の買い出しに
マネージャーの
チワワんが
この付近にいたところ
下校中の私が
拐われて、
きっと
猛ダッシュで
学校に戻って
助けを呼んでくれたんだろうな。
「ありがとうね、チワワん」
「あう、なんで私『チワワん』なんですか?」
「さっきさぁ、スゲー怪我した不良が出てきたから、びっくりしてさぁ」
司馬くんたちは
逃げてく残党に
遭遇したみたいね。
「でも無事で良かったわー」
いつもみたいに
お気楽な笑いで
司馬くんが言った。
「助かった。司馬から連絡もらってなかったらまんまと五藤組に殴り込んでた」
「怖いわよ!もういや!」
「チワワんの功績はデカイよね。感謝感謝」
司馬くんが言うと
感謝の重みも
軽くなるのは
何故かしら。
まぁ
チワワん本人は
顔を真っ赤にしてたから
アレぐらいライトな感謝で
ちょうど良かったのかしら。
この事件で
私の制服は
すっかり
砂埃に汚れてしまったけど
ちょうど
新しい制服が出来上がり
みんなと同じ
お揃いになれたわ。
そしたら
そんなに目立たなくなったのか
変な人に
絡まれることも
そうそうなくなった。
チワワんとは
すっかり仲良しになって
休みの日には
一緒に出かけたり
たまに
四人で遊んだり
楽しくやってるわ。
普段は
護衛だとか言って
バサラが家まで
バイクで
送ってくれるようになったけど
私は
不良じゃないんだからね!
「いちご先輩は君島先輩の彼女じゃないんですか?」
「チワワん?泣かされたい?それとも泣かされたい?」
「選択肢ないですっ」
チワワんは
その後
司馬くんと
ラブラブになったらしいけど、
私はならないわよ!
「付き合えばいいのに」
お気楽司馬くんは
そう言うけど!
ぶっちゃけ
怖いわよ!
「よう。誕生日プレゼントにはいちごぱんつくれてやるからはけよ?」
「ぜったいぜったい嫌!」
バカバサラは
こんな調子で
セクハラ発言ばかりだから
周りはみんな
勘違いするけど
告白なんか
されてないし
付き合ってなんか
ないんだからね!
《いちごぱんつ 第一部/完 》
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