終 (Jekyll)
仮想西暦2060年 3月某日(2日後) 午前
『
ラグーナポリスを騒がせた『殺人鬼』は、逮捕された。同時に『その場に偶然居合わせた』卓也とララも、ジンノら特捜課の面々に夜明けまで説教された後、公園をめちゃくちゃにした『器物損壊』の容疑で留置場にぶち込まれた。
もっとも、ジンノには最初から立件するつもりはなく、この手の事件がある
その為、2人は48時間で釈放された。
そして現在、職場兼自宅の娯楽施設に戻った卓也とララは、占い処のソファで疲れを癒していた。
そんな2人を、淹れたてのココアと共に出迎えたミカは、テーブルを挟んだ正面に座ると、唐突に謝罪する。
「ごめんね、2人とも。ジンノさんがあそこにいたの、私の所為なの。タクちゃん達が少しでも楽できるようにって、ジンノさんに公園の近くで待っていて、って頼んだのだけれど・・・」
「まさか、特捜課総出の大捕り物にするなんて、普通は考えないよ。ミカが気にする事じゃない」
そう言って、うなだれる少女をねぎらった卓也からは、あの夜のような野性味は感じられない。ココアを
が、そんな今の彼にも許せないことが一つ。
「だけどララ、あんたはダメだ」
「は?何がだ?」
全く心当たりがない、と
それが彼の怒りへさらに油を注いようで、ココアのカップを置くと、卓也はララへにじり寄った。
「ハイドの奴が書置き一つ残さないのはいつもの事だけど、あんたぐらいはこっちの俺に囮のこと教えてくれたって良かっただろうが!知らずに腹を抉られるのと、前もって心構えしとくのとでは、全然痛みが違うんだよ!」
「何トンチンカンな事を。あれはお前とハイドが別人格であるからこそ出来た作戦だ。お前がなにも知らなかったから、
自分は関係ない、とララはズズズとわざとらしく音を立て、ココアを啜った。
「・・・ああもう、なんでこんな面倒な身体に成っちまったんだ畜生!」
意識の奥底で眠っているもう一人の自分へ怒りを向けつつも、自分で自分を殴る訳にいかず、卓也は頭を抱えながら、ソファへ仰向けに倒れ込んだ。
するとミカとララは、そろって居心地の悪そうな表情になる。自分たちの黒い過去を突き付けられた、そんな顔だ。
「やはり、まだ許してはもらえないのだな」
「タクちゃん・・・ごめんね」
途端に場の空気が悪くなる。
自分の失言に気づいた卓也は、慌てて2人をなだめた。
「あ・・・いやいやいや!2人を責めてるわけじゃないからね?俺、今の生活すっごく気に入ってるからね!?」
「・・・ほんとう?」
「ああ、本当本当!」
うるんだ灰色の瞳に見つめられた卓也は、偽りのない笑みを返す。
「2人に出会ったおかげで、俺はこうして魔族特区の繁華街に住んでいる。河童のおっちゃんや雪女の姐さん、鬼のマスター、他にもいろんな魔族と知り合いになれた。かなりの頻度で痛い目に合うけど、人間だった頃じゃできないような面白い経験が積める。そして何より、レ・ファニュが小説のモデルにしたほどの、美人吸血鬼2人と一緒に暮らせる。感謝こそすれ、恨みなんかこれっぽっちもないよ」
卓也の言葉に、女怪異とその被害者である主人公として描かれた姉妹は、一転してこそばゆい表情を浮かべる。
新井ミカ、真名カーミラ・カールステン。
新井ララ、真名ローラ・カールステン。
脚色されたものではあるが『ルーマニアのドラキュラ』と並ぶ知名度を誇る彼女達。
そんな2人の『家族』となって2年。物騒な事件に巻き込まれ七転八倒する時もあるが、そんな『日常』が、孤独の身であった卓也にとっては何にも代えがたい、大事なものとなっていた。
そしてそれは、姉妹も同じだった。小説に
なにより、3人の出会いは最悪だった。2人が眠っていた地下室に、偶然迷い込んだ卓也。そんな彼に誤解で瀕死の重傷を負わせてしまった上に、同意なくこちらの世界へ招いてしまった。
なのに、彼は自分の変化に戸惑いこそすれ、姉妹を糾弾せず、それどころか世界の変化を知らなかった彼女達に、自分の姓と新たな居場所を用意してくれた。その正体を知ってなお、態度を変えずにいてくれる。
この魔族特区で姉妹が、お互いの他に唯一全てをさらけ出せる相手。それが新井卓也という存在だった。
「・・・さて、せっかく街が平和になったんだ。久しぶりに、3人で映画を観に行かないか?」
ココアが片付いた頃、卓也がふとそんな提案を投げかける。
「あら、いいわね。そういえばタクちゃん、行き損ねてたっけ。お代は私が出すから、行きましょうよ」
「私は、観に行くモノによるな。卓也、お前が見たいのはなんというタイトルだ?」
「『Mr.Alabama』っていうハリウッド産のファンタジー。日本じゃ定番の、オンラインゲームやってたら異世界へ、って物語。アメリカではなかなかの評価らしいよ。『まさかの主人公悪堕ちエンド!』って」
「ほぅ・・・ん?それは重大なネタバレではないか!?」
「おっと。まぁでも、席に座って見始めたら、そんなもんすぐ忘れるさ。さぁて、予備のジャケットどこに仕舞ったかなぁ」
「クローゼットの左端にあったわよ。・・・あ、ねぇララちゃん。今日のこれからのお天気、どうだったかしら?」
「曇り時々晴れ、だ。日差しはそれほどきつくはないが、気温は5月並みらしいぞ」
3人はそれぞれに外出の身支度を始めるべく、窓際の階段から上階の私室へ移動する。
卓也は普段着が事件で駄目になった為、押入れの奥で予備の衣類を漁る。
ミカはララに手伝われながら、薄着かつ日よけのしっかりした組み合わせを思案する。
同時刻
『易占奇術』2階のカラオケルーム
「「「コン、コン、コン♪コンコ、コンコン♪」」」
化け狐の女子高生たちが、流行りのポップスを熱唱していた。
1階のゲームセンター
「ひぎぎぅ、ご・・べん、な゛ざい゛」
「あぁ!?ウチの店で悪さぁするたぁ、いい度胸だねぇ!!」
「せ、先輩、落ち着きましょう!・・・出てます!彼の口から出てきちゃいけない何かが出ちゃってますぅ!」
地下1階 スポーツエリア
「おら悪ガキども!あと15セットぉ!
「「「「「マッソォ、マッソォ、マッソマッソマッソォ!」」」」」
フィットネスクラブでは、2か前にカツアゲを働いた不良グループがイケメンなマッチョマンに指導され、一糸乱れぬ動きでブートキャンプに勤しんでいた。
こんな風に、人と魔族が入り混じり、笑って泣いて怒って楽しんで。それぞれの今日を、明日を生きている。
この物語は、そんな彼らの『日常』の一コマである。
数分後
3階 『占い処-アカツキ-』
コンコン
経営者3人が身支度を整えた頃、占い処に来客があった。
「ん?だれだろう。どうぞ~、空いてますよ」
「お邪魔しま~す。・・・あれ?出かける所だった?」
勝手知ったる様子で中に入り、3人の服装を見て気まずそうに固まったのは、赤いポーチを肩から下げた白装束の女性。
店の主である3人は、彼女をよく知っている様子だ。
「あ、ヨミチさん。久しぶりですね。わざわざこっちに来たという事は、何かご依頼ですか?」
「(やれやれ、映画はまた延期だな)」
「(今日は構わないさ。チケットも買ってないから、損はないし)」
ミカがヨミチと呼んだ女性に席を進める後ろで、ララと卓也は小声でささやきあう。
ちょっと予定がズレた。2人もミカも、その程度だと軽く考えていた。
ところがその余裕はこの後、ヨミチによって招かれたもう一人の来客により、あっさりと消え去ることになる。
「ああ。簡単に言えば、1人預かってほしい子がいるんだ」
「また、誰か保護したんですか?それなら私達よりジンノさんの方が・・・」
卓也が何気なくそう口を挟むと、ヨミチは何やら言い辛そうに、横へ視線を逸らす。
「あ、いや。旦那のところにゃ、もう行ってきたんだ。その上で、あんたらに頼みに、というか、あんたらにしか頼めそうにない子でね」
「・・・?」
「まぁ、会えばわかるんだけどね?・・・入っておいで」
「・・・はぃ」
ヨミチが振り向いて声をかけると、新たに1人の少女が入ってきた。
まだ高校生ぐらいに見える彼女は、紺色の体育ジャージ姿で、左胸の白い生地には、所属するクラスと名前がマジックペンで書かれている。
そして、その名札に書かれた姓名と彼女の顔を確認した、よろずや屋3人は、思わず言葉を失ってしまう。
「なっ、ヨミチさん!?彼女は・・・まさか?」
「うそ!?」
「・・・」
3人の反応をみて、ヨミチは「やっぱりか」と同情を示し、少女は申し訳なさそうに、遠慮がちに身元を明かした。
「ええっと、県立
自虐気味に笑んだその口元からは、人一倍に伸びた犬歯が見えた。
このように、唐突に事件がやってくるのも、この街の『日常』である。
『易占奇術』は“通常”営業中 ミズノ・トトリ @lacklook
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