5(Hyde)

現在 ハイドのからしばらく後


「・・・という訳で、お前は見事にハメられて、殺人未遂の現行犯で逮捕となるんだが・・・言い残すことは何かあるか?」


 卓也の中に潜んでいた別人格は、目の前の獲物に事のあらましを語り、口の中に残る血を吐き捨て、狩人の視線を放つ。

 一方の『殺人鬼』は、立て続けに明かされた予想外の事実に、ただただ混乱していた。


「何なんだよ、何なんだよお前ら!?『ねっくれす』の代理人とかいう話もホラかよ!?」

「『連合ネクサス』な。中二病じみた名前だが、これでも一応、国連が公認してる機関だぜ?」

「そして、私達姉妹とそこのがその代理人という話も本当だ。我々の職務は、『人間と魔族の中立的共存を維持する事』、『その障害となるあらゆる事象を排除する事』。つまりは・・・」

「お前みたいに、軽々しく法を破る輩をフルボッコにするって訳だ。まぁ逮捕したり裁判にかけたりするのは、人間の警察に優先権があるわけだが。・・・引き渡す時に『滅んで』なかったらセーフだよな?」


 『殺人鬼』の肩越しに、ララへ同意を求めた卓也ハイド

 しかし彼の叔母は、自分の役目は終わったと言わんばかりに、踵を返して立ち去ろうとする。


「さて、好きにしたらどうだ?私はもう関わらないぞ。こんなアホウの血で、ミカから貰ったドレスを汚したくない」

「あ、ひでぇ。こっちは囮をやって貧血気味なんだぞ!一人でやらせるなら、せめてパックの一つでも置いてけ!」

「ん?輸血パックならそこに落ちてるだろう。まだ1口分ぐらいは残っているし、何なら地面の血だまりを舐めればいい」

「はぁ!?お腹壊しちゃったらどうすんの?」

「何を今さら。腹ならとっくに壊れ・・・と、もう治っていたか」

「・・・てめぇら」


 卓也ハイドとララの漫才に挟まれていた『殺人鬼』は、肩をわなわなと震わせ、怒気を込めた呟きを漏らす。

 そして唐突に、公園の出口を塞ぐ形で佇んでいたララへ、利き腕を凶器に変えて襲い掛かった。


「人をおちょくるのもいい加減にしろやぁ!」


 ボグジュリッ!


 肉がよじれ、骨と何かが砕ける異音が、再び夜の公園に響いた。

 

「がぁ!?・・・な、なんで!?」 

 

 しかし此度こたび、レンガ張りの地面にまき散らされたのは、『殺人鬼』の利き腕だった肉片と血しぶき、そして、吸血鬼の身体能力によって振り回された、重さ7.5㎏の保冷用器の残骸だった。


「・・・それはこちらのセリフだ、アホウ」


 瞳を染める紅の濃度を高めながら、ララは右手に残った合成繊維のベルトを、『殺人鬼』へ向けて放り投げる。

 本能で危機を察した『殺人鬼』は、右腕を庇いながら、人ならざる脚力で飛び退き避けようとした。 

 だが、彼女の瞳と同じ光を仄かにまとった長さ2mの帯は、一度は獲物を捕らえ損ねるも、まるで生きた蛇のようにうねりながら方向を変え追跡し、空中で『殺人鬼』に絡みつく。

 そして簀巻すまき状態になった『殺人鬼』と同じ高さまで、卓也ハイドが飛び上がってきた。


「人間をおちょくってきたのは、てめぇの方だろう、がっ!」


 彼は怒気を含んだ呟きと共に、ムーンサルトキック体をひねってからの踵落としをきめ、『殺人鬼』を地面に叩き落した。


「グフゥ」


 受け身が取れず、『殺人鬼』は顔面をレンガに強打する。

 卓也ハイドの一撃は予想外だったようで、ララは慌てながら二人に近づく。

 

「ハイド!」

「大丈夫、この程度じゃ滅びねぇよ。・・・だよなぁ、『殺人鬼』っ!」


 トドメとばかりに、卓也ハイドは地面に転がる簀巻きの背中を踏みつける。

 人間一人分の体重のはずだが、地面に蜘蛛の巣上のひび割れができる程の圧が、『殺人鬼』に加えられる。


「くぅ」


 うめき声を漏らす『殺人鬼』。その背中を踏みつけたまま卓也ハイドはしゃがみこみ、『殺人鬼』に語りだす。


「なぁにこの程度でへばってやがんだ?これからお前は、この何十倍の苦痛を、お前が被害者たちに与えた分の苦痛を、償いとして味わう事になるんだぜ?」

「なん・・だと?吸血鬼が血を吸う事の、どこが悪い?人間を襲って、何が悪いんだ?お前も、この女も、魔族はそうやって生きてきたんじゃねぇのかよ。だから俺は・・・んじゃねぇのかよ!?」


 卓也ハイドの腹の傷と同じように、失った腕を再生させながら、『殺人鬼』は吠える。その掠れた声は、どこか同情を求めているように聞こえた。

 しかし、それを見下す卓也ハイドの目には、同情の色が宿る様子は微塵もなく、彼は『殺人鬼』の言葉を冷たく否定した。


「中世あたりの民間伝承の事か?おとぎ話を史実と混同するなんざ、偏見もはなはだしい話だ。まぁ確かに、何%かの確率で魔族の面汚しどもがやらかした事案が混じってはいるが、そいつらだって、良識ある同胞や『専門家』に処罰されてきた。そして現代じゃ、俺様ちゃん達魔族にも、人間の法を順守するが課せられている。吸血鬼なら、『人を殺すな。同意なく血を吸うな。勝手に仲間を増やすな』とかだな」

「・・・なんで」

「あぁ?義務が課せられた経緯か?んなもん、お前の年なら義務教育の9年間であくびが出る程教え込まれてるはずだろうが。・・・それとも『なんで人を殺しちゃいけないんですか?』なんて、それこそ小学生が訊くような質問か?」

「・・・」


 沈黙で返してきた『殺人鬼』に、卓也ハイドも一瞬、あっけにとられる。

 だが、すぐにその開いた口を閉じると、怒りで目を見開き、『殺人鬼』の背中から足を退けると、代わりにその襟首をつかんで持ち上げた。

 そして『殺人鬼』の顔を正面からにらみつけ、怒鳴る。


「んな簡単なことも分かんねぇのか!?『他の連中の迷惑になる』からだよ!てめぇのやらかした事の所為で、どんだけの奴が迷惑をこうむったか、解ってんのか!?」

「ひぃ!?」 

「てめぇが2番目に殺した男にはなぁ、養ってた奥さんと娘さんがいたんだ!家族と稼ぎを失ったんだ!!3番目のキャバ嬢も、お前が殺した次の日に、風俗から足洗って田舎に帰る予定だったんだ!そして4番目!彼女の両親が、お前をとっ捕まえてくれと、俺様ちゃん達に依頼に来たんだ。、ジキルの野郎は楽しみにしてた映画を見損ねた挙句、俺様ちゃんも1日に2度も叩き起こされる羽目になったんだ!」

「おい、最後の2つ、お前の私怨で何かが台無しになったぞ、ハイド!」


 見かねたララが、『殺人鬼』と卓也ハイドの間に割り入った。卓也ハイドは素直に手を離すが、当然、身動きのできない『殺人鬼』はそのまま倒され、後頭部を強かに打った。

 ララはそちらを一瞥いちべつもせずに、自身の能力、サイコキネシスでクーラーボックスの破片を回収しながら、暴走しかけた甥っ子をたしなめる。


「まったく、これのどこが正当防衛だ。・・・こいつはもう動けない。ジンノが来る前にずらかるぞ。まだサイレンが聞こえていないから、到着にはもうしばらくかかるはずだ」


 しかし、彼女の希望的観測は、背後から投げかけられた声に砕かれる。


「残念だが、3人とも署まで同行してもらうぞ。逃げようものなら、レミントンでハチの巣にしてから、公務執行妨害でワッパ掛けるからな」


 それはまるで魔法の詠唱のように、吸血鬼たちを凍りつかせた。

 現れたのは、往年の刑事ドラマからそのまま出てきたような、ワイシャツとスラックスの上からベージュのトレンチコートを羽織った中年の男。物騒な予告がハッタリではないという証拠に、警察官が携帯できる中で最も強力なライフル銃を担ぎ近づいてくるその男を、ララと卓也は良く知っていた。


「・・・なんでサイレンが聞こえなかったんですかねぇ。ジンノの旦那」


 顔と声を引きつらせ、卓也ハイドは問いかける。

 するとジンノ、魔族犯罪特別捜査課課長の神野じんの英司エイジは、面倒くさそうにそっぽを向き、棒読み口調で返す。


「あ~、たまたまぁ?この辺でぇ、ヤクの売人共の張り込みしてたら?、無線で殺人鬼が近くに出たって聞いてなぁ。・・・徒歩で来た」

「・・・」


 それが嘘である事を、卓也ハイドもララもすぐに察した。トレンチコートの下が不自然に膨らんでいる事からジンノが内側に防護服を着こんでいる事が解る上、公園のあちこちからもこれまで身を潜めていた彼の部下達が威嚇目的でその気配をさらし始めたからだ。


(そもそもこの日本に、摘発する際に携帯火器が必要な麻薬ディーラーが居る訳ねぇだろ!)

 

 と心中でツッコミを入れる2人だったが、こちらに向けられた15丁分の銃口に、反抗する意欲をそがれ、簀巻きのまま手錠を掛けられた『殺人鬼』と共に、おとなしく連行されていったのであった。

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