なぜでしょう、これだと選択できる職業は上級職である《アークウィザード》しかないですよ?

 さて、状況を整理しよう。


 目の前には無駄に流麗なポーズで、頭のおかしな名乗りをあげた少女・めぐみん。

 気のせいか、周りの冒険者たちも彼女から目を逸らしているような……いや、きっと気のせいだな。どう見ても冷や汗を流している人ばかりな気がするが、錯覚だ。


  めぐみんは会心の自己紹介ができた、と言わんばかりに達成感に満ちた顔をしている。いや、どう反応しろと? もしかして今の名乗りって冒険者共通の文化だったりする?

 隣のテーブルの冒険者たちを見やる。目を逸らされる。よし、わかった。


 あ の 娘 の 頭 が お か し い ん だ !


 その、薄い胸を張ってドヤ顔しているところ悪いんだが、百年の恋も冷めるような文句で名乗られても、こっちは乗っかることができないんだが……。いや、ここで折れるのはよくない。

 ここであの名乗りに微妙な反応を返してしまえば、彼女はひどく傷つくだろう。それはいただけない。さすがに自分から声をかけておいて相手の女の娘を泣かせるなんて、男の風上にもおけないだろう。


 そんなクズになるくらいならば、面倒くさくなることうけあいでも、俺はあの娘のノリにつき合おうじゃないか!


「お、おう。とてもかわいい名前だな! それに紅魔族……って種族で一番魔法が使えるのか? すごいじゃないか!」


 言った。極めて普通の対応をしてのけた。ノリに付き合うといっても、さすがにあのテンションの自己紹介は俺も遠慮したい。

 さすがにこれから冒険者になろうっていう時に、その冒険者たちの前でこっ恥ずかしい名乗りなんてあげてみろ、末代まで笑われ続けるに違いない。……いや、彼女に対する対応を見るに、笑ってすらもらえない腫れ物的な扱いをされるのか。え? もしかしてこのくだり皆さんやったの?


 ハッと気づいた俺が周りの冒険者たちに顔を向ければ、彼らは何か同情するかのような視線を俺に向けている。あ、はい、短絡的に突っ込んだ僕が馬鹿でした。やっぱり声をかけにいかない冒険者なんていなかったんですよね、こんちくしょう!


「……フ。我が名乗りを受けてまともな返しをしてきたのは、アクシズ教徒以外では初めてだ。……久しぶりに名前を笑われませんでした。あなた、いい人ですね」


 彼女は最初に浮かべていたような、憂いに満ちた儚げな笑みを浮かべる。きっとさっきまでの彼女は、どこかのパーティーと反りが合わなくなってしまったあとだったりしたのだろう。

 かわいくてすごい魔法も使えるのに、この性格のせいで馴染めないのだ。かわいそうに。俺なら多少性格に難がある程度じゃ、彼女との縁を切ろうなんて絶対に思わないのに。


 いや、さっき一瞬考えかけたのは事実だけれど、よくよく考えてみれば大真面目に厨二病にかかってしまっているだけで、ちょっと名前がおかしな所を除けば全然問題はない。

 この世界ではどうだか知らないけれど、元いた世界には厨二病なんてありふれていたからな。


「いや、人の名前を笑うなんていけないことだ。親御さんのつけてくれた大事な名前だからな。そこにはきちんと思い入れや愛が詰まっているに違いない」

「でも、街の人たちは私の名前を聞けばまず最初に変な顔をします。そして本名かどうかを疑い、ふざけているのかと怒るのです。もう、私に声をかけてくれる人が残っているなんて思っていませんでしたから、あんなナンパみたいな話しかけ方でも嬉しかったんですよ?」

「それについては本当に面目ない……。特に何を考えるでもなく、気づいたら話しかけていたんだ。でも、そう言ってもらえると救われるよ」


 そう言って二人で笑い合う。儚げな笑みはそれはそれで俺を惹きつけるものがあったけれど、純粋な笑い顔の方が人間誰でも似合うものだ。彼女にはぜひ笑っていてもらいたいところだ。

 そのためには、もう彼女を悲しませるような要因はなくしてやるべきだ。俺でいいのかとは不安にはなるけれど、きっとこれが最善手のはずだ。


「さて、自己紹介だったな。俺の名は田中轟。これから冒険者になる、ただのしがない魔力持ちだよ。これからよろしくな」

「はい! よろしくおねがいしますね、ゴウ!」


 元気な返事が返ってきたところで、一つうなずき俺は立ち上がる。


「そういうわけだから、俺は今から冒険者登録をしてくるよ。お菓子が来るまでもう少しかかりそうだし、めぐみんも一緒に来るか?」

「そうですね。暇ですし、隣で冒険者の先達としてアドバイスをあげましょうか」

「それはありがたい。よし、じゃあ行くか」


 ギルドの手前部分は酒場になっているが、奥の方はカウンターになっていて、そこでは受付嬢たちが冒険者たちを相手に様々な話をしている。それはクエスト報酬の支払いの話だったり、俺と同じように冒険者登録をするための話だったり、クエストの依頼の話だったりする。

 最後の一人は冒険者ではなく一般市民だったようだが、あんないかにも魔法使いです、みたいな格好をした一般人もいるもんなんだな。聞こえた感じ、店のバイトの募集だったように思うのだが。


 そんなどうでもいいことは置いておいて、一般市民の女性が立ち去ったカウンターへと歩み寄る。受付嬢が笑顔で対応してくれる。


「冒険者ギルドへようこそ! 今日はどうされましたか?」

「冒険者になりたいんですけど、一体どうすればいいですか?」

「そうですか。でしたら、登録手数料が掛かりますが大丈夫ですか?」

「ああ、大丈夫です。これで足りますか?」


 きちんとお金を持たせてくれた女神様に感謝する。なんだかあの女神様だと、肝心な時にお金を渡しそびれたりしそうに感じたのだ。全然そんな雰囲気のない素晴らしい女神様だったのだけれど、なぜかそう感じてしまったのだから仕方ない。

 全く不思議なものだ。


「はい、ありがとうございます。こちらお返しになります」

「あ、どうも」


 俺がつり銭を受け取れば、彼女は営業スマイルを浮かべて説明を始めた。


「では。冒険者になりたいと仰るのですから、理解しているとは思いますが改めて簡単な説明を。まず、冒険者とはモンスターなどの討伐を請け負う人のことですが、基本はなんでも屋みたいなものです。冒険者はそれらの仕事を生業にしている人たちの総称。そして、冒険者には職業というものがございます」


 職業。そういうのもあるのか。

 彼女は免許証くらいの大きさのカードを取り出した。


「こちらが冒険者カードとなります。こちらにレベルという項目がありますね? ご存知の通り、経験値を集めることで生物はある日突然、急激に成長します。これをレベルアップと称し、それを表すレベルという目安が表示されます。このレベルを上げることで新スキルを覚えるためのポイントなど様々な特典が与えられるので、是非頑張ってレベル上げをして下さいね」


 ふむ、なかなかにゲーム的だな。職業があってレベルがあってスキルがある。あまり難しいことを考えないで済みそうだ。


「まずは、こちらの書簡に身長、体重、年齢、身体的特徴等の記入を願います」


 彼女の取り出した書類に俺の特徴を書いていく。

 身長177センチ、体重65キロ、歳は18、黒髪に黒目。一般的な日本人だ。


「はい、結構です。あとはこちらのカードに触れてください。それであなたのステータスが分かりますので、その数値に応じてなりたい職業を選んで下さいね。経験を積むことで、様々な専用スキルを習得できるようになりますので、その辺も踏まえて職業を選んでください」


さて、ここからが本番だ。俺のステータスだとどんな職業になることができるのだろうか。ワクワクが止まらない。


「……はい、ありがとうございます。タナカゴウさん、ですね。ええと……。筋力、生命力、器用度、敏捷性、これらは普通ですね。でも、知力がそこそこ高く、幸運の値もいい感じです。そして……この魔力値はすごいですね! 駆け出しの方でこんなに魔力を持っている方は初めて見ました! さて、このステータスならば上級職の《アークウィザード》や《アークプリースト》にも問題なくなることができるでしょう。どうしますか?」


 なんと最初から上級職につくことができてしまうらしい。これはチートさまさまである。ファンタジーな世界と聞いて、圧倒的な魔力を欲したのはやはり間違いではなかった。魔法使いでも僧侶でもどちらもパーティに引っ張りだこになれるだろう。


 そうやってどの職につくか考え始めた俺の服の袖を引く者がいる。めぐみんだ。彼女がキラキラとした目でこちらを見上げている。そうだな、せっかくついてきてもらったんだから、彼女の意見を聞いてみるべきだろう。


「めぐみんはおすすめの職業とかあるか? 最初から上級職になれるらしいんだg」

「アークウィザード! これはアークウィザードになるしかないですよゴウ! 私と一緒に爆裂道を極めてはみませんか!?」

「が、って食い気味にきたな。爆裂道って言うとさっき名乗りにもあった爆裂魔法ってやつを極めようってことか? 響きからして凄そうな魔法ではあるけど」

「ええ、爆裂魔法は至上にして最高! この世界すべての魔法の中で最も破壊力を有し、その最大級の威力と範囲をもって敵をなぎ払う魔法です! 私はこの魔法を愛している!」


 爆裂魔法について語るめぐみんの顔は上気して、興奮を隠しきれていない。よっぽどその爆裂魔法が大好きなのだろう。一旦は止めた舌をまた回し、いかに爆裂魔法が美しく華麗で人を魅了する魔法であるか語り続けている。


「んーと、アークウィザードになればその爆裂魔法が使えるようになるのか?」

「ええ、爆裂魔法が使えるのはアークウィザードと最弱職の《冒険者》のみ! 爆裂魔法以外にも色々な魔法がありますから、アークウィザードにならない手はありませんよ!? かく言う私もアークウィザードですからね!」


 まぁ、爆裂魔法を使えるのがアークウィザードと冒険者だけなら、それも順当なところだろう。こんないかにもな格好をしていて、アークウィザードじゃないと言われた方が違和感を感じる。

 でも、魔法使いか。やっぱり大威力の魔法で敵をなぎ払うのはロマンだよな。彼女が魅了されるのもわかる気がする。


「そっか、そこまで推されてならないのもどうかと思うしな、アークウィザードになるとするか! よし! 受付嬢さん、アークウィザードでお願いします」

「はい、アークウィザードですね。その強大な魔力を活かして高威力な魔法を連発する、パーティの花形火力職ですよ。レベルを上げてステータスが上昇すれば、転職も可能ですので覚えておいて下さいね」


 そう言って、俺の名前とアークプリーストと職業の書かれた冒険者カードを渡してくれる受付嬢。これが、俺が冒険者になった証。ここから歩んでいく俺の冒険の始まりの一歩。どこか感慨深くカードを眺める俺を、めぐみんは隣でニコニコと眺めているのだった。


こうして、異世界での冒険生活が始まった。




「あ、めぐみん。俺とパーティを組んでくれないか? 駆け出しであんまり役に立たないかもしれないけど、俺、めぐみんと冒険してみたいんだ」

「な! なななんてことを唐突に言うんですか! ま、まぁ? アークウィザードを生業とし、さらに爆裂魔法まで操る我とともにいたいと思うのは当然のこと。いいでしょう。これからよろしくおねがいします!」



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