あの素晴らしい爆炎に喝采を!

雨後の筍

彼女はめぐみん! 紅魔族随一の魔法の使い手にして爆裂魔法を操る者……!

「田中轟さん、ようこそ死後の世界へ。あなたはつい先ほど、不幸にも亡くなりました。短い人生でしたが、あなたの生は終わってしまったのです」


真っ白な部屋の中で、唐突に告げられたその言葉が全ての始まりだった。




 降り立った場所は、異世界と言われてすぐに想像できるような街並みだった。物珍しげに辺りを見渡す俺を、街の人たちは奇異の視線で見ている。そりゃ突然現れたかと思えばキョロキョロしだすおかしな服装の男だ。逆の立場なら俺だって注目する。


 少々恥ずかしいスタートにはなったが、ここから俺の二度目の人生が始まるのだ。感覚的には一度目の続きにしか感じないけど、世界どころか持ってる力だって前とは比べ物にならないのだ。それは二度目の人生と呼ぶにふさわしい。

 この世界で俺は一体どんな冒険をしていくのだろうか。今から楽しみだ。


 とりあえず女神さまの助言通り、冒険者ギルドへと向かうことにしよう。そうと決まれば、冒険者ギルドを探さねばならない。さすがに詳細な位置までは教えては貰えなかった。まぁ、街の人に聞けばすぐにわかると思うけど。


 俺をおかしなものを見る目で見ていた街の人に冒険者ギルドの場所を聞けば、なにか納得したように丁寧に教えてくれた。それを聞いて周りの人たちも納得したかのように立ち去っていく。彼らは今のやり取りで一体何を把握したのだろうか。

 首をかしげながらも冒険者ギルドへと歩き出す。俺の冒険はまだまだこれからだ!




 冒険者ギルドはいかにもといった建物だった。中には酒場が設けられていて、これぞ冒険者たちの溜まり場、といった風情でとても興奮する。そこの席に座っている冒険者たちなんていかにもな強者オーラを放っている。きっと名の売れた冒険者たちなのだろう。

 俺もいつかはああやって冒険終わりに仲間たちと酒を酌み交わしたいな。


 さて、視線をずらして隣のテーブルに目をやった時のことだ。何気なく視界に入れたを見て、俺は情けなくも固まってしまった。


 魔法使いであることを喧伝する黒い魔女帽子にマント、その左目は眼帯に覆われ窺うことができないが、残された右目の輝きはルビーよりもなお深い。魔女帽子から垂れる黒髪もいかにも艶めいて魅力的だ。

 憂いを浮かべたその顔立ちは非常に整っており、一部平坦なところはあるものの、その小柄な体躯も相まって絶世の美少女に間違いない。


 俺がそうやって固まっているのを感じ取ったのか、彼女がこちらに目線を向ける。ずっと自分を見つめる俺が不思議なのか、小首をかしげるその仕草すらとてもキュートだ。

 彼女は一人でその六人がけのテーブルに座っているのだが、なぜほかの冒険者たちは彼女のことを放っておくのだろうか。彼女ほどの美少女に声をかけない男なんていないはずなのに! それも冒険者ともあろうものが、だ。

 ほかの冒険者が声をかけないというなら俺がかけよう。パーティーメンバーが来るのを待っていた、とかそういうオチじゃないことを期待しながら、手の汗を隠して、俺は意を決して彼女に話しかける!


「あ、あの! もしお暇でしたら、一緒にお茶でもいかがですか?」


 声が裏返ったぁ!!! って違う! そうじゃない! これじゃナンパだ! そういうことじゃないんだよ!

 あぁ、終わった。始まることなく俺の物語は終了してしまった気分だ。さっきとはまた違った理由で俺は固まる。固まって、彼女からの辛辣な断り文句を待つ。


「お茶……それはもしや、一緒にお菓子でも食べながら話がしたいと、そういうことですか? そちらの奢りであるならば、やぶさかではありませんが」


 しかし、聞こえてきたのは俺が想定していたのと正反対の言葉。そのかわいらしい唇から漏れたかわいらしい声は、俺のことを肯定してくれた。一瞬聞き間違いを疑うが、彼女の顔も、俺の着席を促している。

 こんな美少女のナンパに成功してしまうとは、俺もいつからか罪深い男になっていたようだった。外には少ししか出さないが、内面は有頂天である。だからだろうか、彼女の目が獲物を狙う肉食獣のごとく、ギラリと輝いたのを見逃したのは。


 しばらく稼ぎがなくても生きていけないと困るでしょ、とそこそこの路銀をくれた女神さまに感謝しながら、酒場のウェイトレスに二人分のお茶とお菓子を注文する。

 異世界のはずだけれど、俺以外にも転生者たちがたくさんいるからか、俺の知っているメニューも数多い。中にはよくわからないものもあるけど、きっとお酒の種類だったりするのだろう。カクテルとか名前がたくさんあって全然わかんないし、きっとそのたぐいだ。


 お茶がすぐに届けられる。お菓子は今ちょうど焼いているところなので、もう少し待たせてしまうとのことだった。恐縮するウェイトレスさんにフォローをいれ、お茶を一口含む。口が乾燥しきっていたことをそこで初めて自覚する。自分では意識していなかったが、どうやら相当緊張していたらしい。

 それも仕方ないだろう、こんな美少女と同じ席に座っているのだ。しかも何故か初対面なのに。いや、一体全体どうしてこうなったのだろうか。今更ながら理解が追いついていない。


「さて、私と一緒にお茶をしたいとのことでしたが、確か初対面でしたよね? それともどこかで密かに面識が?」

「あ、はい。完全に初対面です。あの、その、一目見てお声かけしなければと思って、はい。まさか受けてくれるとは露にも思わず」

「あ、敬語は結構ですよ。おそらく私のほうが年下でしょうから、タメ口で構いません。それにしても、一目で私に声をかけてくるとは、なかなかにお目が高いですね……ここに来たということは冒険者ですよね。職業をお聞きになってもよろしいですか?」


 そこまで彼女と話してから、自分が未だこの世界では何者でもないことを思い出した。これはさすがに恥ずかしいが、言わないでいるわけにもいくまい。

 今ここで彼女には待っていてもらって、冒険者になる手続きをしてくるのが順当というものだろう。彼女も俺がなんの職業なのか期待しているのか、目を輝かせているし、その期待を裏切るのは辛いが仕方あるまい。


「あー、じゃあタメ口きかせてもらうけど、その、実はまだ俺は冒険者じゃないんだ。冒険者になろうと思ってここにきたのはいいんだけど、そのだな、手続きをする前に君に見惚れてしまって、こうして話しかけてしまったんで、あー、ちょっと今から手続きしてきてもいいか?」


 そう口にすれば、彼女はぽかーんと口をあけてしまった。そうだろうな、こいつはアホかと誰だって思うところだ。俺はどれだけ抜けているのだろうか……自己嫌悪に陥る。

 だが、次の瞬間彼女は何かが決壊したかのように大笑いを始めた。隣のテーブルの冒険者たちも、何事だとこちらを見るほどの笑いっぷりだ。本当の事を言うと、それでちょっぴり救われた。ここで馬鹿にされてしまっていたら、もしかしたら立ち直れなかったかもしれないから。


「そ、それ、ちょっと、冗談じゃないですよね! 冗談じゃないとしたら、ふ、ふふふ、何をやっているんですかあなたは。そんな話どこでだって、ぶほっ、聞けませんよ、ごほっ、げほっ、ごほっ、がはっ!」

「ちょ、大丈夫か! ほら茶だ、それ飲んで落ち着け! 続きは落ち着いてからで構わんから!」


 慌てて彼女の後ろに回り込んで、その背中を撫でてやる。意図せずして間接的とはいえ彼女に触れてしまった俺は緊張で動きがぎこちなくなるが、幸い自分のことで精一杯なのか、彼女はこちらを気にする素振りを見せなかった。

 彼女が落ち着いてきたのを見計らい、とりあえず彼女の隣に座る。このあとすぐに席を立つからと思って軽い気持ちで座ったが、座ってからその距離の近さに驚いた。

 いや、マジで俺何してんのさっきから。


「いやー、久しぶりにこんな笑わされました。こんな面白い話はそうそうありません。末代まで語り継ぎましょう」

「いや、さすがにそれはやめてくれないか」

「冗談です。ふふ、ですが面白い人ですね。……そういえばお互い名前も知りません。何よりも先にこれを聞くべきでした。ではまずは、私から先に名乗らせていただきましょう」


 おもむろに立ち上がった彼女は、俺が座ったのとは反対側に立てかけていた身の丈ほどの大きな杖を手に取ると、テーブルから少し離れ、少し広くなっている廊下の部分へと立つ。


「では行きます。刮目せよ!」


 なぜ名乗りにそれらの動作が必要なのかはよくわからなかったが、まぁ名乗ってくれるというのだから、それを待つのが礼儀というものだろう。そう高を括っていた俺は、きっとまだこの世界のことを侮っていたのだろう。


「我が名はめぐみん! 紅魔族随一の魔法の使い手にして爆裂魔法を操る者……!」


 この世界がいかに頭のおかしい、俺に優しくない世界かということを。

 華麗にポーズを決めながらマントを翻し渾身の名乗りを見せてくれた彼女を、思わず白い目で見ながら俺は思い知ったのだ。



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