第4話パラドックス

 最後まで、未来屋の話を聞いていた神崎は何か言いたそうにこちらを見た。

 私も同じように彼女を見返した。

「ちょっと待って」

「どうされました? 」

 先ほどから未来屋が語ったT氏の件について私と神崎は同じように違和感を感じていた。

「彼の未来を予測する際に、不正はなかったのよね」

「ありません。全てマスターコンピュータの導いた推測通りです」

「でも、少しおかしくないかしら」

 その言葉に、同意しつつ私も発言する。

「T氏が億万長者になるという未来を予測して買い取ったと言ったが、彼が億万長者になったのは君が3億円を支払ったからだろう」

「ええ、それがどうかしたのですか? 」

「えーと、未来予測で億万長者になる予測がついていたとしても、あなたが3億支払わなければそうならなかったんじゃないかしら」

「そうだ、私もそこに違和感を感じた」

 ようやく、何がおかしかったのか言葉にする事ができた。

「だって、彼の月々の給料では成功するはずのあのリゾート建設事業を始める事すら出来なかっただろうし、建設事業を始めなければレアメタルの鉱山を掘り当てる事もできなかったわ」

「つまり、彼は億万長者にはならなかった。億万長者になる未来など存在しなかった事になる」

 未来屋は、深く頷いた。

「なるほど」

「じゃあ君はT氏の何を買い取ったんだい? 」

「ふむふむ、お2人が言いたい事はよく分かりました」

 未来屋は、わざと咳払いした後語り出した。

「彼が自分の人生を前借りし、3億円を受け取る事も彼の人生の一部だからですよ」

 神崎は、納得しかねるという顔で未来屋の説明を聞いていた。

「私ども未来屋は、必ずしも彼の人生を買い取らなければならないという事にはならないのです」

 私は黙って続きを聞いていた。

「彼がたまたま、私ども未来屋のサービスを知り、電車に荷物を置いたままホームに飛び出し、週刊誌を切り取った為に3億円で自分の人生を前借りする未来が生まれたと考えてみてください」

「なんだかややこしい話だな」

「もしも、彼が電車に鞄を忘れなかったり、週刊誌に気付かなかったりすれば、私どものサービスを利用するという未来は存在しなかった」

「だけど、彼は電車に鞄を忘れた。そういう事なのね」

「そうです。ですから、やはり彼は億万長者になるべくしてなったのですよ」

 この男はどうも胡散臭い。

 だが、話しを聴いていると筋は通っているように思える。

「ご納得頂けましたか? 」

 神崎も既に反論するべき言葉を見つけられないようだった。

「マスターコンピュータは、未来を予測したと君は言ったね」

「ええ、そうですよ」

「じゃあ、コンピュータ自身が未来を予測すると予測した事になる」

 ゆっくりと、自分で自分の言葉を確認しながら私は発言する。

「それは、本当に未来予測といえるのか? 主体性を持ってマスターコンピュータが始めて未来を予測しようとする自身を予測した時、それは未来でも何でもなくてただ未来を予測するという事象があったに過ぎない」

「面白いですね」

「神崎、拘束しろ」

 前もって合図をしていた通り、神崎が未来屋の背後に回る。

「未来への事象への改竄、および過去への介入の罪で逮捕する」

「ですが、この茶番劇も予測されていた未来なのですよ」

 未来屋の身体が突然散逸し、いつのまにか2人は砂漠の真ん中に立っていた。

 揺らめく太陽が照らす日時計が狂ったように時を巻き戻していた。

 


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