第2話未来屋
「今日は散々な1日だった」
家に帰ってスーツを脱ぎ捨て、冷蔵庫からビールを取り出す。
どっかりとソファに座るその時間だけが至福の時だ。
アパートは古くて狭いし、快適とは言い難いのだが自分だけの時間はかけがえのないものだった。
「そういえば、駅で変な記事を見つけたんだった」
思い立ってスーツのポケットを探ると、クシャクシャになった紙切れが1枚入っていた。
俺の人生なんて、どうせ大した価値はつかないだろうと妙に嫌気がさしてきて、ついつい2本目のプルタブに指をかけた。
「無料なんだよな」
クシャクシャの紙をのばして、もう一度確認してみる。
「一度だけ試してみよう。別に損をするわけじゃないしな」
好奇心にかられて、ボタンを押すと1コールもしないうちに相手に繋がった。
「はい、未来屋です。 」
事務的な口調に、拍子抜けしつつも気になっていた事を聞いてみる事にした。
「雑誌で見たんだが、無料で未来を占ってくれるんだろう? 」
「はい、占いとは少し違いますが無料で診断させて頂きます。オカルトではなくてしっかりとした科学的分析による未来予測になります 」
「そうなのか。何だかよく解らないが無料ならお願いしたい 」
「はい、承知しました。まずは、お名前、年齢からお聞かせ願えますか? 」
「徳田正好、24歳、サラリーマンだ。」
淡々と話を進める相手のペースにすっかりはまってしまい、名前や年齢、職業、健康について、宗教、金銭感覚、モラルなどの質問に答えていく。
「これが最後の質問です。あなたは最近、鞄を電車の中に忘れた事がありますか? 」
「ああ、最近というか今日だけどな」
「ありがとうございます。もうすぐ診断結果が出ます」
期待はしていない。
あまりにも悪い結果なら怒って電話を切ってもいい。
そんな風に考えていた。
「出ました。アナタは今後億万長者になる未来が待っていますね」
「馬鹿馬鹿しい。からかっているのか? 」
「いえいえ、ただ少し先の話ですので今のあなたにはピンとこないかもしれませんね」
いたって普通の口調で、未来屋はおかしな事を口走っている。
「まぁ、いいや。それでその未来はいくらで前借り出来るんだ? 」
「そうですね、3億で買い取らせていただく事は出来ますが、それ以上は難しいかと」
「な、なんだと? 」
「3億円お支払いできますが、どうなさいますか? 」
あまりにも現実離れした金額に、声が出なかった。
3億あれば、こんなボロアパートから引っ越して、それほど必死に働かなくてもワルくない暮らしができる。
本当に億万長者になれるとしたら、確かに3億という金額は少ないのかもしれない。
だが、今前借りすれば確実に3億円は自分のものになる。
億万長者になれなくても、十分幸せじゃないか。
「本当に、前借りできるのか? 」
それに、さっきの簡単な質問で予測された未来なんて確実に叶うかどうか分からない。
何かの手違いで、質問の答えが間違っていたら億万長者になる予測が外れる事もあるだろう。
「徳田様、どうされました? 」
「いや、なんでもない。ちょっと考え事をしていただけだ」
「私どもはどちらでも構いませんよ。徳田様はそのまま人生を歩まれれば、未来に、いつになるか分かりませんが億万長者になられるのですから」
未来とはいつだ。
本当にそんな未来が来るのか。
「分かった。前借りしよう。ちょっと未来の幸せを一足先に味わった所で罰は当たらないだろう」
「承知しました。明日、あなたの預金通帳に3億円前払いします。それから未来を回収させて頂きます」
「分かった。明日3億だな」
「毎度、ありがとうございます。では、失礼します」
電話が切れてから、ふと現実に戻り、何かの詐欺だったのではないかと不安になる。
だが、こちらは1円も払っていないし払う予定もない。
とにかく明日になってみないと、何も分からない。
興奮で冴えた精神を酒でごまかして、眠りにつくことにした。
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